第41話 秘密兵器
「こう毎朝来るのはやめて欲しいんだが」
「いいじゃねえか。村長からは許可を得てるんだからよ」
「それは村に住む権利だろ?」
そう。エルウィンは何故かザイード達を倒した後、ノアの村に滞在することを要求してきた。
そしてもちろん村長さんは村を救ってもらった恩があるため、エルウィンの願いを受け入れたのだ。
「まあどっちでもいいだろ? それより食材を持ってきたぞ」
エルウィンは背中の籠に背負っていた物を取り出す。
卵に魚、多くの野菜と、とても三人では食べきれない食材をテーブルの上に置いていく。
正直エルウィンが何を考えているのかわからないため、なるべく共に行動をしたくないのだが、この食材の数々は助かる。
何故ならリリアは、一日分の食材を一食で食べてしまうのだ。我慢することは出来るらしいが、なるべく好きに食べさせてあげたい。そうなるともちろん食材とお金が必用になるのだが、エルウィンがこうして差し入れをしてくれるのだ。
正直ありがたい。だからハッキリと邪険に扱うことが出来ないのだ。
「今日は何を作るか」
「リリアちゃんは美味しい美味しいって、笑顔で食べてくれるから作りがいがあるよな」
「だな」
こうして俺は、エルウィンと毎日の日課となっている朝食作りに励むのであった。
そして朝食を作り始めて二十分程経った頃。野菜スープの匂いが周囲に漂い始めた。
さて、そろそろかな。
「ちょっと行ってくる」
「俺が行こうか」
「寝室に一歩でも入ってきたら、本気で家から叩き出すからな」
「じょ、冗談だ。目がマジだぞ」
エルウィンならやりかねないので、ここは強く釘を刺しておく。
女性の寝室に勝手に入れる訳にはいかないし、リリアはその⋯⋯何と言うか寝起きが悪く、朝食を作り出してから起こすのも意味がある。
リリアは普通に起こしても起きない。
そのため朝食を作り、食べ物の匂いを使って起こしているのだ。
「リリア⋯⋯朝だぞ。もう少しで朝ご飯が出来るから起きてくれ」
「う~ん⋯⋯ご飯⋯⋯今日のご飯は⋯⋯何かな」
リリアは目を閉じたまま布団から出て身体を起こすが、パジャマが捲れて下着が丸見えになっていた。
これがエルウィンを寝室に入れない最大の理由だ。
何故かリリアは寝ているとあられもない姿になっている時が多い。俺も最初は狼狽えてしまったが、今では冷静にパジャマの乱れを直すことが出来るようになった。
「起きれな~い~⋯⋯リビングまで連れてって~」
「はいはい」
そして寝起きのリリアはすごく甘えん坊になる。その姿が可愛らしくてついつい俺も言うことを聞いてしまっているのだ。
俺はお姫様抱っこでリリアを運び、リビングにある椅子へと降ろす。
するとテーブルには既に朝食が並んでいた。
「良い匂~い」
リリアは朝食の匂いを嗅ぐと、何かスイッチが入ったのか突然閉じていた目が開く。
「いただきま~す」
そしてナイフとフォークを手に取ると、勢いよく朝食を食べ始めるのだった。
「今日もとても美味しいです! お二人が作って下さった朝食は最高です」
リリアは幸せそうな笑顔で、目の前の料理をあっという間に平らげていく。
「この小さい身体のどこに入っているか不思議だな」
俺は信じられない状況に思わずボソッと口に出してしまう。
「その気持ちわかるぜ。だけどリリアちゃんが食べた栄養がどこに行ったかはわかるぜ」
エルウィンは両手を使って自分の胸の場所に山を作る。
「バカなことを言うな」
俺はエルウィンが下劣なことを口にしたので、頭を小突く。
「いたっ! お前も本当はそう思っているんだろ」
「そうだとしてもわざわざ口に出すな」
確かにリリアは身長は高くないが、胸はかなりふくよかである。俺はほぼ毎朝あられもないリリアの姿を見ているので、そう断言できる。
だけどそれをリリアの前で口に出すことではない。
だが幸いなことに、当の本人は食事に夢中なのか俺達の話を聞いていないようだ。
「ご馳走さまでした~」
そして朝食が終わると、リリアは完全に目が覚めたのか、元気いっぱいになっていた。
「それじゃあ俺は鉱山で一汗かいてくるぜ」
「俺はもう少ししたら、村の人達と狩りに行く予定だ」
「私は畑仕事に行ってきます」
エルウィンが鉱山に向かうと、この家には俺とリリアの二人だけとなった。
「ミーミー」
「おっと。ミミもいたな」
ミミは俺の膝の上に座り、目を閉じてしまう。
「あ~ん、私の膝も空いているのに。ミミちゃんはつれないです」
リリアはミミと仲良くなりたくて、色々な手を使ってがんばっている。しかし相変わらずミミはリリアには塩対応だ。
「フッフッフ⋯⋯でもそれも今日までです。私には秘密兵器がありますから」
リリアは大きな胸を強調するかのように胸を反らして、どや顔をする。
「秘密兵器?」
「はい。ミミちゃんもこれを見れば私と遊びたくなるはずです」
リリアはそう言って自信満々に取り出した物は⋯⋯一本の草だった。
「猫じゃらし?」
「そのとおりです。これを使えばミミちゃんは私にメロメロになるはずです」
そんなバカな。確かに見た目は子猫だけど、仮にも神獣と呼ばれる存在だ。猫じゃらしに翻弄されるはずがない。むしろ今まで以上に怒りそうな気がするけど。
「ほらほらミミちゃん~猫じゃらしですよ~」
リリアは猫じゃらしをしなやかに左右に振る。
プイッ。
しかしミミは首を明後日の方へと向け、猫じゃらしになびかないように見えたが⋯⋯
ソワソワ⋯⋯ソワソワ。
ミミの視線だけはリリアの方へと向けられた。
「楽しいですよ~素直になって下さ~い」
そしてミミは、とうとう視線だけではなく身体まで吸い寄せられように正面を向く。
「ミャ、ミャー⋯⋯」
だがプライドがあるのか、猫じゃらしに手を出すのを我慢しているように見えた。
「ミャー! ミャー!」
しかしそれは一瞬で、ミミを猫じゃらしの魅力に勝てずじゃれ始める。
実はミミは神獣ではなく、本当は猫なのではと疑いたくなってきた。
それにしてもこの光景をパステトが見たらどう思うか。
「それそれ~こっちですよ~」
「ミャミャ! ミャー!」
だけど一人と一匹はとても楽しそうだ。これでリリアとミミの仲が良くなるならいいか。
それにしても平和だ。数日前までこの村が滅ぼされそうになっていたなんて、嘘のようだ。
ユートはいつまでもこの平和が続けばいいと思っていたが、リリアに忍び寄る陰は、徐々に迫っているのだった。
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