ヘラヘラ笑うなと婚約破棄された結末は

アソビのココロ

第1話

 エマ・ブラウン。

 名前からして平凡な伯爵令嬢が俺ウォルター・マシューズの婚約者になったのは、特段深い理由があったわけではない。

 ともに伯爵家同士で家格が釣り合い、家同士の関係が悪くなく、年齢が近かった。

 それだけだ。


 エマは決してブサイクではなかったが、特に目立つ外見上の特徴などはない。

 多くの令嬢の間では埋没してしまうような、地味な容姿だった。

 まあ有り体に言えばニコニコしているだけしか能がない女だ。

 そう思っていた。


 食事をともにしていた友人の騎士見習いジョージが言う。


「エマ嬢の刺繍、コンクールで優勝だってな」

「ああ、らしいな」

「ハハッ、相変わらず無関心なんだな」


 ジョージは言うが、エマについて無関心なわけはない。

 無関心を装っているだけだ。 


「エマ嬢から刺繍の作品をいくつももらってるんだろう?」

「まあな」

「どうしたんだ? 売れるかもしれんぞ」

「どうしたかな……処分したと思う」

「ハハッ、ひでえ」


 刺繍は貴族女性の嗜みで誰でもやることだ。

 エマの複雑で正確なステッチがすごいなんて知らなかった。


「エマ嬢って成績もいいんだろう?」

「いいみたいだな。学年が違うからよくは知らんが」

「期末に成績優秀者で表彰されてたじゃないか」


 あれは驚いた。

 エマはニコニコしているだけであまり自分から喋ろうとしないから、頭がいいとは思ってなかった。


「結構な魔力持ちのようだし」

「……ああ」


 これも知らなかったことだ。

 小さい頃から魔法に興味があって、かなり自在に使えるなんて。

 いや、魔力は年齢が低い内から鍛えた方が、伸びが大きいとは言われているけれども。

 魔法って異常に難しいから、学院でも講義を選択している者は少ないんだぞ?

 宮廷魔道士を目指すやつらくらい。

 大体エマは魔法の講義なんか、選択してなかったんだろう?


 エマが魔法を使えると知られるようになったのは、学院を囲う壁が倒れて多くの負傷者が出た事故があったからだ。

 たまたま登校途中で近くにいたエマが重力魔法で被害者を救い出し、回復魔法で癒した。

 死者ゼロだったが、騎士と魔道パトロール隊の到着を待つまで手をこまねいていたら、数人は黄泉行きになっていただろうという話だ。


「可愛いし」

「今はな」

「いや、昔から可愛かったって。目立ってなかったけどすごく感じが良かったよ」


 顔の造作は普通だったろう?

