第24話 始動

「では、後にお話をお聞かせ願います」


「ええ、ありがとうございます」


 衛兵の言葉にドンキホーテはそう返す。そして軽い、話をした後、ドンキホーテはアーシェに振り返った。


「じゃあ、ひとまず帰りましょアーシェさん、事情聴取は後からするそうです」


「え、あ、はい」


 困惑するアーシェはドンキホーテの言葉にただ、頷く。

 そして、そのアーシェの一言が、この教会での出来事を過去のものにしてしまった。


 教会の一件は完全に片付いた、騒ぎを聞きつけて駆けつけた衛兵に全てを任せた後、平穏が訪れた気の緩みからアーシェは一つドンキホーテに質問した。


「ドンキホーテさんはなんで、あんな所にいたんですか?」


「ああ、それは……」


 帰路の中、唐突に質問されたドンキホーテは言い淀んだ後、答える。


「予定が狂いまくったからなぁ……まさか、戦うハメになるとは思わなかったし」


 もはや日は暮れ始めている。どうしたものかと、ドンキホーテは悩み、困ったように言う。


「まあ、とりあえず職場まで送りますよ、お菓子届けるんでしょう?」


「そ、そうですね!」


 そして、何事もなく二人は寮へと戻ってきた。あんな危機的な状況が嘘のように平和的にだ。


「ごめんなさい遅くなりました!!」


 アーシェは寮の中、従軍衛生士官が数多く勤務しているオフィスに入った瞬間そう言った。

 数人のアーシェの同僚が、「おかえり」と気の抜けた挨拶をする。


 どうやら事件のことはここまで伝わってないらしい。

 緊張感はまるでなく、日常に戻ってきたと言っていいだろう。

 その様子を見て、アーシェは再び肩を落とす。


 これで全て、終わったのだと言う実感がやっと彼女の心に訪れる。


「じゃあ、俺はこれで」


 そう言ってドンキホーテは立ち去ろうとした瞬間だった。


「あ、あの! ドンキホーテさん!」


 アーシェはドンキホーテを引き止める。


「今日はありがとうございました!」


 すると、ドンキホーテは振り返り笑う。


「大したことはしてないですよ……あ、そうだ」


 ドンキホーテはアーシェの目をまっすぐ見て言った。


「今日の夜、空いてますか?」


「え…………はい……」


 唐突の誘いだったがアーシェは頷いた。同時に雑談をしていたアーシェの同僚も凍りついたように口を閉じる。


「じゃあ、その……寮の入り口の前で……今日の夜、待ってますから……」


 そう言ってドンキホーテはオフィスを後にした。

 コツコツ、とドンキホーテの足音が彼方まで行ったのを確認した後、オフィスに声援が巻き起こる。


「きゃああぁ!! ちょっとアーシェさん! 何!? 今の殿方?! どう言う関係!?」


「わ、私も何が何だか……」


 顔を赤くして俯く、アーシェに数人の女性衛生士官が群がる。しかしアーシェは彼女達の質問の答えなど、持ち合わせていなかった。


 何せ自分でも何を答え、何を約束したかがぼんやりとしてわからなかったからだ。

 だが、想像はつく。最初からドンキホーテが自分を探していた理由とはつまり……。


 正直に言って満更でもなかったアーシェは一人、顔を赤らめながら、同僚達の質問責めを躱していった。


 ─────────────


「お疲れ様です」


 衛兵が、一言男に向かって労いの言葉を投げかける。その労いの言葉に男は軽い礼で返し、歩いて行く。長い廊下を歩いたのち男は二人の衛兵の立つドアの前へと辿り着いた。


「尋問官殿が参られました!」


 衛兵の一人が、そう言ってドアをノックする。すると、短く「入ってくれ」と低い男の声がした。

 その言葉を聞いた衛兵はドアを開ける。


「どうぞ尋問官殿」


 男は衛兵に会釈をしてドアを通る。ドアの向こうの個室にいたのは三人の衛兵と、一人の男。


「ジルメル尋問官、遅いぞ」


 低い声で男は言う。


「申し訳ない、別の仕事が長引きまして」


「なんだ、今度は? 本当に魔王を名乗る奇人でも出たか?」


「勘弁してください、ただの銃の違法売買をしてた小悪党ですよ、これ以上厄介ごとが増えたら私、死にますよ」


「それもそうか」


 声の低い男は、タバコに火をつける。


「アーセルさん、それでこの扉の向こうにいるのが例の?」


 尋問官ジルメルは声の低い男、アーセルに聞く。

 アーセルはタバコを堪能した後、吐き出す煙と共にぼやくように言った。


「そうだ、例の環境活動家。我が国の魔道列車の路線に同時多発的に、魔物によるテロを起こした張本人だ」


