第七章 何かがおかしい日曜日

 翌朝、ピィちゃんの泣き声で目覚めた。

 カーテンを開けると、やわらかな春の日差しが差し込んできた。

 昨日と違って風も穏やかでお出かけ日和だ。

「おはよう、ピィちゃん」

 ピピュイと返事をしてくれる。

「人間の言葉でもいいんだよ、悠翔君」

 止まり木の上でまた反対を向く。

 素直じゃないところがかわいい。

 パジャマのままリビングでトーストをかじっていると、お母さんがカフェオレをいれてくれた。

 友達に会いに行くと言ったら喜んでくれた。

「真緒ちゃんていう子?」

「うん、そう」

「あんた高校に入ってから楽しそうでいいね」

「うん、楽しいよ」

「中学のときには楽しいなんて言わなかったもんね」

 昔のネガティブな気持ちや記憶がよみがえりそうになる。

 でも、真緒ちゃんのことを思い浮かべたら、そういうもやもやとした霧はさっぱり消え去った。

「はい、お昼代」

「え、いいの?」

「アイス代くらいは自分で出してね」

「うん、ありがとう」

 部屋でボーダーのカットソーと黒のスキニーデニムに着替えて、真緒ちゃんにもらった音符のヘアピンで前髪をとめた。

 鏡の中の私は明るい顔で笑っている。

 髪型一つで全然違う自分になれるんだ。

 短くしてよかった。

 鳥籠のふたが閉まっていることを確認する。

 自由に部屋の中を飛んでもいいんだけど、羽毛が飛び散ると掃除が大変だから中にいてもらおう。

「ごめんねピィちゃん」

「ピュッピィ」

 かわいいなあ。私も楽しんでくるね。

「じゃあ、いってきます!」

 親も知ってるから、もう安心して置いて出かけられる。

 玄関を出たところで、着替えを見られていたことに気づいた。

 鳥の姿でおとなしくしていたから、つい油断してしまった。

 まあ、いいか。帰ってから問いつめよう。

 休日の駅は出かける人たちの待ち合わせで華やかな雰囲気だったけど、豊ヶ丘行きの電車は平日より空いていた。

 車庫に行く支線だから、通学以外に利用者がいないせいだ。

 ロングシートの隅に座っていたら真緒ちゃんから連絡が来た。

『豊ヶ丘タウンのペットショップにいるね』

 いつものショッピングモールだ。

 駅に着いて、ふだんは制服を着て通る通学路を今日は私服で歩く。

 部活の練習に来ている生徒の歓声が聞こえる。

 私は学校の前を通り過ぎて、ショッピングモールに急いだ。

 休日のショッピングモールはふだんと違って駐車場が満車で、入場待ちの車の列が国道までつながっていた。

 モール入り口のペットショップも、トリミング中の犬が窓辺にずらりと並んでいて、トリマーの人たちも忙しそうだ。

 いつも退屈そうなオウムも親子連れに囲まれて、それはそれでうんざりといった表情をしている。

 真緒ちゃんは小鳥コーナーにいるのかと思って行ってみたけど、そこにはいなかった。

 餌やおもちゃのコーナーにもいない。

 いったんお店を出たところでちょうど真緒ちゃんと鉢合わせした。

 声をかける前に、すぐに私だと気づいてくれた。

「あ、何、髪切ったの?」

「うん、どうかな」

 最初は目を丸くしていたけど、すぐに満面の笑顔で迎えてくれた。

「すごくいいじゃん。似合う、似合う!」

 よかった。

 喜んでくれた。

「ちょうど今トイレに行ってたところでさ。すごい並んじゃってて。中めちゃくちゃ込んでるよ」

 平日はお年寄りばかりで閑散としていたモール内の通路も家族連れや学生のグループなどで混雑している。

 よそ見をしながら駆け回っている子供もいて、二人並んでフードコートに向かって歩くのも大変なくらいだった。

 いつもと同じ場所とは思えないような混雑ぶりだ。

 異世界に迷い込んだような不思議な気分だった。

「サワちゃんとヒラリンは部活でさ。退屈だったんだよね。サツキちゃんがいてくれて助かったよ。宿題もできるし」

 真緒ちゃんは言葉が滑らかで陽気にはしゃいでいる。

 沢口さんと平山さんのかわりに宿題を見せてくれる都合のいい同級生と言っているような気もするけど、でも、もうそんなことは気にならなくなっていた。

 言葉通り、受け取ればいいんだ。

 いてくれて良かったって言ってくれているんだから。

 フードコートもお祭りでもやっているのかと思うようなにぎわいだった。

 座席はすべて埋まっていて、まだお昼前なのにラーメンやタコ焼きの注文口も行列ができている。

 アイス屋さんはすでに三十人くらい並んでいて、今からだと相当時間がかかりそうだった。

「この前食べておいてよかったね」

 真緒ちゃんが苦笑しながら席を探しているけど、空席かと思って行ってみたら椅子に鞄が置いてあったりして、結局見つけられなかった。

