第17話ENDLESS RAIN②

 喧嘩にも、センスというものがあるらしい。


 あっという間にスコーピオンの四人を倒した森脇と前島の二人は、息ひとつ切らさずに涼しい顔で、床に転がっている戸塚を見下ろしていた。


「お前さ、トリケラトプス追い出された事恨んでるみてぇだけど、ありゃあ自業自得ってもんだからな。やる気の無い奴は、ウチには必要無い! 俺達を恨むのは筋違いってもんだぜ!」


 よろけながら、やっとの事で立ち上がる戸塚の顔には、喧嘩でも一方的にやられるばかりで森脇達に一矢も報いる事が出来ない悔しさが滲み出ていた。


「どうする、まだやるのか?」

「クソッ!! 覚えてろよ、お前らっ!」


この状況で、もうひと悶着仕掛ける程の根性は、戸塚だって持ち合わせてはいない。

森脇を睨みつけ、精一杯の捨て台詞を吐くと、戸塚はカウンターにあった御絞りで鼻血の滴る顔面を押さえながら、メンバーを引き連れ逃げ出すようにレスポールを出て行った。


 スコーピオンがいなくなり、店内はようやく平和を取り戻すが、床にはまだ割れたビール瓶の欠片やら食べかけのピザやらが散乱している。


「晃ぁ~~、お前散らかし過ぎ!」


 喧嘩するなら、俺のようにスマートにやれよ。とでも言いたげに、森脇が前島を睨みつけるが、前島はそんな事にはお構い無いといった顔だ。


「へへっ、どうせやるなら派手にやらねぇとな」


 などと、一度はおどけて言った前島だったが、カウンターの中で呆れた顔で腕組みをしているマスターと目が合ったとたん、直ちにその態度を改めた。


「すみませんでした、マスター! 今すぐ片付けますので!」


前島は、慌てて床に散らばったガラスの破片を拾おうとするが、それはマスターに止められた。


「いいから、前島君。そんな事をさせて、天才ギタリストの指でも怪我されたら敵わない………それより、困ったな」

「困ったって、何がです? マスター……」


どうやら、店の散らかり具合に困っている訳では無いらしい。森脇がその理由をマスターに尋ねると、マスターは人差し指でこめかみを掻きながら、少し言い辛そうにこんな事を言った。


「実はね……今夜のステージ、スコーピオンが演る予定だったんだよね………」


 そのスコーピオンは、たった今森脇と前島の二人がコテンパンにやっつけて店から追い出したばかりである。


「そりゃまた……何と言ったらいいか………」


あまりのバツの悪さに、後の言葉が思いつかない森脇。しかし、そんな時だった。


「心配いりませんよ、マスター!」


満面の笑みをその顔に浮かべ、前島がその解決策を提案するのだった。


「スコーピオンなんかより、もっとスゲ~バンドがいるでしょ! に!」


それは言うまでもなく、森脇と前島自身の事であった。



          *     *     *




 急遽決まった日本ロック界のトップスター、トリケラトプスの森脇 勇司と前島 晃の登場という思いがけないサプライズステージに、レスポールの客席はざわついていた。森脇達が古巣レスポールでこのステージに上がるのは、プロデビュー以来およそ三年振りになる。そんな懐かしさを噛みしめながら、前島は店から借りたギブソンのレスポールを肩から掛け、念入りにチューニングを施す。


一方の森脇は、ステージ中央に配置されたドラムセットに腰掛け、バスドラムのペダルの感触をチェックしていた。どうやら、今夜は残りのメンバーの穴を埋めるべく、ドラムを叩きながら唄うつもりでいるらしい。


「おい、勇司。お前、タイコなんて出来るのかよ?」 

「あ? ……まぁ~テキトーだけどな。タイコが無ぇとカッコつかねぇだろ?

少なくとも、スコーピオンのドラムよりはマシだぜ」

「ハハハ、そりゃ違い無ぇじゃ、か」


そう言って、前島はニカッと森脇に笑いかける。『一発派手にぶちかましてやる』は、演奏前の前島の口癖である。


一瞬の静寂。


そして次の瞬間、寸分狂わずに森脇の持つスティックと前島のギターのストロークが同時に振り下ろされ、いきなり演奏が始まった。カウントも無しに、いきなりこうも見事に息を合わせられるのは、さすがと言わざるを得ない。


 ステージのトップを飾るその選曲に、客席の歓声はよりいっそう大きくなった。


レッド・ツェッペリン《胸いっぱいの愛を》


 かつてトリケラトプスがアマチュアだった頃、レスポールのステージの一曲目で演奏されていた懐かしいナンバーだった。


 一曲目のツェッペリンから始まり、国内のヒットチャートを独占した自らのオリジナル曲を含め、八曲がおよそ一時間かけて演奏された。


 正規のメンバーから二人欠けているというハンデなど、この森脇と前島からしてみれば全く関係無い。むしろ、森脇のドラムというかなりレアなこのシチュエーションは、トリケラトプスのファンからしてみれば垂涎モノのステージに違いない。


 なるほど、『テキトー』と言っていた森脇のドラムワークは自己流ではあるが、見事なまでに完成されており、そんじょそこらの二流ドラマーよりはよっぽど上手い。


 唸りを上げる前島のギブソン、そしてライオンのように長髪を振り乱し吠える森脇の声に、観客は拳を振り上げて応える。


 圧巻は森脇のドラムと前島のギターの掛け合いソロ。

まるでマシンガンのような森脇のドラムワークに、前島が時に繊細に、時に荒々しく、緩急の効いた絶妙なメロディーを乗せていく。


 抜群のスピード感と美しいメロディーライン、そして壮大なスケールを合わせ持った二人の芸術的とも言えるソロワークは、この単なるロックBAR《レスポール》を観客ごと、どこか別の世界へと音速で運び去っていくようであった。









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