第26話 機械

「ではな、ジルメル殿」


 失意と瓦礫に押しつぶされるジルメルに一瞥しフランシスは歩き出す。


「煙たいな、もう少し……遠くに落とすべきだったか?」


 隕石を落とすのは失敗だったなと呟き、フランシスは正面を見る。

 騒ぎを聞きつけた衛兵達が集まり始めていた。


「流石に対応が速いな……コメディアン! コメディアン!!」


 叫ぶフランシス。その様子をみて衛兵達はなぜ唐突に芸人を読んでいるのか、疑問を感じながらも武器に手をかけた。フランシスを敵だと仮定したようだった。


「コメディ──ああそうか、鳴り物がないと出てこないんだったか?」


 するとフランシスは息を吸い込む。


「神出鬼没、正体不明のお笑い人間、ここに参上!! コメディアン!!」


 そんな場違いなまるでこれから出てくる芸人を紹介するような謳い文句をフランシスが垂れ流したかと思うと、一人の衛兵が思わず呟く。


「え?」と。


「どうもご紹介に上がりました! コメディアンです皆さんぅ! ハイ! どうもね! いやーいい天気でね、実に漫才日和ですけども──」


 いつのまにか敵だと仮定するフランシスの隣に誰かがいた。白い髪の男だ。右半分が緑、左半分が黄色のコートを着ておりボタンを閉めずに肌を露出していた。


 というのもどうやらコートの下はズボン以外何も身につけていないようだ。白い肌が晒されている。


 その奇妙な男はまさしく、例えるなら芸人か何かと言った風貌だった。芸人のような男はひとしきり無駄な会話を続けている。


「コメディアン」


 呆気に取られた衛兵達に代わり、フランシスがコメディアンを呼び止める。


「なんだいハニー?」


「ハニー? 私が? すまないお前はそういう風には見ていない。本当に悪いな、いや本当にすまない今までのそぶりから気づかなかった私も悪いと思ってる。いやしかし、まさかお前がそうだとは知らなかった。だが安心しろお前のような奴なら直ぐにでも私以外の良い恋人が──」


「違えよ!! ジョークだよ! 旦那! ジョーク!」


「誤魔化さなくてもいい……私は、その、びっくりしたが、珍しいことではないと──」


「ああもう! マジで冗談通じねぇなアンタ!」


「……何だ私はマジかと思ったぞ」


「マジなわけないだろ」


「私に魅力がないと?」


「ウゼェぇぇぇ!!! この人ウザいよぉぉぉ!! 泣いちゃぁぁぁう!!」


「さて」とフランシスは仕切り直す。


「とりあえず街から脱出するぞコメディアン」


「はいよ」


 それを聞いて衛兵達は黙っていなかった。

 衛兵の中の一番階級が高そうな衛兵が、おそらく隊長が叫ぶ。


「二人ともそこを動くな! 貴様らにはテロの容疑が──!」


 その言葉に反応したフランシスは見下すように衛兵隊を見る。


「まずは……雑魚から片付ける」


 するとフランシスは右手の機械の義手を掲げた。紫色の光と共に、漆黒の杖が義手の上の空中に現れた。


 漆黒の杖をフランシスが義手で掴むと、まるで目覚めたかのように、杖のあちこちに紫の光と発光するラインが灯った。


 衛兵達はざわつく、そして確信する。

 この男は魔法使いなのだと、そしてこの街の一画をメチャクチャにしたのはソウルウォッチャーを破壊したのはこの男なのだと。


「全員戦闘準備!」


 衛兵隊の隊長がそう叫んだ、魔法使いが杖を持ち出したということは魔法がくる。戦う気だ衛兵達はそう認識したのだ。


 結論から言うと、衛兵達の予想は当たっていた。ただ想像が間違っていただけだった。


 ガシャン、と機械と機械が噛み合う音が鳴り響いたと思いきやフランシスの左手がいきなり変形した。

 六本銃身からなる小型のガトリングガンだ、左手が瞬時にガトリングガンへと変形した。


「な……!」


 そして、反撃をする間もなくフランシスはガトリングガンと化した左腕で衛兵隊を薙いだ。


 銃口から火と共に光る弾が吹き出し、公平に衛兵達に向かって死を届けようと向かっていく。


 そして光を纏った弾丸は、魔力が込められており衛兵達には防ぐ術はない。

 彼ら哀れなる犠牲者の最後は、ただただ機械的で何の装飾の仕様もなく、無機質で冷たい死が訪れるだけだった。


 唯一情と呼べるものが感じられたのは、衛兵達の死に際に発する苦痛の断末魔だけだった。


 やがてガトリングガンが弾を吐き出すのをやめ、代わりに煙だけを吐き出すようになると残ったのはフランシスとコメディアンそして大量の衛兵達の死体だけだった。


 フランシスは死者達への敬意も表すことなく杖を天に掲げる。


「こい、鉄の翼」


 フランシスの言葉に従うように空の彼方から轟音を巻き上げ飛来してくる物体が一つ。

 その物体は、隕石によって開けられた王都エポロの魔道障壁の穴を通りフランシスの元へと着陸する。


 微動だにしないワシを模ったような頭に、自然界では存在しないような鋭角に揃えられた二つの三角形型の翼、そして背部からはとてつもない勢いで火を吹き出している。


 それは明らかに人間の手によって作られたであろう空飛ぶ機械だ。

 見る人が人ならばわかるだろう、これは古代文明の発掘された兵器であると。


「乗れコメディアン、さっさと脱出するぞ」


 その鉄の鳥のような機械の背にフランシスは飛び乗った後、コメディアンにも搭乗するように促す。


「やだなぁコイツに乗るの、シートベルトないんだもん」


「シートベルトが何かは知らんがとにかく乗れ、置いていくぞ」


「はいよ」と言ってコメディアンは鉄の鳥に乗り込むすると、とんでもない勢いでその機械は飛び立ち天空へと姿を消した。


 ─────────────


 王都エポロの上空で寒風にさらされながらフランシスは言う。


「コメディアン、まず言いたいことがあるんだが」


「はいはい、何でしょうかダンナ様」


 ふざけながら答えるコメディアンは、すでに速度を落とした空飛ぶ鳥の背の上で寝転びながら答える。


「お前、王都エポロはこの星の最高の水準のセキュリティの都市だと言ったな」


「うん、言った」


「次からはキチンと情報を精査してから言え。あの程度のセキュリティ私からしてみればオモチャに等しい、現にソウルウォッチャーに入ったと言うのに、私の体の秘密さえ、彼らは解き明かせなかった」


「ああ〜それは……」


「お陰で、わざわざ"正体を隠し囚人として王都に潜入"などと言う無駄なことをしてしまった。あの程度のセキュリティならばいつでも私たちは侵入できると言うのに……だ」


「いや、その、言い訳になるんだけどさぁ……」


「なんだ?」


「まさか、王都エポロの監視網がこんなに緩いなんて思ってもいなかったんだよ! 旦那の装備のいくつかは違法のモンばっかだからてっきり街の門でチェックされて持っていかれると思ったし……」


「実際には……杖も義手も取られなかった。監獄という最高のセキュリティがある所でな」


「それは、その……本当にすみませんでした!!」


 土下座するコメディアンを尻目にフランシスはいう。


「まあ言い、これで準備は整った」


「じゃあやるのか旦那?」


「ああ、そうだ全ては魔王様のためにだ」


「はは、悪い奴!」


 鉄の鳥は二人を乗せて飛ぶ、夜風を裂きながら。

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