第9話 不思議な現象

 俺は叫び声が聞こえた瞬間、ベッドから飛び起きる。


「なんだこれは! 敵襲か?」


 瞬時に頭に過ったのは、昨日捕まえた盗賊が脱走したことだ。

 俺は急ぎ周囲の気配を探るが、殺気のようなものは感じられない。


「う~ん⋯⋯おはようごじゃいましゅ」


 俺が飛び起きたせいか、それとも周囲から聞こえる声のせいかリリアが眠い目を擦りながら目覚める。

 とても可愛らしい姿だけど今は見惚れている時間はない。


「外に人がたくさんいるみたいだ。確認しに行くから準備して」

「えっ? あ、はい! わかりました」


 異様な雰囲気を感じ取ったのか、リリアのトロンとした目に光が宿る。


「お、お待たせしました」

「行くよ」


 盗賊達じゃなくても、こんなに朝早くから騒ぐなど普通ではない。

 俺は臨戦態勢を取りながら、ドアを開けて家の外へと向かう。

 すると村人と思われる人達がうつむき、何やら興奮しているように見えた。


「何かあったのでしょうか」

「さあ?」


 とにかく村人達が騒いでいることに俺達は関係なさそうだ。


「あっ⋯⋯村長さんがいらっしゃいますね」

「ちょっと聞いてみようか」


 俺達は集団の中に村長を見かけたので近づく。


「「おはようございます」」

「おお! ユートくんリリアさん! これを見てくれたまえ!」


 村長は地面を指差していたので、俺達は視線を向ける。

 するとそこには畑があり、何の植物かわからないけど無数の芽が出ていた。


「畑に何かを植えれば、芽が出るのは普通ですよね?」

「これは何か変わった植物なのでしょうか?」

「いや、この畑に植えているのはどこにでもあるトマトじゃ」

「トマトですか? それなら特別珍しいことじゃない気が⋯⋯」


 村長さんや村の人達が何に興奮しているのか、本当に理解出来ない。

 トマトは安価で幅広く流通している野菜だ。少なくともレガーリア王国では容易に手に入る。

 しかしこのサレン公国では違うのかもしれない。

 ダメだな。俺は世界を知らなすぎる。こんなことではいざという時に、リリアを守ることは出来ない。

 しかしこの後、俺の決意も虚しくなるような言葉が村長から返ってくる。


「そうじゃな。ここに植えたトマトは、サレン公国ならどこにでも手に入れることが出来る物じゃ」

「えっ?」


 俺は予想外の言葉に思わず驚きの声を洩らしてしまう。


「それなら特別驚くようなことではないような」

「そんなことはない! この村の土は栄養素がなくなってしまったのか、年々衰えていたんじゃ。そして今年は一ヶ月前に種を蒔いたが、昨日まで何も生えて来なかった」


 確かトマトは植えてから一週間くらいで芽が出てくるはずだ。


「しかし今日になって、村に植えた全ての野菜や果物に芽が出ていたんじゃ! これは驚かずにはいられん!」

「それは不思議な現象ですね」


 一つの畑ならまだしも、村全体の畑となるとこれは偶然で済ますことは出来ない。

 一つだけ思い当たることがある。だけどそれをここで口にする訳にはいかない。


「二人が来てから盗賊はいなくなるわ、畑の作物に芽が出るわ、良いこと尽くめじゃ。これで魔物がいなくなれば、村は安泰なんじゃが⋯⋯」

「ユート様⋯⋯何とか出来ないでしょうか」


 リリアが不安気に問いかけてくる。

 正直な話、。だけど剣の腕はこの五年間休まず磨いてきた。俺達がこの村で生活していく上で、魔物は排除した方がいいだろう。


「それなら俺が魔物を退治しますよ」

「本当か!」

「ええ、村長さんには休む場所も提供していただきましたし」

「盗賊を倒したユートくんなら安心して任せられる。どうかその力を貸して下さらんか」


 村長さんを初め、村の人達が深々と頭を下げてくる。


「任せて下さい」

「じゃが先に盗賊達をロマリオの街に輸送したい。ユートくんにも来てもらいたいのじゃが」

「いいですよ」


 万が一盗賊達が逃げようとした時に、俺がいた方がいいということかな?


「リリアもいいかな?」

「承知しました」


 リリアを守るためにも側にいた方がいいだろう。今回は退


「今から出発すれば夕方前には帰って来れるはずじゃ。準備が出来たらわしの家の前に来てくれんか」

「わかりました」


 そして俺達は借りている家屋へと戻る。

 盗賊達の連行と魔物退治か。どちらも大切な仕事だ。失敗しないように気合いを入れていかないとな。

 だけもその前に、リリアとこれから暮らしていく上で、どうしても知っておきたいことがある。

 俺は出かける準備をしているリリアの元へと向かう。


「リリア」

「すみません。もう少して準備が終わりますの少々お待ち下さい」

「いや、違うんだ。ちょっと聞きたいことがあって」

「聞きたい⋯⋯ことですか?」

「ああ⋯⋯」


 そして俺は村長の話を聞いて、気になっていることを口にするのであった。

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