人類最後の悪足掻き
最後まで戦え。
確かに米軍からの通信は、そう言っていた。同盟国であるがために、自衛隊の通信機にもその声は届いている。英語だったが、ハッキリそう言っていた。
通信を聞いていた真白優希はため息を吐く。
「(まぁ、言いたい事は俺にも分かる。それが真っ当な作戦だって事もな)」
米国指揮官の命令の意図は、優希も理解する。
アルファ・オカルティアがバリアを張った。つまり今までの攻撃は有効だったのだろう。そしてここで退却し大勢を立て直したとしても、今回ほどの兵力は集められない。兵器の製造についても、この三年間でとことん追い詰められた今の人類の生産性では、同じだけの数を用意するのは困難……いや、不可能だろう。
今しかない。今、ここでアルファ・オカルティアを押し切らなければ人類は滅ぼされる。
「ああ、クソ! やってやる!」
「こんなところでやられて堪るか!」
それは他の自衛隊員も理解しており、一度はどん底まで落ちた戦意を高めながら戦う準備を整えていく。男性隊員だけでなく、数少ない女性隊員も鬼神が如く闘志を高める。
優希としてもやる気はある。一般的な自衛隊員よりも小柄で細身な彼だが、小銃を抱えて突撃するぐらいの事は訓練してきた。アルファ・オカルティアの攻撃範囲外にいたため、身体も傷を負っていない。戦いに参加する事は可能だ。
だが、現実問題としてどうすれば良い?
アルファ・オカルティアの重力攻撃により、自衛隊もほぼ全滅した。優希は後方支援部隊、それもミサイル発射という特に後方にいる部隊の支援に付いていたため難を逃れたが……自衛隊司令部も、オカルティアが見える位置に陣取っていた事で壊滅していた。
残った自衛隊員は、恐らく全隊の一割にも満たない。残った武器もごく僅か。
ここで万歳しながら突撃したところで、返り討ちに遭うだけだ。何かしらの戦術を練らねばならない。
「(とはいえ使える武器は、ごく僅かか)」
優希達の傍にある武器は、手許の小銃と科学信仰ミサイルが十数基のみ。
これでもアルファ・オカルティアにダメージは与えられるが、しかし何百も喰らわせてようやく『守り』に入らせる程度だ。残る十基を叩き込んだところで、倒せるとは到底思えない。
ゲームのように相手に明確な弱点があれば話は別だが、アルファ・オカルティアにそんなものがあるかは分からない。というより、普通そんなものはないと考えるべきだろう。
せめて人類側にも、奥の手があればやりようもあったが……
「わっ」
手段を考えていたところ、不意に通信機がザーザーと鳴り始めた。意識外の音に驚きつつ、反射的に手は通信機を掴んで耳許に当てる。
……アルファ・オカルティアの攻撃による影響か。通信機はノイズ塗れで極めて聞き取り辛い。
アルファ・オカルティアの動向に気を払いつつ、優希は通信機の言葉に耳を傾ける。言葉は、拙い英語だった。話し手は焦っているのか早口で、故にかなり聞き取り辛いが……どうにか優希は意味を理解する。
「中国人民解放軍が、重力干渉機で攻撃する……まだこれを残していたか……!」
中国は国民の大部分が無宗教と言われている。何しろ共産党が、宗教から反政府の動きが広まるのを恐れて弾圧していると言われている状況だ。現代においても戦争の原因となり、また地球平面説など科学への反感に宗教が関わる点を見ると、無宗教が広まるのは良い事にも思える。
しかしその結果中国は他国と比べて宗教の力が弱く、心霊兵器の生産が殆ど出来なかった。科学信仰ミサイルのような兵器は幾つか作ったようだが、これも十分ではない。
そこで中国共産党は、以前オカルティア相手に使用した重力干渉機の改良に注力した。
元を辿ればアメリカから盗んだ技術。堂々とこれの改良を行う事に米国から強い反感もあったが、アルファ・オカルティアの危険性から双方は一旦和解。共同研究を行ったと聞く。そうして新しく開発された重力干渉機がこの戦場に配置されたのは、優希も聞いていたが……先の重力攻撃を生き延びたのは幸運と言う他ない。
「(あれはかつて、オカルティアが回避したという攻撃だ。改良型なら、アルファ・オカルティアにも通じるかも知れない……!)」
打開策は見えた。とはいえ課題もある。
重力干渉機の攻撃……重力点射出は、非常に遅い事だ。
人間が目視で追える程度の速さしかない。それでいてある程度誘導可能なミサイルと違い、直線的に飛ばす事しか出来ない。つまり遠くから飛んでくるのが見えた時に動けば、容易く回避出来るという事である。
どんなに強力な攻撃でも、当たらなければ意味がない。だからこそ、この戦いでも今まで重力干渉機は使われなかったのだ。
それを今当てるには、どうすれば良いか?
