計画立案

 オカルティア幼体に対し、宗教的価値を付与した武具は効果的である。

 日本だけでなく、世界の様々な土地から同様の報告が上がった。宗派を問わない点も、事前の観測で得られたデータから推測されていた通りだ。また、オカルティア幼体だけでなく、小型未確認生物への効果も認められた。

 アルファ・オカルティア出現から六ヶ月、オカルティア自体の出現から一年以上……ようやく、オカルティアへの対抗手段が見付かったのだ。

 とはいえ、現時点ではまだ方法が分かっただけ。

 オカルティア幼体とオカルティア……その中の最大個体であるアルファ・オカルティアとは、あまりにも体格差がある。オカルティア幼体に効果的な攻撃も、アルファ・オカルティア相手では豆鉄砲だろう。そもそも弓矢の射程距離は長くとも数百メートル。アルファ・オカルティアの触手の届く範囲で戦うなど、自殺行為でしかない。

 新たな武器、いや、兵器が必要だ。


「キリスト教徒を集めて、大勢で洗礼を行うのはどうだ? これなら人数による信仰の集積が短時間で行える筈だ」


「洗礼は信者にするものだ。道具にしては、如何に敬虔な信者でもそこまで信仰を集められるとは思えない」


「信仰の真剣さで言えば、イスラム教徒の方が適任ではないか?」


「イスラム教は偶像崇拝が禁止されている。兵器に信仰心を向けるのは難しいだろう」


「だがイスラム教徒でもオカルティア幼体の攻撃例はあるだろう? ズルフィカールを模した剣を使えば可能ではないか?」


「あれは特異な例だろう。汎用的でなければ量産出来ん」


 オーストラリア・シドニー跡地に建てられたオカルティア研究所。マウスの死骸の保管所として建てられたそこで、世界中から集まった研究者達は激しい議論を交わしていた。

 信仰を集めた道具が武器になる。

 科学的に立証された事象であるが、それを兵器に転用するのは困難を極めている。何しろ宗教的武器の大半が、剣やら弓やら十字架やらなのだ。現代戦を行うためには、これらを銃やミサイルなどの『兵器』に落とし込まねばならない。

 とはいえそれについては、現時点ではある程度目処が立ちつつある。今はより効果的な……つまり数を揃えるための……方法を模索する議論だ。

 兵器開発が完了した時、いよいよ人類の一大反攻作戦――――アルファ・オカルティア駆除作戦が始まる。アメリカや日本だけではなく、中国やロシア、ヨーロッパにアフリカ諸国も協力する、比喩でなく人類最大の軍事作戦だ。

 科学者アネッサ・チェンバースが参加する議論は、『何処』で、その作戦をするか。

 そしてこちらの議論は、兵器開発よりも難航していた。


「……どうしたものですかね」


「どうしたものかな」


「どうしたものかねぇ」


 会議室にて。アネッサが漏らした言葉に、他の科学者達も同意する。

 そして流れるのは沈黙。激しい口論に発展する時もある兵器開発より見た目上ずっと平和だが、なんの案も出てこないという意味では最悪の議論になっていた。


「(そりゃあ、ただのオカルティアよりは狙いやすいでしょうよ。それにいずれは潰さなきゃいけないのは間違いないし)」


 黙っている間も、アネッサは真剣に考えてはいる。しかしよい答えは出てこない。

 まず、何故アルファ・オカルティア駆除作戦をしようとしているのか。

 理由は簡単。奴さえ倒せば、被害の数を大きく減らせるから。アルファ・オカルティアはオカルティア幼体を無尽蔵に生み出し、途方もない強さの重力で都市を物理的に叩き潰す。オカルティア幼体や通常のオカルティアも危険だが、アルファ・オカルティアはそれらの比ではない。奴がいるために、人類は急速に滅亡へ向かっていると言えよう。

 とはいえ事はそう単純ではない。

 信仰がオカルティア幼体に対し効果的というのは分かった。だがアルファ・オカルティアと幼体の大きさはあまりに違う。つまり身体能力……防御力や再生能力には大きな差がある筈だ。対して人類が用いる信仰の力は、現状数値化出来ていない。たくさんの信仰を集めると高威力なのは判明したが、それが具体的にどの程度なのかは分からないのだ。