 フードコートをあきらめてカフェを回ってみたけれども、どこもやっぱり行列がお店の外まであふれて満席のようだった。

「新しくできたばっかりだからまだ人気あるんだね。私も休日に来るのは初めてなんだ。平日しか知らなかったから、まさかこれほどとはね」

 真緒ちゃんが驚くのも無理もない。

 私なんか、人込みの中で迷子にならないように気をつかいすぎて、さっきから息をするのも苦しくなってきていたくらいだった。

 私たちはいったんショッピングモールを出てJR駅前のロータリーへ行ってみた。

 こちらも人出が多くて、何軒目かのハンバーガーショップで、ようやく席を確保できた。

 三階席の二人用でせまいけどしょうがない。

 とりあえず私の宿題ノートを置いてテーブルを確保しておいた。

 下に戻って、注文の列に並びながら真緒ちゃんが言った。

「どうする? ここでお昼も食べちゃう?」

「うん、もう少ししてからの方がいいけど、ここでいいよ」

 二日連続ハンバーガーだけど、それは内緒にしておいた。

「じゃあ、とりあえず何かドリンクだけ買っておこうか」

 真緒ちゃんはアイスティー、私はブルーベリー・シェイクにした。

「ブルーベリー好きだね」

「うん、あると試しちゃう」

 席に戻ってきて、真緒ちゃんが早速自分のノートを広げて宿題を書き写しはじめる。

「助かるわぁ。一応やったんだけど、全然分からなかったんだよ」

「そんなに難しくなかったよ」

 私の言葉に、真緒ちゃんが口をとがらせる。

「あ、疑ってるでしょ。古文の活用って覚えられないよね。『れるれろえろ』とかって言いにくいしエロくない?」

「『れ・れ・る・るる・るれ・れよ』でしょ」

「そんなこと考えるのあたしだけか」と真緒ちゃんが片目をつむる。

 返事に困ってしまってブルーベリー・シェイクを一口ふくんだ。

 真緒ちゃんがシェイクを指さした。

「それ当たり?」

「あ、うーん、この前のアイスと比べたらいまいちかな」

「あれと比べたら、かわいそうでしょ。今日も食べたかったな」

「あんなに混んでるんじゃしょうがないよ」

「あっちはチョーウマだったもんね。シマウマよりチョーウマ」

 また言ってる。

「ペガサスなみ?」

「うん、もう翼が生えて飛んでいっちゃうレベル」

 真緒ちゃんが羽ばたく真似をする。

 私も真似したらますますはげしく羽ばたく。

「あはは、疲れちゃった。おっと、ふざけてないで宿題やっちゃわないと」

 それからしばらくの間、真緒ちゃんは私のノートを一生懸命書き写しながら、時々内容を質問したり、古典の先生のモノマネをしたりしていた。

 私はシェイクを吸っているだけだったけど、全然退屈しなかった。

「この活用ってなんだっけ。『まじかる』とかって呪文みたいなやつ」

「『まじから・まじかり・まじかる』だよ」

「すごいね、全部覚えてるんだね」

 真緒ちゃんにほめられると素直にうれしい。

 頑張って良かった。

「ねえ、ちょっと前回の授業のページ見てもいい?」

「うん、いいよ」

 ページをめくった真緒ちゃんが目を丸くしていた。

「すごいね、サツキちゃん、ノートの取り方上手だよね」

「そうかな」

「色分けとかしてるわけじゃないのに、どこに何が書いてあるか一目瞭然だもんね」

「そんなことないよ」

「先生が黒板に書いたのよりまとまってるし、分かりやすいよ」

 中学の時も同じようなことを言われたっけ。

 私は塾に通っていなかったから一人で受験勉強をしていた。

 自分自身で自分を教えるやり方だったから、自分と会話して自分を納得させる方法をあみだしていった。

 一人でしゃべるって、よく考えたら変だけど、でも、そのおかげで私は物事をよく考えるようになったんだ。

 それが今になって役に立つとは、人生何がどうなるのかなんて、本当に分からないものだ。

 そんな事をぼんやりと考えていると、字を書きながら真緒ちゃんが髪型の話をしはじめた。

「髪どこで切ったの?」

「うちの近所のヘアサロン。お母さんが行ってるところなの」

「へえ、そうなのか。そっちまで行くのは遠いか」

 上手な美容師さんだよね、とほめてくれた。

「すごく似合うよ」

 さっきも言われたけど、何度言われてもうれしい。

「ありがとう。真緒ちゃんに喜んでもらいたかったから」

 私がそう言うと、ちょっと照れたような表情になった。

「ホント、よかったよ。もし似合わなかったら、無理矢理切らせた責任とらなきゃって心配してたんだ。最悪、ボウズで土下座かなって」

「え、絶対似合うって言ってたじゃない」

「うん、断言しておかないとやらなかったでしょ。自信がないとか言ってさ」

「だましたの?」と、つい私も演技が入ってしまう。

