第29話Eazy Come, Eazy Go!!④

 トリケラトプスのギター、前島の代役を捜してくれと本田に依頼した森脇。その本田から森脇に連絡が来たのは、六月に入って間もなくの事だった。


「とりあえず、私の方で出演可能な何人かの候補を選出してみましたので、森脇さんにその中から絞りこみをしていただきたいと思いまして………」


本田に呼ばれ、局に訪れた森脇、武藤、森田の三人。本田に会うと、挨拶も程々に彼から一台のノートパソコンを手渡された。


「その中に、私が選んだ二十人のギタリストの映像が収められています」


テーブルの上でノートパソコンを開いて、早速映像を確認してみる。


 映像は様々、スタジオでギタリスト一人で撮影されたものもあれば、バンドのライブでのギターソロを中心に編集された映像もある。ギタリストの年齢も二十代、三十代から、森脇らと同世代の人間まで広範囲に渡っている。


 その映像に共通するのは、いずれも高い演奏技術を持ったギタリストだという事。さすがはこの業界で音楽に携わってきた本田である。見る目は確かだった。その事は、森脇も認めた。


「ずいぶんと苦労したみたいだな、本田さん。礼を言うよ」


真剣な表情で画面を見つめながら、森脇がそう呟いた。


「そう言って頂けると有り難い。しかし、それでもあの前島 晃の代役としては不安は拭えないんですけどね」


 全盛期の前島を観た事のある本田としては、それはお世辞でも何でも無く、本心から出た言葉だった。


「そりゃ、仕方無いだろ。アイツはだよ。あんなギタリストはそう簡単には出てこないさ」


 森脇の横で映像を見つめながら、武藤が言った。


「分かってるよ武藤。言ったろ、そこまでは求めていないって。この中から決めよう」


 武藤の言葉を制止して、森脇は続けて映像に注意を向けた。その時、ふと画面に映ったギタリストに興味を抱いた。



「あれ? これ、【バンデット】の黒田明宏くろだあきひろじゃないのか?」


そこに映っていたギタリストに、森脇は見覚えがあった。


「その通りです、森脇さん。バンデットは解散しましたが、黒田明宏はその後も幾つかのバンドを渡り歩き、現在はソロとして活動を続けています」


黒田に対する近況報告を本田から受けると、森脇はニヤリと口角を上げてその映像に見入った。


「へえ~《スピードキング》の黒田がまだ演っていたとはね」


トリケラトプスが日本のロック界に一大旋風を巻き起こしていたあの頃、前島 晃の他にもう一人、天才と呼ばれるギタリストがいた。


当時、バンデットという名のバンドに所属していた、黒田明宏。


年齢は森脇や前島よりひとつ下。バンデット自体はトリケラトプスのように人気のあるバンドでは無かったが、その中でも黒田のギターワークは一際異才を放っていた。


二人のプレイスタイルには違いがある。


前島の天才たる由縁はその多彩なメロディセンスにあった。同じ曲のギターソロでも状況に合わせ即興で変幻自在にメロディを組み立てる、聴く者に常に新鮮な驚きを提供する天才的なメロディセンス。

対する黒田の特徴は、神がかり的な速弾きにあった。


一部のファンやギターフリークから《スピードキング》と、もてはやされ、速弾き勝負であれば前島は黒田に敵わないのではないか?と噂された程である。


だが、実際にはそうでは無かった。


ある時、トリケラトプスのステージに、事前の打ち合わせも無く突如として黒田が飛び入りして来た事があった。


黒田としては、超満員のステージで前島にギター勝負を挑み、得意の速弾きで彼を負かして世間に名前を売るきっかけにしようとしたのだろう。ところが、結果は黒田の思惑通りにはいかず前島の圧勝に終わったのだった。


なんと前島は、黒田が全力を尽くして演奏した渾身の速弾きギターソロを、くわえ煙草でいとも簡単に完コピして見せたのだ。


唖然とする黒田に、前島は笑って言うのだった。


「余計な事するんじゃなかったなあ~~スピードキング!」



          *     *     *



 本田の用意した、二十人のギタリストの映像を収めたVTRを全て観終わると、森脇はノートパソコンを閉じて本田に渡した。


「どうです?誰か気になるギタリストはいましたか」


遠慮がちに尋ねる本田に、森脇は満面の笑みを浮かべ答えるのだった。


「ああ、おかげ様で決まったよ。ライブには黒田明宏に出て貰おう」


「なにっ?」

「お前、本気かよ?」


森脇の出した決定に、まるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔の武藤と森田。


「アイツは、前島に負けた奴だぜ?」

「晃に勝てる奴なんて、いる訳がねえだろ。それに、負けたとは言え、あの前島 晃に勝負を挑んで来るなんざ、なかなか見処があると思うんだがな」

「どうかね、鹿って事もあるぜ」

「確かにな。だが、そういう馬鹿を使ってみるのも面白いと思ってね」


 森脇は、ノートパソコンの映像を観て感じた事がある。

ひとつは、冷静に演奏技術を比べた場合、映像の二十人の中では黒田の演奏技術が突出していた事。そして、他の優等生めいたギターワークに対し、黒田のギターのみが野心を剥き出しにした躍動感に満ちていた事である。


「本田さん、ライブには黒田を使う。交渉の方、よろしく頼むよ」


 この森脇の申し出には、正直、本田も困惑していた。勿論、ギターの腕前は本田も認めるところである。ただ、黒田という男は性格的に多少問題のある男だったからだ。


「森脇さん、一応ご忠告しておきますが、黒田という男は大変扱い難い男です。一言で言うならば、自己中心的、自己顕示欲の塊です。

目立ちたがり屋で常に自分がグループの中心でいなければ気が済まない………それ故に、バンドを転々と渡り歩き、現在はソロ活動に至っている」

「成る程な、って訳だ。願ってもないね、晃の穴を埋めるには、それ位の奴じゃなけりゃ面白くないってもんだ」


本田の忠告も笑い飛ばし、森脇は前島の代役にロック界のトラブルメーカー黒田明宏を指名するのであった。


そして………


月日は流れ、テレビNET50周年記念番組24時間ライブの開催まで、いよいよあと1週間を残すのみとなった。









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