空を穿つ

「やはり、止めた方が良いのでは……」


 ぽつりと、呟くように独りごちる。

 わんかいという名の男にとって、その言葉は本心そのものだった。そしてこの言葉は、彼の周りにいる二人の若い男にも聞こえている筈だ。

 しかし若い男達――――二人の兵士は、睨むような眼差しを凱に向けるだけ。

 ただの視線一つで、凱はすっかり怯み俯く。自分より遥かに年下の相手に、言葉もなく負かされたのだ。痩せっぽちの眼鏡中年男が見せる姿は、哀愁を通り越して嫌悪感が込み上がるほど情けない。この仕草一つで発言の撤回を意味すると理解したのか、兵士達は視線を戻す。尤も、持っている銃をわざとらしくガチャリと鳴らし、警告する事は忘れなかったが。

 凱はため息を吐こうとして、されどその息を飲み込む。息すら吐けぬほどに彼は萎縮していた。

 加えて兵士達に何を言ったところで、現状は何も変わらないだろう。これは『上』からの通達。此処、中華人民共和国でこれに逆らう事は自殺行為だ。こんなところで何を言ったところで意味などない。『上』に届いても、『首』をすげ替えて終わりである。

 やるしかない。

 河北省某都市に現れたオカルティアの駆除作戦は、既に『決定』されたのだから。


「(やるしかない。どんな結果になったとしても)」


 中国人民解放軍が設営したテントの中。大勢の兵士が行き交うこの場所で、凱は気持ちを改める……が、身体が動かない。椅子に座ったまま、身動きが取れなくなっていた。

 しかし何時までも暗い顔ではいられない。ましてや何もせず、ただ沈黙している事も許されない。

 凱という男は、この作戦の要とも言える機械の開発者なのだ。


「王先生。最終確認をお願いします」


 兵士の一人が凱を呼ぶ。

 最初の数秒、凱は俯いたまま動かない。その様子を不審がったのか、兵士が歩み寄り……覗き込んできたので、顔を上げるしかない。


「わ、分かり、ました。行きます。行きますよ」


 返事をすれば、声を掛けてきた兵士はやや不審そうに眉を顰める。しかし詮索よりも任務を優先し、彼は凱を連れてテントの外へと出た。

 テントが設営されたのは、小高い山の上。今回の作戦を実施するための平地を確保するため、最近伐採されたであろう切り株が幾つも残っている。

 その開けた場所に、巨大な『機械』が置かれていた。

 一見してそれは、ミサイル発射台のように見えるかも知れない。先端が尖った筒状の物体が一つ、台の上に置かれているのだ。大きさはざっと五十メートルもあるが、突起や絵柄などは殆どない。この飾り気のなさも、使い捨てのミサイル感を引き立たせる。

 ただ筒状の物体は、ミサイルではなく『砲台』と呼ぶのが適切だろう。その先端から、攻撃目的のものを発射するという意味では。

 そして砲台の先が狙っているのは、山の麓に広がる都市部、その上空をふわふわと飛ぶオカルティアだ。

 都市に現れたオカルティアは、触手含めた体長が七十メートル。日本やアメリカに現れた個体と同程度のサイズである。外見的にも、他国に現れたものと大差ない。

 凱とオカルティアまでの距離は、ざっと数キロだろうか。オカルティアは狙われている事に気付きいてもいないのか、逃げるような行動もなく漂っている。こうして遠目で見ている分には無害に思えるが、実際には出現直後逃げ遅れた市民が数百人襲われ、今は意識不明の状態だ。都市部に直接、という奇襲同然の現れ方をされては仕方ないが、大きな被害が出た事で国民の怒りは大きい。

 野放しにすれば、その怒りはやがて政府に向かうかも知れない。それを弾圧したところで、元凶かつ中国共産党の意を汲んでくれないオカルティアは野放しだ。悪循環になるのは目に見えている。