「衛兵隊隊長も楽じゃないですね」


「全くだ」


 タバコの煙が揺らめき、霧散していく。


「どんな手を使っても構わん、国からは精神操作魔法の使用許可も出ている。それに万が一にも備えて、向こうの景色はこちらにも投影される、もちろん音声もだ」


「はぁ……やばそうですね」


「当たり前だ、こいつは環境活動家なんてタマじゃない。見ればわかる」


 タバコの煙を吐きながら言うアーセルは壁に向かって、煙を吹きかける。

 まるでその壁の向こうにいる、人物に吹きかけるように。


「気をつけろ、ジルメル」


「ええ、いつも以上に」


 そしてジルメルは扉を開く。「お気をつけて」と一人の衛兵が気を使う。ジルメルは小さく頷いた後、扉の先へと踏み出した。


 暗い部屋、窓も何もない部屋には光は存在していなかった。例外は入り口から差し込む光だけだ。臆することなくジルメル尋問官は歩をすすめた。


 するとジルメルを歓迎するかのように、炎が燭台に灯る。

 晒されたのは簡素な部屋だった。

 何もない壁、テーブルとそのテーブルを挟むように、椅子が二つ。


 そしてその椅子の片方に座る、人物が一人。

 ジルメルの背後でドアが閉まる。

 これで、ジルメルと座っている人物の二人きりだ。


「ようこそ、いい夜だな尋問官殿。今日は流星群が降るらしいじゃないか、是非見たい。流れる星は美しくそして、空は全てを包み込む」


 椅子に座った人物は話し始める。声からしてどうやら男らしい。と言うのも、ジルメルから見たら性別が分からなかったからだ。


 長く艶のある黒髪、陶器のような美しい肌、中性的な顔で、体は私服なのかローブを着ているその男は余裕を見せていた。


「そうですね、私も早くそんな空を見たいものです、この収容所から抜け出してね」


 この男はまだ、裁判にかけられていないが故にこの国では囚人として認められていないのだ。

 だから囚人服をこの男は着ていない。


 そのせいか異様な威圧感と余裕をその男は醸し出しており、とても容疑者とは思えない。


「ならば早くやろう、私の罪状を決めるのだろう? 時は止まらない、無駄な時間が流れるぞ? 時は金なりとは誰の言葉だったか」


 さて、状況を整理しよう、ジルメルは頭を回転させる。

 いま目の前にいる男は自称、環境活動家。先日の魔道列車襲撃事件の主犯を自称し、自主的に投降した男である。


 だが、その事件を解決したとされる騎士によると、信じ難いことに魔王の存在が示唆されたと言うのだ。

 神話の登場人物すぎない魔王。


 それがどのような意味を持っているのかジルメルには理解できない。

 しかし、どのような関係があろうと魔王を御籏に掲げる存在がいるという事実を見逃すわけにはいかない。


 そして、間違いなく、この自称環境活動家の背後にはその魔王とやらに関係する誰かがいるのだ。


 それを暴くために、ジルメルはここにいる。このソール国、王都エポロの地下、重罪人を投獄している監獄「ソウルウォッチャー」に。


 正確にはこの男にはまだ罪はない。これは国の意向だ、この男から何がしかの情報を得るために、あくまで重要参観人に留めている。


 一度、罪を男に課して仕舞えば男は翌日には絞首刑だ、だから裁判の日程をわざと延期させている。

 そして、なぜ男の身柄をここまで宙ぶらりんにしている理由はもう一つあった。


 それは重篤な精神操作系の魔法にかけられている可能性だ。

 自主的な投降といい今回の件を衛兵隊上層部は、捜査を混乱させるための囮としてこの男をここに遣わしたのでないかと考えたのだ。


 最悪、この男が囮のためになんらかの洗脳をされた一般人ならば無実の人間を殺すことになる。


 だからこそ、ジルメルは見定めなければならないこの男の正体を。


「ずいぶんと静かだな。尋問官殿どうした? 私はもう準備ができているぞ。ああ、星に願い事でもしているのか? 残念ながら、そんなことをしても私の正体は変わらない」


「いえいえ、少し考え事をしていただけですよ」


 では始めましょう、とジルメルは告げる。


「改めて、尋問官のジルメルです。よろしくお願いします」


「珍しいな、丁寧に挨拶か?」


「お忘れですか? 貴方はまだ罪に問われていない、ですので私としてもあまり乱暴で粗雑なものは避けたいんです」


「ふふ、見たか? 衛兵隊長殿? このジルメル殿の対応をメモしておいたらどうだ」


 この男、この部屋が見られていることに気がついている。誰かが情報を漏らすような下手な真似をする事はしない筈だ。

