冥界の女王
アネッサ・カウラは唖然としていた。
アネッサはとあるテレビ局に勤めるリポーターである。特に生放送で、現場の状況について語る事が多い。
生放送は様々なアクシデントが起こり、常にアドリブを求められる。そして「黙る」という事だけはあってはならない仕事であり、アネッサは常に答え続けてきたプロだ。
しかし今、アネッサは言葉を失っていた。
【■■■■■■■■■】
赤子の泣き声染みた、甲高く、なのに不思議と不気味ではない声。カメラでは捉えられない『音』と共に、空間が水飴のように溶け出す。
その中から巨大な怪生物・オカルティアが出てきた。
オーストラリアの大都市シドニー。首都キャンベラよりも遥かに多い、人口五百万人を擁する大都市は、突如現れた危険生物の存在によりパニックに陥っていた。今頃人々は建ち並ぶビルの間を、所狭しと逃げ回っているだろう。
そんな人間達の事など興味もないのか、はたまた嘲笑っているのか。オカルティアは人間を襲う事もなく、優雅な空中遊泳を続ける。
一体だけなら、この行動もただの気紛れという可能性はあった。
だがシドニーの上空には今、二十体ものオカルティアが飛んでいる。その全てが人間を襲わず、ただふわふわと浮かんでいるだけ。
何かが起きようとしている。そんな予感が、アネッサの胸中を満たす。だからこそ一番の親友に、先程今のシドニーについてメッセージを送ったのだが。
幸いと言うべきか、今のアネッサはシドニーを見下ろせる小高い丘の上にいる。天気について、生放送する予定だったからだ。此処なら動き出したオカルティアにすぐ襲われるという事はあるまい。また近くにはカメラマンや音響など、テレビスタッフも何人かいる。
この危機的状況を、オーストラリア全土に伝える事は可能だ。そして一人のマスメディア関係者として、危険があれば市民に伝えなければなるまい。
「ねぇ、アレ撮影してる?」
「え、あ、はい」
「なら、撮影続けて。どうせ何も映らないけど、町のパニックぐらいなら撮れるわよね?」
アネッサの言葉を受け、撮影スタッフ達が動き出す。カメラマンはカメラを構え直し、オカルティアではなく町を映す。
「ご覧ください! 現在、シドニーにオカルティアの大群が現れています! 我々のカメラではオカルティアを映す事は出来ませんが、シドニーがパニックに陥っている事は見えるでしょうか!?」
大きな声で説明しつつ、アネッサはシドニーを見下ろす。
何分遠くからの光景だ。ハッキリとは分からないが……しかし道行く車の大半が明らかに速度違反をしていて、大通りが人でごった返すところを目にすれば、混乱ぶりは十分伝わってくる。
オカルティアは上空を漂っているので、直接的な被害はまだ生じていないだろう。されどこうも混乱が酷ければ、転倒や事故による死傷者は少なくあるまい。間違いなく既にシドニーは大惨事になっているだろう。
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【■■■■■■■■】
そんな人間達の混乱を尻目に、オカルティア達は悠々と空を泳ぐ。
「カメラでは映せませんが、現在オカルティアはシドニー上空に二十体はいます! 今まで聞いた事もない大群です!」
映像が撮れないからこそ言葉で説明しようと、アネッサは叫ぶ。
叫びながら疑問にも思う。
オカルティアの大量出現は、前例がない訳ではない。凡そ三ヶ月前のアメリカで起きている。あの時の事も映像がないので、詳細は何処まで本当か分からない政府発表と、パニック状態の市民の証言でしか窺い知れないが……どうやら十六体以上現れたらしい。
オカルティアの出現自体は、最早珍しいものではない。しかし今回のような大群の出現は、世界で二度目の例となる筈だ。発表通りならアメリカの時よりも更に規模が大きい。
しかし、何故シドニーにオカルティアがこんなにもたくさん現れたのか。
一見してクラゲのようであるオカルティアからは、知性というものが感じられない。アネッサにとっては(どれだけ報道されても映像も音声もないので)その実態を見るのが初めてというのもあり、精々獣程度の知能しかないと感じる。
なんらかの明白な『目的』を抱くとは思えない。だが一匹二匹なら兎も角、こんな大群が無意味に集まるとも思えない。
何か理由があるのか、或いは引き寄せられているのか……
【■■■■■■■■■】
アネッサが考え込んでいる間にも、新たなオカルティアが現れた。この調子で出てくれば、アメリカの倍近い出現数になるのではないか。
現時点で退治どころか追い払う事も出来ない怪物・オカルティア。たった十数体のオカルティアでさえ人類は対処出来ないのに、いきなりこれが二〜三倍近い数に増えたらどうなる?
