第27話Eazy Come, Eazy Go!!②

「それから、もう一つ。トリケラトプスの出演に関しては、我々の番組告知の時まで他言無用でお願いします」


 プロデューサーの本田としては、ライブの目玉であるトリケラトプス出演告知のタイミングは、番組の数字を獲る為の重要な戦略のひとつである。告知前に情報が漏洩する事は、なんとしても避けたかった。


「分かった。約束しよう、本田さん。ところで、その事について俺の方からも条件がある」


 森脇がライブの出演を決意した時、彼自身が一番気にかけていた問題がひとつあった。その事を本田に伝える。


「ライブの事が告知されれば、当然マスコミでは晃が何故参加していないのか?という事がクローズアップされるのが必然だと思う。そして、やがてはアイツが死んだ事も公になるだろう………しかし、そこまでにして貰いたい。晃がギターを弾けない事を苦に自殺した事は、マスコミには伏せて貰いたいんだ」


 森脇がトリケラトプスの解散を決め、それを前島に伝えた時、彼と交わした約束に森脇は拘った。それと同時に森脇自身、前島の自殺がマスコミの好奇の目に晒される事は、どうしても堪えられなかった。その気持ちは、本田にも伝わったのだろう。本田は、その場で森脇の出した条件を承諾した。


「分かりました。幸い、その事を知っているのはトリケラトプスのメンバーと事件に関わったほんの一部の人間だと聞いています。それなら、マスコミには病死という事でウチの方から発表するように手を打っておきましょう」


「悪いな、テレビ屋のアンタにそんな嘘までつかせて」

「いえ、ウチは報道部じゃありませんし」


そう言って、本田は笑った。


「森脇さん、ところで前島さんと言えばギターはどうするんですか?」


 それを口にしたのは、陽子だった。話の流れからいって、この話題が出るのは至極当然の事と言える。トリケラトプスのステージ最大の不安要素とも言える、リードギター前島の代役。これを誰にするのか?ロックバンドには不可欠であるリードギターの存在。ライブの出演を承諾した森脇は、既に候補を決めているのではないか?と、本田も陽子も想像していた。


「ああ、ギターか………」


 天才ギタリスト前島 晃が抜けた穴を、果たして誰が埋めるのか?

本田、陽子、そしてマスターまでもが、その名前を森脇が口にするのを期待に満ちた思いで待っていた。


ところが………


「誰かいねぇかな。本田さん、アンタ腕のいいギタリスト知らないか?」

「・・・・え?」


 なんと、森脇は前島の代役について全くのノープランであった。


「マジですか?」


森脇の完全なる《丸投げ》発言に、呆気に取られた顔で森脇を見つめる本田と陽子の二人。


「仕方無ぇだろ。ここ30年、音楽からは遠ざかってたんだ。最近のギタリストなんて、誰も知らねえよ」


 口を尖らせて釈明をする森脇に、本田は構想から始まり長い間コツコツと積み上げてきた《24時間ライブ》という名の城の天守閣が、ガラガラと音を立てて崩れていくような気がした。


「そうは言っても森脇さん、誰か一人位は心当たりがあるんじゃないんですか?」


 気を取り直して、もう一度森脇に尋ねてみる。森脇とて、一級品の音楽人である。誰か一人位の名前は出るのではないかと思ったからだ。


「そうだな、腕のいいギタリストと言って思いつくのは、アイツか………」


思った通りだ。それが聞きたかったんだよ森脇さん。本田は、そんな視線を再び森脇の方へと向ける。



※「ジミー・ペイジ!」

「ムリです!」


森脇の答えに、本田と陽子が間髪入れずに二人揃ってツッコミを入れた。


「仕方ありませんね……本番までは、まだ時間があります。ギタリスト捜しには我々も全力を挙げて協力しますから」


 そう何もかも簡単にはいかないか………ライブの成功には、まだいくつもの越えなければならない障害がある事を、本田は改めて思い知った。




※【ジミー・ペイジ】

英ハードロック界の雄【レッド・ツェッペリン】のギタリスト。ジェフ・ベック、エリック・クラプトンと共にロック三大ギタリストの一人に数えられる。



          *     *     *



 ライブの話が一段落すると、三人はマスターを交えて改めて乾杯をした。


「しかし、トリケラトプス30年振りの復活ライブか………本当に楽しみだな」


顔の前に翳したロックグラスを揺らしながら、本田が懐かしそうに呟いた。


「演るからには、最高のステージにしてみせるさ」


トリケラトプス全盛期の時の年齢は24歳。現在は54歳になる森脇だが、その口調からはブランクによる不安など微塵も感じられない。

と言うよりも、今まで無理をしてロックから遠ざかっていたぶん、早く唄いたくてウズウズしているようにさえ見える。それをを見透かしたように、マスターが笑って森脇に話しかけた。


「なんだか、唄いたくって仕方がないみたいだね、森脇君は」


すると、調子に乗った陽子がそのマスターの台詞に乗せて、森脇を囃し立てた。


「そんなに唄いたかったら、唄ったらどうですか? ステージ空いてますよ~~」


 今日は平日で、レスポール名物のステージライブは行われていない。その幕の閉じたステージを、陽子は指差した。勿論、陽子は冗談で言ったつもりだったのだが、その陽子の挑発に森脇はあっさりと乗って来たのだ。


「よし、唄ってやらぁ!」

「えっ、ホントに?」

「心配するな、カネは取らねえよ。マスター、ギター借ります!」


そう言って立ち上がると、森脇は一人でステージの方へと歩いて行った。


 やがて、静かにステージの幕が上がると、そこにはギターを抱えてひとり椅子に座った森脇の姿があった。マスターが店内のBGMを止め、照明の調整をする。


静まり返る店内………その中で森脇のギターのストロークの音色だけが鳴り響いた。


森脇が、ギター1本で弾き語りの出来る曲としてチョイスしたのは、ビートルズの【ヘイ・ジュード】。一見、シンプルで簡単そうに見える曲であるが、それ故ボーカルの個性が如実に表れる楽曲である。

 森脇は、それを見事に自分のものとしていた。ハスキーでありながら、伸びやかさも併せ持つ彼の恵まれたロックシンガーとしての歌声は、30年前と比べても全く引けをとらない、寧ろ成熟されていると言っても良かった。


「さすがだ……森脇 勇司、健在ですね」


感嘆と共に、本田がマスターに話しかける。


「うん、本当に………」


静かにそれに答えるマスターの瞳には、涙が滲んでいた。





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