第28話Eazy Come, Eazy Go!!③
5月14日………
レスポールでの集まりから一夜明けた翌日、森脇は東京郊外の道路沿いにある、とある中古外車販売店の店先に立っていた。
メルセデス、BMW、アウディ、シボレー、ミニ……綺麗に磨き込まれた様々な国籍の外車が並ぶその展示場。
しかし、その優雅な雰囲気をぶち壊すかのように、展示場の片隅では背中に店の名前が入った青いツナギを着た店の者らしい男と、私服の客らしい男との激しい言い争いが繰り広げられていた。
「ナビを付けろだと! テメエ、ふざけた事抜かしてんじゃねぇぞ!」
二人が揉めているのは、ブリティッシュグリーンに輝くボディーのイギリスの高級車【ディムラー・ダブルシックス】の前。
「ふざけてるって、どういう意味だよ? 今の車はみんな付けてるだろ!」
「バカヤロウ!その辺のプラスチックの内装の車とこの車を一緒にするんじゃねえ!
見ろよ、この美しいウッドパネルを。全部天然のウォールナットだ! しかも、全て熟練の職人が一枚一枚手作りで作っているんだぜ?
ナビなんて付けたら、このウッドが台無しだろうが!」
揉め事の原因は、このディムラーを見に訪れた客が購入の条件に、この車にナビを付けて欲しいと言い出した事からはじまった。店の男は、七十年代に製造されたこのディムラーに最新のナビなどを付けようものなら、折角の趣あるインテリアの雰囲気がぶち壊しになると、断固拒否しているのである。
「客が付けたいって言ってるんだから、付ければいいんだよ! じゃなかったら、買わないぞ!」
「ああ、買わなくて結構! 誰がテメエなんかに売るかよ! 帰れ! 帰れ!」
散々客と揉めた挙げ句、車を売らないと言い出す店の男。そのあまりの頑固さに、客は商談を打ち切り、捨て台詞を吐いて自分の車の方へと戻って行く。
「クソッ、後で後悔するなよ!」
「ああ、せいせいすらぁ! テメエには、そのクラウンがお似合いだよ!」
走り去る客の車に向かって、罵声を浴びせる店の男。森脇は、その男の背中越しに近付いて声をかけた。
「あ~あ~、怒って帰っちまったぜ。一台売り損なったな」
「ヘン、儲けの問題じゃねえよ。大事なのはロックかロックじゃねえかって事だろ」
振り向かずにそう答えた男の台詞に、森脇は思わず顔を綻ばせる。
「その口癖。相変わらずだな、武藤」
「ん?」
ふいに名前を呼ばれ、少し驚いたように振り返る男。そして、森脇の顔を見るとその顔は更に驚きを増し、それはすぐさま懐かしさのこもった笑顔に変わった。
「森脇ぃ~!久しぶりじゃねぇかよ、コノヤロウ!」
「武藤、お前を口説きに来たよ。またベース演ってくれ」
トリケラトプスのベーシスト、武藤 謙三………森脇との30年振りの再会であった。
トリケラトプス解散後、武藤は現役中に稼いだ金を資金にして小さな中古外車販売店を立ち上げていた。元々、車好きがこうじて道楽で始めた店であったが、思ったより経営は良好であり、この界隈ではそこそこ名の通った中古外車販売店である。
「やっと、その気になってくれた訳だ」
「ま、そんなところだ」
商談スペースのソファに腰掛け、話を始める森脇と武藤。
森脇は、テレビNETの24時間ライブの開催、そして、そのメインのゲストとしてトリケラトプスがオファーを受けた事を武藤に話した。
「なるほどな……話は分かった。だが、ギターはどうする?」
当然とも言える武藤の問いに、森脇が少し歯切れが悪そうに答える。
「実はまだ決まっていない。今、テレビ局の方で腕のいいギタリストを捜してもらっているところだ」
「おいおい、本気か? 腕のいいギタリストったって前島ほどの奴は見つかりっこ無いぜ」
「分かってるさ。そこまでの奴は期待していない、あくまで代役は代役だ」
その台詞を聞いて、武藤は森脇の言葉の本意を確認してみたい衝動に駆られた。返答しだいによっては、森脇の事をぶん殴ってやらなければならない。
「なんだか、昔お前が出した結論とずいぶん違うんじゃねぇのか?
