第15話 神業

「ほう⋯⋯成功しましたか。ですがその程度で実力を示したと言われましても」

「お主汚い真似をしおって! じゃがその状況でも銅貨を斬ったユートくんは評価されるべきじゃ!」

「それを決めるのは私だ」


 理不尽だが決定権は向こうにある。余程のことがない限り俺のことは認めないだろう。

 だけどマンソンは勘違いしている。全ての決定権は自分だけが持っているということを。


「受付の方。ユート様が行った素晴らしい剣技の最中に、眠くて目を閉じていたのでしょうか? 実は私も昨日は夜更かしをしてしまって⋯⋯」


 リリアもマンソンの言動に我慢出来なかったのか、問いかける。


「なんですか? この小娘は。訳がわからないことを」

「ですが私は一挙手一投足記憶に刻んでいます。この先何が起きても、ユート様の勇姿を忘れないでしょう」


 リリアはどこか恍惚な表情をしているように見えるが気のせいか?


「あなたも声を上げていたので見ていたはずです」

「確かに見ていました。しかしそこそこの実力がある冒険者なら、同じ事が出来ることです」


 しかしマンソンの言葉を聞いて、この場にいる冒険者達が目をそらす。

 これは出来ないと言っているようなものだろう。


「いえ、あなたはユート様の華麗な剣技を見ていません」

「何をバカな⋯⋯確かに銅貨が斬られた所を見ていましたよ」

「もう一度言います。あなたはユート様の華麗な剣技を見ていません」

「しつこいですよ! 私が何を見逃したというのですか!」


 リリアの繰り返す言葉にマンソンは苛立ちをみせ、声を荒げる。


「わしもリリアさんが何を言いたいのかわからん。お主わかるか?」

「俺も何が何だか⋯⋯」


 どうやら村長さんも村人達も、リリアの言っている意味がわからないようだ。


「でしたらお答えしましょう⋯⋯床に落ちている銅貨をしっかりと見てください」


 ここにいる者達がリリアの言葉に従って銅貨に目を向ける。

 そこには六つに別れた銅貨が転がっていた。


「だからこれが何だと言うんだ! この男が三枚の銅貨を斬り落とした所は見ていた! その結果六枚の銅貨が床に⋯⋯六枚の銅貨だと!?」


 マンソンは慌てた様子で斬られた銅貨を拾いにいく。

 そして銅貨を手に取るとワナワナと振るえ始める。


「バ、バカな⋯⋯こんなこと⋯⋯ありえない」

「あなたにもわかって頂けたようですね」


 絶望した表情を見せるマンソンに対して、リリアは胸を張り、得意気な顔をしていた。


「も、申し訳ない。わしには何が何だかわからん。リリアさん、説明してくれんか」

「わかりました。お答えしましょう」

「よろしく頼む」


 リリアが何故マンソンが銅貨を見て絶望しているか、語り始める。


「ユート様は空中に舞う銅貨を三枚斬りました」

「そうじゃな。それはわしにもわかった」

「宙に投げられた銅貨を斬ることは簡単には出来ませんが、ユート様はさらにすごいことをやって退けたのです」

「それはどういうことじゃ」

「ふっふっふ⋯⋯ユート様は三枚の銅貨の縁を斬ったのです!」

「な、なんじゃと! た、確かに縁が斬られているようじゃ。こんな細い部分を斬るなど人に出来ることなのか!」


 正解だ。

 俺はただ銅貨を斬るだけだと、また理不尽な難癖をつけられると思い、簡単には出来ないことをした。その結果、マンソンの手には円形の六枚の銅貨があるというわけだ。


「このような神業は見たことがない。Sランク冒険者でも同じことが出来るかどうか⋯⋯」


 マンソンは心ここに在らずといった様子で呆然とし、床に崩れ落ちる。

 冒険者ギルドの最高ランクはSランクだ。それと同等以上に評価してもらって光栄だ。


「今の言葉、この年寄りの耳にしかと聞こえたぞ。よもやまだユートくんには盗賊を捕まえる技量がないと、口にしないとは思うが」

「わ、わかりました。認めます。この盗賊達はあなた方が正当に捕まえたと認め、報償金を払わせていただきます」


「余計な時間を食ってしまったので、すぐに手続きを済ませてるのじゃ」

「申し訳ありませんでした。すぐに手配致します」


 そしてマンソンは態度を一変し、慌てた様子で盗賊を捕縛した報償金を用意した。


「ユートくん。これは君の物だ」


 村長さんが俺の手に金貨を十枚渡してきた。

 金貨十枚か⋯⋯これだけあれば、レガーリア王国では一つの家庭が五、六年は過ごせるだけの額だ。


「ありがとうございます」


 俺は手続きしてくれたお礼を述べ、金貨を受け取った。

 もうこの金貨の使い道は決まっている。実は昨日の内にリリアと話し合って、どうするか考えていたのだ。


 俺は受け取った金貨をそのまま村長さんに返す。


「この金貨はノアの村のために使ってください」

「う、受け取れんよ! これは盗賊を退治したユートくんの物だ」


 村長さんは予想外の出来事に戸惑いを見せていた。

 現状ノアの村は食べ物、住居、治安とかなり生活水準が低く、若い人達もほとんどいない。畑に作物の芽が出た所で、今後暮らしていくのは難しいだろう。

 それならこの金貨は、村のために使ってもらおうとリリアと二人で決めたのだ。


「これは住む所を提供してくれたお礼です。俺達はあの家を使ってもいいんですよね?」

「それはもちろんじゃ」

「俺達もタダで住むのは心苦しいです。これは当面の家賃としてお受け取り下さい」


 家を貸してくれたお礼と言えば、村長さんも断ることは出来ないだろう。

 村長さんは震えながら金貨を強く握る。


「ユートくん⋯⋯リリアさん⋯⋯ありがとう。本当にありがとう。これで村の者達が飢えなくて済む」


 村長さんや村の人達の涙が、頬を伝って床に落ちる。


 こうして俺はマンソンの嫌がらせを切り抜け、盗賊退治で得た金貨を村長さんに渡して、冒険者ギルドを立ち去るのであった。


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