第16話 栄養はどこに?
「ユートくん、リリアさん。食料を買って帰ろうと思うのじゃが、少しだけ時間をくれんか」
「わかりました。それでは私達は少し街を見てきます」
「ありがとう。それでは一時間後に東門で待ち合わせでいいかのう」
「はい」
こうして俺とリリアは思わぬ形で、自由な時間を得ることが出来た。
「リリアはどこか行きたい所があるの?」
街を見て回ると村長さんに言っていたから、どこか行きたい所があるのだろう。
「そうですね。普通に街を歩いてみたいです」
そうだ。レガーリア王国にいた時は、リリアに自由などなかった。だからただ街を歩くだけでもリリアにとっては、新鮮なことなのだろう。
「わかった。それじゃあ行こうか」
正直な話、ここもレガーリア王国と比べて治安も良くない。それにバーカル一味に遭遇したら、トラブルに巻き込まれそうで不安もある。だけどリリアは、聖女という籠から逃れて自由になることが出来たんだ。だからなるべくなら好きなことをさせてあげたい。
何が起きても大丈夫なように、俺が目を光らせてればいいよな。
こうして俺は周囲を警戒しながら、街の東地区へと向かう。
「うわ~⋯⋯すごいです。お店がたくさんあります」
俺達が向かった先には、露店が並んでおり、リリアは目を輝かせていた。
露店には食べ物や雑貨、アクセサリーなどが置いてあり、とてもじゃないが一時間で回れそうにない。
「これだけのお店がありますと、どこに行けばいいのか迷ってしまいます」
「そこは⋯⋯直感的に行きたい所に行けばいいんじゃない?」
「そうですね⋯⋯ではあそこのお店に。先程から香ばしい匂いが気になっていまして」
リリアが選んだのは、鳥肉を串に刺して焼いている店だった。
「なるほど⋯⋯リリアが直感的に選んだのは焼き鳥の店か」
お腹が空いていたのかな? 確かに今は昼食を食べてもおかしくない時間だ。俺はチラリと一瞬だけリリアの腹部に視線を送る。
「ユート様⋯⋯私を食いしん坊だと思っていませんか?」
リリアがジト目でこちらに視線を向けてきた。
どうやらリリアのお腹を見ていたことが、バレていたようだ。
「全然思ってないよ。ただそろそろ昼食を食べる時間だなと考えていただけだ」
「本当ですか?」
「ああ。とりあえずそんなに時間もないから、早く頼んだ方がいいんじゃないか?」
「そうですね。すみませ~ん⋯⋯この焼き鳥を三十本お願いします」
「あいよ。毎度あり」
三十本? もしかして俺の分も頼んでくれたのかな?
「リリア俺は⋯⋯」
「あっ! 申し訳ありません。ユート様の分を頼み忘れてしまいました」
「えっ?」
「おじさま。やっぱり六十本でお願いします」
「六十本!? ま、毎度あり」
露店の店主も思わぬ注文数に驚いているぞ。
まさかこの小さな身体で三十本も食べる気だったのか! これは食いしん坊だと言っても間違ってはいないような気がしてきた。
いや、驚いている場合じゃない。このままだと俺も焼き鳥を三十本食べることになってしまう。
「リリア、俺はそんなにお腹が減っていないから」
「そうですか⋯⋯でしたらおじさま。四十本でお願いします」
「あ、あいよ」
とりあえず俺も十本食べるみたいだ。まあ十本なら食べられるからいいか。
「お待ちどうさま。大銅貨四枚になるぜ」
俺は大銅貨一枚、リリアが大銅貨三枚を店主に渡して、焼き鳥をもらう。
「美味しそうな匂いです。この焼き鳥についたタレがまた良い匂いをしています」
「そうだね」
本当にリリアはこの焼き鳥の山を食べられるのか?
俺は頭の中で疑問に思ったけど、その疑問はすぐに解消された。
「やっぱりお肉は最高ですね!」
リリアは嬉しそうに笑みを浮かべながら、どんどん焼き鳥を胃袋に収めていく。そして終いには俺が食べ終える前に、自分の焼き鳥を食べてしまった。
少々失礼だが、これでよく太らないな。
しかしリリアはすごく痩せているように見える。ただ胸の大きさは体型と比例しておらず、とてもふくよかに見えるため、栄養がどこに行っているかは一目瞭然だった。
それにしても本当に全て食べてしまうとは。だがさすがにこれ以上は食べられないだろうと思っていたが⋯⋯
「ユート様、次はお魚が食べたいです。早く行きましょう」
リリアは嬉々として次の露店へと向かったため、これは一緒に暮らしていく上で、食費のことを真剣に考えないといけないなと俺は思った。
しかしリリアの幸せそうな笑顔が見れるなら、食費の不安などささいなことだ。
「わかった。今行くよ」
俺は少しいっぱいになったお腹をさすりながら、リリアの後へついていく。
そしていくつかの露店で食した後、俺とリリアはフルーツジュースを飲みながら、噴水脇にあるベンチに座っていた。
「ふう⋯⋯とても美味しかったです」
「そ、それは良かった」
どうやらリリアは露店の食べ物に満足したようだ。
それにしてもリリアがここまで食べるなんて思わなかったぞ。
「楽しいですね」
「んっ?」
「自分の好きな物を好きなだけ食べたのは初めてです」
どうやら聖女としての食事は決められたもので、リリアの意見は取り入れられてなかったようだ。
「満足した?」
「はい!」
リリアから今までで一番良い笑顔が返ってきた。
俺はリリアに命を救われた。だからこの笑顔がこれからも見れるよう、守って行くつもりだ。
「でも世界にはもっと美味しい食べ物がある」
「本当ですか?」
「落ち着いたらまだ見ぬ食べ物を探して、世界を旅するのもいいかもね」
「そうですね。ユート様と一緒ならとても楽しそうです」
そのような未来もありかもしれないな。
わざわざ束縛されるような人生に戻ることはない。
俺達はこれから来るかもしれない将来を語りながら、手に持ったジュースを飲み干す。
そしてそろそろ約束の時間が経とうとした時。
「ねえねえ。そこのお兄ちゃんとお姉ちゃん」
突然少女が俺達に話しかけてきた。
「なあに?」
リリアが少女の問いかけに答える。
年は十歳前後といった所か⋯⋯リリアに危害を加えるつもりではなさそうだが、一応俺は警戒する。
「これ、お兄ちゃんとお姉ちゃんに渡してって頼まれたの」
少女は何か紙のようなものを差し出してきた。
「これは手紙⋯⋯ですか?」
この国に誰も知り合いのいない俺達に何故手紙が。
怪しいな。中に何が書かれているんだ。
「それじゃあ私は行くね。バイバイ」
「あっ! ちょっとまって!」
リリアは呼び止めるが、少女はその声に振り向くことはなく、人混みの中に消えて行くのであった。
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