どうにもならない。オカルティアに襲われる人間は今後、何倍にも増えるだろう。被害者は病院や警察、軍の機能を圧迫し、社会不安を引き起こす。一応小型未確認生物を捕食したという話もあるので、そちらの被害は減るかも知れないが……オカルティアも人間を襲うのだ。状況は恐らく然程良くならない。それにこれが最後の大群とは限らない。
いよいよ世界の終わりだと、アネッサは感じ始めた。
【■■■■■■■■■】
【■■■■■■■■■■■】
まるでその予感を裏付けるかの如く、群れるオカルティア達の動きが活発になる。
今まで漂うだけだったのに、突然泳ぐように身体をくねらせ始めた。動きも速く、俊敏になっている。
元々オカルティアは人を襲う時の動きなら車よりも速い(戦闘機にさえ触手を伸ばして追い付いたという話もある)と言われており、それに比べればまだまだ優雅なものだろう。しかし二十体以上のオカルティアが、踊るように動き回る様は圧巻だ。ただの俊敏な動きよりも『異様さ』は際立つ。
それにあの踊りには、何か意味があるようにアネッサには感じられた。
「あ……え、と……お、踊っています! オカルティアが、踊るような動きをしています!」
気圧され、言葉を失いそうになる。リポーターの矜持でどうにか言葉を絞り出すも、拙い言葉遣いになってしまう。
何かが起きる。何かは分からないが、決定的な何かが。このまま奴等の思いのままにさせるのは不味いと本能的に感じる。
――――尤も、だからといってそれ以上の厄災が現れても困るが。
【■■■■■■■■■■■■■】
今度は、おどろおどろしい、叫び声が辺りに響く。
オカルティアの鳴き声ではない。オカルティア達も、今までやっていた踊りを止めて固まってしまう。パニックに陥ったのか、右往左往し始めた。
そうこうしていると、オカルティア達がいる場所よりも高い位置の空から『それ』は現れる。
まるで空間から染み出すように、巨大な丸い身体が現れる。
大きさは推定二百メートル。胴体が二十数メートルしかないオカルティアより遥かに大きい。球体型の身体の周りには、身体よりも一回り大きなリング……いや、節足動物の足の集合体が浮かぶ。
やがて球体部分に大きな切れ目が入った。
ぱっくりと裂け、中身が露わとなる。内側には亀裂の縁には触手が、内側には歯のようなものが無数に生えていた。
おぞましい見た目の巨大な怪物。その存在は『噂』こそアネッサも聞いた事はあるが、まさかこうして目にするのは予想外。しかし現に起きている以上、どれだけ否定しても意味はない。諦めて認めるしかない。
巨大未確認生物――――今では『
「あ、あ……ま、マウスが……」
アネッサの口から出てきたのは、最早文章にもなっていない声。それでも声を絞り出せたのは、アネッサがリポーターという喋る仕事をしていたからだろう。
カメラマンも、音響スタッフも、声すら出せない。ガタガタと身体を震わせ、後退りするばかり。
オカルティアの大群だけでも驚きなのに、世界で一例しか目撃例がないマウスまでも現れた。これでどうして唖然とせずにいられるのか。マウスに至っては目撃例が殆どない故に、情報は僅かなものしかない。アネッサは辛うじて知っていたが、それは万一こんな日も来るかもと、熱心に情報を集めた結果に過ぎない。大多数の人々は、マウスの存在自体よく知らない筈だ。
知らないが故に、誰もが衝撃のあまり呆けて立ち止まる。逃げていた町の人々さえも、足が止まっているようだ。
例外は、オカルティアだけ。
【■■■■■■■■■】
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わぁわぁと騒ぐように、オカルティア達は鳴き叫ぶ。踊るようだった動きは、今や完全なパニック状態だ。
今にも逃げ出す個体が現れても不思議ではないが、マウスはそれを許さない。
大きく開いたマウスの口。すると周りにある物体が、次々と浮かび上がったではないか。
重力操作だ。マウスのこの能力が、オカルティア打倒のヒントになっているらしいが……直に目にしてアネッサは理解する。こんな魔法染みた力、今の人類では遠く及ばない。何時か届いたとしても、きっとそれは何百年も後の話だろう。