トリケラトプスは、前島抜きじゃ考えられない。だからお前は解散を結論付けたんだったよな」
森脇の部屋で武藤と森田を集めバンドの解散を告げた時、森脇は「俺にはどうしても、この結論しか出せなかった」と、二人の前で頭を下げたのだ。年月が経てば、人の気持ちも変わる。もしも、このトリケラトプス復活の理由が死んだ前島を軽視するようなものであれば、武藤は森脇を断じて許す訳にはいかない。それを確かめようと、武藤は次の森脇の返答を待っていた。
「いつまでも、ウジウジしてんじゃねえよ」
「なに?」
森脇の口から発せられた言葉に、武藤は瞬間的に顔を強張らせ森脇を睨みつけた……やはり、こいつ……
しかし森脇の次の言葉で、武藤はそれが単なる自分の勘違いであった事に気付く。
「きっと、晃なら今の俺を見てそう言うだろうと思ってな。
この30年間、俺はずっとアイツの死に拘り続け、まるで時間が止まったように一歩も前に進めず同じところで立ち止まっていた。そんな俺を見て、アイツはあの世で何て言うだろう?きっと、『勇司、もういいかげんに乗り越えて、前に進めよ!』
……そう言うんじゃねえかと今になって気付いたんだよ」
そう言って、優しく微笑む森脇の答えは、まさに武藤が望んでいた模範解答であった。
「バカヤロウ、気付くのがおせぇんだよ」
一瞬でも森脇を疑った自分の恥ずかしさを誤魔化すように、武藤はそう悪態をついて笑った。
「それで、お前の答えはどうなんだよ。ベース演ってくれるのか?」
「訊くまでも無いだろう。リーダーが決めた事には従うさ」
解散を承諾した時と同じ台詞を引用して、武藤はライブの参加に快く応じた。
その後、森脇はドラマーの森田もメンバーに引き入れ、トリケラトプス再結成の準備は着々と進んでいった。
* * *
「それじゃ、バンド再開に乾杯だ」
解散後、森田が始めた居酒屋『深村さ来』(ディープパープル)でトリケラトプス再結成の祝杯を上げる森脇、武藤、森田の三人。
三人が顔を揃えるのは、バンドが解散して以来30年振りの事である。各々が別々の道を歩き五十を越える年齢となり、その席はまるで同窓会の様相となっていた。
「しかし、武藤は中古外車販売店の社長で森田は居酒屋の店主かよ。二人共、しっかり成功してんじゃねえか」
森脇の言う通り、武藤も森田もバンド解散後の自分の生活基盤をしっかりと築いていた。そして、その基となったのはトリケラトプス時代のレコード売り上げの印税、そしてコンサートのチケット売り上げによる収入に他ならない。
トリケラトプスの楽曲の殆んどは、実際には森脇と前島の二人が手掛けていた。しかし、森脇の提案で作詞作曲のクレジットは全てトリケラトプスとし、楽曲の著作料による収入はバンド四人に平等に行き渡るようにしていた事が大きい。
「そういうお前はどうしたんだよ。バンド解散後も金には不自由しなかった筈だろうが」
森脇がバンド解散後、工事現場の肉体労働をしながら質素な生活を送っていたと知ると、武藤は納得のいかない表情でその理由を森脇に問いただした。
「金かぁ……あの金ならほとんど、昔ガキの頃世話になった孤児院に寄付しちまったな」
あっけらかんとそう語る森脇に、武藤と森田は呆れた顔で肩を竦める。
「……ったく、伊達直人かよ、お前は………」
「事、音楽意外に関しては、全く駄目だなお前は」
森脇の不器用な生き方には、ほとほと呆れてしまうばかりである。やはり、この男は音楽無しでは生きる事が出来ないのだろうな………二人の目の前で笑う森脇の姿を見て、武藤と森田は改めてそう確信するのだった。
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