第29話 キャンプ場

 寝室で替えの下着とタオル、靴の履き替えを行い、階段を降りたところに、ご丁寧にリュックが二つ置かれていた。

 俺はその一つの中身を確かめると、道中まで必要と思われる飲み物や軽食、けがをしたときの救急用の医療品などが入っていた。


 人はいないはずなのにどうやって用意したのか?

 俺が見つけられなかっただけで、ロボットのようなものがあったのだろうかと思い、周りを見回してしまった。


「どうしたの、カズ?」


 俺の腕に手を絡めていたアンジェラが聞いてきた。

 もうすでに最初にあった時の雰囲気とは変わり、恋人同士のように俺に抱き着いてくるようになった。

 特に、先程の伊織との会話で奥さんと言われたことをえらく気に入ったようだ。

 今も腕に抱き着くようにして自分の胸を俺に押し付けてくる。

 その感触は俺を悩ませるには十分だ。

 ここまでアンジェラがしてくれるのであれば、本当に夫婦なのではないかと思ってしまう。

 だが、どうしても、そう思っていない自分もいた。

 たった一人でこの島で何日か生き抜いた女性。

 そこに頼れる男性が現れた。

 そして、今まで生きることに必死だった日々が、非常に楽になり、ゆとりと幸福感を与えてくれた。

 とすれば、その女性が出来ること、しなければならないことはこの男性を決して手放さないこと。

 それに尽きるだろう。

 自分の好みは二の次。この男性を自分の虜にしてしまい、自分から離れなくすることが非常に大事なのではないだろうか。

 そう勘ぐってしまう。

 何度も自分に問い続けている答え。

 それは今も出せずにいる。






 裏の湖とは別にロッジの表から出て左に行くと車一台が楽に通れる幅の道があった。

 浜から上がってくるときにも、おそらく見えていたのだろうが、覚えていない。

 この道は本当に一本道で少し勾配があるが、なにも危険なものは見当たらない。

 その右手にはこの島で唯一の山が見えている。

 俺は寝室にかかっていた地図で、あの山の中腹を横切るようにしてあちら側の浜辺まで行く計画を立てていたのだが、こんな道があるのならそもそもそんな計画は立てなかっただろう。

 今二人で歩きながらそんな回想をしていた。


「ねえ、カズ。ちょっと聞いてもいい?」

「ン、疲れたか?」


 チェックのキャミワンピがそよ風に吹かれて、栗色の髪と相まって、またもや、この世の天使ではないのかと思ってしまった。

 白いつばの大きめの帽子をかぶって俺を見ているその美貌は本当にこれ以上の造形物を作ることが不可能のような気にさせる。

 細い脚を覆うホワイトジーンズはアンジェラの体形を見せつけるように俺に迫ってきた。

 唯一足元のごつい登山靴がその妖精のような風貌を現実に見せているものだった。


「私とカズって、結婚してる、ってことで、いいんだよね?さっきの女性?との会話だと。」

「う~ん、現状を見るとそうらしいんだけど…。ちょっと矛盾することもあるんだけど、ね。」

「うん、そうだね。カズが事故にあったのは間違いないんだろうけど…。その日数がねえ。でもさ、カズって、私のこの胸のサイズを知ってたってことでしょう?」

「えっ、どうして?」


 アンジェラの質問に、ちょっと狼狽うろたえる。


「私にぴったりのブラ、持ってたもん!」


 俺はその問いに答えられずに、足を止めてしまった。

 自分もその事実があるから、夫婦の可能性を無視できない。

 ただ、何故女性の下着だけを持っていたのか?

