第25話 尋問官と流星
「さて、何か聞きたい事は? ジルメル殿?」
長髪の男の言葉に動揺しつつも、しかしジルメルは黙る事はできなかった。相手のペースに呑まれられたら終わりだ、会話の主導権はあくまでこちらが握らなければならない。
ジルメルは気を引き締める。
「まずは貴方のお名前からお聞きしても?」
あくまでも冷静に、ジルメルは毅然とした態度振る舞いつつそう言った。
見透かすように長髪の男は目を細める。魔性という言葉が何よりもその男に似合っていた。
「名乗りたいのだが……まずはこれを外してくれないか?」
男は両手を上げた、両手には複雑な紋様が刻まれた手錠がかけられている。
その手錠にジルメルは見覚えがある。と言うかジルメルにとっては知っていなければおかしい物だ。
力封じの手錠、魔法そして戦士の闘気による超人的な力をその名の通り力を封じる手錠だ。
正確には封じているのではなく、吸い取り放出しているのだが。
とにかくその手錠をかけている者は脅威になり得ない、だからこそ尋問官の安全性は担保されていると言ってもいい。故に、外すなどあってはならないことだ。
「申し訳ない、その手錠は外せないのです」
「そうか、なら良い。ああ、そうそう私はフランシスだ。いい名前だろう。今日のような月の光が闇を裂く日に母が名付けたそうだ」
「……ポエムもお上手なようで」
「おお、嬉しいものだな、褒められると言うのは」
少年のように男は、フランシスは笑う。
そんな彼にジルメルは単刀直入に聞いた。
「教えてくださいなぜ貴方は急に自分の正体を明かす気になったのです?」
「ああ……もう明かしていいと思ったからだ」
「どういうことです?」
「そろそろ、限界だろう。誤魔化すのも、巷ではもう元魔王軍の指揮官を名乗る奴が出たそうだな」
「……それは、私も聞いています。ですが少なくともこのソウルウォッチャーで、拘束されている貴方の耳には届かない筈です」
「そうだったな、私は拘束されているんだったか」
「何を……」
「ここの牢獄──」
フランシスは周りを見る。
「一見堅牢そうだが、どうやら随分とスキマがあるようだ。これでは風どころか、向こうの景色すら見えてしまうぞ」
「バカな、あり得ない貴方は魔法も何もかもが──」
そこまで言いかけたところで、ジルメルは気づく。
「……協力者はあと何人いるんです?」
「答えると思うか?」
「……その答え、実質答えているようなものですよ」
「おっと、しまった」
フランシスはまた笑う。ワザと遊ばれている。いや、それだけではない思わず質問してしまったジルメル自身も迂闊だった。
自分は焦っていると動揺していると勘づかれた。相手のペースに呑まれる。
フランシスはその焦りに、つけ込んでくる。
しかしフランシスはジルメルが、まだ過激な手段に出るとは思ってもいない筈だ。
もはや、言葉だけでは埒があかない。
付け入る隙も、取りつくシマもないこの男には正攻法では通用しない。
ジルメルは切り札を切ることにした。
「そうですか、フランシスさん答えられないものは答えなくて構いません。その代わりにもう一つ質問です」
「何だ?」
「貴方の所属する組織を教えていただけますか?」
ジルメルの目が淡い光を帯びる。
魔力だ、ジルメルの目に魔力が宿っている。
不意にフランシスがジルメルと目を合わせた。
「……そう、きたか」
フランシスがそう呟いた。
するとフランシスの目にもまたジルメルと同じ光が灯った。
成功だ。
ジルメルが繰り出したのは精神操作の魔法だった。相手の精神を術者の手によって犯しそして傀儡にする非人道的な魔法だ。
そうだからこそ、罪人かどうかもわからない人間にこの魔法を使うことは許されていない。
そしてそれに加え、この魔法はその名の通り精神を操作する魔法だ。自白を強要させる魔法ではない。
もしこの魔法の術者に雑念が混じれば、間違った情報が真となる可能性が高いのだ。
例としてこの魔法を使用して、完全に罪人の精神を操ってしまった結果、逆に術者の想像や偏見が罪人に逆流し、犯していない罪を罪人が作り出すと言った事例もあった。
そんな諸刃の剣と言ってもいいこの魔法を使いこなすジルメルはまさしくベテランの尋問官と言っても過言ではなかった。
もはや、逃れる術はないジルメルは勝ちを確信した。
「もう一度お聞きします、貴方の所属する本当の組織を教えていただけますか」
精神は手中に収めた、後はこうして言葉と魔力によって相手を操り答えを吐き出させるだけだ。
すると、ゆらりゆらりとフランシスの体が左右に揺れ動く。
間違いない魔法が効き始めている。そしてついにフランシスの口が動き始めた。
「私は……」
そしてフランシスの声が震える。来る。一字一句聞き逃さないように誰もが身構えていたその時だった。
「こんな小細工はやめようジルメル殿」
そう言って、フランシスは頭をテーブルに叩きつけた。
「なっ!?」
フランシスの頭への衝撃と、予想外の行動による驚き、その二つのショックでいとも容易くジルメルの精神操作の魔法は振り解かれる。
