第42話 本能には逆らえない

 ◇◇◇


 レガーリア王国のライエル王子の部屋にて


「くそがぁぁっ!」


 きらびやかな装飾品、優雅なベッド、重厚で高価な黒塗りの机、それらが配置されているライエルの部屋が、今は無惨な姿となっていた。


 装飾品は割れて床に転がり、ベッドの布団からは羽毛がむき出しになり、机は腹いせのためか剣で真っ二つにされていた。


「どいつもこいつも使えない奴ばかりだ!」


 ライエルは飲み物が入ったグラスを手に取ると壁に投げつける。するとグラスは砕け散り、周囲に破片が散らばってしまった。

 今のライエルは誰が見ても苛立っていることがわかり、普通なら誰もが近寄りたくないと感じるだろう。

 だがそのようなライエルに対して、背後からしなだれる用に抱きつく人物がいた。


「ライエル様どうされましたか?」

「どうもこうもあるか。我が腕は治らず、父上と兄上は聖女を追放したことで私を罰しようとしている!」


 王国は少しずつだが魔物に侵食され、作物は育たず、終いには体調が悪くなる者も続出しているのだ。

 それは全て聖女であるリリアがいなくなったタイミングとピッタリ重なる。


「でしたら聖女を再び連れ戻して地下牢にでも監禁してしまえばよろしいのでは?」


 ライエルにしなだれている人物⋯⋯イザベラから侯爵令嬢とは思えない鬼畜な発言が放たれる。


「そうだな。我が国で力を使うならどこでもいいはずだ。私に恥をかかせた聖女など自由にさせてやる必要はない」

「その通りです。ライエル様」


 イザベラは含みがある笑みを浮かべながら、ライエルの言葉に同意する。


「だが今俺には動かせる人材がいない。父上からは謹慎をくらい、ダグランは俺をみかぎったのか連絡がとれん」

「大丈夫です。我が家の者を使いましょう⋯⋯ボーゲン」


 イザベラが宣言すると部屋に潜んでいたのか、中年の男が現れ跪く。


「この者は私の忠実な部下⋯⋯必ずやライエル様のお望みを叶えてくれるでしょう」

「それは頼もしい。だがこやつ一人で聖女を連れてくることが出来るのか?」

「安心して下さい。我が家の者を百人程同行させますので」

「おお! それならばどこにいようが問題なく聖女を捕獲することが出来るな。頼むぞ、ボーゲンとやら」

「⋯⋯承知しました」


 イザベラとライエルの命を受けたボーゲンは、聖女を誘拐するためにサレン公国へと向かう。この件でユートやリリアの運命の歯車が少しづつずれていくことを、今は誰も知るよしもなかった。


 ◇◇◇


「ミー⋯⋯」


 ミミはリリアに弄ばれたせいか、それとも疲れてしまったのか、元気がなく落ち込んでしまっている。


「ふふ⋯⋯とっても楽しかったです。また一緒に遊びましょうね」


 ミミとは反対にリリアは満面の笑みを浮かべながら畑仕事へと向かう。

 こんなに嬉しそうなリリアは初めてだ。出来ればミミはこれからもリリアと遊んでほしいけど⋯⋯


「ミーミー⋯⋯」


 ミミは目をウルウルさせながら上目遣いで、これ以上は勘弁してほしいと言っているように見えるからなあ。


「たまにでいいからリリアと遊んでやってくれよ」

「ミー⋯⋯」


 ミミは俺の言葉がわかるのか、頷いていた。でも猫じゃらしを持たれたら、本能的に身体が動いてしまうんだろうな。


「俺からもリリアに、猫じゃらしをあまり使わないように言っとくからさ」

「ミーミー」


 ミミは疲れてしまったのか、ベッドに入り目を閉じた。


「留守番を頼むな」


 俺は疲労困憊のミミに向かって声をかける。

 そして村人達と狩りに行く時間になったので、俺は自宅を後にするのだった。


 翌日早朝


「ユートくんリリアさん」


 例にもれず、今朝も村長さんが自宅を訪ねてきた。

 だが今日はいつもと様子が違い、作物の話はしてこなかった。そして代わりに口にしたことは⋯⋯


「発掘したミスリル鉱石がだいぶ貯まってきたんじゃ。そろそろロマリオの街で売ろうと思っているんじゃが、二人も一緒に来てくれんか」


 ミスリル鉱石は高価な代物なので、盗賊達が狙ってもおかしくない。それにロマリオまでの道程で魔物が現れる可能性もある。盗賊達に対する護衛は俺が行い、魔物達はリリアの聖女の力で追い払うという訳か。

