遥かな高み
オカルティア調査のため展開していた部隊が壊滅した。
その報せを聞いた米国政府は、大きな衝撃を受けた。オカルティアの危険性を認識していなかった訳ではない。しかし積極的に人間を襲撃する訳でもないため、多少の被害は出ても、多数の犠牲は出ないと踏んでいた。
だが、二つの想定外――――オカルティアの大量発生と、新たなモンスターの出現により、予想よりも多くの被害が生じたのだ。
「……さて。まずは状況を確認しよう」
その『問題』に対処すべく、アメリカ合衆国大統領ジョージ・アダムズは部隊壊滅の翌朝、緊急の会議を開いた。
ホワイトハウスの会議室に集められたのは、合衆国政府の政治家達。それとオカルティア調査を実施していた軍部の高官達である。ただし場の空気は会議というよりも、軍部を問い詰める意思が強い。
ジョージも批難の眼差しを軍の高官達に向けていた。何しろろくな調査結果を得られなかったどころか、新たな個体と新種まで現れたのだ。軍の調査が影響しているかは分からないが、関連を見出したくなる気持ちは自然だろう。
しかし軍の高官達は首を横に振る。
「最初に、断言します。我々の調査作戦は今回の異変に関与していません」
「……根拠はあるのか?」
「恥ずかしながら、此度の攻撃で計測されたあらゆる数値に変化はありませんでした。日本での事例と同じであり、我々の攻撃は成果を挙げていません」
「……成程。つまり我々は相手にもされなかったと」
「事例から考えるに、そう判断するのが妥当です」
軍高官からの説明に、ジョージは大きなため息を吐く。
自分達の所為ではないのは良いが、単に無視されているという現状は面白くない。
アメリカ合衆国は『世界最強』の国家だ。中国の台頭や国内の分断などが取り沙汰されているが、その経済力と生産力、そして軍事力は未だ他国に大きな差を付けている。少なくとも一対一であれば、米国に勝てる国家などこの地球には存在しないだろう。
その米国を虚仮にしている。
……米国人の一人として、気に食わないとジョージは思っていた。また彼はキリスト教を信仰し、価値観として人間の『優秀さ』を信じている。人間が相手にされず、餌となる状況は非常に不快だ。
恐らく多くの米国市民が、同じように考えているだろう。
「……分かった。事態が生じた事そのものに対しては、責任は問わない。では改めて聞くが、現状はどうなっている?」
「はい。斥候部隊によれば、新たに出現したのはオカルティア十六体、それと新種である大型未確認生物が一体の合計十七体です。大型未確認生物は出現直後オカルティア一体をなんらかの方法で引き寄せ、形成した口のような部位で捕食。このためオカルティアは、最初に我が国に出現した個体と含めて十六体となっています」
ジョージが改めて問うと、軍高官は淡々と説明を行う。しかし語られた数の大きさに、政治家達はどよめく。
内心、ジョージも少なからず動揺した。
あんな怪物が十六体もこの国にいるのか? おまけにオカルティアを捕食するような化け物までいるなんて、これではモンスターの国ではないか。
映画でも中々見られない危機的状況だ。そして映画と違い、化け物をバッタバッタと薙ぎ倒すヒーローはいない。
自分達がヒーローにならなければならない。その重圧で気を引き締め、ジョージは再び口を開く。
「モンスター共の動向は?」
「オカルティアは我が国の広範囲に拡散。ただし積極的な移動はせず、ある程度動いた後は静止状態になっています。大型未確認生物の方はオカルティア捕食後、姿を消しました。現在、行方は分かっていませんが、他所に現れたという報告もありません」
「どちらも積極的な行動はしないか……理由は分かっているのか?」
「仮に、あれが生物とした場合ではありますが……生物学者によれば、満腹になったため休憩しているのではないかとの事です。大型未確認生物についても、食事を終えて住処に戻ったのではないかと」