「そういうわけじゃないよ」

 真緒ちゃんが慌てている。

「せっかくのお誕生日プレゼントだったのに」と、泣きまねをしてみた。

「あ、ホントにあたしもうれしいし、すごく似合ってるって。それに、絶対かわいくなるって思ってたし。ホントだって」

 めずらしく真緒ちゃんが焦っている。

 もうちょっと引っ張っても良かったけど、かわいそうだからやめておいた。

「大丈夫よ。信じてたから」

「もう、サツキちゃんがそういうこと言うと、マジで心配するから」

「ごめん、ごめん」

「周りの人とかびっくりしてなかった?」

「お母さんは真緒ちゃんみたいに、短い方がいいって言ってくれてたから、すごく似合うって喜んでくれたよ。お父さんは微妙な感じ」

「あー、でも、父親って、なんでも微妙な顔しない?」

「うん、するする」

「基本的にセンスないよね。認めたくないけど、オッサンだよね」

 つい笑ってしまった。

「ほかには?」

 他と言われても、家族以外だと、悠翔君か。

 でも、言っていいものかどうか微妙だ。

「地元の友達とかは? イメチェンしたねとか言われなかった?」

 昨日のスマホの事を思い出して気持ちが沈む。

 今日もまだタイムラインが積み重なっている。

「何、どうしたの?」

 真緒ちゃんが心配そうに私の顔をのぞき込んでいる。

「中学の時の知り合いに会ったら、せっかく伸ばしてたのにもったいないって言われたの」

「ああ、そういうやつか」

 うんうんと真緒ちゃんがアイスティーを一口含みながらうなずいている。

「そういう人はどこにでもいるじゃん」

「そうなのかな」

「新しい世界で生きるとさ、古い世界の人たちとは別れなくちゃならないこともあるよ。でもべつにそれは古い世界にしがみつこうとしている相手にも問題があるんであって、自分だけの責任じゃないよね」

「私、中学の時は地味だったから、高校に入ったらおしゃれとかいっぱい頑張ってみようって思ってたの」

「うん、いいじゃん。プロデュース計画第一弾はクリアしたんだからね」

「実はね……」

 ちょっとだけ迷ったけど、思い切って打ち明けてみた。

「私、真緒ちゃんみたいになりたかったんだ」

「え、そうなの?」

 アイスティーのストローをくわえながら真緒ちゃんが微笑む。

「うん、おしゃれだし、かわいいし。入学説明会の時からずっと気になってたんだ」

「うわお、同じクラスになれて良かったね」

 真緒ちゃんがテーブルの上で私の手を握ってくれた。

 アイスティーのカップを持っていたせいか、少しだけ手が冷たい。

 ふと悠翔君の暖かさを思い出して動揺してしまった。

 そんな私を真緒ちゃんは照れているのかと勘違いしたようだった。

「サツキちゃんも充分かわいいと思うよ。謙遜しすぎで損してるんだと思うよ」

「でも、中学の時の人たちは私が地味なの知ってるから、無理してるって言われてるような気がして」

 タイムラインの事は内緒にしておいたけど、思い出すとやっぱり苦しい。

 そんな私を真緒ちゃんが勇気づけてくれた。

「べつにいいじゃん。今の自分が一番大事なんだし。なりたいと思った自分の姿に一歩一歩近づいてるわけでしょ。そうなりたいと思った自分を否定したら、頑張った自分がかわいそうじゃん。馬鹿な人が頑張って勉強して大学に行っても、やっぱり馬鹿にされるわけ? 昔の自分は能力が足りなかったり、やり方を知らなくてできなかっただけでしょ。努力したり教わったりして成長したんだから、堂々と見せてあげなよ。本当の友達ならみんな喜んでくれるはずだよ」

 真緒ちゃんの言葉がストンと私の心の中に入ってきてじんわりと広がっていった。

 心があたたかくなるってこういうことなんだ。

 心が通じ合うと胸が熱くなるんだ。

 私の手を握ってくれている真緒ちゃんの手は冷たいけど、ほんの少し力がこもっていた。

「昔の自分が当たり前だと思っていたことも、今の自分には合わない場合ってあるじゃん。でも、それを捨てたからって裏切り者とか言われなくたっていいじゃん。ただ単純に今の自分には合わないだけ。幼稚園の時にお姫様の服とか買ってもらわなかった?」

「魔法少女のとか?」

「あたしはプリンセスのだったかな。でもさ、今着たらやばいっていうか、そもそも小さくて入らないじゃん」

 真緒ちゃんがぺろっと舌を出して微笑む。

 お姫様の衣装の真緒ちゃんも見てみたい。

 きっとかわいかったんだろう。

 悠翔君は知っているんだろうか。

「何かを選んだら、選ばなかった何かが残るんだよ。それにさ、どうせ人間って歳をとって自然に変わっていくじゃん。それなのに、ずっと中学の時と同じ格好をしてろって言う方がおかしいじゃん。変わっちゃえばいいんだよ」

