新たな脅威

 室内に用意された、壁を覆うほどに大きなモニター。

 そこに映し出された映像を、ロニキス・クリントンは部下達と共に注視していた。天井からの明かりは弱く、お陰でモニターの発する映像はハッキリと映る。

 映像の現場は、ロニキスの母国であるアメリカの大都市・ニューヨーク。夜も眠らない大都市は、昼間であれば一層賑やかであり、今はその昼間の時刻。よく晴れた天気というのもあって、ビル一つ一つの形がハッキリ識別出来た。

 何度見ても誇らしい町並みだ。しかし人口一千万人を超えるこの巨大都市には、今やその半分ほどの市民しか生活していない。今ロニキスが見ている映像の場所、ニューヨーク中心部に至っては全ての市民が退避した。残っているとすればこの避難指示を政府の陰謀と信じている『間抜け』共か、避難指示を聞きそびれた哀れな浮浪者ぐらいだろう。

 避難指示を発令した原因は、ニューヨーク中心部を支配している『モンスター』である。尤も、肝心のモンスターは映像に映っていない。そこにいると、現場の兵士は判断して撮影している筈だが……モニターには影も形もない。

 日本に現れたモンスター・オカルティアと同じように、映像機器には映らないようだ。


「オカルティア2、動きなし」


「温度、音波、振動、全てに検出値なし」


 オペレーターである米国兵士達の報告を聞き、彼等の纏めと指揮を担当するロニキス米国陸軍少将は、顎を手で擦りながら思案する。

 今から彼が指揮するのは、ニューヨークに突如現れたオカルティアへの攻撃作戦だ。

 そして此処はオカルティア攻撃作戦本部。ニューヨークのとあるビルの屋上に設営された簡易な一室で、遠目ながらも、オカルティアの姿を肉眼で確認出来る位置にある。

 本来、攻撃目標のこんな近くに作戦本部は作らない。本部が戦闘に巻き込まれる可能性があるからだ。しかしオカルティアは映像に映らず、目視でしか確認出来ない。またこれまでの行動から、触手を伸ばすなど多少の射程はあるものの、銃に匹敵する数百メートルの攻撃範囲は持っていないと考えられている。

 このため数キロ程度の距離を取れば安全だと米軍は判断。最悪目視での確認を行えるようこの位置に作成司令本部を配置したのだ。実際、作戦本部の位置は日本が指定した立入禁止エリアよりも外側である事から、ほぼ問題ないだろう。無論、オカルティアが突飛な行動を起こさないとは限らないが。

 安心、というほど安らかな気持ちではないが、ロニキスは落ち着いて思考を巡らせる事が出来た。


「(全く、恐ろしい相手だ)」


 日本に現れたモンスターことオカルティア。何処か他人事だった米国市民と違い、米国政府と米軍は真剣にその対策を検討している。

 とはいえ、具体的な方法が思い付いた訳ではない。何しろ攻撃が通じないではなく、すり抜けてしまうのだから。日本よりも米国の兵器がどれだけ『性能』や『多様性』に優れていても、本質的には火薬で運動エネルギーや熱エネルギーを叩き込むだけ。それをすり抜けている以上、どんな攻撃も通じない。

 それでも様々な可能性は考えた。微細機械ナノマシン説、光学映像説……しかしそれらも自衛隊の攻撃により否定されている。微細な存在だろうが光の屈折現象だろうが、あれだけの攻撃を受けてなんともないのはおかしい。

 恐らく人類はオカルティアの正体について勘違いをしている――――米軍が導き出した結論はこれだ。正体が分からぬ以上、効果的な対処法なんて考え付く訳もなかった。

 ならば今やるべき事は単純だ。知らないならば知れば良い。

 即ち調査。攻撃時における反応を、徹底的に収集・解析する。これによりオカルティアがどんな存在なのか、今後こそ解き明かす。

 この攻撃作戦はそれが主目的だ。市民の財産がある都市部での『実験』とも言えるこの行いが出来るのも、合理的な米軍だからこその判断と言えよう。


「予定通り攻撃を行え」


「了解。空爆を開始します」


 ロニキスが許可を出し、オペレーターを通じて空爆の指示が伝わる。

 しばらくすると、モニターに表示されている景色で爆発が起きた。

 空爆が開始されたのだ。爆発が起きたのは地上部分で、巻き込まれた建物が数棟崩落する。モニターの映像だけでは攻撃の成否は分からないが……恐らく爆弾はオカルティアをすり抜け、地上に到達したのだろう。

