第33話ランナウェイ②

『いいのかね、そんな事を言って。この番組のスポンサーにもなっている《斉藤製薬》の社長さんと私は、二十年来の親友でね………君が出来ないと言うんなら、彼に相談してもいいんだよ? そうなったら、テレビNETさんもさぞかし困るんじゃないのかなぁ』


 以前、大俵がこの番組に無理矢理自分の出演をねじ込んできた時と同じやり口である。実際、番組に要望を突きつけるにはスポンサーを巻き込む事が最も有効であると、大俵は自身の長い芸能生活から経験的に熟知している。本田としても、心情的にはそんなものに屈したくは無いのだが、それを無視すれば本田自身の他にも局の様々な人間に迷惑がかかる為、簡単には断れなかった。


 そして、そんな本田の戸惑いを知ってか知らずか、大俵は自分の言いたい事だけを伝え、さっさと電話を切ってしまったのだ。


『じゃあ、そういう事で。夕方にはそちらに伺いますから、あとは宜しく頼みますよ』

「あっ、ちょっと待って下さい! 大俵さん! もしもし………」


ツ――、ツ――という虚しい断続音の聴こえる受話器を握り締め、怒りに震える本田。その本田の顔を心配そうに覗き込み、陽子が尋ねる。


「どうでした?」

「大俵は、この時間には来ない。んだと!」

「ゴルフですって!」


本田の少々皮肉めいた答えを聞いて、陽子が顔を真っ赤にしてキレた。


「あのオヤジふざけんなっ! もう~~ハゲてしまえっ!」

「なんだそりゃ? 普通『死んでしまえ!』とかじゃないのか?」


 陽子の妙な言い回しに、思わずクスリと頬を緩ませ我に返る本田。そうだ、いつまでも怒っていても始まらない……今は、一分一秒でも時間が惜しい。


 大俵の言いなりになるのは少々癪に障るが、スポンサーとのトラブルは出来る限り避けなければならない。結局、本田は午後6時以降の出演予定アーティストから一組を大俵と入れ替える方法を探った。


(とりあえず、融通が効くのはアイツらだな………)


本田は、すぐさま頭に思い付いたアーティストへと電話を掛けた。

時刻は早朝の午前5時、相手方にはさぞかし迷惑に違いない。


『もしもし………』


長い呼び出し音の後に、少し不機嫌そうな電話越しの声は、今まで寝ていたのをこの電話によって叩き起こされたからであろう。


「柴崎か? 朝早くから申し訳ない、テレビNETの本田だ」

『ああ、本田さんッスか。どうしたんです、こんな時間に?』


本田が名乗ると、《柴崎》と呼ばれたその相手の声から不機嫌さが消えた。


 実は、この柴崎という男と本田は親しい間柄……というより、柴崎はこれまで音楽活動の事で本田に随分世話になっており、本田は彼にとっての恩人のような存在であった。


「実は、お前……というかお前のバンドに頼みがあって電話したんだが」

『なんです、頼みって?』

「今からこっちに来て、ライブ演ってくれないか?」

『はあ~~~? 今からッスかぁ?』


受話器から、柴崎の素っ頓狂な声が返ってくる。


『でも、俺達のライブは夕方6時頃だった筈じゃ………』


「その予定だったんだが、色々あってな………この後の時間帯、番組に穴が空きそうなんだ。無理を承知で頼むよ」


こんな事を頼めるのは、彼等しかいない。柴崎もその切羽詰まった本田の心情を理解したのだろう………本田の依頼に快く応じてくれた。


『分かりました! 本田さんの頼みじゃ断れないッスよ。今から、大至急メンバー連れてそっちに行きます!』

「ありがとう! 本当に済まない。恩にきるよ!」


なんとか柴崎に話をつけ、ほっと胸を撫で下ろして電話を切る本田。


 プログラム変更に対し不安が無い訳ではないが、この際贅沢は言ってられない。あまり気にするのはよそう。


 一方、柴崎の方はすぐに行動を開始する。メンバーに緊急召集をかけ、移動用のミニバンでライブ会場の武道館を目指した。


 道中、車を運転する柴崎とメンバーとの間で、こんな会話が弾む。


「それにしても、日曜の朝から俺達のライブって、テレビNETもずいぶんディープな事するねぇ」

「裏番組は、NHKのラジオ体操ってか?」

「ねぇ? いつものアレやる? やつ」

「今日はやらない! さすがにテレビの生放送はマズイ!」


彼等のバンド名は《デビル・ハンド》生粋の超過激ヘヴィメタル・バンドであった。



          *     *     *



 プログラムの変更に際し、会場のセッティングにも変更が加えられる。


「えっ、アーティストの入れ替えですか?なんだ……もう、結構準備出来てたのに」


 突然の変更に困惑顔のスタッフ。舞台の袖には、大俵が上に乗って登場する筈だった巨大な御輿みこしが用意されていた。


「ジャマだ! こんなもん、その辺の隅にでもうっちゃっておけっ!」


 その御輿を見る度に、あの大俵の横柄な態度を思い出す。本田は、怒りに任せてその御輿を思いきり蹴飛ばした。


「ああ~ダメですよ本田さん! それ、中に精密機械が入っているんですから」


それを見ていたスタッフが慌てて本田のもとへ駆け寄って来る。


「精密機械?」


 見たところ、精密機械とは程遠い原始的な御輿にしか見えない。しかし、スタッフの話によるとこの御輿の中身には、幾つものモーターやそれを制御する電子部品がぎっしりと詰まっており、それによってこの御輿はまるで人が担いでいるような上下運動をする仕組みになっているらしい。


「大俵さんがコンサートの為に特注で作らせたらしくて、一千万位するんだそうですよ」

「ふん、くだらねぇもん持ち込みやがって!」


きっと、大俵のヒット曲『日本全国豊作音頭』のイメージに合わせたギミックなのだろう。自己主張の強い大俵らしい仕掛けである。


「とにかく、大俵の出演は夕方になった。これはどこかジャマにならない場所に移動しておいてくれ」


本田がスタッフに指示をすると、今度は別のスタッフが本田のもとへとやって来た。


「本田さん、大変です! ステージのイメージモニター、もう入力が変更出来ないらしいんですけどどうしましょう?」

「マジかっ!」


ステージの後ろに設置されたイメージモニター。アーティストの曲のイメージに合わせた映像を映し出すモニターなのだが、既にプログラムを設定済みで順番の変更が間に合わないらしい。


因みに、大俵のイメージ映像は長閑な田舎の田園風景と夏祭りの風景。


一方、デビル・ハンドのイメージ映像は廃墟にさまようゾンビの映像。


大俵 平八郎の身勝手な振舞いは、この生放送24時間ライブのいたる所に歪みをもたらしていた。









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