第6話 お礼がしたい
「うーん、どうしよっかなぁ……」
夜、俺は近所のスーパーのお総菜コーナーで、今日の夕食を何にするか迷っていた。
「ど・れ・に・し・よ・う・か・なっ!」
結局最後まで選ぶことが出来なかったので、天の神様の言う通りに指差した油淋鶏弁当を購入する事に決定。
レジでお会計を済ませ、スーパーを後にする。
ポケットからスマホを取り出し、時刻を確認すると、あと十分ほどで時刻は二十二時を回ろうとしていた。
「ヤベッ。急がなきゃ……!」
俺は急ぎ足で家へと向かう。
なぜ急いでいるのかというと、二十二時からモモちゃんのマ○クラ配信があるから。
配信は外でもスマホで視聴出来るが、Vtuberの放送は基本二時間越えのものが多く、膨大なギガ数を要するため、容量を食わぬようWifiに繫いだ状態で視聴したいのだ。
それに、家に帰れば大画面で視聴可能なので、より大迫力でモモちゃんの姿を拝むことが出来るのも大きい。
「よしっ……何とか間に合いそうだな!」
マンションエントランスを抜けて階段を上り、俺が住んでいる階層の廊下へと辿り着く。
するとそこには、一人の女の子が立っていた。
「おかえりなさい安野君」
玄関前で出迎えてくれたのは、なんと寺花さんだった。
「寺花さん⁉ 体調はもう平気なの?」
「うん、あれからぐっすり寝たから、もうすっかり元気だよ!」
そう言って、腕を曲げて握りこぶしを作ってみせる寺花さん。
学校を早退して、みんな心配していたけど、どうやら昨日徹夜した代償の寝不足は解消されたらしい。
何がともあれ、体調が回復したのは良かったとほっとする。
それよりも――
「でも、どうして廊下なんかにいるの?」
「それはもちろん、安野君を待ってたからだよ」
「俺を?」
首を傾げる俺に対して、寺花さんが可笑しそうにくすっと肩を揺らした。
「今日色々と助けてくれたお礼をしようと思って」
「それでわざわざ待っててくれたの? 明日とかで全然良かったのに」
「私の気が済まないの! とにかく、今日はありがとね。それでその……本当は手料理でも振舞ってあげようかと思ったんだけど……」
寺花さんの視線が俺の手元へと向かう。
そこには、スーパーで購入した油淋鶏弁当が掲げられていた。
「ごめん、今日はバイトで遅くなっちゃったから、外で買って来ちゃったんだ」
「そうなんだ……。じゃあ、何か他に出来ることはない?」
何かして欲しいことはないかと、グイグイこちらへ近づいてくる寺花さん。
寺花さんのシャンプーの香りがふわりと漂ってきて、俺は咄嗟に身体を仰け反らせる。
「本当に大丈夫だよ! 俺はただ当たり前のことをしたまでで、無理にお礼なんてしようと思わなくていいから!」
手で寺花さんを押し返すと、彼女は不満そうに唇を尖らせた。
しかし、すぐさまふっと破願して笑みを浮かべると、羨望の眼差しを向けてくる。
「本当に安野君は優しすぎだよ。そう言う所が余計に――」
ブーブーッ。
寺花さんが何かを言いかけたところで、タイミング悪くスマホのバイブレーションが振動した。
「スマホ、鳴ってるみたいだけど……」
「……ちょっとごめんね」
一言断りを入れて、寺花さんはポケットからスマホを取り出すと、手際よく画面をポチポチと操作し始めた。
俺もスマホを取り出して、ちらりと時計を確認する。
時刻は二十一時五十六分。
あと四分で、モモちゃんの配信が始まってしまう。
「寺花さんごめん。俺ちょっとこの後予定があるから、また今度でもいいかな?」
「えっ、こんな遅くから予定があるの?」
「うん、ちょっとね」
流石に、モモちゃんの配信が観たいからとは言えないので、うやむやに誤魔化すことにする。
「別にはぐらかさなくてもいいのに……」
「えっ?」
「だって、さっきから安野君がそわそわしてる理由って、これがあるからでしょ?」
寺花さんは自身のスマホを指差した。
スマホの画面を見て、俺は思わず「あっ」と声を上げてしまう。
寺花さんのスマホの画面には、モモちゃんのライブ配信の待機画面が表示されていた。
「ふふっ、やっぱり図星だったみたいだね」
「えっと……そのぉ……ごめん」
「謝らなくていいよ。だってこうすればいいんだから」
寺花さんは何やら含みのある笑みを浮かべつつ、おもむろにポチポチとスマホを操作し始める。
ほどなくして、寺花さんが再びスマホの画面を見せつけてきた。
そこには、『この配信のリマインダー予約は取り消されました』と黒い画面に白文字で書かれた画面が映っている。
俺はまさかと思い、自身のスマホでモモちゃんのチャンネルを確認してみると、驚くことに先ほどまであったはずのサムネイルとライブ配信の待機画面が綺麗さっぱり消えていたのだ。
「これで、安野君が急がなきゃいけない予定もなくなったでしょ?」
寺花さんがスマホを操作して、モモちゃんの配信が閉じられた。
こんな偶然があり得るのか?
いや待てよ……もしかして、いやまさか……。
俺の中で、一つの仮説が浮かび上がる。
それに気づいた途端、俺の身体から冷や汗が出てきてしまった。
「嘘……だろ?」
俺は唖然とした表情のまま、寺花さんへ視線を向ける。
すると、寺花さんは今日一番の含みある笑みを浮かべて、俺に声を掛けてきた。
「初めまして安野君。Vtuber桜木モモだよー!!」
寺花さんの声がワントーン上がり、聞き馴染みのある声が鼓膜に突き刺さる。
俺はただ、口をポカンと開いたまま唖然となってしまった。
無理もない。
何故なら今目の前にいるクラスメイトの『アイドル』が、斗真の推しVtuberである桜木モモちゃんの中の人だったのだから……。
「ってわけで、安野君の予定も無くなったことだし、今からちょっと色々とお話ししたいんだけど、いいかな?」
「は、はい……」
俺は状況が呑み込めぬまま、ただそう頷くことしか出来なかった。
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