第32話ランナウェイ①
初っぱなの《まよよ事件》こそあったものの、その後のステージは順調だった。
エクササイズ、そしてエクササイズファミリーの二代目Gソウル・ブラザース、EX-girlの華やかなダンスステージに会場は盛り上がり、その後のジョニーズの看板アイドルスマイルとWARASHI のステージでは、彼等の軽やかなステップに女性ファンからの黄色い声援が沸き上がる。
最初から人気アーティストを惜しげもなく投入した本田の演出が効を奏し、午前零時という時間帯であるのにも関わらず24時間ライブは番組的にも好調な滑り出しを見せた。
テレビNET始まって以来の不祥事になりかけた《まよよ事件》も、結果的に見ればこのライブの大きな話題作りに貢献したとも言える。
この24時間ライブの進行について少し説明しておくと………
このライブには、およそ百組近くのアーティストが参加している。
それを12のグループに分けて、各グループの演奏が終わるごとにインターバルを設け、観客の入れ替えを行っているのだ。
勿論、そのインターバルの間もテレビの生放送は続いているので、その間はスタジオの方でのトークやアーティストの紹介ビデオ等で時間を調節している。
午前2時過ぎに一回目の観客の入れ替えが行われ、第二グループのステージの準備に入る。スタジオで時間を繋ぐ間、ステージでは、次のグループのアーティスト達に合わせステージのセット変更に、スタッフ達は右へ左へと忙しく動き回っていた。
深夜2時30分、第二グループのステージが始まる。
若さ溢れるアイドル、そして華やかなダンスユニットが中心だった第一グループとは趣を変え、第二グループそして第三グループと、夜明けを迎えるまでの間は、夏の終わりに相応しいしっとりとしたバラード中心のステージ内容が組まれている。
平尾 堅、久保田利治、鈴木雅義、山上達郎、井上陽光、松任谷由実子………etc…
いずれも珠玉のバラードをレパートリーに持つ、日本の音楽界を長年支えてきた実力派アーティストばかりである。
観客は、第一グループの時より少し高めの三十代から四十代。大声でアーティストの名を叫ぶような事は無くとも、その胸のうちにはふつふつと静かに湧き上がる情熱のようなものを秘めているに違いない。
人の数だけ音楽がある。
同じアーティストが同じ場所で届けるこの歌も、それを受け止める人が違えばそれはその人それぞれの思い出とリンクし、ある人には懐かしく、またある人には切なく聴こえる。その脳裏に浮かぶ風景は、時には付き合い始めて最初に行った彼女の部屋だったり、時には海へ出掛けた帰りの車の中だったり、あるいは大好きだった彼と別れた深夜のBARだったり………彼等の音楽を通じて時は巻き戻され、観客はゆったりと自らの思い出に浸っていた。ゆったりと寛ぎながら、アーティストの奏でる美しいメロディに心を預け聴き入る観客。
しかしその舞台裏では、眠る時間さえろくに取らずに忙しなく次の段取りに備えて動き回る番組スタッフの姿があった。
「この曲が終わったら、CM一分入れるぞ!」
「次のステージ、照明チェックお願いしま――す!」
「次! 3カメから入るからっ!」
失敗の許されない生放送の緊張感。どのセクションも引き締まった表情で持ち場のチェックに余念が無い。
しかし、スタッフがどれだけ完璧に職務を全うしようとも、トラブルを完全に防ぐ事は難しかった。
* * *
「本田さん、困った事になりました」
時刻は午前5時過ぎ………第三グループのステージもあとわずか、もうすぐ夜明けを迎えようという時だった。
次グループアーティスト達の会場入りの確認を電話で行っていた陽子が困惑顔で本田のもとへ、その事を報告に来た。
「どうした陽子、何かあったのか?」
陽子が本田に見せた困惑顔の裏には、あの大御所演歌歌手『大俵平八郎』が関わっていた。
「今しがた大俵さんのマネージャーさんから電話がありまして、次のグループで出演予定の大俵さんの出番を、午後6時以降に変更して貰いたいと………」
「なんだと! 今更変更なんて出来る訳がねぇだろっ! 何考えてんだ、あのオヤジはっ!」
大俵平八郎のステージは次の第四グループのトップ。もう、あと一時間後にはこのステージの上に立っていなければならない。
大俵の事務所には、既に二週間以上前からそのプログラムを伝えてあり、本人のスケジュールも確認の上で了承を得ているのだ。それを、こんな間際になって時間の変更など、余程の理由でもないかぎり認める訳にはいかない。
「それで、理由は何なんだ?」
もし本人の体調不良というのなら、午後6時以降なら大丈夫という理由の説明がつかない。いったい、どうして早朝ではダメなのか?
