第7話 裏の私を知って欲しい
「ど、どうぞ」
「お邪魔しまーす!」
話しがしたいということだったので、俺は寺花さんを部屋へ招き入れることにした。
寺花さんの家に入るのも気が引けたし、夜も遅いので外に出て補導なんてことになったら、警察の人にも迷惑を掛けてしまう。
それに、配信と声が違うとはいえ、万が一身バレなんてことが起こったら大変なことになる。
リスクを最大限回避するには、俺の部屋が最善だと考えたのだ。
「ごめんね、あんまり整理されてないけど」
「平気だよ。それに、私の部屋より全然綺麗だと思うし!」
「えっ、そうなの?」
「ほら、私の部屋は機材とかグッズの見本品とか色々置いてあるからさ」
「あぁ、なるほどね」
Vtuberは配信活動という職業柄、機材も予備のマイクなどいろいろ持っているだろうし、グッズ販売となれば、モモちゃん本人が確かめなければならないので、試作品が家に届くのも当然である。
もちろん、捨てるわけにもいかないので、グッズの入った段ボールの山が積み上がっていたりするのだろうか?
そんなことを考えている間にも、寺花さんは俺の部屋を一瞥していた。
部屋に広がるモモちゃんのグッズの数々を見て、感嘆した声を上げている。
クラスメイトに見られているだけでも恥ずかしいというのに、推しが自分の部屋にいて、さらに部屋の内装を見られているという事実がさらに恥ずかしさを倍増させていた。
「寺花さん何か飲む⁉ お茶、コーヒー、リンゴジューズなら用意できるけど!!」
「じゃあリンゴジュースで!」
羞恥に耐えかねた俺は、足早にキッチンへと向かい、飲み物の準備を進めることにした。
その間に、俺は気づかれないよう深呼吸をして、落ち着きを取り戻す。
冷蔵庫からパックのリンゴジュースを取り出して、グラスのコップへ注いでいく。
コップを持ってキッチンを出ると、寺花さんはきらきらと目を輝かせていた。
「私のグッズ、いっぱい置いてあるね!」
「……まあ、ファンだから」
「ふふっ、そっかそっか」
寺花さんは満足げに微笑んで、こちらへと戻ってきた。
「どうぞ」
「ありがとー!」
キッチン脇にあるテーブルにリンゴジュースの入ったグラスを置き、椅子に座るよう寺花さんを促した。
「失礼しまーす」
寺花さんは一言添えてから、椅子へと腰掛けた。
俺はテーブルを挟んだ向かい側の椅子に腰かける。
「このリンゴジュース美味しい!」
「うん、モモちゃんがおすすめしてたヤツだから」
「そっかぁー! だから馴染み深い味だと思ったんだ!」
得心が言った様子で、パンと手を叩く寺花さん。
未だにモモちゃんの中の人が寺花さんという事実が受け入れられず、俺は何とも言えないもどかしさを感じていた。
「そ、それで……俺に話したい事があるって言ってたよね?」
話題を本題に移すと、寺花さんは先ほどまで浮かべていた笑みを引っ込め、沈鬱な表情になってしまう。
俺だって、色々聞きたいことは山ほどある。
けれど、まずは彼女の話を聞くことが優先だと思ったのだ。
「安野君。今日保健室で言ってくれたでしょ? 私が気を張り過ぎだって」
「えっ、うん。確かに言ったね」
俺が頷きを返すと、寺花さんはどこか遠くを見るようにして語りだした。
「私ね、こっちに越してきてから自分を見失っちゃったの?」
「自分を見失った?」
「そう。こっちに越してきて、新しい学校でみんなから良く思われたい、嫌われたくないと思って、自分に仮面を被せたの。その結果が今の私。誰にでも人当たりのいい、みんなから好かれる転校生」
「……」
俺は黙り込んだまま、寺花さんの話を最後まで聞くことにする。
「仮面を付けたまま学校生活を送る。いつかは気を抜かないと自分が壊れちゃう。
自分でも分かってた。でも気づいたら、学校の『アイドル』なんて呼ばれるようになってて、私は仮面を付けた自分を周りから強要されるようになってたの」
「それで、後に引けなくなっちゃったと」
言葉の続きを斗真が汲み取ると、寺花さんは貼り付けた笑顔で頷いた。
「Vtuberの活動も同じ。リスナーのみんなによく思われたい。その一心で元気よく配信しようって決めて、今までずっと配信活動を続けてる。結局、ずっと神経張りっぱなしで、休まるところを失っちゃったってわけ」
「……」
「あっ、勘違いしないで! もちろん配信活動は楽しいよ。モモナーのみんなは優しいし、私のわがままにも付き合ってくれる素敵なリスナーだもん。でもその時間は配信内だけで、配信外になったら私は一人。ありのままの私を知っている人なんて、誰もいなかったの」
寺花さんの背中からは、どことなく闇のオーラが漂っているように感じられた。
家族を失い、安らぎの場を失ってしまった寺花さん。
さらに周りの期待に応えようと努力した結果、彼女は息抜きできる場所を失ってしまったのだろう。