 数秒遅れて爆音、それと振動がロニキス達の下に伝わってきた。比較的近い場所での出来事というのもあって、かなり強く感じられる。ロニキスも若い頃は一軍人として戦場に出たが、あの頃の記憶を思い起こす。

 無論、感傷に浸る暇はない。


「攻撃、目標をすり抜けて地上に着弾。オカルティアに効果なしとの報告」


 観測を行っている歩兵から連絡が入る。やはり爆発は効いていないらしい。

 これは想定通りだ。肝心なのは、この攻撃により何が起きたのかである。


「音響と振動、温度上昇を検知。ただしこれは爆発によるものと思われます。特異な反応はありません」


「空爆を続けろ」


 計測機器を見ている兵士からの報告によれば、これといった成果はなし。一度で駄目ならもう一度と、二度目の攻撃を指示する。

 再度、映像には爆発が映り込む。振動も遅れてロニキス達に届く。今度の攻撃は一回目よりもずっと激しく、そして連続的だ。ニューヨークの一画が瞬く間に灰燼と帰し、視界が開けた。

 国防、という観点で見れば甚大な被害だ。想定されていた事態とはいえ、被害額の大きさに大統領は頭を抱えているかも知れない。

 その被害に見合うだけの成果がなければ、軍部は政府からも国民からも批判されるだろう。しかしロニキス達の思いなど、オカルティアは気に掛けてくれず。


「観測した値に、特異な変化はありません」


 どれだけ空爆を繰り返しても、オカルティアからの『反応』はない。

 ただの爆弾では駄目らしい。では、普通ではない攻撃ならばどうか?

 例えば、MOAB。


「MOABを使え。一帯を焼き尽くす」


「了解」


 冷酷に告げられた指示の下、件の爆弾を積んだ爆撃機が戦地へと飛ぶ。

 MOABとは、現時点で通常兵器としては最大の威力を持つものである。

 要するにとんでもない威力の爆弾だ。その爆風は半径一・六キロまで及ぶとされ、また空中で炸裂させると地面で反射した衝撃波が爆風と重なり、より大きな威力を生み出す。あまりの破壊力のため、原爆の象徴でもあるキノコ雲まで生じる。数キロ離れたロニキス達のいる基地も、本来ならば安全圏ではない。

 実際、投下後の衝撃波が撮影している兵士の体勢を崩したのか、モニターの映像が大きく揺れた。ロニキス達のいる作戦本部も、少なくない数の兵士が姿勢を崩すぐらい揺れる。

 ここまで広範囲を吹き飛ばすと、周囲には酸素も残らない。更に猛烈な気圧変化により、例え核シェルターの奥深くに隠れていても対象を殺す。

 まるで対怪獣用とも思える兵器だ。これを市街地に投下するなど、正気の沙汰ではない。実際、過去の使用例は(対北朝鮮などを睨んだものとはいえ)テロ組織の地下基地などである。

 それほどの破壊兵器だ。何かしらの微粒子が漂っているなら、余さず吹き飛ばす筈。


「オカルティア、健在です」


「熱、振動、音、全ての数値に異常なし」


 だが、これさえもオカルティアはすり抜けてしまう。

 燃え盛り、灰へと変わるニューヨークの中をオカルティアは平然と飛んでいるのか。モニターにはただ焼ける町並みが映るだけだが、何が起きているかは容易に想像出来、ロニキスは歯噛みする。