 だとしたらなぜ、監視されている事を知っているのだろうか。


 そもそもなぜ、この男は今が夜だとわかったのか。


 ジルメルの直感が稲妻のように警告をする。こいつには何かがあると。


「……何の話をしているので?」


「とぼけなくていい、ジルメル殿。この部屋、見られているのだろう? 透視魔法か、それか景色伝達の魔法だ。音も送られているな?」


「なぜ?」


「なぜと言うのは?」


「なぜそう思うのです?」


「部屋の構造だよ、無駄に広く、過剰に防音。まず、透視魔法はもちろん映像伝達の魔法は部屋が広いほど使いやすい、なぜかわかるかな?」


「さあ、魔法は疎いもので」


 そういいながら、ジルメルは精神操作の魔法を準備し始めた。この男はクロだ、理論的な理屈ではなかった。ただの直感だ。経験則による偏見と言ってもいい。


 しかし間違いはないとジルメルは踏んだ。この男は危険だと。


 故に、これからする精神操作の魔法は答えが分かりつつも、抜けてしまった式のXとYに真実を代入するための確認作業にすぎない。


 この男の正体そして、そして魔王について全てを吐かせる。ジルメルは悟られないように、魔力を操作しつつ、男の話に注意を向ける。


「この広さ、部屋の間取りは例えば透視の魔法を使う際、非常に見やすい構造になっている、この四方の広い壁を。これがもし全て透視されているとするなら、犯人の仕草から何から何までつぶさに観察できる。それぐらいのスペースがある」


「……これが、もし狭い部屋だとしたら透視したとしても狭い故に視界が確保しづらく、犯人の身体全体を捉える事はできない。そう言う事ですか」


「その通りだ」


 長髪の男は頷く。


「景色伝達についてもそうだ、そもそも景色伝達は巨大な魔法陣を必要とする、最近は小型化させる動きも活発だが。とにかく、この壁ぐらいの大きさならその魔法陣も描けるだろう」


「そして」と男は続ける。


「最後にこの、壁、防音素材の石だろう? 音伝達の魔法は雑音が入りすぎると精度が落ちる、それ対策だな?」


「随分とお詳しいようで」


「魔法建築学の基礎だ。その教本のページに魔物飼育用の部屋の作り方が載っていてな、ちょうどこのような部屋だった」


「魔法、お好きなのですね」


「当然だ、かれこれ200年は研究しているからな」


 空気が凍る、ジルメルは同時に手に取るように壁の向こうの衛兵たちの動揺が想像できた。


「なるほど、貴方はエルフ、いやエーテリアンですか?」


 ジルメルの言葉に男は薄く笑みを溢した。


「マナ人、魔人、マジックヒューマノイド、好きに呼べばいい。個人的にはマジックヒューマノイドが好きだ、蔑称だが、響きがカッコいい」


 当たりだ、ジルメルの直感は正解だった。エーテリアン、それはこのジルメルたちが立っている大地、ガイアーリオンから少し離れた位置にある、強大な衛星エーテラウス出身の人間のことだ。


 エーテリアンは通常の人間とは比べ物にならないほど、魔法の扱いが上手く、魔法によって100年は若いままで生きていける長命種だ。いわゆる、魔女、魔男と呼ばれるものたちはこのエーテリアンの男女のことを指すぐらいに、魔法の扱いに長けている。


 それほどまでに、魔法の扱いに長けているエーテリアンは傾向として、魔法の研究に没頭している者が多い。そんなエーテリアンが環境保全のために戦うだろうか?


 否だ。むしろエーテリアンは環境を、自然に手を加えることに何の躊躇もない、何しろ、かれらの故郷エーテラウスですら、彼らの先祖の大魔法使いが創造した者だからだ。


 自然は操るもの。それがエーテリアンの基本思想なのである。

 ジルメルの背に怖気が走る。

 間違いないこの男は──。


「ジルメル殿、どうした? 顔が青いぞ?」


「……いえ、お気になさらず」


「……ウンコ……か?」


「ウンコはもう済ませました」


「そうか良かった、ではなぜそんな不安そうな顔をなさるのか……」


「ウーム」と顔をワザらしく顰める男。そして、ジルメルを見つめて言った。


「私が環境活動家ではないと気づいたかな?」


 ジルメルは、男を睨みつけた。

 威嚇のためでもあり、舐められないためでもある。私は負けていない、気圧されていないと、表明するための行為だった。


 長髪の男は笑みを浮かべたまま言う。


「さあ、尋問を始めようジルメル殿?」


 ジルメルの頬に冷や汗が伝った。

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