そして、ゆっくりと頭を上げたフランシスは言った。
「気分爽快だ、山頂から眺める煌めく夜空を見た時を思い出す、実際視界の端に少々光が舞っているからな」
ジルメルは驚きが隠せなかった、どんな人物であろうと、そう例え大魔法使いだろうと自分の精神魔法は振り解かない筈だと思っていたからだ。
「……そんなに意外かな? 精神魔法に抵抗したのが」
ジルメルは答えない、動揺を悟られたくなかったからだ。
「いや、意外に難しかった、体の自由を取り戻せたのは一瞬だけだ、そのおかげで頭に衝撃を入れられたのだが……感心したよこれほどまでの使い手がいるとは」
フランシスは笑みを崩さない。
この男は一筋縄では行かない、ありとあらゆる力を封じられているこの状況でこれほどの力を出せるとは、最早なりふり構ってはいられなかった。
「……そうですか、では私から話すことはもう何もありません、ありがとうございました」
ジルメルはそう言って、立ち上がった
人員が必要だ、より多くの魔法の使い手がいなければこの男は攻略できない。
だがそうして、退出しようとするジルメルに、フランシスが声をかけた。
「まあ、まて。君の精神魔法には見どころがある。よければアドバイスでも……どうかな?」
「結構です」
「まあ、聞くといい。精神魔法のコツは詠唱をキチンと言葉にする事だ、どの魔法使いも最近は黙読で成そうとしているがしかしそれでは効果が薄い、詠唱を口にしてこそ魔法は真価を発揮する」
ジルメルは思わず立ち止まる、魔法による尋問がこれから始まる。
だとしたら、これがこの男との最後のまともな会話になる。もしかしたら何かしらの情報を掴むきっかけになるかも知れないと思ったからだ。
「言葉とはイメージそのもの、炎なら炎、水なら水と言葉で認識することによって、人は理解して想像できる。そして想像したものは魔法に転ずることができる。実際、言葉にできないものは認識できない。
知っているか? とある雪国では雪を表す言葉が3つ4つあるそうだ、それだけその雪国では雪の違いを認識して言語化している。我々ではわからない世界を見ているのだ
そしてそれはそれだけ雪の本質を理解しているとも言える。
魔法も同じだ、現象を認識して言語化できてこそ、本当の意味で魔法を物にできる」
「何が言いたいのです」
「詠唱は大切だと言いたいのだよ。だがだからと言って、馬鹿正直に詠唱をしてしまっては魔法をかける相手に丸わかりだ、対策されてしまう。ではどうすればいいと思う? 詠唱しつつ、かつ相手に気づかれないように、魔法を発動する方法」
「さあ、見当も付きません」
「方法は実はいくつかある。その中でも精神魔法を操る尋問官である君に有用そうな方法を教えよう」
「それはな」とフランシスはジルメルを見つめていった。
「会話の中にさりげなく差し込むのさ、詠唱を」
瞬間、ジルメルは背筋が凍る。
「さてここで問題だ、ジルメル殿。私は一体幾つの詠唱を君との会話で差し込んだと思う?」
ジルメルは叫んだ。
「皆さん、伏せて!!」
その瞬間だった、尋問室は激しい爆発に晒された。
─────────────
監獄ソウルウォッチャーに星が堕ちた。王都エポロの魔道障壁を突き破り隕石がピンポイントにソウルウォッチャーに墜落したのだ。
現場は凄惨だった。衝撃により建物は崩れ地面は抉れている。
そして、その破壊の惨状の片隅、瓦礫の中から出てくる人影が一つ。
「ふう、流石に派手にやりすぎたか、隕石など落とす物じゃないな」
フランシスはそう言いながら服の汚れを払う。
そして、どこかへ去ろうと彼方へ目線を送ったその時だった。
「まて……!!」
いかにも満身創痍といった、肺が潰れているのだろうか、空気が満足に混じっていない掠れ声がフランシスの耳に届く。
「ああ、ジルメル殿生きていたのか」
瓦礫の中から這い出してきたのは、尋問官のジルメルだった。どうやらいち早く脅威に気づきどうにかして地下から這い出してきたらしい。
「すまないジルメル殿、人を待たせていてな、行かなければならない」
「……いかせると、思うのか……!!」
「いや、私はいくさ。君の意思は関係ない」
会話は終わりだと言わんばかりに、ジルメルは掌をフランシスに向けそして叫んだ。
「火よ! 焼き尽くせ!!」
フランシスに向けられた掌、その中心から火球が発生し、そのままフランシスを殺すためだけにその火球は飛んでいく。
だが、そのジルメル決死の一撃をフランシスは、何の躊躇いもなく右手で受け止めた。
小規模な爆炎がフランシスの体を包む。そして、炎が晴れていく。
その炎が晴れた先、眼前にある景色をジルメルは信じることができなかった。
黒鉄の小手、いや、焼け落ちる皮膚を見てジルメルは確信する。
「機械の義手……!? お前……魔術師では……」
フランシスは手錠を外し笑いながらいった。
「魔法使いさ、それも純粋な」
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