 しかしこれで万策尽きた訳ではない。


「亜硫酸ガスを使用しろ」


 次に用いるのは化学物質だ。

 亜硫酸ガスは主に車の排ガスなど、石油の燃焼により発生する。毒性は強く、吸い込めば咳や気管支炎を引き起こし、濃度によっては死に至る。

 現代では厳しい基準があるため先進国ではあまり問題にならないが、二十世紀後半などではスモッグなどで多くの健康被害を生んだ。正しく『毒ガス』である。

 もしもオカルティアがナノマシンのように大気に分散していれば……このガスに何かしらの反応があるのではないか。そんな期待によって、この危険な汚染物質はニューヨークに撒かれた。空中から落とされた容器から黄色の煙が吹き上がり、大都市ニューヨークを染め上げていく。


「オカルティア、変化なし」


「数値変化なし」


 しかしこれさえも、オカルティアに変化を及ぼさない。

 その後もガスの種類を変えるなどしてアプローチしてみるも、オカルティアに変化は起こらない。気にもしていないらしい。

 米軍が行った作戦は、尽く失敗に終わった。

 一見、なんの成果もないように思える。だが見方を変えれば、これは一つの『情報』にもなる。


「(つまり、何かをして攻撃を躱している訳ではないという事だ)」


 熱を遮断する、振動を吸収する……そういった方法でオカルティアは攻撃を回避していない。だからこそ攻撃後のデータに、数値的な変化が起きないのだろう。

 なら、一体どうやって回避しているのか?

 これも恐らく見方が間違っている。オカルティアは攻撃を躱していないのなら、問題があるのは攻撃する側だろう。

 例えば、のではないか。


「(幻影や目の錯覚で、違う場所を攻撃しているかも知れない)」


 目の錯覚説は、少し前までは有力な仮説だった。しかし自衛隊が行った攻撃作戦の後は、かなり下火になっている。仮になんらかの映像をその場に投影している(空気中を漂う塵などに投影している)なら、爆風や熱による空気の撹拌で、映像が乱れる筈だからだ。

 されどこうも攻撃に効果がないなら、当たっていないと考えるのが自然。そこにいない、幻覚や錯覚に騙されているという考えが、ロニキスには有力に思えてならない。

 とはいえ、いくら目の錯覚でも十メートル二十メートルと位置をずらすのは困難だろう。また、空爆の威力というのは数メートル程度の広がりではない。何キロも離れた此処作成本部に振動が届くほどの、大きなエネルギーを有している。十メートル離れていても、少なからず影響ダメージは与えられる筈だ。先のMOABなど爆風範囲が一キロを超えるのだから、数十メートルの位置ズレなど誤差でしかない。

 そもそも熱源などの、錯覚や幻覚に騙されないセンサーが何一つ反応していない。仮に離れているとすれば、それは数百メートルどころの話ではないだろう。いくらなんでも、そこまで位置を誤認させる事が可能なのだろうか?


「(位置がズレているなら、触手による攻撃はどう説明する?)」


 一番の問題は、触手攻撃が全く説明出来ない事。触手も建物や人間をすり抜ける。もしも仮説通りそこにいないのなら、触手に当たってもなんの影響もない筈だ。

 だが実際には、触手に襲われた人間は昏倒し、今も目覚めないまま。日本の医療が駄目駄目という訳でないのは、米国人被害者も同様に目覚めない事から明らかである。間違いなく触手はそこに『いる』。