 化粧映えする顔なんだなあ、とは最近思うことだ。

 まあエマはいつもニコニコしていたから、ジョージの好みだったのかもしれん。


「慎ましいし」

「うん」

「敵を作るような子じゃなかったし」

「ああ」

「どうして婚約破棄したんだ?」


 心臓がキュッとした。

 そう、エマが学院に通うようになる直前に婚約破棄したのだ。

 しかしここまで無遠慮に突っ込んでくるのもジョージだけだな。

 仲のいい友人ということもあるのに加え、婚約破棄仲間ということもある。

 時間の経った今なら、ということもあるんだろう。


「……ちょっと一言で言えないな。何となくとしか」

「はあ? 何だそれ? 後悔してないか?」

「……ジョージこそどうして婚約破棄したんだよ」


 逃げてしまった。

 当時の決断が間違っていたとは思わないが、後悔はしている。

 ジョージが婚約破棄した理由は大体知ってるけど。


「オレは婚約破棄されたんだよ」

「えっ?」

「……対外的にはオレの方から婚約破棄したことになってるがな」


 ジョージのところは決定的に性格が合わなかったと聞いている。

 婚約破棄されたというのは知らなかった。

 二人とも意地っ張りだったからな。

 女性の方から婚約破棄したと知れると淑女らしくないから、ジョージが婚約破棄した体裁にしたのか。

 大人しく婚約解消にしとけばよかったのに、感情的に拗れていたんだろう。


「誤魔化されないぜ。何となくって何だよ?」

「エマか……決定的なことは何も。理由がなくはないんだが」

「話せよ」

「言いづらいことを聞くなあ。マナー違反だぞ?」

「オレだって話しづらいことを話しただろうが。いいから吐き出せよ。スッキリするぜ」


 ジョージは勝手に話したんじゃないか。

 でもスッキリするのは当たってるか。

 誰かに話したい気も確かにあった。


「話が合わなかったな」

「エマ嬢は聞き上手だろう?」

「聞き上手で片付けられるのか。エマはいろんなことを知ってたはずなんだ」

「そりゃまあ成績優秀者で、魔法への造詣も深いとあればな?」

「なのに自分から何も話しはしなかった」

「淑女だからだろう?」


 かもしれない。

 しかしそれがスカしているように思えてしまったのは事実だ。


「婚約者同士であれば楽しく語らいたいじゃないか」

「……わからなくはないな」

「性格も合わなかった」

「性格? エマ嬢は性格がいいじゃないか。ウォルターもいい性格してるし」

「いい性格って、褒められてる気がしないな」

「ハハッ、まあまあ」


 ギスギスしていたジョージのところに比べれば、贅沢な悩みだとはわかっている。

 ただずっと違和感を覚えていたのは間違いないのだ。

 腹を割って話さないというか、本音を言わないというか。

 いつも対外的な笑顔の仮面の向こう側に存在していた感じ。

 婚約者として良くない態度だと思っていた。


「で?」

「結局エマは俺に隠し事をしていたわけだろう?」

「隠し事って、悪事じゃないじゃないか。自分の技能や優秀さをひけらかすことがなかっただけだろう?」

「隠し事には変わりない。そんなことで互いの信頼関係を築くことができるか!」

「いや、エマ嬢が実力を隠していたことを知ったのは、婚約破棄の後だっただろう?」

「ぐっ……」

「つまりウォルターはエマ嬢を気に入らなかっただけなんだ。何となくと言った意味が、何となくわかった」


 何となく、か。

 何となく、だ。

 ヒラヒラ飛ぶ蝶々を捕えられないもどかしさに似た状況に、つい腹が立った。

 エマに対して、どこか不信感が拭えなかったのだ。

 思えば俺も辛抱が足りなかった。

 未熟だったことは認めよう。


「これを聞くのは反則かもしれんが」

「今更何を言ってるんだ、ジョージ」


 吐き出せと言ったのはジョージじゃないか。


「エマ嬢のことをどう思ってるんだ?」

「……今か?」

「今だ」

「正直……惜しかったな、とは思っている」


 最初から全てを話してくれていたなら。

 俺も短気だったとは反省している。

 エマももう少し俺に寄り添ってくれたなら。

 俺の気持ちをわかってくれたなら。


「まあエマ嬢もカールトン殿下の婚約者だ。収まるところに収まったじゃないか」


 頷かざるを得ない。

 優秀な淑女と評判を馳せたエマは、苛烈な争奪戦の上、第二王子カールトン殿下の婚約者となった。

 お似合いだと思う。


「オレら婚約破棄ズはともかくよ。エマ嬢には幸せになって欲しいよ」

「何だ、婚約破棄ズって」


 婚約破棄でエマを傷つけてしまった自覚はある。

 口では何を言っていても、エマには幸せになってもらいたいとは、オレも思う。


          ◇


 ――――――――――エマ・ブラウン伯爵令嬢視点。


 やらかしてしまいました。

 どうも殿方といい関係を築くのは難しいです。

 以前婚約者だったウォルター様に言われたことがあります。


『君は意思疎通したいという考えがないのか! 秘密主義でヘラヘラしてばかりで!』


 本来喋るのが苦手というわけではありません。

 ただ淑女はムダ口を叩かないものと教育を受けていましたので、それが裏目に出てしまった感じです。

 ウォルター様を怒らせ、婚約破棄されてしまったのは仕方ないです。

 婚約者は他人じゃないですものね。

 大いに反省しました。


 しばらく傷物扱いされていた私ですが、魔法の実力が知られると縁談がいっぺんに集まりました。

 本当だ、ウォルター様の言っていたことは正しいです。

 ある程度情報を開示した方がいいのですね。

 決して秘密主義だという自覚があったわけではないのですが、私のしていたことは控えめに過ぎたようです。


 また少し積極的に話すようにしたら、友人も増えました。