 退治するという共産党の方針は、理屈で考えれば至極正しい。というより他の方針(放置など)は論外だろう。

 しかし……


「王先生。砲台の確認をお願いします」


 オカルティアをじっと見つめていたところ、兵士が確認を催促してくる。


「ああ、今やるよ」


 全く不本意だと思いながら、凱は砲台の最終チェックを始めた。

 ――――重力干渉機。

 凱が触る砲台状の機械の正式名称はこれだ。本来質量からしか生じない重力を、電力から生み出す装置である。

 理論上の話で言えば、不可能な事ではなかった。重力と電気は一見して異なる(実際性質としては大きく違う)力だが、宇宙誕生初期ではと言われている。

 自然界に存在する様々な力は元々一つだった……これは大統一理論と呼ばれるものだ。この大統一理論を応用したものが、重力干渉機である。詳細は省くが、機械内部に磁場で閉じ込めた超高温を生成し、この超高温を重力へと変換する事で擬似的な重力操作を可能とした。

 そしてこの理論は米国で生まれ、

 つまるところ中国の情報工作員スパイが、なんらかの方法で論文を秘密裏に入手したのだ。目的は新技術を用い、米国よりも軍事(含めた他分野も)技術で優位に立つ事。そのため秘密裏に膨大な予算を注ぎ込み、兵器として実用化する一歩手前まで来ていた。

 凱という男は、この論文を下にしてこの重力干渉機を作り上げた発明家である。


「(確かに、作り手として自信はある。論文も恐らく問題はない)」


 凱という発明家は、どう軽く見積もっても、発明に関しては世界的な天才である。何しろ十三億人もいる中国人民の中でも、指折りの天才だ。単純計算ではあるが、世界人口を七十億人とすれば、トップ5に入る天才といっても過言ではない。三億人しかいない米国人では、彼以上どころか互角の天才がいない可能性もあるだろう。米国の開発が遅れ、盗んだ中国の方が先に進めるのも、人口比を考えれば自然な事である。

 その天才としての意見を言うなら、機械は問題なく動作する筈だ。盗んだものとはいえ論文自体は本物。またその論文に大きな誤りはなく、小さな誤りは凱のチームが見付けて修正している。実験だって何度も行い、そして成功させた。

 そして凱はこの重力干渉機を、真剣に作った。愛国心云々もあるが、一人の発明家として自分の作る物が『出来損ない』と言われるのは許せないからだ。手抜きなんて一切していない。だから基本的には、理論通りに動くだろう。

 何よりオカルティアに通じそうな武器はこれしかない。だから開発途中の兵器を用いる事は致し方ないだろう。仮に失敗したとしても、オカルティアは人類が仕掛けたどんな攻撃にも無反応を示す。効かない限り、無視されるのがオチだ。

 だから、やれば良い。これが合理的な選択である。

 やれば良いのに、妙な胸騒ぎがする。


「(確かに、こんな大規模な攻撃の実施は初めてだ。実験室では問題なくても、規模が大きくなれば何かが起こるかも知れない)」


 予期しない事故というのは、得てして規模の大きさが起因となる。実験室では上手くいっても、外では様々なゴミやノイズにより誤差が生じるからだ。

 そういう意味では、この新兵器も一回ぐらい外で試射すべきだろう。今ここで使うのは性急ではないか。

 恐らく胸騒ぎの原因は、そういった未来への不確定要素。

 しかし今更止められない。この作戦は共産党からの命令だ。いくら開発者とはいえ、共産党の意向に歯向かえばどうなるか。正論かどうかなど関係ない。上層部の機嫌一つで、この国では人の未来が左右されるのだ。

 担当者から外されるだけならまだマシ。機密保持だのなんだのと理由を付けて投獄、或いは処刑される可能性もあるだろう。


「(これを完成させた以上、私が生きていようがいまいが問題はない)」


 多少の『ワガママ』を聞き入れてもらえるほど、自分の立場は安全ではない。

 ならば米国の論文と自分の発明品を信じる方が合理的だろう。もしもですらない、漫然とした不安で人生を台なしにするよりは遥かに。


「……最終確認終わりました。危機に異常なし。ただ、実戦初投入ですからデータは逐次確認してください」


 せめてもの足掻きは、データをこまめに確認するよう兵士達に伝える程度。

 果たして兵士達は凱の言葉に込めた想いを理解したか――――いや、理解はしていないだろう。視線や態度を、ただの指示程度にしか受け取っていない顔で敬礼するだけなのだから。