多くの野生動物は、理由もなく動き回らない。
何故なら動く事はエネルギーを使い、身体が疲弊するからだ。十分な餌を食べたら休み、摂取したエネルギーを出来るだけ多く成長や繁殖に費やす……その方が多くの子孫を残せるため合理的なのである。
ライオンなどが分かりやすい例だろう。獲物を捕まえ、食べた後、彼等はまた腹が減るまでだらだらと過ごす。近くを得物が通っても襲わず、見送るだけ。
それは無益な殺生云々や彼等が怠け者なのではなく、食べもしない狩りで使うエネルギーが勿体ないからだ。オカルティア達も同様の理由で、無意味な活動はしないと推測される。
「あくまでも、我々の知る生物と同じルールが適用されるのであれば、との事ですが」
「結局は仮説か。もっと確かな話はないのか」
確証がない話ばかりでは、有効な対策を打てない。動かない理由が本当に『満腹』なのか分からなくては、安心も何もない。
だからこそ軍に調査を命じたのだが、その軍が壊滅している。
ろくな情報がある筈もない。だからジョージのこれは、半ば嫌味を込めた言葉だった。
「……とある研究施設から、報告が来ています」
故に、まさか答えがあるとは思わず一瞬呆けてしまう。
「……何? 報告?」
「はい。あるタイミングで、特異な数値が検出されました。現在軍でも詳細を確認していますが、かなり確度の高い情報です」
「一体、どんな情報だ?」
「端的に申せば、重力波です」
軍高官から告げられた言葉に、場がどよめく。
ただし困惑ではなく、それが何かよく分からないがためのどよめきだ。軍高官を含め、この場にいるのは科学のエリートではない。『じゅうりょくは』といきなり言われても、それが何を意味するか理解出来なかった。
「……詳しく聞かせてくれ」
「はい。要点は纏めています」
大統領からの要望は想定内とばかりに、軍高官の一人が紙を取り出し、読み上げる。
重力波。
その名の通り、これは重力により生じる空間の波である。理論上、質量のあるものが加速運動をするだけで生じるものだ。つまり投げたボールも重力波は纏っているし、歩く人間も重力波を放つ。
ただしその数値は非常に小さい。少なくとも、通常の自然現象では感じる事はおろか今の人類の技術力では検出も出来ない。非常に強く発せられた時……例えば超新星爆発や、ブラックホールに大質量の星が吸い込まれた時などに、ようやくほんの少し検出出来るという。
あまりにも微細な波のため、間接的な観測は以前から辛うじて出来ていたが、直接の観測が行えたのは本当にごく最近の事。まだまだ発展途上の分野であり、今も研究・観測が積極的に行われている。
この重力波が、あるタイミングで観測された。
それは大型未確認生物がオカルティアを引き寄せようとした時である。
「つまり、なんだ? 大型未確認生物は、その重力波というやつで、オカルティアを引き寄せたと?」
「いえ、恐らく重力波ではなく、重力そのものを用いているという見解です。即ち、奴等は重力を操る、と科学者達は述べています」
淡々とした言い方で、ジョージの要約を訂正する軍高官。恐らくそれは、既に軍の誰かが聞いた問だったのだろう。
しかしジョージには納得が出来ない。
「……私の出身大学は理系ではない。だが重力が質量から生じる事ぐらいは知っている。奴等がそんな、星に匹敵するほどの重さを持つというのか?」
「そうではないとの事です。もしも質量があれば、常時強力な重力を生んでいるでしょう。ですがそうではない。大型未確認生物は、ごく短い時間だけ重力波を発しました。つまりなんらかの方法で、意図的に重力を生んでいると考えられます」
繰り返される訂正に、ジョージは頭が痛くなってきた。
現状、人類は重力を操る方法など知らない。遠心力などで擬似的に重力や無重力は経験出来ても、重力そのものを操作する訳ではない。
