第27話 失恋?
死ぬほど怠い朝が来る。いつもの朝の学生寮だというのに、だだっ広いエントランスはドンキホーテの気怠さとため息を反響させ余計に憂鬱にさせる。
「おはよう! 先生!」
そんな時にガチャリと扉が開き、ミケッシュが満面の笑みで挨拶をする
「おはようミケッシュ……」
生徒の調子はいつも通りだ。
ドンキホーテは祈る、どうかミケッシュには知られていないように、と。
「その……先生! 気を落とさないで!!」
マジかよ、ドンキホーテは頭を抱える。どこまで噂がでまわっているのか。
「……ありがとう、その……どこまで知ってる?」
「先生がフラれたんでしょ?」
「いや、その、うん……そうだね」
「気にすることないって! お父さんが男はフラれていい男になるって言ってたよ!」
「……いい言葉だな、あとお父さんに言っといてくれ今の先生にはその言葉はナイフよりも鋭利だって」
「わかった! 今度手紙に書いておく!」
フラれた、ドンキホーテが。
ドンキホーテは笑いながら一昨日の夜を思い浮かべる。
─────────────
一昨日の夜、学生寮の前、アーシェは待っていた。誰を、と言われれば一人しかいない。
ドンキホーテだ。
唐突にドンキホーテに呼ばれた彼女は、緊張していた。なぜドンキホーテに突然、自分が呼ばれたのか。
突如、自分が狙われた事件があったからか話を聞いた同僚や、後からアーシェの自宅に事情を聴取しにきた衛兵からもなるべく外に出ないようにと言われていたのだが、アーシェは来てしまった。
「そろそろ……だよね」
すると夜の鐘が鳴る。他の国と比べ比較的平和な国、ソール国、その中でも最も安全な都市、王都エポロがかつて治安が悪かった頃、とくに治安が悪い夜には民たちが家に帰るようにとこの鐘は促していた。
最早、形骸化した風習だが今や「ナイトベル」などと呼ばれこの都市の名物となっている。
そして王都エポロの人々が"夜に会おう"と待ち合わせをする時、その"夜"とはこの鐘がなる時がそうなのだ。
すると、ガチャリと寮の玄関が開く。扉の影から現れたのはドンキホーテだった。
「あ、アーシェさんすみません、遅れました」
「い、いえ! その私も今来たところで」
ありきたりな台詞を思わず吐いてしまう自分自身をアーシェはおかしく思ったが、だが実際にこのような状況になると出てしまうものなのだと納得する。
同時に、なぜか高鳴り始めた胸の鼓動を隠す為に少しだけ息をドンキホーテに気づかれないように吐く。
そして、悟るデートが始まるのだと。
結論から述べよう、この日アーシェの期待のピークはここまでだった。
「じゃあ……アーシェさん! ゆっくり入ってきてください……!!」
「え?」
「お願いします……!」
まさかの外に出るのではなくドンキホーテは寮の中へと案内した。
何が起こったのかわからないままアーシェはドンキホーテに誘われる。
そうしてエントランスからそのまま男子寮へ行き、ついにはドンキホーテの寝泊りする部屋へとたどり着いた。
部屋の宿泊者を示すプレートにはドンキホーテの他に、リリベルという男子生徒の名前が刻まれている。
「え? え? あの……ドンキホーテさん?」
「よし、行きましょう」
「ええ?!」
ちょっと待って、とアーシェの口から言葉が出かかったが、ドンキホーテは扉をノックする。
「だ、大丈夫です」と声が聞こえたの同時にアーシェとドンキホーテは部屋の中に入った。
「ただいまリリベル」
「お、お帰りなさい先生……もしかしてアーシェさんが……」
「そうだ」
勝手に話が進んでいく恐怖、アーシェは理解した、自分は今、月のない夜の海に放り出されている。どんぶらこ、どんぶらこ、と方角もわからないまま流されている。
我慢ができなくなったアーシェは思わず口走った。
「あの……どう言う状況ですか? これ」
するとドンキホーテは語り出す。
「騎士学校の入学者は年々増えています」
「はい……?」
「当然、それに合わせて寮も拡大していくべきなのですが、あろうことか今回は例年以上いや、歴代で一二を争うレベルの入学者だそうです」
「私も聞きましたよ、それに伴う教員や学校の医療従事者も不足していると話題になっていましたから」