 人間の気持ちの伝わり方などそんなもの。凱はそう思えども、ため息が溢れてしまう。


「王先生。安全な場所まで離れてください」


「……ええ、分かりました」


 そのため息の意図を汲まれる事もなく、凱は兵士に連れられ安全なテントの傍へと戻された。テントの中には入らない。凱は重力干渉機の動作確認だけでなく、機械が動いた後のオカルティアの行動も見たいからだ。

 凱が重力干渉機から離れると、人民解放軍兵士達が一斉に動き出す。

 訓練された兵士の動きは、マニュアル通りの完璧なもの。何かを省いた素振りもなく、重力干渉機は巨大な砲台を遥か遠方、山の麓に漂うオカルティアを狙うため微細な動作を繰り返す。重力干渉機が動き出しても、オカルティアはなんの反応もしない。


「重力変換、始動」


 兵士の掛け声に合わせ、重力干渉機が駆動音を鳴らす。轟音とも言える騒音は、近くにいる凱達の顔を顰めさせた。

 森が切り開かれている事もあり、この大きな音はオカルティアまで届いているかも知れない。

 オカルティアはあらゆる物理攻撃、爆風さえもすり抜ける。ならば空気の振動である音もその身体はすり抜けるだろう。音を聞くには空気の振動が、鼓膜など『身体』を震わせねばならないため、理論上オカルティアは音を聞き取れない筈だ。

 ところが、重力干渉機が動き出した途端、オカルティアの動きも変わる。

 まるで物音を聞き付けた草食動物のように、漂うだけだった身体を強張らせたのだ。そして身体をくるりと回し、顔がないので凱の推測に過ぎないが、恐らくこちらを

 明らかに、重力干渉機を意識している。


【■■■■■■■■■】


 更には奇怪な鳴き声を上げ、六本の触手をもたげた姿勢を取ったではないか。

 この行動の意味は分からない。だが凱の率直な意見を言うなら、威嚇をしているように見える。

 どうやらオカルティアにとって、重力干渉機はある程度危険に思えるもののようだ。いや、起動してから反応を見せたのだから、生成されている重力に敵意を示しているのだろう。

 ならばその重力を撃ち込めば、ダメージがあるのではないか。

 元より、それは予測されていた事。でなければ開発中の兵器を持ち出す事はしない。しかし今まで可能性に過ぎなかった考えが、裏付けを得られた。

 本当にオカルティアを、ここで倒せるのではないか。


「作戦を継続せよ」


 オカルティアが見せた行動で現場は一瞬緊張するも、上官が改めて指示した事で再び動き出す。重力干渉機は変わらず轟音を鳴らし、攻撃に必要な力を機械的な順調さで蓄えていく。

 行動が大きく変化したのは、オカルティアだ。


【■■■■■■■■■■■■■】


 果たしてその鳴き声は捨てゼリフか、それとも悲鳴か。

 データ上何も検出出来ない、音ではない筈の声を喧しく叫ぶや、オカルティアは空高く飛んでいく。巨体からは想像も出来ない、戦闘機よりも速いだろうスピードで瞬く間に地上から離れる。

 逃げるつもりか。どうやらオカルティアという『生物』は、存外臆病な性格をしているらしい。天敵と思しき大型未確認生物がいるのだから、納得の生態ではあるが……人類をここまで一方的に蹂躙していた存在のあまりの逃げ足の速さは、見ている者達を拍子抜けさせた。

 さて、問題はここからである。

 単に追い払うだけなら、これで事態は解決したと言える。今後オカルティアが現れても、重力干渉機を動かせば被害を最小限に抑えられるだろう。もしくは機械を動かしっぱなしにすれば、畑に立てたカカシよろしく、オカルティアを寄せ付けないかも知れない。

 しかし今回の目的は、オカルティア退治だけではない。

 この作戦を以て、中華人民共和国が如何に大国であるか、世界に示すのも目的の一つだ。それはオカルティアを追い払うだけでも成せるかも知れないが、最大限の効果を得るには実際に使うのが一番である。何より得られるなら、オカルティアの『死骸』は是非ともほしい。