だから強い重力を生むには大きな質量を用意するしかなく、重力を小さくするなら物を軽くするしかない。またごく最近、反物質でも反重力は生じないと立証されたと聞く。よってどんな科学技術を用いても、現時点では重力を増減させる事は不可能だ。
この不可能を、あの訳の分からないモンスターが自在に操っている。ただの化け物が合衆国の力を遥かに上回っている。
極めて不愉快な現実だ。しかし現実は現実として受け止めなければならない。
そう。大事にはこの現実に、どう対処するべきか。そもそもオカルティア達がこちらの常識外にいる存在なのは、今知った事ではない。驚いたりショックを受けたりするのは今更過ぎる。
「……ひとまず、奴等が出鱈目なのは理解した。で? 対策はあるのか?」
「はい。現在研究を進めていた、ある技術が使えるかも知れない、と聞いています。ただし未だ実用化されていない、正確にはこれまで実用化の目処も立っていなかった技術です」
「つまり、実用化は当分先と言いたいのだな」
「はい。加えて、実用化したとしても、運用するには膨大なエネルギーが必要となります。このインフラ整備の時間も必要です」
苛立ち気味の声で尋ねれば、軍高官はこくりと頷き、聞きたくもない補足も行う。
致し方ない事だとは、理解している。
それでもジョージは腹の奥底で、怒りがふつふつと湧き出すのを感じた。ゼロから作り出すよりはマシとはいえ、重力操作に対抗するような技術を確立するのにどの程度の時間が必要なのか。どれほどのエネルギーが必要なのか。研究を後押しするとして、どの程度の予算が必要なのか。
それまでの間、自分達に何が出来るのか。
ハッキリ言って何もない。精々オカルティア達が人々を襲い始めた時、その避難誘導を軍に命じるだけ。それにしたって、銃弾が効かない相手では足止めすら儘ならないだろう。
他に何か手はないのか。やれる事はないのか。考えても考えても、答えは出ず。
「大統領。緊急の連絡です」
そして答えが出なくとも、問題は押し寄せてくる。
部屋に備え付けられた電話を受けた秘書が、新たな問題の訪れを伝えた。
「今度はなんだ? 新たなモンスターが現れたとでも?」
次々と聞かされる問題に、嫌味を零す。こんな事を言っても仕方ないというのに……それが分かるぐらいに理知的だからこそ、ジョージは自身の発言を嫌悪する。
「……はい」
まさか本当にそうだとは、夢にも思わなかったが。
「……何? おい、まさか……」
「合衆国以外の国で、オカルティアの出現が確認されました。南アフリカ、それとフランスです」
「なんだと……!? 確かなのか!?」
「確度の高い情報です。不確実な話であれば、ロシアと中国にも現れたとの話があり、現在確認を勧めています」
伝えられた話は、世界各地にオカルティアが現れたというもの。
一体、何が起きている?
答えを求めて、ジョージは辺りを見回す。しかし閣僚達もまた困惑し、右往左往するばかり。軍の高官達も沈黙し、動揺を表すように唇を噛み締める。
場を、静寂が支配する。
「(ああ、神よ……何故人にこんな困難を……!)」
ついには神に救いを求める。
されど神は答えてくれない。
そう。結局人間の身に起きた問題は、自分達の力で解決しなければならない。沈黙もまた解決を生まない。ジョージは呼吸を整え、そして行動を起こすよう口を開こうとする。
しかし無意識に神を求めてしまう、その思考が『遅延』を呼んだのか。
「だ、大統領! 大変です! 中国政府が、特殊兵器を用いてのオカルティア攻撃作戦を行うとの公式発表を行いました! どうやら、その……重力を用いた兵器との事です!」
覇権を争うライバルに先を越された事実を、部屋に押し入ってきた官僚の言葉が突き付ける。
またしても言葉を失い、ジョージは更なる遅れを生んでしまうのだった。
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