 リリアはまだ夢の中にいるため、どうするかわからないが、おそらく村長さんの頼みを断ることはしないだろう。


「わかりました。リリアには俺から伝えておきます」

「おお! ありがとう。二人が来てくれれば百人力じゃ」


 村長さんの役に立てるなら俺とリリアも嬉しい。


「それでは朝食を食べた後にわしの家に来てくれ」

「わかりました」


 こうして俺とリリアの今日の予定は埋まり、この後来たエルウィンと共に、朝食を作るのだった。


 そして朝食時間。

 俺はリリアに今朝村長さんに言われたことを話す。


「私は大丈夫ですよ」


 予想通り、リリアはロマリオの街へ行くことを了承してくれた。

 だが予想外だったのは⋯⋯


「俺もついていくぜ」

「エルウィンも?」

「エルウィンさんは街に用事があるんですか?」

「ああ⋯⋯久々に羽を伸ばそうと思って」

「羽を伸ばす?」

「リリアちゃんにはわからないかもしれないけど、男にはそういう時間が必要なのさ。なっ? ユート」

「同意を求められても困るんだが」


 この男はろくでもないことを考えてるな。ようは夜の街で女の子がいる店に行きたいってことだろ。

 リリアに変なことを教えないでほしい。


「とにかく朝食を食べたら村長さんの家に行くから準備してくれ」

「わかりました」

「了解」


 そして朝食を終えた俺達は村長さんの家へと向かう。


「エルウィンくんも来てくれるのか。これは心強い」

「盗賊の一人や二人現れても俺が倒してみせるぜ⋯⋯だけど五人以上来たらユート頼むな」

「まあその時は」


 頼りない言葉を発しているが、エルウィンはバーカルの雇った者達十五人を始末している。額面通りに受け取らない方がいいだろう。

 これは俺の勘だけどエルウィンは何か隠しているような気がする。それが何かはわからないけど、油断しない方が良いだろう。


 そして俺とリリア、エルウィンと村長、後村の人達数人でノアの村を出発する。

 道中で少数の盗賊達と出会うことはあったが、無事に昼前にはロマリオに到着することが出来た。


「それではわしらは商家の方でミスリルを売りに行ってくる。三人はどうするんじゃ?」

「俺はちょっと行く所があるから、ここで別行動を取らせてもらうぜ」

「俺達は⋯⋯」


 村長さんについていってもいいけど⋯⋯リリアは近くにある露店からの匂いに釣られて、顔が明後日の方を向いている。


「この辺りをブラブラしてますよ」

「わかった。二時間後にここに集合でどうじゃ」


 俺とエルウィンは頷き、それぞれの目的地へと向かうのであった。


「う~ん美味しいです!」


 リリアは串に刺さった焼き魚を両手に持ち、幸せそうな笑みを浮かべていた。


「嬢ちゃん達運がいいぜ」


 先程焼き魚を買った露店のおじさんが話しかけて来た。


「どういうことですか?」

「最近近くの川の水質が良くなってな。その影響かどうかわからないが、取れた魚は風味が良く、味わいが深くなっている物が多くて、焼くと肉質がふっくらとしてて旨いんだ」

「へ、へえ⋯⋯そうなんですか」


 これは聖女の影響だな。俺とリリアは店主の言葉に思わず苦笑いをしてしまう。


「で、でしたらその美味しいお魚を後三本、いえ五本追加でお願いします!」

「毎度あり」


 魔を退け、作物を育て、川の水質を良くする聖女の力か⋯⋯これは相当

 権力者であれば誰もがこの力を欲しくなるものだ。もしリリアの存在がバレたらどんな手を使ってでも手に入れようとするかもしれない。それにもしかしたらレガーリア王国だってリリアを取り戻しに⋯⋯

 聖女の力は周りを幸せにする力だが、平和を望む俺達にとっては不要な力だ。このまま何も起きなければいいけど⋯⋯


「⋯⋯ト様⋯⋯ユート様」

「あっ? 何?」

「眉間にシワが寄っていましたよ。何か考えごとですか?」

「いや、その⋯⋯」


 聖女の力が災いを引き寄せるかもしれないなんて、言えないよな。


「リリアはよく食べるなあと見惚れてたんだ」

「あっ! ひどいです。どうせ私は人より少しだけ食いしん坊ですよ」


 少し? リリアの食いしん坊は少しではないと思うが。その証拠に先程頼んだ五本の串焼き魚は食べ終え、さらに二本追加で両手に持っていた。


「リリアが美味しそうに食べていると、こっちも幸せな気分になるなと考えていただけだよ」

「そ、そうですが⋯⋯少し照れてしまいます」


 嘘は言っていない。リリアの食べている姿に元気をもらっているのは本当だ。


「⋯⋯今まで豆や麦、野菜しか食べていなかったので、好きな物が食べれるのが嬉しくて」


 今さらのことだけど、レガーリア王国はリリアに窮屈な生活をさせているのだから、少しくらい好きなようにさせてあげればいいのにと思ってしまう。


「私⋯⋯今畑仕事をして好きな物を食べて、村の子供達やミミちゃんと遊んでとても幸せです⋯⋯そそそ、それにユ、ユー⋯⋯」

「その魚美味しそうだな」


 リリアが話している途中でエルウィンが割って入ってきた。もう用事は終わったのだろうか。


「魚ならそこで売ってるから買ってきたらどうだ」

「そうだな。行ってくるぜ」


 そしてエルウィンは串焼き魚が売っている露店へと行ってしまった。


「慌ただしい奴だな。それで? リリアは何を言おうとしたんだ?」

「そ、それは⋯⋯」


 リリアは何故かこちらに視線を合わせてくれない。


「あそこに茹でたタコが売っているので買ってきます!」


 むしろ今のリリアの顔の方が、茹でたタコみたいに赤く染まっているような気が⋯⋯

 しかし指摘する前にリリアは露店へと向かってしまった。


「それにしても幸せ⋯⋯か」


 俺は命を救われて以来、ずっと聖女であるリリアの役に立ちたいと願っていた。でも今は一緒に過ごすことによって、聖女とか関係なく、リリアという少女を守っていきたいと思い始めている。


「ユート様も食べますか」

「ああ、食べるよ」


 俺はリリアから受け取った魚を食べながら、この騒がしくも楽しい日々がいつまでも続けばいいなと、切に願うのだった。


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