「キーホルダーを安野君が拾って『モモちゃんが好きなの?』って聞かれた時、私凄い焦っちゃって、正直どうなるんだろうって不安だった。でも安野君、私の事なんて置いてきぼりで、モモちゃんを好きになった理由をマシンガントークで語るんだもん」
「それはその、同じ同士がいたと思ってつい嬉しくなっちゃって……ごめん」
「謝らなくていいよ。私嬉しかったの。安野君みたいに私の内面を受け止めてくれる人もいるんだなって思ったから」
寺花さんの笑みは、先ほどの貼り付けたような笑みとは違い、どこか心の底から自然と浮かんだものに見えた。
「私びっくりしちゃった。だって安野君、私の内面を全て見透かしてるんだもん。
それでも、ファンとして応援し続けたいって。そんなのずるいよ」
「そ、そうかな?」
「そうだよ。だってみんなが求めてるのは、元気で明るい桜木モモちゃんなんだよ? それなのに、モモちゃん毎日笑顔振りまいてて気張り過ぎてないかなって心配する人、普通いないって」
やはり、斗真がファンになった経緯は特殊らしい。
「でも、本当に心配だったから。そうやって愛想を振りまき続けて潰れてきた人を知ってるからさ」
あの子もそうだった。
愛想を振りまき続けた結果、最終的に気を抜ける場所がなくなって……。
その期待を裏切った途端、周りからの憎悪と怒りに変わることを、俺は身に染みて知っているのだ。
「それで、今日の安野君の話を聞いて思ったわけ。ありのままの私を理解してくれる人が、身近にいてくれるのもいいのかなって」
「……そんな事思ってくれてたんだ」
あの時、モモちゃんについて語り過ぎたと反省したけれど、どうやら本人には俺の意図がしっかりと伝わってくれたみたいでちょっと嬉しい。
「それに安野君、私が桜木モモだって分かっても、誰かに言いふらしたりしないでしょ?」
「当たり前だよ。寺花さんは寺花さんで、モモちゃんはモモちゃんだから」
「そうやって物事を分けられる人って少ないんだよ。寺花美月として、桜木モモとして両方心配してくれる。そんな安野君の優しさが染み渡ったから、君になら本当のことを言ってもいいかなって思ったの」
つまり、寺花さんは俺のことを信頼してくれたということなのだろう。
学校の『アイドル』からそう思われたことはとても嬉しい。嬉しいけど……!
推しVtuberでもあるという事実が、俺を混乱の渦へと巻き込んでいく。
「だから何を言いたいかって言うと。安野君には知っていて欲しかったってこと。私の本当の姿を」
「なるほど……」
寺花さんの言い分は理解出来た。
けど納得できたかというと、半分半分といったところ。
ただ一つ、俺から寺花さんに言えることがあるとすれば――
「俺は、学校での寺花さんも、モモちゃんとして活動してる寺花さんも、本当の姿だと思うよ」
「えっ?」
予想外のことを言われて、寺花さんは目を見開き驚きに満ちた表情を浮かべている。
「確かに、気を張ってるかもしれないけど、学校での寺花さんも、モモちゃんとして活動してる寺花さんも、全部寺花さんが自分で決めてやったことでしょ? それなら、その決断をした寺花さんは、ありのままの寺花さんなんだよ。ただ、息抜きするところがなかったってだけで、それを否定して自分を追い詰めることはないんじゃないかなって……って、何言ってるんだろうね俺は、あははっ」
また出しゃばってしまったと思い、俺は後ろ手で頭を掻きながら誤魔化した。
しかし、寺花さんは神妙な面持ちを浮かべながら、顎に手を当てて黙考している。
「そっか……そう言う考え方もあったんだね」
「て、寺花さん?」
「安野君ってほんとずるいよね」
「えっ?」
そういう寺花さんは、どこかすっきりしたような表情で、軽く上目遣いに俺を見つめてきていた。
「何でもない。でもありがとう。安野君に話して正解だったよ。私の中でも色々とすっきりしたから」
「そ、そっか」
まあ、寺花さんが納得したならそれでよかった。
「だ・か・ら!」
そこで、寺花さんが前のめりになると、俺の方へ手を伸ばしてきて、人差し指で俺の唇をピトっと抑えた。
「このことは、私達だけの秘密だからね♪」
唇に触れる指の感触。
にこっと微笑みかけてくる天使のような笑顔。
そんな寺花さんに、俺は不覚にもドキっとさせられてしまう。
「うん、分かったよ……」
俺は胸の鼓動が高鳴るのを感じながら、そう呟く事しか出来なかった。
こうして俺は、隣に住むクラスの『アイドル』寺花美月と、秘密の約束を交わしたのである。
俺はこの時、まだちゃんと理解していなかった。
寺花さんの言う、ありのままの私を理解してくれる人の意味を……。
そして、彼女の方はというと――
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