 よって兵器化しても、その威力が推測出来ない。威力が分からないもので挑んでも、倒せるかどうかは怪しいだろう。

 だから普通なら、オカルティア幼体よりも少し大きい相手……通常オカルティア相手に攻撃を行うのが正しい。正しいが、しかし一つ致命的な問題がある。

 通常オカルティアは行動が全く予測出来ない点だ。数日間同じ場所に留まったかと思いきや、地球の真裏に移動してしまう事さえも珍しくもない。地面も平然とすり抜けるので、地中や海に潜られてしまうと何処に行くのか分からないのである。このため攻撃作戦を行うため部隊を向かわせても、間にあわない事が予想された。

 対して、アルファ・オカルティアはある程度行動の予測が付く。

 人口密集地、それとがある土地を積極的に襲う性質がある。半年間の観察により、この明確な『意思』が確認されたのだ。


「(どちらの行動も、合理的に説明は出来る)」


 アルファ・オカルティアの目的が、仮に繁殖だとする。たくさんの子供を生み、出来るだけ多くの子孫を残す……一般的な地球生命と同様の『行動方針』があるとしよう。では、そのために合理的な行動とは何か?

 まず、食べ物が豊富な場所で子を生む事だ。餌がなければか弱い幼子は生きていけない。昆虫など正にその典型例であり、蝶などは幼虫の食草に直接卵を生んでいく。実際には天敵を警戒して、敢えて食べ物が乏しい冬に繁殖する種もいるが、これは多様な生き残り戦術の一つであって『王道』ではない。

 オカルティアが人間を襲うのは、『何か』を食べるためというのが今の主流な説だ。何を食べているのかは全く不明だが、行動からして捕食者的だと考えられている。オカルティア幼体も人間から何かを食べているとすれば、その母であるアルファ・オカルティアが人口密集地を襲うのも頷ける。

 そしてもう一つの宗教施設襲撃も、繁殖のための布石だろう。

 オカルティア幼体は弱い。一般的な宗教的儀式で作った弓やら剣やらで倒せるぐらいには。アルファ・オカルティアは一度に数万のオカルティア幼体を生み出したので、恐らく種としては多産多死型の繁殖戦略を採用している。このため多少子供が死ぬのは折り込み済みだろうが……だとしても少しでも多くの子が生き残るように振る舞うのが、生存戦略としては合理的だ。

 アルファ・オカルティアは宗教施設からなんらかの力を感知し、幼体にとって危険なものと判断。排除するため積極的に破壊していると思われる。なら最初から施設のない場所に行って繁殖すればいいじゃないか、とも思えるが……しかし大抵宗教施設というのは町中、つまり人口密集地の近くにある。餌場の近くに『天敵』がいては落ち着かない、という気持ちなのかも知れない。

 いずれにせよアルファ・オカルティアの行動は合理的だ。故に自由気ままなオカルティアと違い、何処を襲うか予想出来る。

 出来るが、しかしどうすれば良い?

 人口が多くて宗教施設のある土地なんて、いくらでもあるではないか。


「半年前と比べれば、ある意味候補は大分絞れているんだがな……」


 同僚が漏らした言葉の通り、出現予測地点の候補は今やかなり少ない。

 理由は簡単。アルファ・オカルティアが出現したここ半年の間に、世界中の宗教施設が破壊されたからだ。

 もうイスラム教の聖地である『預言者のモスク』も、ユダヤ教の神聖な遺物である『嘆きの壁』も、キリスト教カトリック教会の総本山であるサン・ピエトロ大聖堂も……全てアルファ・オカルティアに破壊された。他の聖地や神殿、聖遺物を保管した博物館なども高重力により破壊されている。

 アルファ・オカルティアによる被害は、最早数億人単位と言われている。幼体や通常オカルティアによる被害を含めれば、そろそろ十億人に至るだろう。被害者は全員生きているが、意識不明故に労働力にはならない。破綻した国家、被害者を見捨てた国家、その結果暴動により無政府化した国家も出てきた。

 ほんの一年前までフィクションの出来事だった、人類文明の崩壊が見えつつある。

 そこまでの被害を受けながらも、しかし人類はそれ以上に繁栄していた。十億の犠牲が出ても、まだ人類は六十億もいる。多くの国の首都は壊滅したが、第二第三の人口密集地は無事である事も多い。そして人が多ければ、教会などの施設も少なからずある。