「そうです、そして当然の如く寮の部屋も間に合わず。今、本来教師が使うはずだった教師用の部屋、風紀の面も考えて教師用の区画そのものを女子寮として使っているのです」
「……? それも承知していますよ、我々にも通達されています、女子の面倒を見るようにと校長先生から真っ先に説明を受けましたから」
「そして、俺たち教員はこうして学生の部屋を共同で使用することで何とかしているわけですが……」
「ドンキホーテ先生? 全然話が見えないのですが?」
「彼は女の子です」
「ええええええええええ!?!?」
アーシェは思わず大声を出してしまった。
「アーシェさん! 静かに?! 静かに!? 誰かに聞かれます! その手の反応はもう十分なんですよ!」
思わずアーシェの口を塞ぐドンキホーテ。
「せ、先生なんで急にバラすんですか! 僕もびっくりしましたよ!」
「悪いなリリベル、先生途中から説明がめんどくさくなった」
リリベルは冷や汗を拭う、そしてそれと同時にドンキホーテも「失礼」と一言、言い放ってアーシェの唇を塞いでいた手をどかした。
「……はぁ」
深呼吸をするアーシェ、それは頭の中の混乱を落ち着かせる為のリラックスのためのものだった。
「まず聞きたいことがあります」
すると、アーシェ自身も信じられないほどの低い声が喉から発せられた。
「なぜ、リリベルさんのことが女の子だと先生はご存じなのでしょうか?」
「いや、アーシェさん……それは……」
思わず止めようと間に入るリリベルをドンキホーテは掌を突き出し待ったのポーズをリリベルに送る。
俺は大丈夫、と宣言しているかに思えた。
その頼もしさにリリベルは安心すら覚える。そうだこの人なら大丈夫だ。先生なら、ドンキホーテ先生なら、この人は僕の味方なのだから、と。
そんな謎の説得力を感じさせるほどドンキホーテの態度は自信に満ち溢れていた。そしてドンキホーテは口を開く。言葉を、紡ぐ。
「……アノ……ソノ……見ちゃテ……ガエ……」
(声ちっちゃい!)
一瞬で信頼は後悔に変わる。
「はい?」
威圧するように、アーシェが聞き返す。びくりと身体を震わせたドンキホーテはようやく声を張り出した。
「着替えをぉ……みてしまったんです……そのぉ……病院で……」
「……なるほど……じゃああの日の謎の悲鳴の主はこの子だったんですね」
すると、アーシェはまたため息をついて言った。
「なんで、黙っていたんです? リリベル君には悪いですが、教師たるもの嘘を認めてはいけないでしょう」
「それは確かにそうなんですが、やんごとなき事情があると思って……」
「え? 待ってくださいもしかして、なぜ性別を詐称しているのか理由も聞いていないのですか?」
「え? はい」
「はいじゃないでしょう! 何で聞いてないんです?!」
「リリベルが話したくなる時まで待つと決めているので、それに話したくないことを無理に話させるのも悪いでしょう」
「それは確かに一理あるかもしれませんが……!」
アーシェはリリベルに視線を向ける、どうも困ったような顔をしている彼女を見て、改めてアーシェはドンキホーテに言い直す。
「本当に彼女の為を思うなら、キチンと事情を聞いておくべきでしょう!」
「それはそうです、でもこの歳の子が性別を詐称してまで学校に来るのはかなりの覚悟が必要です、だからこそ──」
「先生、大丈夫です!」
突如、リリベルが会話に割って入る。
「もう、大丈夫です。どっちみち先生にはもう話そうと思っていたんです」
思い詰めた表情のリリベルを心配そうにドンキホーテは見つめるが、リリベルが意を決したようにドンキホーテを見つめ返すと、ドンキホーテは「わかった」とだけいいそれ以上なにも言わなかった。
そしてリリベルは語る。
「僕は貴族、ノルンヴェント家の長女として生まれました、そして僕は──」
ただ、いつも思っていたことをリリベルは口にすればいいだけだ。事実を述べればいいだけだ、だがどうしていや改めて言葉にすればこそ、重たかった。
「家にとって、父さんにとっていらない子だったんです」
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