 今更、作戦は止まらない。


「照準、合わせろ」


 上官からの指示を受け、重力干渉機はその矛先を空へと向ける。

 もしも凱達のいる場所がオカルティアに近ければ、或いはオカルティアがもっと速ければ、重力干渉機では狙いが付けられず作戦は中止になったかも知れない。だが現実には十分な距離があり、遠く離れたオカルティアの速さは重力干渉機で追えるほどだった。オカルティアの逃げ方が単調で、偏差射撃が難しくなかったのも作戦を後押しする。


「発射」


 なんの問題もない。そう言わんばかりの淡々とした口調で上官が命じた瞬間、重力干渉機はついにその機能を発揮する。

 ミサイルのような形をした重力干渉機の先端が、黒く輝く。光ではない。むしろ光が重力に巻かれ、外に出られなくなったが故の現象だ。

 黒い輝きはどんどん大きく、直径一メートルほどに膨らむ。すると凱の身体が、微かに重力干渉機の方へと引き寄せられる。重力が生成されているのだ。そしてその強さは刻々と増している。

 やがて重力は極限に達した。黒い輝き――――生成した重力点の大きさが三メートルほどまで肥大化した時だ。

 瞬間、ついに重力点が放たれる! 同時に、重力干渉機は轟音を響かせて爆発。粉々に吹き飛ぶ。爆風が兵士を吹き飛ばし、破片が周囲にいる兵士を襲う。怪我人も出ただろう。

 重力干渉機の損壊は想定内。閉じ込めていた重力が解放された際の衝撃に耐えられる素材は、今の人類には作れないのだ。高価な兵器を使い捨てるのは些か非効率ではあるが、これは今後の改善課題にすれば良い。

 今は、重力攻撃がどの程度オカルティアに効果的であるかが重要だ。


「(どうだ? ダメージはあるのか……!)」


 凱は目視で、飛んでいく重力の塊を追う。

 とはいえ重力点は直径三メートルしかない。高さ云百メートルも飛んでいけば、空にぽつんと浮かぶ黒い点にしか見えず、油断すれば見失いそうになる。

 オカルティアと黒い点が重なっても、距離感が分からない。

 ただ、真っ直ぐ飛んでいたオカルティアが大きく横に逸れるように動いたのを見れば――――外れたと察せられた。


「っ! 避けた……!」


 目視なので確証はない。しかし飛行経路を変えたオカルティアは遠目で見るに健在であり、外れたと考えるのが妥当だろう。

 当たらなかった事に、現場の兵士達に失望の空気が広がる。

 だが凱はむしろ喜んでいた。確かに当たらなかった事は惜しいと思うが、見方を変えれば、オカルティアは重力攻撃を避けたのだ。第二の未確認生物から逃げた時のように。

 ならばきっと、オカルティアには重力点による攻撃が有効なのだ。


「(次の課題は、どうやって命中させるかだな。あの動きを止める事は出来ないものか……)」


 新たな課題に、凱は思考を巡らせる。

 彼にとって考える事は、遊びにも似た楽しい一時。その事ばかり考えてしまう。

 気付けば、彼の中から不安の感情はすっかり消えていた。

 ……今、この時こそ『不安』が現実になったというのに。


「お、おい! あれはなんだ!?」


「え?」


 突然、一人の兵士が大声を出す。なんだと思い凱が振り向けば、そこには大勢の兵士が空を見上げている姿があった。

 凱も彼等の視線を追うように、空を見る。

 青空には、黒い点が一つあった。

 放たれた重力点だろう――――ほんの一瞬そう思うが、すぐに違和感に気付く。重力点はあっという間に遠ざかり、今ではもう見えない筈だ。なのにその黒い点は、見失いそうにないほど大きい。

 それどころか、大きさが増しているようだ。

 重力点が落ちてきたのか? それはあり得ない。重力干渉機で生み出された重力点は、重さを持たない純粋な重力だ。よって地球の重力に引かれて落ちる事はない。また、質量を持たないがために長時間形を保てず、いずれ自壊する。

