第13話うっせえわ①
「どうして駄目なんですか!理由を教えて下さい!」
食い下がる陽子に、森脇はただ、こう答えるだけだった。
「トリケラトプスはもう解散したんだ。俺はもう、ロックを演るつもりは無い!」
単純明快な答えだった。しかし、そう言われて「はい、そうですか」と引き下がる訳にはいかない。テレビNET50周年記念番組24時間ライブが成功するか否かは、全てこの陽子の交渉に懸かっているのだ。
「そんな事言わないで、お願いします森脇さん!」
「断る!」
「断らないで!」
「いやだ!」
「そこをなんとか!」
「アンタもしつこいな!」
「諦めませんよ! 私は!」
「諦めろよ!」
「イヤです!」
「そう言わずにさ」
「絶対、イヤです!」
「そこをなんとか…………………って、なんで俺の方が頼まなきゃならねぇんだよ!おいっ!」
「あれ? そう言えば、そうですね………」
見れば、陽子は『えへへ』と頭を指先で掻いて無邪気な顔を見せ笑っている。
「クソッ!」
森脇は、自分のパンチパーマを掻きむしり苛つきを露わにして立ち上がった。この女と喋っていると、頭がおかしくなりそうだ。
「とにかく、その24時間ライブとやらに出るつもりは無ぇからなっ!もう二度と俺の前に顔を見せるな!」
テーブルの上に、くしゃくしゃの千円札を一枚乱暴に叩きつけると、森脇は最後にそれだけ言い残し、店の出口の方へと歩き出した。
「ちょっ、ちょっと待って下さい森脇さん! 話はまだ………」
「終わりだ!」
振り向きもせずそう吐き捨てた森脇は、歩む速度を速め、そのまま店を出て行った。
* * *
「まったくあの女、何考えてやがる!」
軽トラに乗り込んでファミレスを後にしてから15分経っている。それでもまだ苛つきが収まらない様子で、森脇はアクセルをいつもより余計に踏み込んで環状道路を走っていた。
さっきまで怒鳴っていたかと思えば、次の瞬間にはニヤニヤと笑いやがって……人の言う事は全く聞かねぇし、挙げ句の果てにはもう一度ステージに上がれだと?
「今さら出来るかってんだ………」
自然と独り言のように呟いていた。
そんな時ふと、車の中で聴いていたAMのカーラジオから、ある音楽が流れてきた。
誰のリクエストだか知らないが、このタイミングでかよ………その聞き覚えのあるメロディに、森脇は自嘲気味に苦笑いする。その曲は、トリケラトプスのファーストアルバムのB面最後に収められている《ラスト・ステージ》というバラード曲であった。
1コーラスの後フェードアウトするギターソロに被せて、番組のパーソナリティーが感慨深そうにコメントを乗せる。
『いや~懐かしい。これ、僕が高校の頃の曲なんですけどね、本っ当に夢中になりましたね~~このトリケラトプスというバンドには。たった三年位で解散しちゃったんですけど、いつか再結成しないかなぁってずっと思っていました………それじゃあ次のリクエスト………』
森脇の脳裏に、陽子が言った「トリケラトプスのステージを心待ちにしているファンが、この日本にはまだ数多く存在する」という言葉が浮かんだ。
その言葉を打ち消すように、森脇はもう一度同じ事をまるで自分に言い聞かせるように呟いた。
「今さら、出来るかってんだ………」
* * *
なんとなく落ち着かなかった。
あの初音 陽子とかいう女のせいなのか、それともさっきのラジオのせいなのか、それは森脇本人にもよく分からないが、なんとなく胸がもやもやする様でとにかく落ち着かない。赤信号で車を停め、とりあえず煙草でも一服つけて気分を静めようと、森脇が胸のポケットからマルボロを取り出そうとした時だった。
「あれ?」
森脇は、その時はじめてポケットの中に煙草もジッポのライターも無い事に気が付いた。
「ヤベェ! あのファミレスだ!」
陽子との話の途中、煙草とライター、そして彼女の名刺をテーブルの上に置いた事を思い出す。そして帰る時にそれをポケットに入れた記憶は無かった。
「クソッ!」
悔しそうに舌打ちをする森脇。この際、煙草と名刺はどうでもいいが、あのジッポのライターはそうはいかない。そのジッポは森脇にとって、かなり思い入れのある品物だったからだ。
信号が青に変わると、森脇はすぐさまウインカーを右に出し、狭い路地を通り抜けてUターンをした。
ファミレスへと戻る道すがら、二つの心配事が森脇の脳裏をかすめる。ひとつは、ジッポが後から来た客に持ち逃げされてはいないだろうかという事。そしてもうひとつは、陽子がまだあの店にとどまっていないだろうかという事だ。
「たのむぜ、おい」
そのどちらもがヒットしないよう祈りながら、森脇は軽トラのアクセルを床いっぱいまで踏み込んだ。
* * *
ファミレスの建物が軽トラのフロントガラス越しに見えてくると、森脇はまずその駐車場へと視線を移した。幸いな事に、そこに陽子の赤いフィツトは無かった。
あれから、何だかんだで三十分近くは経っている。彼女も森脇が帰った後に一人で居る用事も無かったのであろう。まずは、陽子が居ない事に胸を撫で下ろした後、森脇は駐車場に車を停めて再び店の中へと入って行った。
ドアを開けて店内に入ると、最初に店に来た時と同じ案内係が森脇に「お一人様ですか?」と、お決まりの言葉を掛ける。その言葉を遮るようにして、森脇が自分と陽子が座っていたテーブルを指差し、三十分程前にそのテーブルで忘れ物をした事を説明すると、案内係はにっこりと微笑んで「それなら、こちらで預かっております」と答えレジの裏手に回った。
「よかった」と、額の汗を袖口で拭う森脇。あのジッポだけは絶対に無くす訳にはいかない。あれを忘れていくなんて、やっぱりあの時の自分はどうかしていたんじゃないかと考えながら、森脇は案内係を目で追う。
「こちらで宜しいでしょうか?」
「は?」
案内係の手に載ったモノを見て、森脇は目を大きく見開いた。
「おい! ライターはどうした! それと一緒にジッポのライターがあっただろうが!」
案内係の手にあったのは、潰れたマルボロの箱と名刺のみ。肝心なジッポのライターが無い。
「いえ、テーブルにあったのは、この二つだけでございました」
案内係は、困ったような顔でマルボロと陽子の名刺を森脇に手渡す。
誰かがジッポだけを持っていきやがった………そう思った森脇は、青ざめた表情でそれを受け取った。
ふざけやがって!こんな煙草なんてどうでもいい、ましてやあの女の名刺なんて!その悔しさから、その場で名刺を破り捨てようとしたその時、陽子の名刺の裏に書かれていた内容に、森脇は頭が沸騰する思いがした。
《ライターは私が預かりました。返して欲しかったら、六本木のロックBARレスポールへ来て下さい。待ってます! 初音 陽子》
「チクショウ!あの女!」
店内に響き渡るような大声で、森脇は吠えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます