第3話決戦は金曜日③
十五分の休憩を挟んで、会議は再開された。そこに、山下の姿は無い。
ドラマ部門の山下が戦線離脱すると、報道の古谷、スポーツの松本、バラエティーの田中は、ここぞとばかりに自分達の企画をアピールし始めた。
「報道部門では、生中継での討論番組を企画しています。某局の《朝まで生テレビ》のさらに上を行く、24時間生テレビです!」
「局長、そんな辛気臭い企画よりもっと明るくいきましょう! 我がバラエティー部門では《芸能プロダクション対抗~24時間スーパーウルトラクイズ》を企画しています!」
「スポーツ部門では、スポーツ史五十年間を振り返り《オリンピック~プロ野球~サッカーワールドカップ五十年間の名場面!あの感動をもう一度!》を企画しています! 高視聴率間違いなしですよ、局長!」
各部門、自前の企画を得意気にアピールするが、それを聞いている局長の表情に新鮮な驚きは見出せない。 各プロデューサーは、そんな局長の表情を敏感に読み取る。そして、当然のごとく、次なる戦略へと発展………それは、消去法……つまり、他がコケれば自分達の企画が採用されるであろうという、何ともレベルの低い発想だった。
「《スポーツ史五十年》って、そりゃ単なるVの使い回しじゃないのか?手抜きもいいところだ!」
古谷が松本の企画にケチをつけると、松本も負けじと古谷に食ってかかる。
「そっちこそ、朝まで生テレビのパクリじゃないか! あんなの、自分勝手に喋っているだけでいつも結論が出ない! 全く意味が無いよ!」
「そうそう、口喧嘩をテレビで観ているようなもんだ。面白い筈が無い!」
「何だと! 田中、お前のところのクイズだって、24時間もつ企画じゃ無いだろ!せいぜい二時間がいいところだ!」
「ふざけんなよ! 憶測でものを言うな! このハゲ!」
「ハゲとは何だ! このデブ!」
「おいおい、アンタら小学生かよ……ハゲとかデブとか」
「うるせえっ! メガネはひっこんでろっ!」
「何だと! メガネのどこが悪い!」
薄毛の古谷、肥満の田中、そして極度な近視の松本………すでに企画自体の優劣を超え、互いのコンプレックスを罵り合うまでに議論は低俗化しつつある。
「だいたい、薄い頭で考える企画は内容まで薄いんだろうさ!」
「デブの考える企画はフットワークがまるで無い!」
「メガネの考える企画は先がまったく見えて無い!」
ここまで来ると、もう議論もへったくれも無い。醜い罵り合戦、子供の喧嘩である。時計の針はもう午前零時を差している。彼らの様子を黙って窺っていた局長の表情には、明らかに苛立ちの色が滲み出ていた。
「もういい!」
まったく、揃いも揃ってろくな企画を出して来ない。挙げ句の果てにはハゲだのデブだの、企画と全く関係ない言い争いなんぞ始めやがって………そんな、ぼんくらプロデューサー共の顔を見るのも忌々しい。そんな思いを顔に出して、局長は横を向き、目の前のプロデューサー達から顔を背けた。するとその刹那、ふと彼の左前に座っていた本田の存在に気が付いた。
「本田君」
局長からふいに声を掛けられ、本田はちょっと驚いたような顔で返事をする。
「は、はい!」
「そういえば、君はさっきから一言も発言していないようだけど、音楽部門では何か企画を考えてはいないのかな」
局長の問い掛けに、本田は少し緊張した面持ちで、こう答えた。
「私は………この開局記念の日に、ライブが出来たら良いなと考えています」
「ライブ……?」
本田の短い受け答えに、漠然とした想像しか思いつかない局長は、更にもう少し訊いてみる。
「ライブとは?本田君、もう少し具体的に説明してくれないか」
局長から具体的な説明を求められた本田は、自分が思い描くライブについて丁寧に語り始めた。
「簡単に言えば、音楽祭形式の24時間ライブです。人は、その重ねて来た人生を、音楽と共にそれぞれの心の中に思い出として刻み込んでいます。80年代、90年代、そして平成を迎え、現在に至るまで……
様々なヒット曲が生まれ、我々の心を虜にしていきました。
その、日本の時代を彩って来た名曲の数々を、ステージの上でまる一日かけてライブでお届けできれば……と思っています」
「ふうん……ライブねぇ………」
本田の話を聞いた局長は、顎に手を当てそう呟いた。 一考の価値はある…そんな顔をしている。その局長の様子を見て慌てたのは、他ならぬ三人のぼんくらプロデューサー達だ。すぐに本田の足を引っ張ろうと策略を企てる。
「いやいや、局長!そんな本田の口車に乗せられてはいけませんよ!」
「音楽祭なら、他局でもやってますし、二番煎じの感は否めない!」
田中と松本がすぐに異論を唱えるが、本田はそれに冷静に対応する。
「確かに、音楽祭は他局でもやっていますが、それとはスケールが違います。24時間あればかなり幅広く多くのアーティストを招集する事が可能で、視聴者の多くのニーズに応える事が出来ます」
田中と松本が簡単に言いくるめられるのを見て、古谷は心の中で舌打ちをした。
こいつは手強い……山下と違って、さすがに生半可な異論ではすぐに対応されてしまう。もっと相手のアキレス腱を突かなければいけないと古谷は思った。そして、先程の本田の説明を頭の中で振り返ってみる。本田の説明に何かつけ入る隙は無かっただろうか。
(確か、時代を彩る名曲がどうだとか言ってたな、アイツ………)
その時、古谷の頭にある突破口とも言える閃きが浮かんだ。
(そうだ!)