 何百万とあった候補が何十万になったところで、次に現れる場所を言い当てるなど無理だ。無理だが、それでも予想しなければならない。


「(世界中が協力するといっても、はい明日此処に集合って真似は無理だし)」


 人類の移動速度は、現時点で『有限』である。日本からアメリカには飛行機でも六時間やそこら掛かり、オーストラリアからエジプトでは十五時間掛かる事もザラだ。

 定期便がある民間旅客機でさえこれである。アルファ・オカルティア駆除作戦を行うのは、当然ながら各国の軍隊。何千何万という兵士に伝令を出し、戦闘機やら戦艦やら戦車を送り込む……隣国なら兎も角、海を挟んだ向こう側に送るとなれば準備だけでも一日では足りない。

 その一日の間に、アルファ・オカルティアは都市を蹂躙し終えているだろう。おまけに奴等は戦闘機よりも速く飛ぶ。どうやっても遠くの国の軍隊は間に合わない。また戦闘機などは一部の機体を除き、あまり長時間・長距離を飛べるものではない。地球の反対側に辿り着いた時には燃料切れ、では話にならないのだ。戦闘機ほどではないにしろ、歩兵や軍艦にも言える事である。

 間に合う、そして十分戦えるとしたら隣国の軍ぐらいだろう(それにしたってアメリカや中国のように国土が広ければやはり困難だ)が、しかしいくら協力体制を敷いたとはいえ、隣国の大軍がいきなり上陸するのを容認出来るか? ドイツの国土にロシア陸軍が、日本の大地に人民解放軍がろくな通達なしに乗り込む事を容認出来るか? 生憎、人類はまだそこまで他人を信じていない。

 事前通達を一時間で済ませると考えても、アルファ・オカルティアの素早さを考えればあまりに遅い。またリアルタイムで戦力を集結させるのは、アルファ・オカルティアの強さを思えば戦力の逐次投入と変わらないだろう。

 だからこそ事前に、アルファ・オカルティアの銃撃地点を予測して戦力の配備をしなければならないのだが……


「いっその事、誘導出来ればなぁ」


 科学者の一人が愚痴を零す。

 誘導出来れば、確かにそれで解決する。そこに兵力を集めれば良いのだから。

 しかしこれも無理だろうとアネッサは思う。

 まず非人道的だから。アルファ・オカルティアは人口密集地を狙う。つまり奴等を誘導するには大勢の人間を『囮』にしなければならない。それも首都レベルの、可能なら数十万人、理想を言えば数百万人を一ヶ所に集めなえれば見向きもされないだろう。

 そこでミサイルやら砲弾やらが飛び交う軍事作戦をする? いくら人類文明滅亡の危機とはいえ、誰が納得するというのか。集める人間を志願制にしたところで、数が集まるとは――――


「……あれ? ひょっとして、それはアリかも?」


 等と反対気味に考えていたアネッサだったが、ふと、悪くないのではと思い始める。


「誘導作戦が? だが、人間を囮にするのはいくらなんでも……」


「いや、囮というか、人間は元々集めるつもりですよね? 軍人ですけど」


 考えてみれば、集めるのは兵器だけでなくそれを扱う兵士もなのだ。

 各国がどの程度の兵力を出すかは疎らだが、例えば中国人民解放軍は ― オカルティアとの戦いで全盛期よりもかなり減ったが ― 未だ百五十万人近くいる。その一割も出せば十五万人の大群だ。

 米軍もオカルティア戦による被害で一年前よりも激減したが、百万の兵力を持つ。同じく一割の戦力で、凡そ十万人に達する。

 米中二国で二十五万人。これが一ヶ所に集まれば、それだけでちょっとした都市人口である。日本の自衛隊も現在十万人以上残っているので一割なら一万人は出せる。

 世界中の兵士をそれぞれ一割ずつでも集めれば、百万人ぐらいにはなる筈だ。それなりに大都市レベルの人数であり、十分アルファ・オカルティアの狙いとなるだろう。


「しかし、宗教施設の方はどうする? 建築年数の浅いものでは効果が薄いと言われているぞ」


 もう一つの問題は、アルファ・オカルティアが狙う宗教施設は歴史の長いものである傾向が強い事。

 そもそも『宗教施設』を狙っているのではなく、信仰心を集めたものを攻撃している、というのが現在の通説だ。オカルティアを傷付けるのは儀式やら宗教的意義ではなく、それを行った者の信仰心なのだから。

 このため適当に教会を建てたところで、オカルティアの目を引く出来になるとは限らない。仮に目を引いたとして……完成まで待ってくれるとは限らない。「成長途中の奴を叩く」と考えられたら、建設中に襲撃されるだろう。