 手を離した真緒ちゃんがアイスティーをお行儀悪くズズズとすする。

「それにさ、見た目って、おしゃれにしてても派手とか言われるし、控えめにしてるとサツキちゃんみたいに地味とか文句言われるでしょ。だから、自分がしたいようにするのが一番だよ」

 そういうものなのかな、と私も思った。

「あたし見た目でチャラいって言われるんだけど、そういうのって、もうどうでもいいやって思ってる。見た目で判断されるのは、こちらからはどうにもならないじゃん。他人の評価を気にしたら、自分で自分を枠に押し込めているようなものだよね。鳥籠に閉じこめているみたいにさ」

 鳥籠は居心地が良いって悠翔君が言っていた。

 私も中学の時にみんなから押しつけられた役割に甘んじていたのかもしれない。

 そこから抜け出すのにも努力がいるし、外の世界で新しいポジションをつかみ取るのも結構大変なんだよね。

 だから、与えられた嫌なものでも、いつの間にかそれになじんでしまっているのかもしれない。

 真緒ちゃんがストローで氷をカラカラとかき混ぜる。

「悪く言う人ってどこにでもいるし、あたしもけっこういろいろ言われたりしたよ」

「そうなんだ」

 それからしばらく私は真緒ちゃんの昔話を聞いていた。

 真緒ちゃんは中学時代はバドミントン部だったそうだ。

「あたしは全然興味なかったんだけどね」

 全員何かに参加しなければならなかったらしく、沢口さんや平山さんに誘われて入部したんだそうだ。

「在籍だけして実態は帰宅部っていう子も多かったんだけどね。楽器ケース持ったり、スポーツバッグを肩にかけたりするだけでまじめに青春してる女子中学生に見えるじゃん」

 それだけの理由でバドミントンをやっていたんだそうだ。

「あたし、けっこううまくてさ。いくらでもシャトルを拾えちゃってね。県大会とかの常連だったのよ。たまたまうまかっただけなんだけどさ、真面目に頑張ってる人からすれば、ふざけるなって感じでしょ」

 それで、先輩達からいろいろ嫌がらせも受けたらしい。

 同級生も先輩達に調子を合わせていたから、居心地は悪かったようだ。

「サワちゃんとヒラリンはあたしのことをかばってくれたんだけどね。面倒くさくなっちゃって、結局辞めちゃったんだ」

 真緒ちゃんにも私と同じようにつらい時期があったなんて想像もしなかった。

 そんなことがあってもこんなにかわいくて明るくて素敵なんだから、やっぱりすごいな。

「あたしさ、けっこう面倒くさがりだから、嫌になって全部ぶん投げちゃったんだよね。何もかも」

「もったいないね」

「サツキちゃんの髪の毛みたいに?」

 ああ、『もったいない』って言っちゃった。

「もったいないって、べつに資源のリサイクルじゃないんだからさ、合わないものにこだわることはないって。ぶん投げちゃうと、けっこうスッキリするよ」

 私にはそこまでの思い切りがない。

 ぶん投げちゃうのか。

 中途半端な自分にはそれすら難しい気がした。

「それにね、それだけじゃなくてさ……」

 真緒ちゃんがうつむいた。

「あたし、ユウトと仲いいじゃん。だから妬まれたりしてたよ。あいつけっこう女子には人気あったからね」

「へえ、悠翔君か……」

 私はどうしてもこらえきれなくて、聞いてしまった。

「真緒ちゃんは悠翔君のこと好きなの?」

 顔を上げたかと思うと、前のめりになって私をじっと見つめる。

 つい目をそらしてしまった。

「好きって、カレシかってこと?」

「カレシじゃないの?」

 急に真緒ちゃんが笑い出す。

「まさか。あいつもそんなこと思ってないでしょ」

「そうかな」

「仲がいいからって、そういう関係じゃないよ。いいやつだとは思ってるし、気軽に話せる関係なのは認めるけど、少なくともあたしはカレシとか思ってないから。あいつ、無愛想なくせにあたしのそばにいるから、他人から見れば仲がいいって思われてるんだろうね」

 そうか、そうなんだ。

 悠翔君はこれを知ったらなんて言うだろうか。

 悠翔君の気持ちは真緒ちゃんには通じていないってことなんだろうか。

 真緒ちゃんを守りたいという気持ちは一方通行っていうことなんだろうか。

「もしも……」

 言いかけた私の顔を真緒ちゃんが真っ直ぐ見つめる。

「もしも悠翔君のことを好きだっていう女の子がいたら、真緒ちゃんはどうする?」

「どうもしないよ。あたしらのことをへんに勘ぐって嫌がらせしてこなければむしろ友達になってやってもいいし。中学の時はそういうのが嫌だったんだからさ」

 ……どうもしない……。

 ……友達になってもいいくらいだ……。

 私は真緒ちゃんの言葉を頭の中で繰り返していた。

「そうなの? なんとも思わないの?」

「うん。むしろ、あいつに似合うカノジョでも見つけてやりたいって思うよ」

 真緒ちゃんがストローで私を指す。

「好きなの?」

 へっ!?