「つまり、俺達は足止めって事か……嫌な役割を押し付けてくる!」
悪態を付きつつ、しかし勇ましく、優希はその役割を受け持つ。
やる事が決まれば、何をすべきかは簡単だ。アルファ・オカルティアにひたすら攻撃を叩き込み、動きを止めれば良い。
幸いにして今優希達の手許には、まだミサイルが残っているのだ。
「科学信仰ミサイルを使うぞ! だが一斉に撃つなよ! 一発ずつだ!」
「分かってる!」
生き延びた同僚と意思疎通を行いつつ、残った科学信仰ミサイルの照準をアルファ・オカルティアに向ける。
大事なのは残りの全弾を一気には使わない事。
目的はあくまでも足止めだ。攻撃が届くまでの間、絶え間なく撃ち続けなければならない。ここで仕留める必要はなく、そして恐らくそれは不可能。だから時間をひたすら掛ける。
勿論攻撃の勢いが弱まれば、アルファ・オカルティアの動きを止めるのは難しくなるだろう。だが攻撃を行うのは自衛隊だけではない。
「! ロンギヌスだ!」
米軍の生き残りがいたらしく、彼等も人民解放軍の通信を聞いていたようだ。ロンギヌスが数発、アルファ・オカルティア目掛けて飛んでいく。
ロンギヌスは一直線にアルファ・オカルティアへと向かい、寸分の狂いなく着弾。展開されているシールドに阻まれ、オカルティアには届かない。だが不快には感じたのか。アルファ・オカルティアは触手をもたげ、ミサイルを撃ち込まれた側のバリアを支えるような仕草を見せた。
その攻撃は確実に、アルファ・オカルティアの動きを止めている。だが同時に、
【■■■■■■■■■■■■】
アルファ・オカルティアはロンギヌスが飛んできた方に、触手の一本を差し向けた
瞬間、遥か二十キロ離れた大地が陥没する。
重力攻撃だ。どうやらアルファ・オカルティアは二十キロ程度の距離なら、ピンポイントで遠隔攻撃が出来るらしい。攻撃された場所は優希から遠く離れており、被害状況を窺い知るのは困難だが……巨大なクレーターが出来ている。生存者はいないだろう。
もっと離れれば安全かも知れないが、目視で攻撃しなければならない都合、人類側は二十キロ以上離れるのは困難。つまりオカルティアの射程圏内で戦わなければならない。怯ませられるなら兎も角、そうでなければ攻撃=死と言って良い。
攻撃すれば確実に死ぬ。
だが、それがどうした。
「こんな事ぐらいで、ビビると思うな……!」
優希も、周りの自衛隊員も、ミサイル発射作業を止めない。
逃げ出したところで、待っているのはアルファ・オカルティアが無数の子を産み、撒き散らした世界だ。そんな世界で怯えながら過ごすぐらいなら、命を賭してでもここで戦う。
その考えは優希だけのものではない。
あちこちから、ミサイルが撃ち上がる。雄叫びを上げながら突撃する兵士の声も微かにだが聞こえてきた。
皆が時間を稼ぎ、アルファ・オカルティアの足止めを行う。アルファ・オカルティアは人間達の思惑に気付いていないのか、人間達の攻撃に逐一反応。クレーターが生じるほどの重力で叩き潰す。巨大なクレーターが生じるほどの重力に耐える術を、今の人類は持ち合わせていない。少しずつ人類側は戦力を失っていく。
だが、アルファ・オカルティアの一方的な蹂躙とは言えない。
オカルティアの反撃は、大きく時間を置いて繰り出されているのだ。まるで一個ずつ、堅実に潰していくように見える。恐らくバリアを展開しながら長距離攻撃を行うのは、体力の消耗が激しいのだろう。
無論、残存兵力が少ない今、着実に倒されるのが一番厄介だ。しかし即座に人間を全滅させられないのであれば、時間稼ぎは難しくない。
「科学信仰ミサイル、発射!」
ついに発射準備を終えたミサイルを、優希達は放つ。
一本、また一本。疎らに飛んでいくミサイルが、オカルティアの頭上で炸裂する。巨大な爆発によりアルファ・オカルティアは体勢を崩すが……優先度は低いと思ったのか。反撃は飛んでこず。