これほどの強さを持つ相手でなければ、オカルティアとは勝負にもならないのか。
【■■■■■】
【■■■■■】
オカルティア達はいよいよ恐怖に耐えかねたと言わんばかりに、次々と逃走を始めた。しかしマウスが放つ重力があまりに強いのか。動きは鈍く、遠くまで逃げる事が出来ない。
マウスは更に大きく口を開く。
するとオカルティアの一体の身体が、ずるずると引きずられるように動き始めた。引きずられているオカルティアは触手を振り回し、どうにか踏み留まろうとしていたが……残念ながらその触手は建物をすり抜ける。身体を固定する事は出来ない。
このままオカルティアはマウスの口に吸い込まれるだろう。つまり捕食される。
マウスはオカルティアの『天敵』なのだ。話こそ聞いた事はあったが、直に目にしてようやくアネッサは確信した。
マウスの重力操作はオカルティア以外の、人間も巻き込んでいる。しかし不自然なほど車や建物、他の動物は引き寄せられていない。ただの重力ではないように思えるが、重力以外のなんだと言われると説明出来ない。
なんにせよ引き寄せられた人間達もあの口に入れば、恐らく捕食される。実際には身体には傷一つ付かないらしい(米国政府の公式発表だが如何せん映像がない)が、マウスが浮かんでいるのは地上から百メートルは離れた位置。そこから落ちれば余程の幸運がなければ落下死確定だ。
もしもあと少しオカルティア達に近ければ、アネッサ達も巻き込まれたかも知れない。血の気が引くも、アネッサは僅かな安堵も覚える。
「ま、マウスがオカルティアを襲っています! 米国政府の発表通りです! マウスはオカルティアの天敵です!」
お陰で現状についての実況が出来た。尤も、頭の中は焦りで満たされ、自分で何を言っているかも分からない。あれこれと喋りながら、必死に現状を整理する。
マウスが現れた事は、一見して絶望的な展開だ。
しかしマウスはオカルティアを捕食する。つまりそれだけオカルティアの個体数を減らしてくれるのだ。マウスの捕食に巻き込まれる人間も多いが、積極的に人間を襲うオカルティアが何十体も野放しになっているよりはマシだろう。
マウスの活躍によりオカルティアが減れば、人間の被害も抑えられるのではないか……死んでいく人々がいる中不謹慎な考えではあるが、前向きな考え方も出来なくはない状況だとアネッサは思った。
しかしその『期待』は、あまりにも呆気なく砕け散る。
空に生じた、一際大きな歪みと共に。
【■■■■■■■■■■】
歪みが現れた瞬間、マウスは襲っていたオカルティアを手放す。
厳密には重力操作と思しき力を止めた、と言うべきか。空宙に浮かんでいた人々が、ボロボロと落ちていき……地面の染みになる。遠目からの光景でなければ、今頃アネッサはショックのあまり気絶していただろう。
オカルティアも自由を取り戻すと、慌ただしくマウスから離れる。しかし遠くまでは行かない。マウスから数キロほど距離を取ると、オカルティアはその場に漂う。
見れば、他のオカルティア達も然程遠くまでは逃げない。マウスを取り囲むように、一定の距離を保っていた。
確かに食べる前に離したが、それでも襲われた事には違いない。何故オカルティアはマウスから逃げ出さないのか? アネッサ含めた人間達が疑問に思う中、空の歪みは更に大きくなる。マウスもオカルティアも、その歪みを見つめるようにじっとしている。
やがてその歪みの中から、新たな怪物が姿を現す。
現れたのは、オカルティアだった。
「えぁ、え……?」
最早見慣れた怪獣の出現に、されどアネッサ達は言葉を失う。
確かに現れたのはオカルティアである。茶碗のような身体と、その底から触手を生やした、クラゲに似た姿をしているのだから間違いない。だが、違いも多い。
まず触手を含めた大きさが三百メートルほどと、今までのオカルティアを遥かに上回る点。天敵と思われたマウスにも匹敵するだろう。動きはゆっくりに見えるが、大きいがための錯覚だ。実際には凄まじい速さで動いている。
また身体は傷だらけだ。半透明なボディであるが、傷跡らしき『濁り』が幾つも見られる。六本ある触手のうち一本が他の半分ほどしかない。恐らくかなり激しい、それこそ自身の命を失いかねない戦いを経験してきたのだろう。