 思わず声がひっくり返ってしまった。

 真緒ちゃんが微笑む。

「いいじゃん。コクっちゃえば。プロデュース第二弾。『告白大作戦』って昭和みたいだね」

「ち、違うの……」

 顔が熱くなる。

 だめだ、ごまかせない。

 真緒ちゃんが立ち上がる。

 え、どうしたの?

 私の後ろに回り込んで、鞄を引き寄せると、折り畳み式の立て鏡と櫛を取り出した。

「あたしさ、恋愛ってあんまり興味ないんだよね」

 私の髪をいじりながら、急にそんなことを話し始めた。

 おさえるような低い声で私の耳元でつぶやいている。

「男の子ってなんか訳の分からないことで怒る時ってあるじゃん。だからなんかこわくてね」

 ハンバーガー屋さんで悠翔君と口論したことを思い浮かべて、鏡の中の私の顔が赤くなる。

「なんかさ、中学の時もけっこう先輩とか同級生とか、いろんな男子からコクられてさ。断ると悪口言われるし、つきあってみたらなんか偉そうにするし、面倒だよね、男って」

 経験数は違うけど、私も男の子に関してはいい思い出がない。

 私がうなずくと、すぐに真緒ちゃんに頭を押さえられてしまった。

「動いたら崩れちゃうよ」

「ごめん」

 私はテーブルの上に立てられた鏡の中の真緒ちゃんに向かって謝った。

 真緒ちゃんは手際よく私の前髪を分けてサイドと合わせて編み込みにしていく。

「ユウトはその点、優しかったよ」

 ふいに私の髪をいじる真緒ちゃんの手があたたかくなったような気がした。

「何か言いたいことあるんでしょ」

 あ、うん。

「隠し事はしないって約束したでしょ。正直な質問ゲーム」

 私は迷っていた。

「友達だから遠慮はナシだよ」

 友達。

 そうなんだけど、でも……。

「ほら、できた」

 鏡の中にはお姫様がいた。

 誰?

 私?

「え、うそ、すごい……」

 編み込みと毛先を遊ばせたアレンジでまるで別人のようだった。

「サツキちゃんはさ、素材がいいんだよ。もっといろいろできるよ。今度違うのもやってあげるよ」

「ありがとう。すごくうれしい」

「ユウトに見せてやりたい?」

 え、いきなり何?

 道具を片付けながら真緒ちゃんが私の耳元にささやいた。

 後ろに立っているから表情は分からない。

「耳が赤いよ。明太子からケチャップはみ出そうなくらい」

 どんな食べ物?

 と、一瞬想像してしまった。

 真緒ちゃんがふざけて私の耳を引っ張る。

「ねえ、サツキちゃん」

「なに?」

「ユウトのこと好きなんでしょ」

 ばれてるの?

 まあ、ばれてるか。

 でも、なんて返事していいのか分からない。

 私の背中で真緒ちゃんが思いがけないことを言った。

「実はさ、私も好きなんだよね」

 あ、やっぱり、そうなんだ。

「私の大事なユウトを取った泥棒猫。コワイネコ」

 え、怒ってるの?

 真緒ちゃんがプッと吹き出す。

「嘘だよ。ベタなセリフを言ってみたかっただけ」

 どっちが本当なのか分からない。

 真緒ちゃんが私の髪からピンをはずした。

 顔の前で音符のヘアピンがきらりと光る。

「時限爆弾のピンを抜きました。五秒以内に正直に言わないと髪の毛ぐしゃぐしゃにしまーす」

 えー!?

「五、四、三……」

 あ、あの……。

「ま、待って」

「好きなんでしょ。私にも内緒にすることないじゃん」

 またピンを髪にはめ込んで、真緒ちゃんが向かい側の席にもどって座った。

 にっこり笑っている。

 私はその笑顔を見るのが恥ずかしかった。

 つい目をそらしてしまった。

 私が気になっているのは悠翔君の正体のことだった。

 それを真緒ちゃんは私が照れて好意を隠していると勘違いしているのだ。

 言いたくても言えないもどかしさが、私の無口にさらに重たい鍵をかけてしまった。

「あたし、いい人アピールするからさ。サブリミナルっていうの。授業中にこっそり、『サツキカワイイ』、『サツキイイヒト』ってつぶやき続けるよ」

 それってただの迷惑じゃない?

