第6話 男の名
今度は真新しさのあるマンションだった。
エントランスで会津が801を押して、呼び出す。
「はい」
「すいません、警察のものです。菊市……いえ、家永小夜さんのことでお聞きしたいことがあるのですが」
「え? 小夜のこと? ……まあ、良いですけど」
声が返ってくると同時に、オートロックのドアが開いた。
二人はエレベーターを使って八階に向かった。
「で? 小夜が何したの?」
苗木は薄着で出迎え、気だるそうに言う。
スナックのママが教えてくれた家永小夜、改め菊市伊佐奈と仲の良かった従業員が苗木だ。
「その前に、いくつか聞きたいことが」
出島が言うと、苗木は手で制した。
「こっちは、小夜が何したのか聞いたのよ? アンタ聞こえてる?」
しばらく出島はじっと苗木の目を見た。
「何よ?」
「わかりました……家永小夜さんというのは偽名です。本当の名前は菊市伊佐奈さんと言います」
「アイツ、偽名なんか使ってたの? いい根性してるね……で?」
「菊市さんは昨夜、ひき逃げに遭って亡くなりました」
一瞬、苗木の瞳は大きくなって揺れた。
しかし、一度まばたきをすると、もう元に戻っていた。
「そう……アイツがね」
苗木は腕を組んで言葉を漏らす。
「菊市さんのことで何か聞いていますか」
「東京から来たってことぐらいかな。なんでこんな地方に? って聞いても、笑って誤魔化してたけど。あっ、そう言えば」
おおげさにぽんと手を叩き、思い出したと言わんばかりの動作をする。
「かなりなクズに惚れてたねえ。せっかくアタシが止めとけって忠告したのに、ゾッコンでさ。今思い出しても笑える」
腹を抱えた。
「バカなオンナだったなあ」
苗木はしみじみと言う。
「おい! お前!」
出島の後ろにいた会津が怒鳴る。
「あんだよ? なんか文句あるのか?」
苗木も応じる姿勢を取った。
「まあまあ」
出島は言うと、会津を押し出した。
目に怒気を込めると、会津は縮み上がって大人しくなった。
確かに苗木の言葉は死者に対するものとしてはキツイ。
しかし、それにも理由というものがあるはずだった。
「それで菊市さんは、その男と付き合っていたということですか」
「……うん、まあ」
冷静に聞かれて毒気を抜かれたのか、苗木も大人しくなる。
「どんな方なんですか」
「アンタもここらにいたら、名前ぐらい知ってるでしょ? 優作よ。萩谷優作」
思わず弾かれたように出島は振り向いた。
会津と目が合う。
互いに、驚きの表情をしていた。
萩谷優作とは先程連絡があった、ひき逃げ犯の名前だった。
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