 ならばアレはなんだ? 正体を探ろうと、凱は目を細めながら黒い点を見つめ……

 その最中に、黒い点が消えた。

 瞬間、空が波打つ。


「うわっ!?」


 まるでその波が地上まで届いたのか。凱達の身体をなんらかの力が突き飛ばした。

 凱も尻餅を撞き、臀部が痛む。しかしその痛みに呻くよりも、空を見上げる事に意識が向く。

 彼の判断は正しい。少なくとも、何が起きたのかを知るという意味では。

 波打った青空の一部が、溶けるように崩れ出す。

 水飴でも垂らしたのかと思うような、歪な景色の異変。それは風船のように四方八方へと膨らみ、ついに地上付近まで届く。しかし物理的な影響は何も与えないのか、建物は歪んで見えるだけで、折れるなどの破損は起きていないようだ。

 景色の歪みは直径数キロほどにまで膨らんだところで止まる。触れたらどうなるか? そもそも近くにいても大丈夫なのか? 様々な危険が脳裏を過り、凱はじりじりと後退り。

 尤も、景色の歪みなど大した問題ではなかった。

 歪みの中から、オカルティアが現れるのに比べれば。


「お、オカルティア……オカルティアが出てきたぞ!?」


 兵士の一人が叫ぶ。つまり自分の見た光景が幻覚の類ではないと、凱は現実を突き付けられた。

 兵士と凱が混乱している間も、事態は変化し続ける。空間の歪みから出てきたオカルティアは一体ではない。二体目、三体目のオカルティアも姿を現す。

 それどころか、見た事もない存在まで姿を現す。

 例えば、ヒレの代わりに虫の脚を生やした魚のよつな生物。例えば、巨大な目玉の瞳孔部分から触手を生やしたような生物。例えば、人の口と虫の身体と獣の手足を保った生物……

 例えで使ったのは、あくまで似ているもの。厳密には地球の虫や獣とは、少し異なる様相をしていた。また、その姿はオカルティアと同じく透き通り、向こう側が見えている。ともあれ不気味な姿には違いない。

 だが問題は見た目の気持ち悪さよりも、それら生物が凱達の方に飛んできている事だろう。


「こ、攻撃! 攻撃開始!」


 軍人達は即座に銃を撃つ。

 しかし現れた生物達に銃弾は通じない。どれもこれも銃弾が通り抜けてしまう。オカルティアと同じように、物理的な攻撃は一切通じないのだ。


「ひ。ひ、ひぃいがぁっ」


「た、たす、助け」


 それでいて生物達は人間に干渉出来るらしい。次々と兵士が襲われ、バタバタと倒れていく。

 凱は唖然としたまま、その光景を見る。

 何が起きた? 彼には分からない。分からないが、しかし何が原因かは流石に見当が付いている。

 重力干渉機による攻撃だ。あの攻撃が何かを起こして、オカルティア含めた生物達を引き寄せたのだろう。これが嫌な予感の正体か、と今になって理解する。

 こんな結果、予想出来る訳もない。

 しかし現状を見れば、重力干渉機の所為だというのは誰の目にも明らかだ。攻撃計画は中国共産党が(世界に成果を示したかった事もあって)公表しており、今更隠蔽も出来ない。

 凱は開発者として、『責任』を取らされるだろう。場合によっては命を使ってでも。

 尤も、その心配はいらないだろうが。


「王先生! ここは危険です! 避難を」


 凱を逃がそうとした兵士に、半透明な生物が襲い掛かる。襲うといっても体当たり、それからすり抜けていくだけ。ただそれだけで、兵士は倒れ、動かなくなる。

 兵士を襲った生物は、凱には興味がないのか何処かに飛んでいってしまう。だがまだ誰も襲っていない、新たに凱の前に現れた生物(人間の手が翅になっている、頭のない蝶のような見た目の生物だ)は、凱の事を見ていた。顔はなくとも、見ていると本能が感じた。

 身体を鍛えている兵士達でも相手にならない存在。発明家で、非力な凱では逃げる事も儘ならない。


「ああ、神よ……」


 苦し紛れに今まで信じてもいなかった神に助けを求めても、誰かが応えてくれる事はなく。

 こんな事ならヨーロッパ旅行で観光した教会で、真面目に祈っておくべきだったかと後悔するが……やはりいるかどうかも分からぬ神は助けてくれず。

 ひらひらと飛んでくる不気味な生物が顔面をすり抜けた。

 それが凱が見た、最後の光景となった。

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