「真緒ちゃんは本当になんとも思わないの?」

「何を?」

「真緒ちゃんも悠翔君のこと好きなんじゃないの?」

「だから、そんなことないって。マジで応援してるからさ」

 本当にこれでいいんだろうか。

 私の好きなインコの悠翔君と真緒ちゃんの知っているユウト君が別ってことでいいのかな。

 でもやっぱり、何かもやもやする。

 インコの悠翔君の気持ちは報われるんだろうか。

 悠翔君の正体を明かすべきなんじゃないか。

 このままでは、悠翔君の思いは伝わらないし、真緒ちゃんの悲しい記憶も間違ったストーリーのままだ。

「どうしたの? 心配なの?」

 真緒ちゃんが私の目をじっと見つめる。

「まあ、あいつの気持ちを確かめるまでは心配だろうけど、大丈夫じゃないかな。たぶん、あいつもサツキちゃんのこと好きなんじゃないかな」

「どうして分かるの?」

「あいつ、好きな相手ほど無愛想で口が悪いから」

 つい笑ってしまった。

 確かにその通りだ。

 真緒ちゃんは悠翔君のことをよく分かっている。

 鳥であること以外は。

「ねえ、アイス食べたくない?」

 お昼はどうするんだろう?

「ここでハンバーガー食べてもいいけど、それよりさ、やっぱりアイス食べに行かない? この前のニューヨーク・ブルーベリー・チーズケーキ」

「うん、いいよ」

「じゃあ、行こうか。ケチャップ明太子ちゃん」

「なに、それ、あだ名?」

「鏡見てみなよ」

 階段の壁面が鏡張りになっていた。

 確かに私の耳は真っ赤だった。

 真緒ちゃんが私の背中を押しながらハンバーガーショップを出た。

 JR駅前のロータリーを回ってショッピングモールに続く道を戻る。

 並木道の歩道に来たところで、真緒ちゃんが後ろ向きになった。

「さて、それではショッピングモールまで逆回転で戻りまーす」

「歩きにくいし、危ないよ」

「平気平気。見てて」

 後ろ歩きなのに結構速い。

 後ろに意識を集中しているせいか、顔が固まっていて、競歩の人みたいに表情が無くなっている。

 中学の時に自分もこんなことをやってたけど、まわりからは相当変な人だと思われてたんだろうな。

 こんなことをやっても世界が逆に回り始めるはずがない。

 他人がやっているのを眺めていると、ただの悪ふざけにしか見えない。

 今ごろになって、ものすごく恥ずかしい。

「こわいよ。なんかユーレイみたいだよ」

「ひどいな、もう。じゃあ、やっぱり前向きに歩こうか」

「うん、それがいいよ」

 私たちは若葉の萌え出た街路樹の薄い影を踏みながらのんびりと前を向いて歩いた。

 ショッピングモールに着いたのはちょうどお昼時で、フードコートはさっき以上に大混雑だった。

 子供の泣き声もあちこちで響いていて、みんな殺気立っていた。

 アイス屋さんもやっぱり三十人くらい並んでいて、行列の減る気配がない。

「こんなに並んでて、前の人で材料がなくなったなんてなったら残念だね」

「またネガティブなこと考えて。本当にそうなるから、そういうこと言わないの」

 真緒ちゃんに怒られちゃった。

 日曜日の今日は学生アルバイトさんが三人で調理を担当していて、レジ専門のおばさんと後ろで材料を調整している男の人でお店をまわしていた。

 並んでいる間に真緒ちゃんがスマホを取り出して、この前撮ったニューヨーク・ブルーベリー・チーズケーキの写真を表示した。

 二人でアイスを持って笑っている。

 今見ると私の表情はちょっとぎこちない。

「ああ、思い出すわぁ。めちゃくちゃおいしかったよね」

 今日も写真を撮るのなら、もっといい笑顔にならなくちゃ。

 指をスライドさせて、別の写真を見せてくれた。

「これね、入学式の日にサワちゃんとヒラリンと来たときに食べたやつ」

 ストロベリーのベースにホワイトチョコレートチップをトッピングしてラズベリーソースをかけたものだ。

「それ、どうだったの?」

「うん、ふつうにおしかったよ。あたし、ホワイトチョコ好きでね」

「へえ、そうなんだ」

「北海道のお土産でよくあるじゃん。クッキーに挟んであるやつ」

「ああ、あれ、おいしいよね」

 他に並んでいるお客さんも私たちと同じ年頃の子が多い。

 みんなそれぞれおしゃれだけど、やっぱり真緒ちゃんは目立っている。

 私のことを素材がいいなんてほめてくれるけど、それを言うなら、やっぱり真緒ちゃんの方が断然いい。

 写真のことでふと悠翔君が言っていたことを思いだした。

「ねえ、真緒ちゃんはさ、自分が考えているイメージと、他人に見せている姿をどうやって一致させているの?」

「どうやって……。うまく説明しにくいね」

 腕を組んで首をかしげながら真緒ちゃんは少し考え込んでいた。

 私もなんとか言葉を探してみた。

「あのね、ほら、おしゃれするときに、こうなりたいっていうイメージがあるじゃない」

 うんうん、と真剣にうなずきながら聞いてくれる。

「たとえば、私が髪を切ったでしょ。それで、軽くて明るいイメージになったと私は思っているのね。でも、他の人に、もったいないって言われちゃったらガッカリしちゃうじゃない」