ならば遠慮はしない。次のミサイルも発射準備を整え、終わり次第発射。ミサイルが尽きるまで撃ち続けるのみ。
【■■■■■■■■■■■】
絶え間ない攻撃に藻掻くアルファ・オカルティア。重力による遠距離攻撃は頻度が減り、触手はバリアを支えるような構えをしていた。
押している。やはりあのバリアは苦し紛れの防御なのだと、優希も実感を得る。
だが……
「(弾が、足りない……!)」
科学信仰ミサイルが尽きつつある。
残りはあと数発。これを撃ち尽くせば、いよいよ攻撃手段を失ってしまう。
まだなのか。もうこれ以上は時間稼ぎも出来ない――――焦りから優希は辺りを見渡す。
そうしたからこそ気付く。
遥か彼方から飛んでくる、黒い点がある事に。
「っ! 重力点だ! 重力点が来たぞ!」
優希が叫べば、周りの自衛隊員達に笑みが浮かぶ。
とはいえここで攻撃の手を緩めてはならない。重力点は人間の目で追えるほど遅い。オカルティアに気付かれ、躱されればもう人類に抵抗する手段はないのだ。
何がなんでも、意識を重力点には向けさせない。
自衛隊は残りのミサイルを片っ端から発射。他国の軍も次々と攻撃を敢行しているようで、今まで疎らだったミサイルや砲弾が雨のようにアルファ・オカルティアへと降り注ぐ。無数に生じた爆炎でアルファ・オカルティアの姿が見えなくなるが、爆発の位置からバリアが未だ健在なのは間違いない。
飛んでくる重力点は、まだ遠い。だから攻撃を止める訳にはいかない。されど気を引くための一斉攻撃でミサイルは撃ち尽くしてしまった。次に出せるものは何もない。
他の軍隊も似たようなものらしく、攻撃の激しさは急速に衰えていく。爆煙は消え、再びアルファ・オカルティアが姿を現す。
不味いと優希は思った。このままでは避けられてしまう、と。
【■■■■■■■■■■■】
だがアルファ・オカルティアの取った行動は、六本の触手を大きく広げるようなポーズを見せる事。
その行動の意図が分からず一瞬呆けた優希だが、その後ぞわぞわと身体に走った感覚で理解する。これはアルファ・オカルティアの怒りを示している。怒り狂った人間が雄叫びを上げるような、極めて恐ろしくも『無意味』な行動だ。
どうやら人間の必死な抵抗は、アルファ・オカルティアの怒りを買ったらしい。
優希は生きた心地がしなかった。いや、実際この場にいる人間は一人残らず殺されるだろう。人間が飛び交う虫けらに怒りの雄叫びを上げた時、そこにいる個体は皆殺しにするように。
ただしそれは、間近にまで迫った重力点を生き延びたらの話だが。
【■■■】
ようやくアルファ・オカルティアも重力点に気付いたのだろう。ハッとしたように身体を強張らせ、そして重力点がある方へと振り向く。
しかし怒りの表明という余計な行動の所為で、もう間に合わない。
飛んできた重力点はバリアに食い込む。アルファ・オカルティアは触手を六本伸ばし、バリアを支えようとしたが……これまでの攻撃で脆くなっていたのか。重力点はバリアを貫き、その奥へと突き進む!
そして重力点は触手の隙間をすり抜け、アルファ・オカルティアの胴体に突き刺さる!
【■■■■■■■■■■■■■■】
アルファ・オカルティアが叫ぶ。
それは今まで聞いた事もない、悲痛さを感じさせる声だった。オカルティアの気持ちなど優希には全く分からないが、その声が苦痛に悶えるものだとは本能的に察する。
しばし苦しんでいたアルファ・オカルティアは触手を重力点に伸ばし、これを掴む。食い込むそれを振り解こうというのか。
だが重力点は動かない。
それどころか更に深く、重力の黒い塊は食い込む! するとアルファ・オカルティアの身体が、急に明滅を始めた。これがどんな意味を持つかなど、誰にも分からないが……オカルティアにとって悪い状態なのは察せられる。
「行け……行けっ……!」
このまま消し去ってしまえ。優希は祈る。いや、優希だけではない。他の自衛隊員達も、恐らくは他国の兵士も、誰もが人類科学の勝利を祈る。
祈ったところで現実は変わらない?
