第34話夏祭り①
「本田さん、デビル・ハンドが会場に到着しました!」
本田の「大至急」という言葉を意識してか、デビル・ハンドのメンバーは思っていたよりも早く武道館へと駆けつけてくれた。ステージ衣裳、そしてメイクもバッチリと決めてすぐにでも演奏を始められる状態だ。
番組の窮地を救うべく参上した四人編成のヘヴィ・メタルバンドを、本田は両手を広げて歓迎した。
「待ってたよ。よく来てくれた!
しかし、お前達もしかしてその格好で車運転して来たのか?」
「ええ、なんか急いでるって聞いたもんで」
《デビル》の名が示す通り、悪魔をモチーフとした全身黒ベースに鎖ジャラジャラのステージ衣裳。顔にはペイントを施し、髪の色は赤、紫、金と銀………そんな四人組が乗り込む車とすれ違った一般のドライバーは、さぞかし驚いたに違いない。
「あと二十分程でステージのセッティングが完了する予定だ。思う存分暴れてくれ!」
「はいっ! 精一杯頑張らせていただきます!」
外見のイメージからは程遠い、実に礼儀正しい振舞いのデビル・ハンド。彼等、プライベートでは意外と好青年なのだ。
プログラムの変更に伴い、アーティストの諸事情によりライブの出演順序に若干の変更が行われた事を、スタジオそしてライブ会場にて告知する。
勿論、大俵がライブそっちのけでゴルフに出掛けた事など公表出来る筈も無く、あくまで《アーティストの諸事情による》というのが番組としての公式発表である。
* * *
小鳥がさえずり、まだ人もまばらな公園では、犬の散歩にやって来た早起きな老人が、穏やかな表情で歩いている。そんな、平和な日曜日の早朝6時過ぎ……デビル・ハンドのライブは始まった。
「デス!デス!デスデスデスデスデス!デストロイ!」
ヘヴィメタル特有の切り裂くようなハイトーンボイスが、武道館に響き渡る。
デビル・ハンドの一曲目【デストロイ】
これ以上無い位にディストーションをかけたギターサウンドに、二連装のバスドラムを両足で連打。まるで地響きのようなリズムに合わせ、ボーカルの《サタン柴崎》が赤い髪を振り乱してヘッドバンキングを見せる。
この世の中は地獄!
殺らなけりゃ殺られちまうぜ!
遠慮なんかはいらねえ!
殺られる前に殺っちまえよ!
デス!デス!デスデスデスデスデス!デストロイ!
真っ赤な舌を出したサタン柴崎の悪魔ペイントされた顔が、早朝の家庭のテレビ画面にどアップで映し出される。ちょうどその時、アンパンマンを観ようとしてテレビリモコンのスイッチを入れた小さな子供が泣き出し、慌ててお母さんがチャンネルを変えた家庭もあったとか無かったとか。
カラー照明により、まるで血の海のように真っ赤に染まったステージで縦横無尽に走り回るサタン柴崎。
一方でギターのデス高橋は、死神の大鎌をデザインしたギターをマーシャルのアンプに思い切り叩きつけている。
ただ、彼等のそんな超過激なステージパフォーマンスは、大俵のファンを含む多くの観客にはいまいち理解に苦しむ内容であったようだ。
「なんか、お客さん戸惑ってますね………」
「演歌を聴きに来たつもりがヘヴィ・メタだからな、無理もないだろう」
大俵のムチャぶりを通した為の緊急措置とは言え、観客には申し訳ない事をしたと、僅かに胸が痛む。
デビル・ハンドにも悪い事をした。ノリの悪い観客の前での演奏は、彼等にしてもさぞかし演り辛かったに違いない。それでも精一杯ステージを務めてくれた彼等。《デビル》なんてとんでもない、本田にとっては神様、仏様、デビル・ハンド様である。
* * *
やがて、ステージを終えて戻って来た彼等に、本田は心からの感謝の言葉を述べた。
「無理を言って本当に済まなかった。おかげで番組に穴が空かずにすんだよ。ありがとう!」
「いえ、そもそも俺達なんかテレビに出る器じゃ無いのに、今回のライブに声を掛けて下さって、こちらこそありがとうございました」
そう言って、低姿勢な態度で謙遜して見せるデビル・ハンド。人は見かけによらない。本当にこの四人、ステージ以外では品行方正な好青年達である。
それにしても、許せないのはこの混乱の原因を作った張本人、大俵平八郎だ。
こっちの苦労も知らずに、今頃はどこかのゴルフ場でのうのうとコースを回っているに違いない。そして、夕方になれば何食わぬ顔で会場入りして来るだろう。
どこの世界にも、権力に胡座をかき人を人とも思わない傲慢な輩はいるものだ。
そして、いつでも被害を被るのは現場の人間と相場が決まっている。いささか遣りきれない気持ちを胸に収め、本田は粛々と次のステージの準備へと取りかかるのだった。
* * *
予想通り、早朝には一旦落ち込んだ数字(視聴率)も、時間と共に、徐々に調子を取り戻しつつある。元々、この時間帯は普段からあまり数字を稼げる時間帯では無く、この落ち込みは本田としてもある程度想定内のものであった。そして、多くの人々が起床を始める午前8時を迎える。
この時間からの挽回の為に本田がステージに用意していたのは、いずれも今をときめく人気女性アーティストのラインナップ。
YONAOSHI、abo、木村カイラ、きゃりーぷにゅぷにゅ、あいみゅん、西尾カナ、eiko、May K.、jaja、椎名蜜柑、mira 、ドリカミ、倖田未來、安室奈美、川崎あゆみ、宇多田ヒカリ……etc.