「なるほどね」

「真緒ちゃんの場合は、自分がこうしたいと思った通りにやってみて、それがうまく他人にも伝わるのかなって」

「ああ、言ってほしいことを言ってもらえるかってことか。簡単に言えば、ちゃんと『きれいだね』ってほめてもらえるかってこと?」

「うん、そうなのかな」

 そういう意味か、とうなずきながら、真緒ちゃんが言葉を探していた。

「それはどうだろうね。口ではほめてくれていても、心の中までは分からないじゃん。本音と建て前ってやつね」

「さっき真緒ちゃんは私が髪切ったの似合うって言ってくれたでしょ」

「あれはもちろん本音だよ」

 ああ、わかった、と真緒ちゃんが軽く手を叩く。

「サツキちゃんが言いたいことってさ、そうじゃないんだよ」

 そうじゃない?

「結局さ、相手の本心は分からないわけじゃん。お世辞かもしれないし、空気読んでるだけかもしれないし。だからさ、気にしてもしょうがないし、ほめてくれる人がいたら、言葉通り受け止めて、その人にいつも聞けばいいんだよ」

「それだと、本当はたいしたことなくても、いつもほめてくれることにならない?」

「そうかな。悪口言う人って、良いものにもケチつけるし、いくらほめてくれる人だって、歯に青海苔ついてたら、さすがにそれはほめてくれないでしょ」

「まあ、それはそうだね」

「だからさ、自分をほめてくれる人を基本的に信用して、そばにいればいいんだよ。それにさ……」

 言葉をいったん区切って息を吸う。

「自分がなりたいようになればいいじゃん。他人とかどうでも良くない?」

「やっぱり気になるじゃない?」

「うーん、結局そこに戻っちゃうか」

「そうなんだよね」

「じゃあ、あたしの感想だけ気にすればいいじゃん。なりたい『あたし』になっちゃいなよ」

 そうか、これからはそれでいいのか。

 一番簡単な結論だった。

 私は真緒ちゃんみたいになりたくて、それを真緒ちゃんが教えてくれて、真緒ちゃんが見てくれる。

 これほど分かりやすいことはない。

 真緒ちゃんが私の腕をつつく。

「みんなそのためにカレシを作るんじゃないの? ほめてほしいから」

「ああ、そうかぁ」

 急に真緒ちゃんがくすくす笑い出した。

「どうしたの?」

「ユウトはどうだろうな」

 悠翔君?