いいや、変わる。信仰が兵器となるように、祈りは重力として現実に影響を及ぼす。科学がそれを証明したのだ。ならば本気の祈りはオカルティアを打ち倒し、人類の未来を切り開く。
さながらその想いが届いたように、重力点は一層力強く黒い輝きを放ち――――
【■■■■■■■】
が、それよりもアルファ・オカルティアの力が勝ったのか。
渾身の力を振り絞るような激しい動きで、アルファ・オカルティアは重力点を放り投げた。
投げられた重力点は、空高く上がっていく。重力だけの、質量を持たない黒い輝きはもう落ちてこない。いずれ自壊して消滅するか、大気圏を突破して宇宙の彼方へと旅立つだろう。
もう、あの重力点はアルファ・オカルティアを傷付けない。
そしてアルファ・オカルティアは、優希が見る限り健在だった。
【■■■■■■■■■■■■■】
決して無傷ではない。吐息があるかは不明だが、小刻みに揺れ動く身体はすっかり疲弊して見える。体表面は傷だらけで、傷口から煌めく何かが吹き出している。触手は一本が真ん中から裂けて二股になっていた。だがその程度のもの。身体の明滅は止まり、噴出する煌めくものも時間と共に収まっていく。今にも死にそうな雰囲気ではない。
それどころか触手を一本差し向け、新たなクレーターを遠く離れた大地に作り出す。
優希は直感的に理解する。今の攻撃で重力干渉機が破壊された。次の攻撃を受けたら不味いと、咄嗟に判断しての行動か。
切り札が破壊された。科学信仰ミサイルも尽きた。恐らく他国も粗方撃ち尽くしただろう。最早有効な攻撃手段は残っていない。
しかし希望はまだある。
「(傷の程度が深ければ……!)」
アルファ・オカルティアはここまでの攻撃で負傷している。見た目からして身体はボロボロ。バリアの展開や重力攻撃で、体力も大幅に消耗している筈だ。
ならばアルファ・オカルティアが撤退する可能性も、ゼロではない。
戦う前に逃げられたなら、それは人類の終わりを意味した。動き回るオカルティアにより、文明をじりじりと削られただろう。されどここまでダメージを与えた上での逃走なら話は別。回復までアルファ・オカルティアは何処かに隠れ、人間を襲う事はしばらくないと思われる。どの程度の時間が必要かは分からないが、運が良ければ人類が立て直すだけの猶予が得られるかも知れない。ひょっとすると二度と来ない事もあり得る。
逃げ帰れ。もうこっちは戦えないんだ。お前だってそうだろう? ならここで手打ちにしよう。
【■■■■■■■】
果たして人間達の願いは、アルファ・オカルティアに聞こえたのか。
アルファ・オカルティアは一際大きな声で叫ぶや、六本の触手を頭上で掲げた。すると掲げた触手達の中央付近に、何かが生じる。
それは黒い点だった。
人間が開発した重力干渉機、そこから放たれる重力点に似ている。似ているが、絶対に違うと優希は思う。背筋をぞわぞわと駆け巡る悪寒なんて、重力点を見た時には全く感じなかった。それにアルファ・オカルティアが作り出したものは、一切の輝きを放たない。不気味なほどに黒いものだ。
重力点ではない。いや、重力だとは思うが、人間が作り出したものとは違う。自然界に存在する、色のない黒い重力の塊と言えば……
「ぶ、ブラックホール……?」
まさかと思った。止めてくれと願った。
アルファ・オカルティアは、人類の祈りを容赦なく叩き潰す。
黒い球体が、一瞬にして膨張。その瞬間、まるで空に落ちるような感覚が優希達を襲う!