 欠点に気付かせてくれたウォルター様には感謝しかないです。


 第二王子カールトン殿下との婚約が決まりました。

 これはもう選びようがありませんでした。

 一度に婚約の申し込みが集まり過ぎたため、最も身分の高いカールトン殿下のお話を受けて、他をお断りせざるを得なかったのです。


 しかしカールトン殿下は不誠実な方と言いますか、青春を謳歌していると言いますか。

 要するに恋愛大好きな方なんですね。

 もっと言うと、わかりやすく胸の大きい令嬢がお好みなのです。

 エロイーズ・スネル男爵令嬢とのロマンスが目に余るようになってきました。

 王家の評判にも関わりますのできつめにお諫めいたしましたが、カールトン殿下はお気に召さなかったみたい。

 完全に嫌われてしまったようです。


 ……比べてはいけないのでしょうが、ウォルター様は不誠実な方ではありませんでした。

 というより真っ直ぐで正直な方でした。

 私の至らぬ点も指摘してくださいました。

 うまくいかないものだなあと、ため息が出ますね。


          ◇


 ――――――――――ウォルター・マシューズ伯爵令息視点。


「電撃再婚約おめでとう」

「よせよ」

「ありがとうございます」

「素直に喜んでおけよ。エマ嬢みたいにさ」


 ジョージが笑う。


 一昨日の夏の集いのパーティーにて、カールトン殿下のかました公開婚約破棄は衝撃だった。

 エロイーズ・スネル男爵令嬢を抱き寄せて、エマが生意気で不敬だから婚約破棄だと言い放ったからな。


 皆がポカーンとしていた。

 それはそうだ。

 エマが秀でた令嬢なのは周知の事実であったし、大体自分が浮気しながら何を言ってるんだ、という空気で満ちていた。


 あまりのことに陛下も呆然とされていた。

 まあ公衆の面前でなされたカールトン殿下の宣言を取り消すことはできなかったろうし、エマが婚約破棄を受諾して粛々と退場していったから、場を混乱させないためにも流れに任せるしかなかったんだろうけれども。


「エロイーズ嬢の胸は大きいよな」

「否定しようがないな」

「殿下の鼻の下がすげえ伸びてたのは笑える」


 アハハオホホと笑い合う。


「エマは随分自然な顔で笑えるようになったんだな」

「ウォルター様が教えてくださったおかげです」

「その顔は好きだ」


 ハハッ、赤くなった。

 可愛いな。


 カールトン殿下の婚約破棄宣言でエマが退場した後、すぐに俺もパーティーを抜け出し、父と相談してその日の内にブラウン伯爵家に婚約申し込みの使いを走らせた。

 断られるのが当然だ。

 俺は婚約破棄した側なんだから。

 しかし早さが誠意と信じたのだ。


 意外なことに次の日には婚約が成立した。

 さらに意外なことに、エマからの受諾希望だったという。

 わかり合えたものがあったかと、大変嬉しかった。


「やはりウォルター様が指摘してくださったことは正しかったなあと、後々思ったんですよ」

「ウォルターはどんなことを言ったんだ?」

「ええと、意訳するともっと自分を出せ、ということですかね」

「うん、エマはとても魅力的になった」

「わたしもいけないこととは知りながら、ウォルター様とカールトン殿下を比べてしまって」

「ハハッ、殿下があそこまでバカだとは思わなかったぜ」


 カールトン殿下はどうするつもりなんだろうな?

 エロイーズ嬢は跡継ぎじゃないから、スネル男爵家に婿入りというセンはないし。

 王家に迎えるには男爵令嬢じゃ身分が低過ぎる上に、エロイーズ嬢も胸の大きさ以外に優れたところはないしな?

 他人のことはどうでもいいけど。


「ウォルターはずっとエマ嬢に未練があったんだぜ」

「ちょっ……」

「格好つけて態度には出さなかったけどな。だから今まで婚約者を決めてなかったんだ」


 ジョージは何を言い出すんだ!

 しかもバレてるし!

 恥ずかしい。


「ウォルター様も正直になってくれると嬉しいです」

「……うむ、反省する」


 確かに俺も紳士らしくもなくつんけん構えてしまって、言葉の足りないところがあった気がする。

 エマも以前と変わっているじゃないか。

 俺も変わらねばならんな。

 今度こそ間違いのない選択だと、エマに思わせたい。


「オホン、君達のことはいいんだ。幸せになってくれたまえ」

「……大体何を言いたいか想像はできる」

「ハハッ、さすがウォルターだな。見透かされてしまったが。エマ嬢、オレに令嬢を紹介してもらえないだろうか?」


 予想通り過ぎて笑える。

 しかし……。


「エマ、ジョージは悪いやつではないんだ。元婚約者と感情的に拗れてしまって、よろしくない噂が流れてしまっているだけで」

「わかります。ジョージ様はいい方です」


 エマは顔が広いからな。

 ジョージにピッタリの令嬢を紹介してもらえるだろう。


「どういう方がいいとか、希望がありますか?」

「おっぱいの大きい令嬢をよろしく!」

「性格の穏やかな令嬢を紹介してやってくれ」


 ジョージは懲りないな。

 性格の不一致で前の婚約がダメになったんだろうが。

 しかしエマが言ったことに意表を突かれた。


「いえ、ジョージ様は騎士になられるのですよね? 騎士に嫁ぎたい方がいいのか、もしくはジョージ様に婿入りしたい意思があるのか。そういった条件をお伺いしたかったのですが」

「「あっ!」」


 俺達の貴族らしくない発言に自分で愕然。

 俺も浮かれてたのかもしれないな。

 そして相変わらずしっかりしているエマに感心する。

 いや、感心してるだけじゃいけないな。

 見習って、そして幸せを追わねば。


 心からの笑顔を見せたエマに乾杯。

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