 ならばせめて触手にはダメージが入らなければおかしい。

 被害から考えれば、『いない』とは言えない。しかしデータ上は『いない』。何故こんな矛盾が起きるのか。自分達は何を勘違いしているのか――――


「ろ、ロニキス少将! 緊急連絡!」


 考え込んていたところに、オペレーターが大声で報告してくる。考え込んでいたロニキスは微かに肩を震わせ、しかしすぐに振り向き、報告を促す。


「何があった」


「ぶ、ブラボーチームから応援要請! オカルティアに襲われているとの事!」


 告げられた報告は、考え込んでいた時の声掛けよりも大きな衝撃をロニキスに与えた。


「何っ!? オカルティアに動きはなかったんじゃないのか!」


「か、観測班からはそう聞いていますが……今も変化なしとしか……」


「チャーリーチームからも連絡。オカルティアから攻撃を受け、退避しながら応戦中との事です。現在一名負傷」


「エコーチーム、オスカーチームからも被害報告あり!」


 告げられた報告を問い詰めている間に、続々と被害報告が上がる。

 何かがおかしい。

 混乱しながらモニターを見れば、映像は空を映していた。何故? その疑問の答えは、すぐに思い付く。

 やられたのだ。オカルティアに。

 その考えに気付いたロニキスは、駆け足で作戦本部の外へと向かう。オペレーター達が呼んでくるが、返事を待たず、そのまま外へと飛び出す。

 太陽の眩しい輝きが目に入り、ロニキスは一瞬目を細める。ただしほんの一瞬だけ。すぐに目は外の明るさに慣れる。

 そして眼前に広がる地獄を映し出す。

 オカルティアがいた。度重なる空爆で廃墟となった町を、海中を漂うクラゲの如く優雅に泳ぐ。

 


「な、なんと、いう……」


 絞り出した言葉は、驚きと混乱に満ちたもの。それらに隠れてしまう、けれども小さくない恐怖も含めて。

 オカルティアがいる。

 しかも一体ではない。ロニキスがぱっと認識出来ただけで、五体以上いる。もっと視野を広げれば、十体はいるようだ。すぐには数えられないぐらい広範囲に拡散している。空高く浮かぶもの、地上近くを飛ぶもの……各々好きなように浮かび、漂っていた。

 そして何もない空間から染み出すように、ロニキスが見ている前で新たなオカルティアが現れる。

 姿形はどれも最初の、ニューヨークに現れたオカルティアと似ている。少なくとも、ロニキスの目には個体の違いは確認出来ない。ならばこれも目の錯覚か。本当は一体しかいないのに、居場所を誤魔化す方法を応用して数まで増やしているのか……猜疑的な考えが浮かぶも、ロニキスは本能的にこれが『現実』だと確信する。

 そもそもオカルティアが一体ではない事は、日本とアメリカの二ヶ所に現れた時点で明白なのだ。想定外なのは今この瞬間、こんな巨大な群れが現れた事だけ。


「奴等、此処で何をする気なんだ……!」


 何を企んでいるのか、それとも何も考えていないのか。

 いずれにせよ作戦決行時から状況が変化し過ぎた。報告が確かなら、歩兵部隊に少なくない被害が出ている。観測している撮影部隊もやられただろう。これ以上の作戦継続は困難だ。

 全部隊に撤退を指示するため、ロニキスは作戦本部に戻ろうとする。だが、その足を止める出来事が起きた。

 今まで暢気に飛んでいたオカルティア達が、突然身体を強張らせたのだ。


【■■■■■■■】


【■■■■■■■■■】


 そこから更に、鳴き声を上げながら飛び回る。今までに見せた事がないような、恐らく時速一千キロ以上――――戦闘機を彷彿とさせる動きであちこちに飛んでいく。

 まるで、何かから逃げるように。

 アメリカ軍の正義の攻撃がついに効果を成したのか? 脳裏を過ったあまりにも馬鹿馬鹿しい考えにロニキスは引き攣った笑みを浮かべてしまう。今までオカルティアはどんな攻撃を受けても平然としていたのに、どうして今になって恐れるというのか。逃げる事があるとすれば、他の何かに決まっている。

 オカルティアさえ逃げ出すものに、果たして自分達が勝てるのか?

 相性云々があったとしても、そんな楽観的な考えをロニキスは持つ事が出来ない。


「総員に撤退命令を出せ! 今すぐだ!」


 ロニキスは叫ぶ。作戦本部の中に戻る事さえ時間が惜しい。

 それほど急いだのに、間に合わない。

 最初にロニキスが感じた異変は、全身を襲う圧迫感。何かに押し潰されているような感覚に見舞われた。しかしこれが誤認であるとすぐに思い知らされる。

 ロニキスの身体が、ふわりと浮かび上がった事で。


「な、なんだ!? 何が……」


「ひ、ひぃいぃいいい!?」


 困惑するロニキスの声を掻き消したのは、作戦本部内から響くオペレーター達の悲鳴。

 彼等も身体が浮かび上がったのか。

 しかし屋外にいたロニキスと違い、彼等は屋内にいる。ロニキスは空高く浮かび上がっているが、既に作戦本部の建物よりも高い位置にいる状態だ。

 もしもオペレーター達も同じぐらい高く浮かぼうとしても、そこには天井がある。

 風船のようにただ浮かんでいるのであれば、天井に妨げられてそれ以上高くは昇れないだろう。だがもしも浮かんでいるのではなく、としたら?