「わ、わあああああああああああ!?」
「助け……!?」
仲間達は次々と空に飛んでいく、いや、落ちていく。オカルティアが作り出したブラックホールに吸い込まれているのだ。
更には車両なども空に浮かび、アルファ・オカルティアの方へと向かう。重さは関係ない。ある訳がない。ブラックホールという出鱈目な重力により、空に落ちているのだ。地面に打ち付けた釘のような、地面に固定されたもの以外全て吸い込まれてしまう。それさえも、地面そのものが捲れ上がって吸い込まれれば抵抗しようがないが。
優希は近くに生えていた草を咄嗟に掴む。大きくて太い、地面にしっかり根を張った草だったからどうにか耐えているが……ぶちぶちと嫌な音が聞こえてきた。長くは持ちそうにない。
足先を地面に叩き付け、少し掘って見えた草の根に捩じ込んで安定させるが、これでも時間稼ぎにしかならない。いや、仮に固定されたフックがあったところで、いずれ地面が捲れれば終わりだ。長持ちしない。
そもそも抵抗してどうなるというのか。
ブラックホールなんて出されたら、勝てる訳がないではないか。
「(あ、甘く見ていた……!)」
アルファ・オカルティアは人類にも倒せる。
人類の大部分がそう信じていたから、この作戦は決行された。いや、負ける可能性を考慮する必要などない。このままでは人類が滅ぼされるのだから、勝ち負けなんて関係なく挑むしかなかったのだから。
だがここまで力の差があったとは。
自棄など起こさず隠れていれば、人類種自体は残せたかも知れない。今からでもロケット開発を頑張って他の星に逃げれば良かったのかも知れない。されどその選択をしなかったがために、アルファ・オカルティアの力により全てが終わろうとしている。
果たしてあのブラックホールは、どれほどの威力があるのか。破壊はこの地域だけで留まるのか、はたまた地球ごと……
「(終わりだ……何もかも……)」
生き意地汚く草にしがみつくが、勝てるイメージなど浮かばず。
優希が達観している間も、アルファ・オカルティアは動く。ブラックホールに向けて掲げていた触手を下ろし――――
自ら、ブラックホールの中へと飛び込んだ。
奇妙な行動だ。だが何か意味があるのだろう。一体どんな攻撃が来るとしても、これでいよいよ自分も終わりだと達観した優希はブラックホールをじっと見つめる。
そしてブラックホールが、消えた。
「……………あれ?」
跡形もなく消えたブラックホール。それと同時に、優希の身体を空に落とそうとしていた重力も消失する。
この現象が自分だけに起きたものでない事は、空高く浮かんだ兵器(と兵士)が真っ逆さまに落ちている光景からも明らか。雨のように降り注ぐ瓦礫が、地上に積み重なっていく。
そして姿を消したアルファ・オカルティアは、何時まで待っても戻ってこない。
重力攻撃も始まらない。ただただ時間だけが過ぎていく。幸運にも地面近くに留まっていた優希含めた数少ない兵士達が、一人、また一人と迂闊に立ち上がるが……不意打ちの重力は訪れず。
何が起きた? 必死に、というより無我夢中で考えを巡らせた優希は、ある結論に辿り着く。
逃げたのだ、と。
「(バリアが破られて、身体もボロボロだし、それはあり得るけど……)」
だとするとあのブラックホールによる攻撃はなんだったのか?
疑問に思うが、しかし見方を変えれば得心が行く。猛攻の中から逃げるには、相手を怯ませるしかない。
そこでオカルティアは力を振り絞り、ブラックホールを生み出したのではないか。
人間にとっては十分致死的な一撃で、止め同然の攻撃だったが……必死だったアルファ・オカルティアは人類の状況を把握出来なかったのだろう。大慌てで逃げ出したのだから、それも仕方ない。
アルファ・オカルティアの行動は、合理的な説明が付く。不思議な話ではないと思うと、段々と今の状況が現実だと思えてくる。
やがて考えが確信に変わった時、優希の足から力が抜けた。ぺたりとへたり込み、アルファ・オカルティアがいた空を見つめてしまう。
勝利と呼ぶには、あまりに大き過ぎる被害。荒野と呼ぶのも生温いほどの破壊を前にしては、いっそオカルティア側の『恩情』にさえ思えてくる。戦力の損耗も激しく、果たして全体の何パーセントが生き残ったかも分からない。
だが事実としてアルファ・オカルティアはこの場から去った。駆除には至らずとも、痛手を負わせて逃げ帰らせた。
ならば。
「作戦、半分成功……か……」
そう思っても良いだろうと、優希は前向きに考える事にした。
後の事などもう考える余力もない。
きっと何処かの天才が、自分達が勝ち取った猶予を使い、この後の問題を解決してくれると信じ、そのまま気を失うのだった。
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