古谷は、その閃きを本田に対しぶつけてみた。
「誰だよ!」
「えっ?」
本田は、一瞬古谷の言った事の意味が分からずに、古谷の方へと顔を向けた。
「その、時代を彩るアーティストってのは、いったい誰の事だよ!それがお前の企画の最大の目玉になるんだろ?」
そして、古谷は局長の方へと顔を向け、続けた。
「だいたい、坂本 九も美空ひばりも石原裕次郎も、もうこの世にはいませんからね!時代を彩るような大物はステージには引っ張り出せませんよ!」
勝ち誇ったように両手を広げ、本田の企画には欠陥がある事をアピールする古谷。これで本田の企画は潰せると確信していた。
しかし………古谷の追い込みに少しは怯むかと思いきや、本田の返した答えは意外であった。
「いますよ……とびっきり凄ぇのが!」
まるで古谷に対し「古谷よ、音楽界を舐めるんじゃねぇぞ!」とでも言わんばかりの本田の口ぶりに、古谷は語気を強めて尋ねた。
「いったい誰だよ!その、とびっきりってのは!
すると、古谷の問いに対し本田は、あるロックバンドの名を口にした。
「伝説のロックグループトリケラトプス!」
本田がその名を口にした《トリケラトプス》とは、90年代に日本中の若者を熱狂させた四人組のスーパーロックバンドの名前だった。当時リリースした曲はすべてがミリオンセラー、ライブの観客動員数も群を抜く勢いで、その人気はもはや国民的だったと言っても過言では無い。そして、そんな人気絶頂のデビュー三年目に、ある理由で突然の解散により音楽界からぱったりと姿を消してしまった事も、このロックバンドを伝説と崇めるひとつの要因と言えた。
「何、本田君!トリケラトプスをステージに立たせるの?」
意外にも、誰よりも最初に興奮気味にこの話に食い付いたのは、局長だった。
実を言うと、局長も若かりし頃トリケラトプスを熱狂的に追い求めたファンの一人であった。
「この夢のステージには、彼等こそが相応しいと私は思います」
本田は、そう答えた。
「よし!じゃあ、テレビNET50周年記念特番は音楽部門に任せようじゃないか!」
その声に、古谷、松本、田中の三人のプロデューサーはがっくりと肩を落とす。
完全に乗り気な局長の、鶴の一声には他の三人のプロデューサーが抗える筈が無かった。
* * *
「ねぇ本田さん、いったいどうやって今回の特番勝ち獲ったんですか?」
この弱小音楽部門が、いったいどんな魔法を使って今回の結果を導き出したのかと、興味本意に尋ねる初音陽子に、本田は意味深な笑顔で答えた。
「まあ、あの局長も、昔は純真な音楽少年だったってところかな」
正直言って本田も、局長がトリケラトプスにあんなに食い付くとは思ってもみなかった。結果、その事が好を奏したのだが、その反面これでトリケラトプスをステージに引っ張り出す事はこの企画の絶対条件のミッションのようになってしまった。
実を言うと、このミッションをクリアする事が並大抵な事では無い。その難度は、山口百恵を再びステージに上げる位に難しいと言える。今思えば、ずいぶんと無茶な事を口にしたものだな……と本田は少し自嘲気味に笑った。
しかし、それと同時にこれは本田がこの仕事に就いた時からずっとやりたかった事であり、彼の夢でもあった。
記念特番の日まで、あと半年。本田の目の前には、長く険しい道のりが続いていた。
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