第2話決戦は金曜日②
古谷にぴしゃりと言われ、狼狽する山下の姿があった。どうやら古谷の言った事は図星であったらしい。そして、そんな山下の様子を一瞥してバラエティーの田中が呆れたように言う。
「そんな事だから、ウチのドラマはいまいち数字が獲れないんだよな。他所じゃ
《半沢》とかデカイ数字獲っているってのに、ウチのドラマが弱いのはプロデューサーのそのセンスが原因なんじゃないですかね」
番組を作っている者に対し、そのセンスを否定される事ほどの侮辱は無い。山下はテーブルに掌を叩きつけて怒鳴った。
「何だと! 田中、それは俺に向かって言ってるのかっ!」
「あ、そういう風に聞こえました?」
にやけた顔で答える田中。普段、芸人達と絡む事が多いせいか、その口調はどうにも軽い。しかも、この局のドラマの視聴率が他局に比べて低いのは本当の事である。
「お前、俺にケンカ売ってんのかっ!」
今にも田中に向かって掴みかかっていきそうな勢いの山下を、スポーツの松本、そして古谷がすぐさま牽制する。
「まあ、まあ、今は会議の場なんですから反論があれば議論を闘わせましょうよ、山下さん」
「そうだ山下、お前がセンスに自信があるというなら、例えば特番のドラマ、お前ならどんなものを作る?」
思いがけない古谷からの問い掛けに、山下は言葉を詰まらせた。
特番で放送するドラマの題材。まさか、そんな事をこの会議の中で問われるとは思わなかった。そもそも、ドラマを12本立てにする事だって、たった今しがた考えついたばかりである。ましてや、その題材についてなど山下が用意している筈が無い。
「どうした、山下」
「あ、あぁ………」
山下の額に脂汗が滲む。今のこの会議の流れからいって、この質問の解答いかんによっては、開局記念番組のドラマ採用の目は無くなる。
(ちくしょう、なんで俺がこんな目に………)
会議が始まる前までは、特番ドラマは本命中の本命……だった筈なのに、いったいどこでどう間違ってこんな展開になってしまったのか?
「どうした、山下。答えられないのか?」
「うるさい!ちょっと待ってろ!」
古谷に詰められ皆の視線を一心に浴びた山下は、何かいい題材はないかと、己の思考回路をフル回転させた。
(何か無いか……何か視聴率の獲れそうな人気のある題材………サスペンスか、コメディか、それともホームドラマか……いや、そういう大雑把なものではなく、もっと具体性のあるもので無ければこの場を納得させるのは難しい………)
瞑目して思いを巡らせる山下。
すると、そんな山下の脳裏に、ふと昨日の彼の自宅での娘とのやり取りが浮かび上がった。
* * *
昨日、彼が珍しく早い時間に帰宅して家族揃って食卓を囲んだ時の事である………
「おい、
山下は、席の向かいで食事を摂りながら、器用にスマホの操作に夢中になっている小学六年生の娘を注意した。
「どうせゲームでもやっているんだろ。そんなの、食事の後だって出来るんじゃないのか?」
「ゲームじゃないもん!」
娘の柚菜は、注意した山下に目を向ける事なくそう口答えをした。
「ゲームじゃなきゃ何だ! どうせくだらないものだろ!」
そんな山下に、少しも悪びれる事もなく娘の柚菜はスマホの画面を向けて微笑んで見せた。
「携帯小説。これって、今若いコの間ですごく人気があるんだよ」
その、娘のスマホの画面に映し出されていた携帯小説のタイトル……それが今、山下の頭の中にぼんやりと浮かび上がっていた。
『これって、今若いコの間ですごく人気があるんだよ』
* * *
「どうした、山下。何とか言ったらどうだ!」
容赦ない古谷の口調に、ふと我にかえった山下は、テーブルに手をつき大声でそのタイトルを叫んだ。
「異世界に転生したら有り得ない程最強無双になっちゃって、しかもウハウハハーレムだった件!」
「ウハウハ……」
凍りついたように静まり返る、テレビNET第三会議室。山下は、その周囲の異様な反応を、不思議そうな表情で見回していた。
「うん? どうしました、皆さん」
《呆れてものが言えない》とは、まさにこの時の為に用意された言葉なのではないだろうか………そんな面持ちで会議室の山下以外の者達は、言葉を失っていた。テレビNET50周年記念番組に、いくらなんでもそれは無いだろう………皆、そんな顔をしている。そして、そんな重苦しい雰囲気を打開するべく、今まで一言も言葉を発していなかった相田局長が初めて発言した。
「どうも雰囲気が悪いようだ。気分転換にちょっと休憩を入れよう………
それから、山下君」
「はい?」
「君はもう、帰っていいよ」
局長の一言に、がっくりと肩を落とす山下。時番のドラマ部門敗退は、これで確定的と言っていいだろう。それどころか、山下の今後の局内での処遇も気になるところである。
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