 俺はそれが引っかかっている。

 これがちょっと、特殊な、性癖を疑うような代物、だったらまだ納得も出来るのだが…。

 至って、普通のシンプルとさえいえるデザインの下着。


「だからさ、やっぱり、私たちって、夫婦で…、その前は恋人同士で……。」


 そう言いながら白い帽子を脱いで、俺の胸に自分のおでこをつけて、何故かグリグリとしてきた。


「多分、そう、なるよな…。」


 アンジェラの謎の行動に、俺はどうしたらいいかわからない。

 俺はそんなアンジェラの頭を優しく撫でた。


「だったらさ、もっとさ、……。」


 切なそうな眼差しを上目遣いで俺に向けてくる。

 愛おしさがこれ以上なく俺の心の内に溢れてきた。

 そんなアンジェラの左頬に右手を添えた。

 アンジェラがゆっくりとその美しい瞳を隠すように瞼を閉じ、艶やかな唇が俺に向かって差し出された。

 俺にその献上されたかのように映る見事な肉感を退けることはできなかった。

 そっと俺の唇をアンジェラの唇に合わせた。






 キャンプ場と書かれた看板を見つけるまでに何度か小休止を取り、用意された水筒から水分を補給した。

 まあ、そのたびに唇も合わせたりしていたから、伊織の言っていた2時間くらいという目安を大きく上回ってしまった。

 太陽はすでにかなり高く上り、ほとんど二人の影が出来ない状態である。

 キャンプ場にはすでに無人車両が到着しており、その近くに作り付けの小さめの小屋があった。

 その中に入ってみると、今まで宿泊していたロッジよりかなり規模は小さいが、キャンプをするという観点からは充分なものが揃っているようだ。

 その小屋の外にはすでにバーベキューセットが設えており、その横の流し付きのテーブルに切り分けられ、串に刺された食材が用意されていた。


「ただ焼くだけでいいようにセッティングされている。」


 確かに、ロッジを出発してここに着くまでに優に3時間はあった。

 それだけの時間があれば、ここまで用意できるのも不思議ではないのだが、やはりというべきか、人影は全くなかった。


「うわあ~、カズ、見て!凄いよ!お肉がある。ソーセージも!」


 アンジェラはバーベキューに大はしゃぎだ。

 さっきまでの色っぽい雰囲気は全くない。


「ああ。結構歩いて、確かに腹ペコだ。このバーベキュー、さっそく頂こうか。」

「うん、食べよ!」


 ふと見ると、バーベキューコンロには既に火がついていた。

 遠隔操作だろうか?

 すぐに串に刺さった食材をコンロに並べていく。

 まるで目に入っていなかったが、このコンロや流し場から数m先に大きめの車両があり、その中に機材がいろいろ入っていた。

 さらにそこからコードやチュ-ブ、ホースなんかがこのコンロや流し場に繋がっていた。


「凄いな、これって。人が俺たち以外にいないといったのはこういうことか。」


 俺は焼き上がった串をアンジェラに渡しながらそう感想を言った。

 どこまで自動に機械でできるか知らないが、これは凄い。

 流しに食べ終わった串を放り投げると、そのまま穴が開いてその中に洗い物が落ちていく。

 その先がどうなってるかはよくわからないが、きっと洗浄されてあるべき場所に格納されるのだろう。


「ねえ、ねえ、ねえ!カズも食べようよ。これ凄くおいしい。カズの作ってくれたお料理もおいしいけど、これも凄い!」


 アンジェラは嬉々として串を平らげていく。

 俺もアンジェラの言葉に従い、串に刺さった一口で食べれるようにしたピーマンを口に入れた。


 うまい!

 たかがピーマンなのに、そこに塗られた油と調味料が絶妙。

 焼き具合がいいのかその味と同時にピーマンの少し苦みがいい調和で俺の口の中でうまみを引き出す感じだ。

 続けてジューシーな牛肉と玉ねぎ、ソーセージをほうばる。

 ここまで歩いてきて、疲れがあるということも影響してるとは思うが、いい塩梅の味付けは最高だった。

 用意されていた串は二人で平らげた。

 本当に久しぶりの肉は、異常にうまかった!

 これは久しぶりの肉食という事だけではなく、この味付け、焼き具合もモノを言っているのだろう。

 食後に俺にはアイスコーヒーが、アンジェラにはフレッシュなグレープフルーツを絞ったジュースが出てくる。

 アンジェラは一口飲んで味を確かめると、一気に飲んでしまった。


「カズ!このジュース、これも凄いよ!甘くて酸っぱくて、爽やかにおいしい!」


 アンジェラはここにきてから大喜びだ。

 俺も久しぶりの、ちゃんとした食事、バーべキュ―だけれども、非常に堪能させてもらった。

 3時間くらい歩いてきた疲れと、満腹感から、少し眠気が出てきた。


「よろしければ、その宿泊所に簡単ではありますが、汗を流すためのシャワーと、仮眠用のベッドを用意しております。少し休まれたらいかがですか?」


 急に無人車両から声が響いた。

 俺はびっくりして座っていた椅子から立ち上がった、

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