第30話はじまりの合図
8月17日………
この頃になると既にトリケラトプスのライブ出演は、国内の様々なメディアによって取り上げられる様になっていた。実は、局を挙げてのこの特別企画番組を成功させる為に、本田は随分前からあらゆるコネクションを使って仕掛けを打っていたのである。
七月から始まる新ドラマの主題歌、大手ビール会社の夏バージョンの新CM、都市部で行われる様々なイベント等でトリケラトプスの曲が一斉に流され、また、音楽系雑誌でも特集が組まれていた。これらは全て本田が事前に計算し、根回しをしておいた仕掛けだった。
その甲斐あって、トリケラトプスは当時のファンのみならず30年前のリアルタイムを知らぬ十代、二十代の層にも認知され、再びブレイクを果たした。
* * *
「全く、失敗したよ。テレビNETのライブチケット、プレミアになってるらしいぜ。もっと早く申込んどきゃよかった」
「特にトリケラトプス出演時間帯のやつは、値がつり上がってるって話だ。アイツら最近、若い奴らにも人気が出ちまったからなぁ……」
新橋の焼き鳥屋で、ビール片手に話すサラリーマンの間でも、そんな話題が持ちきりだった。
「トリケラトプスかぁ~懐かしいな。俺ら青春真っ只中の唄だもんな」
「全くだよ。二十歳やそこらのガキとは、思い入れが違うっつーのっ!」
四十代後半のこのサラリーマンにとって、トリケラトプスの音楽は古き良き青春時代のシンボルであった。酒を飲みながら、このバンドの事を熱く語る中年は彼等ばかりでは無い。
「ところで、ギターは誰が弾くんだろね?リードギターの前島 晃は、病死したんだろ?」
「それだよ、それっ!トリケラトプスの解散は謎に包まれていたんだけど、結局それが原因だったみたいだな。急性の心筋梗塞らしかったそうだけど……代わりのギタリストは、当日のライブまで秘密らしい」
「サプライズって訳か………しかし、俺としてはやっぱり、前島のギターじゃないと今ひとつしっくり来ないんだよなぁ」
「でも、まあ復活してくれただけでも嬉しいよ、俺は。あ~~チケット欲しかったなぁ~~」
このサラリーマンの話にもあったように、前島の本当の死因は本田によって隠蔽され、世間には急性の心筋梗塞と発表された。そして、トリケラトプスのギターは、ライブ当日まで明らかにされてはいなかった。
これによって、《トリケラトプスのギターは果たして誰が弾くのか?》については、様々な憶測が巡りその結果、ライブへの世間の注目はますます高くなっていったのだった。
* * *
「あっついな……まったく」
思わずそう呟く森脇の右手には、水と花の入ったバケツ。そして左手には、線香の束があった。
森脇はこの日、トリケラトプスの復活を前島の墓前で報告する為に、彼が眠るこの墓地へと一人で訪れていた。
前島の墓に対面すると、森脇は、持っていた花を供え線香に火をつけた。そして、墓石を水できれいに洗い、来る途中で買ったジャックダニエルと彼が愛煙していたマルボロを一緒に供える。
何秒かの間、黙祷し墓前に合掌した後で、森脇は穏やかに語りかけた。
「また、ライブ演る事になったよ。
今夜、
お前が居ないってのはちっとばかり寂しいけどさ、よかったらあの世から観ていてくれよな」
それだけ告げて墓前を去ろうとした時、ふと背後から風に乗って、当時前島がよく言っていた口癖が森脇には聴こえたような気がした。
その台詞に答えるように、森脇はもう一度墓前に振り返って言った。
「ああ、分かったよ。一発派手にぶちかましてやるさ」
* * *
24時間ライブ本番までは、残りあと12時間と迫っていた。本番を目前に控え、本田はスタッフを集めて激を飛ばす。
「いよいよライブが始まる。いいか、大勢の視聴者がこのライブに注目している。失敗は許されないぞ! 各自、自分の持ち場に責任を持ってそれぞれの役割を完璧にこなしてくれ。生放送だという事を決して忘れないでもらいたい!」
およそ百組近いアーティストを迎えての、24時間に及ぶライブ形式の音楽番組。しかも、生放送での中継………これは、他のどの放送局もまだなし得ていない企画であった。
生放送という事もあり、途中どんなトラブルに巻き込まれるとも限らない。そんな事態に陥らない為に、番組関係者は事前に何度もプログラム内容をチェックする必要があった。
「ライブ一組目は《TKB48》が三曲、続いて《エクササイズ》が三曲、その後スタジオに繋いで………」
番組進行表を手に、真剣な表情で打ち合わせをするスタッフ達。
ライブプログラムの内容は随分前に決定されており、番組ホームページ等で公開されていた。
会場で直接観覧を希望する観客は、事前にその内容を確認して何グループかに分かれた中の自分のひいきのアーティストが出演する時間帯の有料チケットを買うシステムとなっている。
その中でも、このTKB48の入る第一グループのチケットは人気が高く、発売後かなり早い時期に売切れとなってしまった。
「TKB48とエクササイズか……二組とも人数が多いから、早めに会場入りしてもらえよ」
高田馬場を発祥とする《会いに行けるアイドルユニット》TKB48と、十数名の《パフォーマー》と称するダンサーを従え、歌とダンスのパフォーマンスで女性ファンに人気の男性ユニット、エクササイズ。
深夜零時から始まるこの特番のスタートを華々しく飾るには、適任の人気ユニットと言えるだろう。
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