第2話 刑事がすべきこと
場末のスナックという表現がぴったりの場所だった。
駅からはそれほど離れていないが、狭い裏路地で、左右には同じような意匠を凝らしたドアがいくつもある。
そのうちの一つが目的の店で、明かりの消えた看板には「舞」とあった。
この地方都市でも人口減少は進んでいる。
いずれなくなる光景だろうと出島は思った。
「すいません」
先を行く会津がドアをノックして開ける。
鍵はかかっていなかったようで、店内の暗闇が迎えた。
「もう、終わりだよ!」
中から酒ヤケだろう、女のしゃがれ声が響く。
「いえ、客ではありません。警察です」
会津が冷静な声で返し、懐から手帳を出す。
「なんだい、藪から棒に……」
店主だろう女の不満が態度と声に現れていた。
しかし、応じる気はあるようでカウンターに肘をついたまま椅子を回してこちらに向く。
若くはないが、それでも色香は失っていない。
「で、刑事さんが何の用?」
会津が一歩引いて道を開ける。
出島はスマホを提示して、表示された似顔絵を見せた。
「この方、知っていますか」
「え? うん、まあ。ミキちゃん……いや、小夜ちゃんでしょ?」
どうやら当たりだ。
「従業員ということですか」
「ええ」
「良かったら履歴書見せていただけますか」
「え? ええ」
出島はスマホをしまう際、ちらっと画面を見た。
被害女性、どうやら小夜という名らしいが、彼女は似顔絵になっている。
死体の片側は損傷がはげしく、こうして似顔絵にする他なかった。
更に彼女は身分を証明するものを何一つ持っておらず、唯一手がかりとして使用できそうだったのが、この店の名刺だった。
そこにはママの名が書かれており、それはおそらく今背中を見せている彼女の源氏名だろう。
「はい、これ。それより小夜ちゃんがどうかしたの」
ママは履歴書を差し出した。
「先に、家永小夜さんのことを聞いてもいいですか」
出島はさっと履歴書に目を通し、名前を確認した。
貼られていた写真は、被害者と同一人物だと思われた。
「いいけど……」
ママは不審がるが、先に聞いておいた方がいいだろう。
どうやら小夜はそこそこの働き者だったらしい。
無断で休むことなく働いていた。
だが、昨日初めて無断欠勤をした。
「仲の良い従業員はいましたか」
「ええ、三江ちゃんとは特に……」
ママの眉間にはシワが寄っている。
そろそろごまかすのは限界か。
出島はそう思って、仲が良かったという苗木三江の住所、小夜と一緒に映る苗木の写真データを送ってもらう。
「家永小夜さんですが」
出島は一旦言葉を区切る。
この場面は、どうしても慣れることができない。
「昨夜、死亡しました。ひき逃げに遭ったようです」
「……えっ!? どういうこと」
出島も隣りにいる会津も言葉を発しない。
そうすることが一番、現実を受け止めてもらえるという経験があった。
おろおろと視線彷徨わせたママは、徐々に力を失っていく。
ついにはカウンターに突っ伏し、泣き出した。
「では、これで」
それだけ言って出島は背中を向ける。
会津がママに向かって一歩を踏み出そうとした。
出島はそれを止めて、静かに頭を横に振る。
刑事がすべきことは慰めではなく、事件の真相を明らかにすることだ。
会津に伝わるかわからないが、出島はそういう意味を瞳に込めた。
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