第25話 夢 Ⅱ
俺は今アンジェラが寝ているベッドの横に座り、伊織との会話を思い出していた。
アンジェラはその美しい体を横たえ静かな寝息を立てている。
この容姿、プロポーション共に美しい女性、アンジェラ・インフォムが俺の妻?
全く実感がない。
だが、ここで寝泊まりする間は、そういう振る舞いが必要だ。
俺にも、そしてアンジェラにも記憶が欠如していることは間違いない。
であれば、俺の本当の妻が他の場所で見つかり、会社から連絡が来たとしても、責められる謂れはない。
というわけにはいかないだろうな。
もう一度寝入っているアンジェラを見た。
だが、やっぱり自分の妻だという想いはわかない。
こんな女性と知り合いであれば当然アプローチをしていてもおかしくはないし、自分の妻になってもらうための努力も惜しまないだろう。
そこでよからぬ思いが俺の胸に浮かんだ。
妻、その前は恋人であっただろう。
当然そういう行為をしていたはずだ。
ならば、体を合わせてみれば思い出せるのではないだろうか?
それが一番いい解決方法に思えてしまう。
いや、いや、いや。
俺は頭を振り回し、邪悪な考えを振り払う。
天真爛漫なアンジェラをこの2日間見てきた。
そしてかなり俺を好意的に見てくれているのもわかってる。
そのうえで、キスまでしてしまった。
アンジェラは決して嫌がってはいなかった。
それも間違いない。……と思いたい。
だからと言って、今、この無防備な状態と言っても、アンジェラの思いを無視して事を起こしていい訳がなかった。
さらにだ。
仮にこの行為でアンジェラが処女であったりしてみろ。
その瞬間、自分の妻でない、という事を間接的に証明してしまうようなものだ。
大前提としてのアンジェラのこの島での滞在期間だ。
計算が合わない。
この件については、アンジェラの思い違いという可能性は高い。
単純に10日以上このロッジに寝泊まりしている割には、綺麗すぎる。
この建物の管理AI、遠野伊織は俺が緊急用の自家発電装置を動かして初めて起動したと言っていることからも、その前からいるアンジェラのことは記録していない。
ここで管理AIなしで、彼女が一人で10日以上も生きることが出来るものだろうか。
そんなことを考えているうちに、俺はいつしか眠りに落ちてしまった。
「各国は、国際協力の下、不正アクセス等のセキュリティを強化。その結果「メタバース」内でのテロ行為は確実に減少した。」
またあの夢だ。
どうやら昨日の続きらしい。
その先でスーツ姿の男が説明を続けていた。
確かメタバース内での殺傷行為に関しての講義だったか。
「3年かかったが、大規模なテロ行動はもちろん、個人レベルでの殺傷事件も極端に減少できた。個人レベルでは殴り合い程度にとどまったからね。もっとも、アングラでの闇商売は何処にでも存在する。性産業のみならず、殺人ショウを行う場もあるからね。もっとも殺される方はAI操作のロボットのようなものだが。」
そう、そこで普通に日常に戻れれば、何の問題もなかったんだが。
「だが、メタバース内での事件が減少した代わりに、我々は難題に直面することになった。」
「メタバース内で行われていたような殺傷事件、そして外国では大量殺人やテロが増えた。」
俺の声に、そのスーツの男が頷いた。
「その通りだよ、須佐野君。メタバース内で起こってたことが、リアルのこの世界で再現される結果になった。」
インターネットがほぼ全世界を網羅はしていたが、紛争地帯が無くなったわけではない。
当初は全く気付かれなかったが、その紛争地帯での戦闘が激化した。
さらに、その周辺での残虐行為が発生。
国際連合軍所属の調査隊が現地での調査結果が国連総会で発表されたときの衝撃は今でも覚えている。
それはまだ俺が高校の時だった。
すでに俺は特別公務員という肩書で、厚生労働省メタバース問題委員会の直属機関、電子情報保安統括部門で働いていた。
それこそ、高校の授業中ですら、メタバースを通じて作業はできる状態だった。
もっとも高校授業用とは別の端末を使用しての話ではあったが。
国連発表の残虐行為における死亡者は3年間の総計で、その地区は1000を軽く上回り、1億人を超えていた。
紛争地帯という事もあり、戦闘時の死者も当然含まれるとしても、それはかなりの数である。
さらにその総計は少なく見積もってという但し書きが記されていた。
メタバースの発達は、先進国での少子化をさらに加速させていた。
直接性交でなく、バーチャル世界でも充分その快感を味わえる多くの器具の開発が拍車をかけたというべきであろう。
政府側はその状況下で、少子化対策に体外受精、続く代理母出産を推奨してきた。
それでも日本のみならず先進国の人口減衰は止まらなかった。
それとは逆の発展途上国でも、このメタバースが浸透すると、子供の数の増加のスピードが明らかに衰えてきたのだ。
そしてこの紛争での残虐行為が、普通の日常を送る人々にも降りかかってきた。
「わが国で具体的な数字として上ってきたのは、君が大学を卒業してからだったな。」
紛争地帯でも残虐行為は止まることが無かったが、それはその地域から遠く晴れた我が国にもその影を落としてきた。
仲の良かったはずの隣人が包丁を突き刺した。
部下が上司にスチール製の椅子で襲い掛かった。
野球試合中に打者が投手にバッドを投げつけた。
コンサート中にチェロ奏者が隣のフルートを拭いていた女性奏者にチェロを叩きつけたかと思えば、そのフルートを加害者の顔面に突き刺す。
そんなことが起こり始めたのだ。
当然、それらの行為は普通に犯罪捜査の対象になった。だが、明らかな動機がない、という事が多発してきた。
それは我が国のみで起こったわけではない。
世界各国で顕著に増えてきた。
そしてついに、世界人口が減少に転じた。
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