第42話雨上がりの夜空に

《水を得た魚》………そんな表現がぴたりとハマるような、トリケラトプスのライブステージ。


 30年のブランクなど少しも感じさせない。むしろ、それほど長い間ロックを封印していた溜まりに溜まった鬱積を、全てこの武道館のステージに倍返しでぶつけているようにも見えた。


 それほど、彼等のステージには勢いがあった。


「人間は、死んだらそれで終わりだと思っていたが、そうじゃないんだな」


 姿かたちは違えど、喜矢尻はまさに前島晃そのものであった。他人に話せば「なんて荒唐無稽な」と笑われるかもしれないが、今ステージでギターを弾いている喜矢尻には、間違い無くあの天才ギタリスト、前島晃の魂が憑依している。



 その非現実的な出来事が、一万人の観客の面前、そして全国生放送のテレビカメラの前でこんなにも堂々と起こっている事が、本田にはなんとも愉快に思えて仕方が無かった。


なんて、聞いた事も無い」

「ホントに、こんな幽霊ならいつでも大歓迎ですね」


そう言って、本田と陽子は互いに顔を見合わせて笑った。


 テレビNET24時間ライブの最後を締め括るトリケラトプスのステージ。

その模様を中継する生放送は、日本全国を熱狂の渦に巻き込んでいた。ゴールデンタイムを過ぎた午後11時という時刻にも関わらず、テレビNETのこの時の視聴率は驚くなかれ43%を超え、まるでサッカーワールドカップの日本代表戦を思わせるような高視聴率を叩きだした。



          *     *     *



 その影響なのか、普段ならこの時間でも人で賑わう繁華街も、この夜ばかりは閑古鳥が鳴く飲食店が相次いだ。


「へい、らっしゃい!」

「あれ、今日はやけに空いてるね。大将」

「それもこれも、アイツらのせいだよ」


 大将は、半ば諦めたような表情で、普段はカラオケのモニターとして使用している店内のテレビを顎で指した。客の居ない今、そのモニターにはカラオケでは無くトリケラトプスのライブの模様が映し出されている。


「トリケラトプスのライブのせいで、客はみんな家に引き込もってテレビにかじり付いてるよ!」


 しかし、そんな大将の声色は話の内容とは裏腹にどことなく明るい。


「そんな事言って、大将だってテレビでライブ観ているじゃないか」

「当たり前だ! こんな凄ぇライブ、ちょっとやそっとじゃお目にかかれるもんじゃ無ぇからな!」

「なんだよそれ、いったいトリケラトプスのライブを歓迎してるんだかどうだか………」

「もちろん大歓迎さ。これでも、高校の頃はトリケラトプスに憧れて仲間とバンド組んでたもんさ!」

「あれ、大将もバンド組んでたの? 実は俺も同じようなもんでさ」


 日本中がバンドブームに沸いた90年代………彼等のように高校生でバンド演奏に夢中になった大人は少なくない。そして、そんな彼等にとってトリケラトプスは永遠の憧れであり、懐かしい青春の象徴であった。


 カウンターを挟み、大将と客がビールを注いだジョッキを手に微笑みを交わしながら乾杯する。


「たまには、ロックンロールを肴に酒を酌み交わすのもオツなもんだ」

「俺達のトリケラトプスに乾杯!」


 トリケラトプスに自分の青春を重ね懐かしい思い出に浸る者もいれば、一方で初めて観る彼等のライブに新鮮な驚きと憧れを抱く若者も多かった。


 そのキャッチーな楽曲のフレーズ、卓越した演奏テクニック、変幻自在なアドリブ、そして一体感。そんな、トリケラトプスのライブパフォーマンスにすっかり魅了された十代、二十代の多くの若者はその感動を共感すべく、ツィッターに思いのたけをぶつけた。



@koichi:トリケラトプス超ヤバイ!カッコ良過ぎる!


@ichiro:ネ申!ネ申!ネ申!


@aya:こんな凄いバンド見た事ない!


@yoshi:森脇さんサイコー!


@may :ギター弾いてるのって喜矢尻じゃない?あれってエアー?


@jun:じゃない?だってうま過ぎでしょwww


@yutaka:こんなロックバンドを待っていた!


@saimasa:世界に通用するんじゃね?


@takayama:ストーンズとコラボして欲しいね!


@mirako:ライブがカッコ良過ぎてメッチャ感動!トリケラトプス最高!


@hicari:いっぺんでファンになってしまいました!


@botan:もうガチハンパないっス!


@satoshi:このライブは歴史に残るね


@yumi:なんか涙出た!


@minami:トリケラトプスこんな素敵なライブありがとう!


@masahiro:俺明日からギターの練習しよ!


@taku:うおおおぉぉぉぉーーー!森脇サイコーーーー!


@yasuhiro:日本のナンバーワンロックバンド!


@yukio:俺バンドやってるけどこんなバンドになりたい!


@hana:これ聴いたらもう今夜眠れそうにない!


@mayo:トリケラトプス大好き!


@yume :森脇さんの嫁になりたい!


@akio:まさに伝説のロックバンド!


@daisuke:トリケラトプス!トリケラトプス!トリケラトプス!


@sachi:今日初めてトリケラトプスのステージ観たんですけどいっぺんで好きになりました!


@roku:星五つ!いや星七つ!


@toru:やっぱスゲーや!トリケラトプス!


@tsugumi:感動しました!


@midori:感動して体が震えています!


@nozomi:ありがとう!トリケラトプス!



          *     *     *



 一時間半に渡り、日本中の人々の心を虜にし、そして、間違いなく日本の音楽界に大きな歴史を刻んだトリケラトプスのステージも、やがて最後の一曲を終えようとしていた。


 曲の最後、森脇の回す腕に合わせ喜矢尻、武藤、森田がラストスパートとばかりに各々の楽器を掻き鳴らすと、総立ちの観客は声の限りにトリケラトプスの名を叫んだ。


 森脇が思い切りジャンプ。その着地を合図に最後のステージを締める。こうして、武道館が震えるほどの大歓声が沸き起こる中、トリケラトプスのステージは無事幕を閉じた。


 トリケラトプス!


       トリケラトプス!


トリケラトプス!


   トリケラトプス!


         トリケラトプス!



 彼等の最高のステージを讃えるその声は絶える事無く、ステージの幕が降りてから暫くも武道館全体に響き渡っていた。


いつまでも、いつまでも………













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