第30話 夢 Ⅲ
「突然のお声がけ、大変失礼いたしました。私はお客様専用移動車両を制御しております、天津伊奈帆と申します。今回は石井様ご夫妻の案内係も務めさせていただきます執事AIでございます。よろしくお願いします。」
「伊奈帆は、その無人車両に配備されているのか?」
「はい、その通りでございます、石井様。この人工島に設置されている様々なAIのうち、お客様に直接接する機会のあるAIには、全て擬人的な名前と映像が備わっております。現在、わたくしの姿は無人車両内のディスプレイに表示されておりますが、石井様の視界内にそう言ったモニターの類がなかったため、音声のみで失礼させていただきます。」
「了解した。」
本当に至れり尽くせりというところか。
この石井和久という人物、いったいどのくらいの金持ちなんだ。
本当に俺のことなのだろうか。
「私、シャワー浴びたいよお~、カズ。」
俺の手を引っ張るようにして、アンジェラがこの半分テントのような木造の建物に引っ張って行こうとした。
「わかった、わかった。じゃあ、ちょっとさっぱりしような。」
その建物に入ると、軒先から伸びているテントのような部分と反対側に、シングルのベッドが二つ設置されていて、飲み物用と思われる冷蔵庫が設えてあった。
さらにその奥にドアがあり、そこがシャワールームのようだ。
「私が先でいい?」
アンジェラが少し照れながら、俺に聞いてきた。
「ああ、かまわないよ。汗を流しておいで。」
「う、うん。ねえ、カズ、……私って汗臭い?」
急にそんなことを聞いてきた。今までではそんなことを言うことはなかったはずなのに。
「いや、大丈夫だけど…。どうしたの、急に。」
「カズと一緒にいて…、カズの奥さんって言われたら、なんかだらしなくしてると、カズに嫌われそう、って思っちゃって……。」
そういえば、汗で少しキャミワンピが透けて、朝に見たピンクの下着が透けて見えていた。
何故か、アンジェラがその前のところをタオルで隠しているようなしぐさを…。
まさか、そんなはずはないよな。
最初に会った時など、下着どころか、胸や秘部を晒していて、見てるこっちのほうが恥ずかしいくらいだったのに……。
「じゃあ、ちょっと、入ってくる。」
シャワールームのドアを開けてその中に入るアンジェラ。
と思ったら、急に顔だけ出して俺を見た。
「あのね、カズ。」
「うん、何だい、アンジェラ?」
「覗いちゃ、だめだよ?」
そう言うと顔を赤くして引っ込んだ。
一瞬、何を言われたかわからなかった。
その、言葉が、意味が、自分の中で何かに触れた。
意識が途切れた。
スクリーンに向かってこれまでの経緯を説明していたスーツ姿の男、厚労省の役人の顔が判別できるぐらいに。
いまだ、記憶は戻ってこないがこの男が自分の名目上の上司である、ということはなんとなくわかってきた。
自分が今携わっている仕事の概要をもう一度確認している。
「この国で起こった一番大きい症例、「内幸町総合病院機能停止事件」だろうか。」
「そうですね。たった1時間で入院患者350人がすべて死亡。その時に従事していた職員412名中、実に200人が死亡、重傷者も100人を超えた。たった一人でこれだけの被害を与えた事例は全世界見ても非常にまれですし。もっともあちらでは重兵器を使った事例もあるから、比較するものじゃないとは思いますが。」
俺の言葉に、厚労省役人がシニカルな表情を浮かべた。
俺は須佐野と呼ばれていたが、その名前も自分の名か、あまりなじまなかった。
記憶がほとんどまだ戻っていない状況だが、この男を俺は嫌っていることが本能的に分かったくらいだ。
「君の言うとおりだ。病院の重要インフラを制御しているコンピューターのシステムダウン。通常、その危険性ゆえに十数台の並列コンピューターを使っているし、それこそセキュリティは何重にもかけてある。そのコンピューターを全機一斉に停止させた。凄まじい手腕だったよ。」
「私の先輩にあたる人でした。たしかにシステムエンジニアとしても、そして外科医としても超一流でしたね。」
フーと大きくため息をついた。
わざとらしいが、それがこの男の癖でもある。
大きな話をした後に何に対してなのかわからないが、ため息をつくのだ。
この厚労省役人は通常の国家公務員一種を獲得して配属されたノンキャリである。
勉強熱心ではあろうが、我々のような特殊任用国家公務員とは、話が合わないようだ。
この国トップの大学を好成績で出たのち、一般に合格率が低い国家公務員一種に合格しての厚労省勤務。
今年で30年近くになるのだろう。
だが、自分やその事件を起こした先輩は、この国で敵視されがちな天才だ。
その才能は謙遜できるレベルではない。
だから22歳でインターンまで終わった医師免許持ちであり、電子工学の博士号も持っている。
個人特許も保有しており、その特許料だけで十分生活もハイレベルで維持できる状態だ。
この国の出る杭は打たれる状態はもう昔の話だ。
この方式を取って、やっと白人が主流の世界に対して我が国は抗えるようになったのだから。
先輩はその才能を人々に使うため、外科医となり、しかも研究も続けて、高度な手術を誰でもできるレベルにまで落とし込むことが出来るようになった。
その事件の舞台になった病院の基本のコンピューターシステムを構築したのも先輩だった。
だからこそ、その弱点も知り尽くしており、あの事件が起きた。
のちに多くのそういった人々が、実は病にかかっていたことを知る契機になった事件でもあった。
その先輩、「内幸町総合病院機能停止事件」を起こした人物の一人が、石井和久だった。
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