第21話 海辺

 捕った魚を適当に捌いて、フライパンで塩コショウの簡単な味付けで焼く。

 朝の残っていたパンを軽く焼いて昼食とした。


「こ、これが魚なの。私、無理矢理お腹に詰め込んでいたんだよ!こんなにおいしんだ!」


 と大絶賛で食べていった。

 こんな簡単な料理で喜んでもらえると、なんか申し訳なく思ってしまう。

 アンジェラには濡れた下着も脱ぐように言って、とりあえず俺のスーツケースに入っていたもう一組の下着セットを出した。

 アンジェラは下着を脱いで、バスルーム―で軽くシャワーを浴びさせた。

 この天気であれば大丈夫とは思ったが、風邪をひかれると、対処する方法がないためだ。

 替えのバスタオルで自分で水をふき取ってくれるように言うと、少し拗ねたようにしたが、髪は乾かしてやる、と言うと素直に従ってくれた。


 はあ、このまま、またアンジェラの見事な裸体を見せつけられて、我慢できるとは思えなかったのだ。

 水色の下着を渡し、それをつけている隙に、寝室で適当な服を選ぶ。

 朝見た時より、釣り下がってる服が増えた気がするが、気のせいだろうか。

 いや、違う。

 増えたんじゃない。

 服が明らかに変わってる。


 朝見た時はドレスのようなものがあったが、今は一着もない。

 代わりにデニムのジーンズや、ショートパンツ、ひざ丈のスカートが増えている。

 7分丈のTシャツや、キャミソール、ブラウスのようなカジュアルなものに変わっているのだ。


 少しめまいがした。

 試しに引き出しの女性用の下着も、凝った刺繡の入ったものが多かった気がしたが、かなりシンプルなものに変わっている。


 単純な俺の思い違いだろうか。


 今は考えないようにして、デニムのショートパンツと7分丈のTシャツに黒のキャミソールと、シンプルなサンダルを選んでバスルームに戻った。

 すでにアンジェラはシャワーを終え、体の水滴を取って水色の下着をつけていた。

 俺が脱衣所でもある洗面所に顔を出すと、微妙に顔を赤らめた。

 そそくさと髪の水分を拭っていたバスタオルを自分の体に巻いて、肌の大部分を隠す。


「着替えを持ってきたぞ。昼からは海辺で食えるものを探すつもりだが、どうする?」


 俺から体を背けるように動いたと思ったら、顔だけこちらに向いた。

 これは照れている?

 それとも恥ずかしがっている?

 池でのアンジェラの言葉を思い出した。


「自分だけ池に落ちて恥ずかしい。」


 そういうようなことを言っていた。

 もしや、男に肌を見らえることに恥ずかしさを覚えたのだろうか?