そしてその肉体は、他のオカルティアよりも遥かに逞しい。今まで現れたオカルティアはクラゲのような見た目に似合った柔軟な印象だったが、このオカルティアの身体は非常に筋肉質だ。厳密には筋肉ではないかも知れないが、はち切れんばかりに肉が張り詰めている。
姿形だけで言えば、間違いなくオカルティアである。だがこのオカルティアと、これまで世界中に現れたオカルティアはどう考えても『同じ』ではない。
何故こんなにも姿形が違うのか。反射的に考えたアネッサの脳裏に浮かんだ可能性は。
「……大人、とか……?」
今まで見てきたオカルティアが、幼体なのではないか。
【■■■■■■■■■■■■】
もしもを考えて固まる人間達を他所に、動き出したのはマウス。背筋が凍り付くおぞましい鳴き声を発しながら巨大オカルティアへと振り返る。口がある方が正面らしく、ぐるりと回転して大口を巨大オカルティアに向けた。
巨大オカルティアもマウスと向き合い、触手を大きく広げた構えを見せる。マウスから逃げ惑う他のオカルティアとは違い、こちらは冷静に、勇ましい気迫が感じられた。
両者はしばし睨み合う。外野である人間達も息を飲む。
長い沈黙を経て、最初に動いたのはマウスだった。
【■■■■■■】
恐ろしい声と共に、マウスは巨大オカルティアに突撃する。数百メートルもある巨躯ながら、まるで戦闘機が如く速さで飛んでいた。
建物との接触など気にもしない。する必要もない。奴等の身体は建造物を難なくすり抜けるのだ。精々道中にいた大勢の人間が(本当に発しているのは重力なのだろうか? と思わせるほど軽々と)空高く舞い上がる程度。
マウスは一気に巨大オカルティアへと肉薄。噛み付くつもりか、大きく口を開き――――
【■■■】
巨大オカルティアは触手の一本を振るった。
触手はマウスの身体を薙ぎ払うように叩き込まれる。たかが触手一本。だがマウスの丸い身体がぐにゃりと歪み、
そして一気に吹き飛ばされる!
まるで蹴られたボールのような速さで、三百メートル近い巨体が飛ぶ。建物をすり抜けていくため、怪獣映画のような派手な破壊は起こらない。代わりとばかりに、逃げ遅れた人らしきものが舞う。
どうやら化け物同士であれば、『肉体的』な接触は可能らしい。
一キロ近い距離を吹っ飛ばされたところで、マウスは空中へと浮かび上がる。くるりと舞うように身体の向きを変え、巨大オカルティアと改めて対峙しようとした
瞬間、巨大オカルティアは触手の一本を差し向ける。
人間の目には、ただそれだけの動きにしか見えない。攻撃どころか敵意さえも感じられない小さな動作。いくら触手が何百メートルもあるとはいえ、その先端すらマウスには届いていない。
だというのに、一体何が起きたのか。
突如としてマウスは地面に墜落。
続いて、まるで衝撃波でも広がったかのように周囲の建物が潰れ出す。
「えっ」
二体の戦いを見ていたアネッサは、間の抜けた声を漏らす。
都市を形成する巨大なビルが、さながらバランスを崩した砂の城のように崩れ落ちる。崩落範囲はマウスから周囲一キロ近く。瓦礫さえも砕けているのかどんどん形を失い、数秒もすれば砂山と化す。
あまりにも異様な光景に、アネッサは頭が真っ白になった。やがて身体の芯を震わせるほどの轟音が響き、何秒も遅れて地面の揺れがアネッサ達の下まで伝わってくる。
幻覚ではない。身体に伝わってきたそれらが、現実の光景だと物語る。
だが、アネッサには受け入れ難い。
「(う、嘘よ。だって、こんなの……直接攻撃じゃない……!)」
オカルティアもマウスも小型未確認生物達も、人間に直接的、物理的な干渉を起こす攻撃はしていない。何しろ奴等の身体は、人間を平然とすり抜ける。だからこそ無敵なのだ。
ところがあの巨大オカルティアは、周りの建物を潰すほどの力を生み出した。
恐らくマウスが使った、重力操作と似たような力だろう。強力な重力でマウスを押さえ付けているのだ。だがビルという、人間よりも遥かに頑丈なものが粉微塵になるほどの強さ。これでは最早物理的な攻撃である。
