第27話 妻の登録
「夫婦仲のいいことですね、石井様。おはようございます。」
昨日別れた時と同じアロハ姿で、ディスプレイ内の伊織が微笑みを浮かべて挨拶してきた。
微妙にこの挨拶に悪意を感じたのは俺の考えすぎだろうか。
寝室のカメラを切るように言ったが、ディスプレイが消えただけで、引き続きカメラ自体は動いていた可能性がある。
その場合、あのまま寝落ちしていたところをこの伊織は、いや、この管理AIは見て記録しているに違いない。
ただし、これに関しては強制的に止めることはできないし、伊織が嘘をついているという証拠もなかった。
今現在、俺はまだアンジェラを妻とは見ていない。
そして、どんなに魅力的な女性であっても、やはり妻でないかもしれない女性と、肉体関係を持つことは、今の俺にはできなかった。
ああ、そうだ。
世界一のヘタレだよ、俺は!
この突如現れた部屋の中を見たアンジェラが、俺にしがみついてきた。
「ね、ねえ、カズ……。これは、いったい、どうなってるの……?」
アンジェラはこういった電子機器が置かれているような部屋を知らないのだろうか?
先ほどのお化けがどうとかよりも、明らかに怖がっている。
「この島はどうやらリゾート用の人工島らしい。この画面に映っているのはこの島を管理している人工知能のお客さんのサポートをしてくれるコンピューターの擬人化された案内係だ。」
「襲ってきたりしない?怖いことしない?」
俺の左腕にしがみつきその見事なお胸様を俺に押し付けてきているアンジェラからは震えが伝わってくる。
「ということを、俺の妻が聞いている。答えてほしい、伊織。」
「かしこまりました。ようこそ、人工島<エオル>へ。私はこの「離れ小屋・サバイバルロッジ」の管理AI遠野伊織と申します。伊織と呼んでいただけると嬉しいです。このリゾートアイランド、人工島<エオル>の運営会社、ハセボシ株式会社の管理用量子コンピューター「エデン019」がこの<エオル>を管理しておりますが、私はこの「サバイバルロッジ」の運営用のAIとなっております。お越しいただいていますお客様に、恐怖を与えるようなことは絶対にございませんので安心くださいませ、奥様。」
「お、奥様?」
伊織の言葉に少し戸惑いながら俺に視線を向ける。
アンジェラのほほが少し紅潮している気がする。
「俺自身に記憶の欠如があって、はっきりとはわからないんだが、この伊織が言うには、俺と妻が新婚旅行でこの島に滞在する予定であったらしい。俺たちは自家用セスナでこの島に向かってくる途中で、どうやら嵐に巻き込まれ、遭難。奇跡的に目的地のこの島に辿り着いたってわけだそうだ。」
「えっと、私、カズの奥さんなの?でも、カズが来る前から私ここにいるよ?いいのかな?」
「ああ、今は俺と夫婦ということでお願いしたいんだが…、だめか?」
俺は少しトーンを落とし、アンジェラに聞いてみた。
俺の言葉に、不安そうにしていた表情が一気に明るくなった。
さらに左腕に抱き着くというよりもしがみついていた手を離したかと思うと、俺の首に両腕を回して俺をアンジェラの顔に向かせた。
間髪を入れずに唇を重ねてきた。
「一応、わたくしは機械ですが、そこそこ自分で考える機能がついているAIとなっておりますので…、そういうイチャつき、は二人きりのところでやっていただけると助かります。」
伊織の言葉にとろけそうになる俺の脳内が正常に働きだした。
抱き着いてきているアンジェラを半ば強引に離し、伊織に向かう。
「それではアンジェラ・インフォム様を石井和久様の奥様として登録してよろしいですか?」
その言葉に俺は頷き、アンジェラを見た。
「はい、お願いします。」
少し照れたようで、それでいて嬉しそうにそう言った。
「これからアンジェラ・インフォム様の登録手続きを行います。まず、私に向かって名前と年齢を口頭でお願いします。」
アンジェラは緊張しながら、俺から離れて伊織を映すディスプレイの前に進む。