 ならば建設中の建物の護衛を、アルファ・オカルティア駆除作戦の実行部隊に任せるか? それは一つの手であるが、しかしアルファ・オカルティア駆除作戦部隊にはどの国も少なくない数の兵力を派遣する。軍の役割はアルファ・オカルティア撃破だけでなく、オカルティア幼体などから市民を守る事もあるのだ。ものを守るのに、そこまで兵力は出せない。

 確証が欲しい。その気持ちはアネッサも理解する。だからこそ問題ないとも言える。


「必要ありません。軍が持ってるじゃないですか、十分な量の信仰を」


 アネッサが指摘すれば、誰もがハッとした。

 そう。アルファ・オカルティアは宗教施設を攻撃している訳ではない――――集まった信仰を攻撃している。この仮説通りであれば、建物を用意する必要なんてない。

 軍が十分な、アルファ・オカルティアが脅威だと認識する程度の宗教的兵器で武装していれば良いのだ。


「十分な兵力、十分な武具。それがあればアルファ・オカルティアは軍隊を狙う筈です」


「成程。それなら軍は演習でもすれば良いのか。演習中に現れたら、そのまま実戦に移ればいける」


「いやいや、演習とはいえ弾は使うんですよ? 演出終盤に襲われたら戦闘自体行えない可能性もあります」


 一人の科学者が懸念を示す。

 確かに、演習でも弾は使う。そしてゲームと違い、撃てば弾丸は消費され、兵士の懐から失われていく。兵士の体力も、時間が経つほど消耗していくだろう。

 演習後半、弾薬も体力も消耗しきった時に襲われればろくに戦えない。弾については補給すれば賄えなくもないが……一説には、一人の兵士を戦わせるのに、後方支援が七〜八人必要という。百万の兵士を動かすのに、八百万人の支援が必要なのだ。そしてこれら兵士や支援部隊も飲み食いするため、大量の飲食物を搬入し続けなければならない。

 これをアルファ・オカルティアが現れるまで、定期的に(早めに駆除したい事を思えば短期のローテーションで)繰り返す――――こんな事をすれば物資の消費が激しい。いくら世界中が協力するとはいえ、何時までもこんな総動員体制を維持出来るものではない。市民生活への負担も大きく、それこそ『犠牲』を強いるだろう。

 まるで消耗戦である。

 ……だが、アネッサは思う。

 端からこの戦いは消耗戦ではないか、と。


「だとしても、今やらなければ間に合いません。アルファ・オカルティアの襲撃で都市機能どころか国家機能も終わりつつあるんです。幼体や、小型未確認生物の大群も数を増やしています」


「……被害規模自体が、時間と共に増えているのは確かだな」


「そうです。そしてアルファ・オカルティアの気を引けるのは、我々にある程度の活気がある時までです」


 時間は、今まで人類にとって味方だった。自然は短時間の滅びを与えず、人類の科学が発展して克服するのを待ってくれた。

 だがオカルティア達は違う。奴等は人間に被害を与えながら増えている。明らかに技術進歩の速さを上回って。

 人間が一方的にオカルティアを殺戮出来る兵器の理論を作り上げた時、きっと人類は兵器生産の能力を失っているだろう。そこまでいけばアルファ・オカルティアの気を引く事さえ出来ず、各個撃破されるだけ。

 例え少なくない犠牲が出ても、例え藻掻き苦しむほどの消耗戦になろうとも……


「今でなければ、アルファ・オカルティアに対抗出来ません」


 それがアネッサが考えた結論だ。

 ……会議室が沈黙する。

 賭けと呼ぶには、あまりにリソースを割き過ぎる。しかし現時点でアルファ・オカルティアを倒すには他に手はなく、新たな手段を生み出す時間はない。

 合理的に考えれば、ここで無茶をするしかない。


「……分かった。アネッサ、君の作戦しかなさそうだ」


 会議を取り仕切る科学者も、それを認めてくれた。


「! あ、ありがとうございます!」


「礼を言うのは早いぞ。こんな大雑把な作戦では、ろくに聞いてもらえない。具体的な兵力、それと予算の算出が必要だ。方針を決めたなら、一気に進めるぞ」


「はいっ!」


 理想を現実に落とし込むため、会議は白熱する。人類はまた一歩、進んでいく。恐るべき脅威から生き残るために。

 とはいえ学者に出来るのは、理論的な作戦を練る事だけ。

 実際に命運を握るのは、現場で戦う兵士達だ。

 少しでも彼等が勝てるように、アネッサ達は寝る間を惜しんで議論を交わすのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る