不可思議なのは、それほどの力を発していながら、巨大オカルティアは相変わらずものをすり抜けている事。長く伸びた触手が、瓦礫の山となったビルや地面を通り抜けている。どうやら重力操作中でも、物質との干渉はないらしい。
「(相手からは一方的に攻撃出来て、こっちの攻撃は無効化? 無茶苦茶よ! なんで、なんでそんな事になるの!?)」
オカルティアは物に触れない。人間はオカルティアに触れない。
公平かどうかは兎も角、それが一つのルールだった。だが重力越しにとはいえ、巨大オカルティアは直接攻撃が出来ている。
次元が違う。こんなものに人間が勝てる訳ない。
いや、人間だけでなくマウスであっても。
【■■■■■■■■■■■■■】
アネッサが恐怖に支配されている最中、マウスは未だ地面に叩き付けられていた。
厳密には身体が半分近く地中に埋もれた状態で、リングを形作る脚を暴れさせていた。どうにか這い出そうとしているが、まるで敵わないらしい。
止めと言わんばかりに、巨大オカルティアはもう一度触手を振るう。
一層強い重力がマウスを襲う。最早脚も満足に動かせないのか、藻掻く事さえ出来ていない。丸かった身体が歪み、無数の脚で形作られたリングがひしゃげていく。
今や戦う意思はないのかマウスは巨大オカルティアから逃げようとしていた。ずるずると這うように動き、巨大オカルティアから離れようとする。敵意を失った事は傍目に見ているアネッサにも分かる。
だがオカルティアは許さない。
巨大オカルティアはゆっくりと逃げるマウスに近付く。その間もビルを粉砕するほどの重力は続いていると思われるが、巨大オカルティアは平然と進む。どうやら奴は重力の影響も受けない、或いは無力化する術があるらしい。
何もかもが一方的。それはマウスに対しても変わらない。
【■■■■■】
身が凍りそうな声と共に、巨大オカルティアはマウスに触手を伸ばす。
それだけの動きで、マウスは更に深く地面にめり込む。身体はぐしゃぐしゃに潰れ、リングは破断。肉片らしき半透明なものが、あちこちに飛び散る。
並の生物ならば、生きてはいられまい。
マウスはどう考えても並の生物ではないが、生命力については存外普通だったのか。潰れたマウスの身体は動かなくなり、ボロボロと崩壊。残骸は質量などないかのように、四方八方へと霧散していく。
勝敗は決した。誰の目にも明らかなほどに。
【■■■■■■■■■■■■■】
それでも高らかに、誇るように巨大オカルティアは叫ぶ。
すると周りにいた通常サイズのオカルティア達が、巨大オカルティアの下へと集まり始めた。集まったオカルティアは巨大オカルティアに触手を伸ばしながら、ぐるりとその周囲を取り囲む。
巨大オカルティアは六本の触手で、それぞれのオカルティアの触手と触れる。ちょんっと先を触れ合うだけの、小さな接触だ。
二十数体のオカルティアと触れ合うと、巨大オカルティアは空高く浮かび上がる。
浮かんだ巨大オカルティアはぐるぐると回り始めた。食器のような身体を大きく広げると、その内側から小山のような突起物が生えてくる。
小山は花のように開き、中から小さなものが無数に飛び出す。遥か彼方の光景故に、出てきたものが何かアネッサ達はすぐには理解出来なかったが……その群れが近付いてきた事でようやく察した。
小さな、ほんの一メートル程度のオカルティア。
何千何万もの小型オカルティアが、四方八方へと霧散しているのだ。
「こ、ども……」
思わず声に出た直感。それによりアネッサは全てを理解した。奴等の目的を。
オカルティア達は『繁殖』に来たのだ。ろくな対抗手段を持たない人間で溢れ返る、この世界で繁栄するために。
……この光景はカメラには映らない。生放送中の視聴者にも届かない。だからちゃんと説明しなければ伝わらない。
しかし長々と説明する暇はないだろう。小さなオカルティア達は鳥よりも速くアネッサ達の下に飛んできている。大人達と同じように、
逃げられない。ならばアナウンサーと出来る事は一つ。
「……世界の、終わりです」
これから訪れる出来事を、世界中の人々に伝える事だけ。
後の事は生き延びた人々、例えば天才科学者にでも任せるしかないのだ――――
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