「あいつ、無愛想だからな。素直に『かわいいぞ』なんてほめてくれるかな。あたしは言われたことないな」

 昨日、もうすでに言われている。

 真緒ちゃんには内緒にしておこう。

「あいつより、オウムとかインコの方がよっぽどほめじょうずかもしれないよ」

 私は思わず笑ってしまった。

 あまりにも笑いすぎてまわりのお客さんに注目されてしまった。

「そんなにおかしい?」と、真緒ちゃんもびっくりしている。

「だって、ホントにそんな感じだなって」

 私のせいで真緒ちゃんが恥ずかしそうにしているので、こらえようとするんだけど、そうしようとすればするほど笑いがこみ上げてくる。

「もう、サツキちゃん、ウケすぎだよ。ユウトがかわいそう」

「ごめん、ごめん。そうだよね」

「でも、あいつとインコを並べたら、おもしろそうだよね」

 真緒ちゃんも笑い出す。

 二人で笑い合っているうちに、いつのまにか私たちの順番になっていた。

「二人とも最後の晩餐セットでいいんだよね」

 真緒ちゃんの言葉に、店員さんが苦笑している。

「うん、ニューヨーク・ブルーベリー・チーズケーキ。私はカップで」

「あたしはコーンで」

 私たちはモールの外に出て、ペット屋さんの隣にあるベンチに座ってアイスを食べた。

 今日もちゃんと写真を撮った。

 今度は笑顔もばっちりだった。

 お昼ご飯がまだだったせいか、ついペースが速くなってしまう。

 真緒ちゃんに怒られてしまった。

「ゆっくり味わって食べなくちゃ。あんなに並んだんだし」

「そうだね」

「最後の晩餐を急いじゃったら、そのあとは終わりだよ」

 ぺろっと舌を出す真緒ちゃんに私はブルーベリーを一粒すくって差しだした。

「いただきまーす」

 今度は真緒ちゃんが左手で一粒すくう。

「あ、見て、今度はちゃんとすくえた。ほらほら、落ちないうちにはやく」

 私の方からパクッといった。

「今度、ブルーベリーをすくう練習するわ、あたし、マジで」

「いつでも呼んでね。つきあうから」

 真緒ちゃんがスプーンをくわえながら私の肩に肩を寄せてくる。

 友達っていいなって思った。

 そう思わせてくれる友達ができて良かったなって思った。

 アイスを食べ終わってから私たちはペット屋さんに入った。

 小鳥の籠に向かって真緒ちゃんが謎の呪文を唱える。

「まじかり・まじかる・るる・るれ・ろ」

「古典?」

「インコに覚えさせてテストでカンニングに使うの」

「でも、元がめちゃくちゃだと、覚えさせられるインコも気の毒だよ」

 真緒ちゃんは鳥籠に手を差し入れて水色のインコを両手に包み込んだ。

「この子は雌だね」

 鼻の色がベージュだ。

 くちばしに口づけて、チュトゥトゥと舌を鳴らす。

「やっぱりかわいいな。また飼いたくなっちゃったな」

 真緒ちゃんがポツリといった。

「ねえ、一日だけピィちゃん預からせてくれないかな?」

「あ……」

 私は曖昧な返事しかできなかった。

「昔飼ってたから扱い方は知ってるし、飼えるかどうかちょっと試してみたいんだよね」

 ふつうのインコだったら、すぐに承諾しただろうけど、ピィちゃんは悠翔君だ。

 何が起こるか分からない。

 そもそも今みたいに口づけたら正体がばれてしまう。

 真緒ちゃんがインコを籠に返して私の顔をのぞき込んでいる。

 はやく返事をしないといけないのに、頭の中をいろいろな思考が行き交って言葉が出てこない。

 なんでこんな時に走馬燈みたいになるんだろう。

「まあ、かわいがってるペットを気軽に貸してなんて言っちゃいけないか。ゴメンゴメン」

 真緒ちゃんはにっこりと微笑みながら私の肩に手を置いて歩き出した。

 違うの、そうじゃないの。

 私はあわてて追いかけた。

 お店の外に出たところで立ち止まって、真緒ちゃんがこっちを振り向いた。

 やっぱり笑顔だった。

「ううん。ごめん。気にしないで。私も悪かったよ。自分だったらやっぱり他人に預けるのって心配だもん」

「とりあえず、明日学校に連れて行くから、その時にかわいがってあげてよ」

 お母さんには学校の小鳥を預かっただけと説明しちゃったから、どちらにしろ家に置いておくわけにはいかない。

 真緒ちゃんがバッグの中からじゃらりと音のする物を取り出した。

 昔インコを飼っていたときに使っていたという小鳥用のおもちゃだ。

「あれ、それ、学校の鞄につけてたやつだよね」

「うん、これさ、ピィちゃんにあげてよ」

「え、いいの?」

「だって、もともとピィちゃんのだったんだからさ」

 あ、うん、そうか。

 まあ、そうだけどね……。

 私は真緒ちゃんからおもちゃを預かった。

「じゃあ、あとはよろしくね」

 ちょうどそのとき、口の開いた鞄の中で真緒ちゃんのスマホが光った。

 ちらりと画面を確認して、苦笑している。

「お母さんが、夕飯に餃子を作るから手伝えって」

「あ、頑張ってね」

「うちさ、皮から作るんだよ。たいへんでさ」

「でもおいしそうだね」

「今日は宿題ありがとうね」

「じゃあ、また明日、学校で。ピィちゃん連れていくからね」

「ニンニク臭くてピィちゃんに嫌がられたらどうしよう」

 お互いに笑いながら手を振ってお別れした。

 真緒ちゃんが後ろ向きに歩いて遠ざかっていく。

「そんなことしてたら人にぶつかるよ」

「大丈夫、ぶつからないから」

 真緒ちゃんはずっと手を振ってくれていた。

「ありがとう」

 え、何が?

「サツキちゃんに会えて良かったよ」

「私も!」

 私も少しだけ後ろ向きに歩きながら手を振ろうとしたけど、すぐに脚が絡まって転びそうになってしまって止めた。

 相変わらず、私はまっすぐ歩けないんだ。

 あれ?

 顔を上げると、もう真緒ちゃんはいなくなっていた。

 ま、いっか。

 明日また会えるんだもんね。

 私は弾んだ気持ちをお土産に、一人電車に乗って帰ってきた。

 部屋に戻って、さっそく鳥籠におもちゃを吊してあげた。

 ピィちゃんは楽しそうにつついて遊んでいる。

「なつかしい?」

 ピッピュイと御機嫌な返事がかわいい。

「あんた、今朝、着替えのぞいてたでしょ」

 クグッ。

「ちょっと、人間の言葉でしゃべりなさいよ。『サツキブサイク』とか、『ミテモツマラナイ』とか」

 ピィちゃんはおもちゃで遊ぶのに夢中で私の相手なんかしてくれなかった。

 ま、楽しそうでいいね。

「明日、真緒ちゃんに見せてあげようね」

 学校が楽しみだ。

 こんな高校生活は夢のようだ。

 豊ヶ丘高校に入って、本当に良かった。

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