「わ、私は、コホン。私の名前はアンジェラ・インフォム。23歳。石井和久の、つ、つま、妻です。」
「妻までは言わなくともいいんだよ。」
俺はアンジェラの緊張した顔に向かいそう言った。
俺の声に一気に顔が赤くなる。
「だ、だって、さっき、カズが……。」
それ以上は言葉にならなかったようだ。
「声紋登録いたしました。続いて指紋、掌紋の登録をいたします。アンジェラ様、目の前のポケットに手を広げた状態でお入れください。」
伊織の下にあるちょうど手を入れられるように形作られた穴に、アンジェラは言われるがままに、右手を入れる。
「ありがとうございます。指紋、掌紋の登録が終わりました。続いて網膜の登録を行います。アンジェラ様、そのまま私の目を見ていてください。」
言われたとおりにアンジェラは瞬きをこらえて伊織を睨むかのように見ていた。
その最中に赤い光がアンジェラの顔を瞬時に動く。
「網膜パターン走査終了。お疲れさまでした。以上でアンジェラ・インフォム様のこの施設使用登録が終了でございます。」
ふうーと軽くアンジェラが息を吐いた。
やっぱり緊張していたようだ。
「当初のお話では入籍後にこの島を訪れると伺っていたのですが…。まだ籍は入れられていないのですね。」
伊織が不思議そうにそう俺に言ってきた。
昨日の説明で妻の登録がされていないことに触れて、確かにそのようなことを言っていた気がする。
「そういうことにしておいてくれ。昨日も言ったが、一時的に記憶を喪失してるところがあるんだ。昨日説明したとおりだ。」
「そうでした。では引き続きこれからの行程について、お伺いしますが…。失礼しました。今椅子をご用意します。」
基本的にはここがこの「サバイバルロッジ」の管理用電子機器の集められた部屋なのだろう。
おそらくは、この部屋に一般の客が入るべきところではない筈。
だから無機質な、管理者用の端末があるだけというところだと思う。
偶然俺が地下の緊急発電装置を作動させたことにより、普段は動いていないこのコンピュータが動き出した。
この機器が動き出した信号を島の反対側にあるメインコンピューターが検知した。
実際に人間がいることを感知し、俺を誘うように出入り口のセンサーを点滅させたというところだろう。
伊織の反対側の床が開いて、二脚の椅子が現れた。
決して座り心地がよさそうなものではない。
この機器のメンテナンスに訪れるエンジニア用といったところか。
「粗末なもので申し訳ないのですが、お座りください。今後の25日間の石井様たちの行程を大まかでも作っていただけると、サポートするこちらも助かりますので、よろしくお願いいたします。」
「それはわかった。だがまず、俺たちはその反対側の滑走路があるホテル本館に行ったほうがいいの?」
俺とアンジェラは用意された椅子に腰かけて、伊織に向かった。
「そうして頂けるとこちらも大変やりやすいのですが……。ただ、この離れまでの道はオート走行の設備がまだ整っておりません。ですので、あちらの本館にお連れする手段がこちらにはないのが現状です。」
聞き流せば、あちら側に行く手段がないように聞こえる。
だが、このロッジはその本館とやらよりかは不便ではあるけれども、リゾートとしての機能は備えている。
となれば、最低限の食料などの必要物資を送る手段はあるはず。
見たところ、ヘリを下せるほどの平坦な場所は見当たらない。
ドローンなどの小型の空中輸送という可能性も…。
うん、オート走行の設備?
「今の伊織の話だと、途中までは全自動で走れる自動車が存在するということか?」
「はい。ここと本館を結ぶ道の途中にあるキャンプ場までは、全自動無人車両を誘導可能です。ただ、そこからこのロッジまでは有人走行でないと来ることが出来ないのです。申し訳ありません。」
そういうことか。
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