これだけの顔ぶれは、他局の音楽祭でもそう簡単に集められるものでは無い。このメンバーの名前を見るだけでも、本田のプロデューサーとしての出演交渉手腕がいかに優れているか窺い知れるというものだ。
観客の入れ替えが終わると、客席は若い女性客のファンでいっぱいになった。
各々が入口で配られた黄色いタオルを手にし、曲に合わせて振り回す。自然と生まれる会場の一体感。そんな心地よい雰囲気のまま、ライブは昼のグループへと引き継がれた。
時計の針は午後12時を回る。
24時間ライブも折り返しを迎え、ステージは益々ヒートアップ。
この時間帯を受け持つのは、まさに今、夏の日射しが照りつけるこの昼の時間帯にふさわしいバンドの登場だ。
セゾンオールスターズ、チューブレス、そして、湘南の台風……
夏をそして海をこよなく愛する彼等のとびきりのステージは、この武道館の観客全員を会場ごと湘南の海へと運んでしまうかのようだ。
そして、湘南の次は沖縄。
ザ・ムーヴ、BIGAN、夏川みり、モンゴル900ら沖縄出身アーティスト達が、あの独特の旋律から成る沖縄サウンドで観客の心を美しい珊瑚の島へと誘う。
耳をすますと、どこからか波の音が聴こえた。
これは錯覚かと思いきや、実際にこの時だけ会場で流れていた効果音であった。実は、この音を録る為に番組スタッフはわざわざ湘南と沖縄の現地に赴き、実際の波の音を録音していたのだ。
本田らしい拘りのある、心憎い演出である。
ライブ開始からここまで、演奏してきたアーティストの数はおよそ数十組。いずれも人気アーティストばかりである。そして、この後登場予定のアーティストもビッグネームのアーティストが勢揃いだというのだから、この24時間ライブ、まさに史上最大の音楽イベントと呼ぶに相応しい。
本田も、陽子もここまでの会場の盛況ぶりに十分な手応えを感じていた。
時刻は午後4時。
24時間ライブが始まってから、七回目の観客の入れ替えが行われると、ステージを取り巻くスタッフの緊張感は一気に高まった。それは、この後にある二組のビッグアーティストの登場を控えているからであろう。
トリケラトプスの出演交渉を陽子に任せ、その他ほとんどのアーティストとの交渉を受け持ってきた本田だったが、恐らくこの後に控えるアーティスト達との交渉が一番苦労したに違いない。その、第八グループのステージを担当するのは………
日本人ソロ・ロックアーティストとして初めてこの武道館公演を成功させた、武道館と言えばこの人。
江沢 永吉
観客総数七万五千人、桜島オールナイトコンサートで日本中を驚かせた男。
奈良渕 剛
普段はテレビなどあまり出演する事の無いこの二人のビッグネーム。
この二人をライブに引っ張り出す為に、本田は約一ヶ月の間毎日のように彼等の事務所へ足を運び口説き続けた。その甲斐あって、ようやくこの24時間ライブへの出演の了承を得る事が出来たのだ。
故に、彼等のステージは特別で、演奏時間も他のアーティストの倍、勿論ギャラも倍、そして忘れてはならない。会場の警備員の数も倍である。
何故、警備員を倍にしなければならないのか?
それは、この会場を埋め尽くすファンの顔ぶれを見れば分かる。
皆さん、恐らく昔、地元ではさぞかし《やんちゃ》で名の通ったであろう腕自慢の熱いファンの方々ばかり。スタッフの緊張が高まるのも、なんとなく頷ける。
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