 だとすると助かる。

 素直にそう思った。


 今までの奔放なアンジェラ相手では、いつ自分の欲望が理性を押さえつけてくるかわかった物ではない。

 アンジェラは、全てにおいて愛らしく、美しい。

 そして女性としても非常に魅力的なスタイルの持ち主だ。

 今まで10日以上、たった一人で生きてきたアンジェラにとって、俺は喜怒哀楽を共にできる仲間だ。

 また、俺が来てから、彼女の生活レベルは格段に飛躍している。

 信頼もされている自信はあるし、好意もあるだろう。

 だからと言って、すぐに欲望を解き放つことは、全く別だ。


 今の彼女は、一人きりで誰もいなくて楽ではあるが寂しい時より、誰かが傍らにいて、自由を制限される代わりに安心感を得ている状態なのだと思う。

 そして自分と違う異性だ。

 それに気づき始めているのかもしれない。


「どうする、アンジェラ。疲れたなら、ここで休んでてもいいぞ。」


 バスタオルの下から覗く太腿が妖しく俺を魅了してくる。

 その視線を何とか誤魔化すように俺は言った。

 が、アンジェラはそのことには全く気付いていない。


「私も行くよ、カズ。置いてかないで。」

「OK!じゃあ、こいつを着てリビングに来てくれ。また髪を乾かしてやるよ。」


 俺の言葉に花が咲くような笑顔を向けてくる。


「うん!」


 可愛い返事だ。

 俺は洗面所の下の引き出しに入れてあるドライヤーを取り出し、バスタオル姿のアンジェラに着替えるように促してリビングで待つことにした。


 リビングのソファで、昨日と同様にアンジェラの髪の毛を乾かした。

 白いTシャツの下に黒いキャミソールを着ていた。

 これで下着が変に透けることは無いはずである。

 ショートパンツのデニムは、腰回りが本当に計ったようにぴったりだ。

 アンジェラの腰は細い。

 だが、ヒップ周りはそれなりにある。

 だからくびれが素晴らしく見えるわけだが、その体のラインにしっかりとフィットしていた。

 今回、このショートパンツを選んだのは、別にエロいからではない。

 確かにアンジェラの露出している太ももは健康的でもあり、また充分色っぽくもあった。

 だが、心はまだ幼児に毛が生えた程度である。

 海を見て、絶対に入るはずだった。

 だからこそ、素足にサンダルを履かせている。


 俺も自分のジーンズを折り上げて、脛を露出させた。

 さらに似た様なサンダルがあったので履いている。

 サイズはぴったりだ。


「海のお魚も捕りに行くの、カズ。」

「そのつもりだが、あの浜辺なら、貝が潜んでいそうだからな。ついでに貝も捕れれば、汁物でも、炒め物でもできると思ってな。」

「貝?」

「説明するより、実物を見てくれればいいよ。」


 俺はアンジェラの髪の毛を乾かし終わり、うっとりしているアンジェラを残して、地下の倉庫を探してみた。


 やはり、と思った。

 釣り道具と、銛や投網もある。

 釣りをするための知識もないし、投網に至ってはその使い方もわからない。

 一番難しそうではあるが、銛を持ってみる。

 そこそこの重量は逆に安心感を与えてくれた。

 それと浜辺での潮干狩り用のシャベルを持って、リビングに戻った。


「カズ、なんか格好いいね。」


 銛を持った俺にアンジェラはそんな風に言って、褒めてくれた。

 これで1匹も捕れないとかなり恥ずかしい思いをすることになるな、うん。

 あと、午前中にも使ったバケツと網も持って海辺に向かった。

 バケツと網はアンジェラ担当。

 アンジェラにはショートパンツを履かせた手前、何故かキャリーバッグに入っていた日焼け止めを、露出している肌に塗ったのだが、俺の手が肌に触れるたびに、「ひゃっ」とか「ヒッ」とかくすぐったいのか、変な声を出していた。

 大きめの麦藁帽があったのでアンジェラに被せて、俺はキャリーバッグの中のキャップ帽を被った。


 アンジェラの格好は夏休みの小学生スタイル。

 だがそのボディラインは成熟した大人の女性。

 ギャップに妙なエロさを感じる。

 これはヤバイ。

 特に俺の愚息。


 本来の目的である食料調達をもう一度思い起こして、俺が流れ着いた白い砂浜に出る。

 太陽はまだ十分に暑い。


「うわあ、冷たくて気持ちいいよ、カズ!今度は引きずり込んだりしないから、海に入ってきなよ!」


 バケツと網は浜辺に置きっぱなしにして、すでにアンジェラはサンダルのまま海に入っていた。

 ふくらはぎのあたりまで浸かっている。


「とりあえず食料を確保しよう。でかい魚が一匹いれば十分だ。そのあと遊んでやるよ!」


 俺は既に結構な冲にまで歩いていったアンジェラに大きな声で言った。

 太ももまで海につかり、せっかくショートパンツにしたのに、裾はもう濡れていた。


「じゃあ、カズもここまで来なよ!そんな浅瀬じゃお魚さんはいないよ。」

「わかったよ。」


 確かにこんな浜辺には早々魚、特に大きめの魚がいるわけがない。

 銛を持ち、綱を自分の胴に巻き付けて、海の深い場所に向かって泳ぎ始めた。

 水着で来るべきだったか。

 サンダルは浜辺に置いてきたが、デニムジーンズが思ったよりも動かしづらい。

 ゴーグルもあった方が良かった。

 あるかどうかは解らなかったが。

 そう思いながら海中で目を開け、海の中を見渡す。


 いた。

 手ごろなサイズの魚がヨタヨタと言った感じで泳いでいた。

 俺は銛の投げ方なんてわからないので、近くまで泳いで、そのまま銛を突き出した。

 ものの見事にその魚に突き刺さり、赤い血をまき散らしながら逃げようとして身体を動かしている。

 だが返しのついた銛からは早々逃げられなかった。

 俺はそれに気をよくして、来た方向に戻る。

 気づいたら頭の上にあったはずの帽子が亡くなっていた。

 そりゃあ泳いでれば、そのキャップでは脱げちゃうよな。

 自分のものという感覚が薄いためそれもしょうがないと思ってしまう。

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