「あ、あがぎぃいいいい!? た、たす、げぼ」


 思った通りの答えであると、建物の中から聞こえた悲鳴が教えてくれた。

 状況は理解した。だが何がこんな事をしているのか? オカルティアはこの場から逃げ出したのに、何が自分達を襲っている? 新たな疑問にロニキスは戸惑う。

 その戸惑いすらも塗り潰すものが、空に現れる。

 それは染み出すように、空高くに現れた。最初は新たなオカルティアかと思われたが、しかしよく観察すれば、出てきたのは触手ではない。クラゲのような身体でもない。巨大な、球体状のボディが現れたのだ。

 大きさもオカルティアより遥かに大きい。ざっと、二百メートルはあるだろうか。球体の周囲には直径三百メートル近いリングのようなものが浮かんでいる。よく観察すれば、そのリングは節足動物の脚のようなものが無数に生え、外側に向けて掻くように忙しなく蠢いていた。

 そして球体のようなボディは、唐突に切れ目が入る。

 球体の端から端に届くような大きな亀裂は、やがてぱっくりと開く。亀裂の縁にはミミズのような触手が無数に生え、内側には人間の歯を思わせる小さな突起物が無数に並んでいた。中心部には穴のようなものがあるが、その奥底は見通せない。

 不気味な存在だった。少なくともクラゲに似ていたオカルティアよりも、遥かにおぞましいとロニキスは思う。

 だというのに、さながら太陽を前にしたような、神々しさに身体が震えてしまう。

 この奇怪な存在が、オカルティアに比較的近しい種なのは間違いない。半透明で、向こう側が透けて見える身体がその証明だ。ならばオカルティアの仲間なのかと思えば、それは違うだろう。


【■■■■■■■■■■■■■】


 触手をバタつかせながら逃げようとするオカルティアの一体が、ずるずると巨大な怪物に引き寄せられているのだから。

 オカルティアは触手を振り回しながら、必死に前へと、怪物から離れる方へと進もうとしている。だが身体の動きに反して、オカルティアは怪物に引き寄せられていた。

 人間では干渉出来なかったオカルティアが引き寄せられている。一体、これは何が起きているのか。この謎を解けばオカルティアを、この怪物を倒せるのではないか。

 軍人としての職業病か、打開策をついつい考えてしまうロニキス。しかしそれよりも優先すべき問題があると思い出す。

 引き寄せられている自分達は、この後どうなるのか。

 その答えは、存外明白だった。ロニキスの身体はどんどん怪物の方に引き寄せられ、怪物の身体に出来た裂け目……口のような部位に近付いているのだ。

 怪物の目的は食事だ。

 オカルティアを狙った結果、人間は巻き込まれただけなのか。はたまた人間もついでに吸い込んでいるのか。どちらが正解かは分からないが、どちらにしても結果は変わらない。


「わ、わああああああああああっ!?」


 怪物に近付いた時、兵士の悲鳴が聞こえてくる。観測を行っていた歩兵の一人だろうか。自動小銃を振り回して怪物に攻撃するが、やはりまるで通じていない。

 せめてその流れ弾が自分の頭を撃ち抜いてくれないか。そうすればこの恐怖から逃れられるのに。

 ロニキスの願いは、残念ながら叶えてはもらえない。弾切れを起こしたのか、最早銃声も聞こえなくなった。


「ああ、クソ……こんな事なら、大統領命令でも断れば良かった」


 思わず漏れ出す悪態。尤も、誰の耳にも届かない。聞くだけの余裕が誰にもない。

 やがてロニキスの身体は、怪物の口の中へと入り――――

 ばくりと口を閉じた瞬間、痛みも何も感じる事なく、彼の意識は消え去った。

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