「それが、訊いたんですけどマネージャーさんにも理由はよく分からないみたいで………」
「ふざけんなっ! そんなのが通るかっ!」
はっきり言って、大俵のステージなど別に観たくも無いのだが、生放送に穴が空くのはプロデューサーの本田にとっても非常に困る。なんとしても大俵を引っ張り出す為に、本田はマネージャーを通り越して本人に直接電話をかけた。
『はい、大俵です』
「ああ、大俵さんですか。テレビNETの本田です。困りますよ大俵さん、もうすぐアナタのステージが始まります! すぐに会場入りしてくれませんか!」
時間変更の事は無視して、今すぐ武道館入りを促す本田に対し、大俵は何とも呑気な口調で応える。
『おや、マネージャーの木村から聞いてませんか?私、ちょっと用事が出来ちゃってね~出番を夕方位に変えて欲しいんですわ』
「用事って、いったい何の用事なんですか」
『いやあ~、友人にゴルフに誘われちゃってね。朝からラウンド回らなきゃならないんですよ』
「ゴ、ゴルフ……?」
大俵のあまりに身勝手な返答に、目が点になる本田。
「アナタ、本気で言ってるんですか! ゴルフと仕事とどっちが大事なんです!」
『いや、だから仕事はちゃんとやりますよ。ただ、時間をちょっとずらして欲しいんだけどね』
「欲しいんだけどねじゃありませんよ! マネージャーから連絡貰ったの、さっきですよ? そんな簡単にはいきませんよっ!」
『そこをなんとかね。ちょこちょこっと上手くやってくださいな』
なにが『ちょこちょこっと』だ。生放送を何だと思っているのか。
製作側の苦労など全く気にも留めないその言い草に、本田は
『大体、朝の6時じゃそんなにテレビ観てる人も少ないんじゃないのかね? どうせ歌うんだったら、私ゃゴールデンタイムの方がいいなあ~』
その通りだよ!確かに日曜の早朝は視聴率が落ちるよ。だから、わざわざテメエの出番をこの時間帯にしたんじゃね~かっ!
受話器を強く握り締め、そう本音を洩らしたいのをぐっと堪える本田。だから、最初から大俵は出したくなかったのだ。
『とにかく、もう予約もしてあって今から出掛けなきゃならんのでね。そういう事でよろしく頼むよ、本田さん』
(こんの…クソオヤジが………)
心の中で舌打ちをしながら、本田は思った。もう、こうなってしまったら大俵をこの時間に呼び出すのは不可能に違いない。それならば、こんなオヤジには早々に見切りをつけて番組の対応に走る方が先決である。
「わかりましたよ大俵さん。番組的には、大俵さんのステージは、本人の体調不良により中止という事で対応しておきますから、ゴルフでも何でも行って下さい!」
大俵の出番は、時間にして十五分程度である。その後のアーティストに話をして、何曲か余計に演奏してもらえば時間的には充分埋められる時間だ。
ところが………
『中止?……いやいや、中止は困るよ本田さん。夕方には出られるんだから、中止じゃなくて時間変更にして貰わないと!』
と、あくまでもステージに立つ事には拘る大俵。ゴルフには行くが、ステージの方も譲らないというこの言い分は、さすがに本田にも飲めない要求である。
「大俵さん、そりゃはっきり言って無理です。夕方は夕方で多くのアーティストの予定を組んであるんです! アナタのステージが入り込める余裕なんてありませんよ!」
『本田さん、あんたプロデューサーなんだから、そんなもんどうにでもなるだろうに。それだったら、夕方の歌い手をこれから歌わせたらいいだろう!』
(勝手な事ばかり言いやがって!
それを言うなら、アンタのゴルフこそどうにでもなるんじゃねぇのか?)
心の中ではそう呟きながら、とにかく大俵を説得する。本当は、こうして話している時間さえも惜しい位なのに……
「とにかく無理です。今から来れないのなら、今日のステージは諦めて下さい」
しかし、それでは退かないのが大俵のしつこい所である。自分の言い分が通らないと知ると、いよいよ切り札を出してきた。
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