第28話 冒険旅行のお誘い

「はい。ここと本館を結ぶ道の途中にあるキャンプ場までは、全自動無人車両を誘導可能です。ただ、そこからこのロッジまでは有人走行でないと来ることが出来ないのです。申し訳ありません。」


 そういうことか。

 逆に考えれば、計画通り本館にチェックインしておけば、この離れまでは必要な荷物を持って自動車で来れば、昨日までのように果物をとったり、魚を取ったりしてアウトドアを楽しめるように設計されている。

 ここまでのオートレールを設置しなかったのは、多少の不便さが旅のスパイスになるという計算とみるべきだろう。

 だが、逆にこのロッジからスタートするとなると、はるかに不都合が多すぎる。

 今がその状態か。


「カズ、私なんか怖い。その画面のヒトとカズが何を話してるのかよくわからないよお。」

「ああ、ごめんな、アンジェラ。別に不吉な話をしていたわけではないよ。これからの冒険の話をしていたんだ。なあ、伊織。」

「ええ、そうです、奥様。これからお二方の楽しい冒険旅行のお手伝いをさせていただきます。」


 アンジェラの顔が少しずつ赤くなっていく。


「うふふ、奥様だって、うふふ、もう、やだあ~。」


 アンジェラがこぼれそうになる笑みを抑えるようにして、俺の肩を軽くたたいてくる。

 その仕草は大変可愛いんだが、伊織は完全にアンジェラを俺の妻と認定したか。

 まあ、確かにそうでなければ俺がサイズがぴったり合ったブラを持ってる理由の説明がつかないんだが…。

 仮にアンジェラが妻でない場合に、後から起こる諸問題を考え始めようとした時だった。


「では、ここからキャンプ場まで徒歩で行かれるというのはどうでしょうか?キャンプ場でしたら、必要な荷物を運ぶことが可能です。ここからキャンプ場まででしたら、道自体は緩やかな登りではありますが、さほど険しいものではありません。今の気象状況ならゆっくりでも2時間から3時間程度でつけるかと思われますが…。ちょっとした冒険旅行としては程よい行程ではないかと。」


 ネガティブな発想に陥りそうになった俺の思考を強制的に伊織が止めるように、そんな提案をしてきた。

 その内容はアンジェラに言った冒険の内容そのものだった。

 もっとも、あちら側の本館に行かなければ、この旅行を企画した意味が、おそらくかなり無駄になってしまうに違いない。

 このロッジでの生活も、決して悪くはないが、如何せん食材の制限が痛い。

 肉類がないし、それ以上にさまざまに使い勝手のいい卵がないのは、自分の中でかなりのマイナスポイントだ。

 自分たちで食材を確保して、料理するのも悪くはないが、朝食に卵料理がないのは、何とも寂しい限りではある。


「キャンプ場には、必要な資材、食料をお届けしておきます。もしなんでしたら、調理した料理のご提供も可能ですが、いかがいたしましょう?」

「一つ聞いてもいいか、伊織?」

「はい、なんでしょうか、石井様。」

「この島には、俺とアンジェラ以外の人間は誰もいないのか?」


 先ほど、全自動無人車両はあるが、有人走行ができないということを伊織が明言した。

 つまり、その本館にも人は誰もいないということになる。

 しいて言えば、運転のできる人物がいないというだけで、人はいるのかもしれないという可能性を聞いてみたが…。


「はい、この島にはお二方以外には人間はいません。すべてこの島の管理用量子コンピューター「エデン019」が石井様、インフォム様の安全を含めて対応を行っています。万が一、この「エデン019」に障害が発生した場合は、本国よりすぐに救援のためのシステムが作動します。人間の従業員はいませんが、これはお二方のこの島での滞在に関して、他人の存在を気にせずご自宅にいるような開放感を演出するものでもあります。もし、わたくし共の給仕でご不満ということでありましたら、すぐにでも申し付けてください。本国から専用の人員を呼びます。まずは、二人きりのこの世界をお楽しみください。」


 まったく、至れり尽くせりってとこか。


「どうだ、アンジェラ。行ってみるか、冒険旅行。」

「うん!カズとだったら、どこでも行きたい!だって、私、カズの奥さんだもん!」


 本当に花が咲いたかのような満面の笑顔で俺に言った。

 俺の妻という事もえらく気に入っている様子だ。

 本当に俺はこんな綺麗で若い娘と結婚したと思えてきた。

 自分の調子のよさに、内心苦笑してしまった。


「伊織、申し訳ないが、ここにある物でこの冒険旅行に必要なもののリストと、目的地のキャンプ場への詳しい地図を頼む。」

「承知いたしました。」


 伊織がそう言って画面の中でお辞儀をした。


「ああーっと、そのキャンプ場ではこの格好でも大丈夫か?」


 自分のTシャツとジーンズ、アンジェラのキャミワンピとジーンズ姿を見て、伊織に尋ねた。


「問題ありません。ただ、足元はスニーカーか、もう少しそこの厚いものがよろしいかと思います。後、キャンプ場にはシャワー室も完備しております。道中でそれなりに汗をかくかと思いますので替えの下着とタオルはお持ちになられた方がいいと思います。」

「着替えはそれだけで?」

「キャンプ場には車を用意してあります。昼食を楽しんだ後で、その車両に乗っていただき、本館にご案内いします。本館には必要なすべての物を用意してありますので、安心して道中をお楽しみください。」

「ありがとう、伊織。ああ、そうだ。キャンプ場ではバーベキューを楽しみたいので、準備しておいてくれ。」

「了解です。では、楽しい旅をお楽しみくださいませ。石井様、奥様のアンジェラ様。」


 アンジェラがその伊織の声に、また嬉しそうにして、手を振った。

 改めてアンジェラのそういった仕草に微笑を浮かべてしまう。


「ねえ、カズ。今、私を見て笑ったでしょう?」


 少し拗ねたようにアンジェラが俺を見て、言った。

 本当に可愛い。


「アンジェラを笑ったわけじゃない。こんな綺麗な子が俺の嫁さんかと思ったら、なんかうれしくなっただけだ。」

「嫁、さん…。」


 俺の声にまた顔から露出している肩や胸元までも赤くして、照れまくっていた。


「じゃあ、俺たちの冒険に、出発しようか。」

「うん。」


 アンジェラが元気よく立ち上がり、俺もつられて立ちあがった。

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