第22話 口づけ

 麦藁帽のアンジェラが小さなシャベルで波打ち際の砂を掬っていた。

 砂で何か作っているのかと思っていたら、すでに数個の貝をバケツに入れていた。


「ああ、カズ、お帰り。大きいお魚捕れたね。」


 俺が浜に上がってくると、アンジェラが無邪気な顔で俺に言ってきた。


「アンジェラ、貝を知らなかったんじゃないのか?」

「うん、知らない。でもでも、カズが浜辺を掘ると出てくるときがあるっていうから、試しに掘ってみたの。そうしたらこんなのが出てきたから、もしや?と思って集めてた。」

「ああ、よくやったぞ。もう少し捕ったら、充分二人の腹を満たしてくれそうだ。」


 そう言って俺は麦藁の上から頭を撫でてやった。


 だが、俺を見上げたアンジェラは不満顔で俺を見てきた。

 しゃがんでるアンジェラのお胸は自分の膝で押し上げられて、いつもより大きく見えてしまい、慌ててアンジェラの不満げな顔を見た。

 アンジェラは被っていた麦藁帽を脱いで、綺麗な栗毛の頭を俺に向かった見せてきた。


「帽子の上からじゃ、嫌!直接撫でて!いい子、いい子して!」


 俺は半笑いで、海水に濡れた手でアンジェラの綺麗な髪を撫でて上げた。

 またシャワーをあびないとな、などという事を考えながら。

 アンジェラは俺のあまりきれいとは言えない手で髪の毛と頭を撫でられて、機嫌がかなり良くなっている。


 バケツを置いて海の中に入って行った。


「ほら、これだけ取れば、もういいでしょう!や・く・そ・く・だよ!カズ、あそぼ!」


 胸くらいまで海に通貨っているアンジェラが、大きく手を振って俺を呼んでいた。

 海を苦もなく進むアンジェラを見ていると、あるお伽話が俺の脳裏に閃いた。


 人魚姫。


 あの話は確か嵐の中、漂流していた若い男を助けた人魚姫が、その若者に恋をする話だ。

 そして毒薬でもあるヒトに変われる薬を飲んで人間にはなれるものの、言葉を失ってしまう。

 さらに自分の恋心を伝えられないまま、自分を助けてくれたと勘違いした女性と結婚してしまう。

 そこでその男を殺して海の国に戻るか、海の泡になるかという選択を迫られる……。

 そんな内容だったはずだ。

 もしかしたら、アンジェラは何らかの事故で海に投げ出された俺を助けるために海の世界から来た女性では……。


「早くここまで来て!」


 アンジェラは既に足がついていないところまで行っているようだ。

 気持ちよく海にその体をゆだねている。

 俺はくだらないことを考えずにジーンズを脱ぎ捨て、Tシャツとトランクスという姿で、アンジェラに向かって泳ぎだす。


 アンジェラの笑顔がまぶしい。

 もしアンジェラが本当に人魚姫だったとしても、他に女性の影はない。

 人魚姫は無事に俺という王子様と幸せに暮らすという筋書きも、なかなかに魅力的に思えた。

 アンジェラの近くまで行くと、突然足を海に引きずり込まれたかのように、海の中に潜った。

 海の中に太陽からの光で、様々なものがきらめいていた。

 俺は立ち泳ぎをしているアンジェラのショートパンツから伸びる綺麗な足を堪能しながら、その足に手をかけ、引っ張った。

 俺が急にいなくなって不安に思っていたところで、足を引っ張られて海に引きずり込まれたアンジェラは、手足をばたつかせて抵抗した。


 俺はアンジェラの腰まで上がり、少しパニックになっているアンジェラに海の中でもわかるように大きく笑う顔を作り、アンジェラを抱えて浮上した。


「もう大丈夫だよ、アンジェラ!」

「もう、酷いよ、カズ!私死ぬかと……。」


 その後の言葉は言わせなかった。

 あまりの怒り方の可愛らしさに、思わずアンジェラの唇に自分の唇をあわせてしまった。

 この幼女で大人の両方の顔を持つアンジェラには、こんな性的な接触をしないことを自分で決めたはずだったんだが……。


 あまりの愛らしさに、俺は完全に白旗を上げていた。

 また二人が口づけを続けているうちに、この澄んだ海に吸い込まれそうになった。






 晩御飯には俺が仕留めた魚を捌き刺身にしてみた。

 とってきた貝は真水につけ砂を吐かせて、倉庫にあったワインを使って、酒蒸しにしてみた。

 出汁は捌いた魚の後を煮立てて、その上澄みでまかなう。

 一応米も炊いたが、そこそこあったパンにオリーブオイルをつけて少し熱を通す。

 また、食糧庫に、それなりのワインや焼酎が置いてあった。


 冷蔵庫は充分に冷えてきたので、水やお茶、そして適当にアルコール類を入れておく。

 昨日仕掛けた氷は既にできていたので、果物を適当に切って絞り、簡単なカクテルのようなものも作ってみた。

 アンジェラは見ようによっては未成年かもしれない、と思わなくもなかったが、俺が作ってるこの飲み物も、そして食べ物にも興味津々と言った感じだ。


「今日は昨日よりも、昼よりも豪勢になったな。じゃあ、いただきます!」

「いただきます!」


 俺たちはしばし目の前の飲み物や食べ物を無我夢中で胃に入れていった。

 日の当たる場所で、結構な時間、遊んだことになる。

 濃厚なキスの後、俺はかなり恥ずかしくなって、その事からは逃げの一手だったのだが。

 アンジェラはそれどころではなかったらしい。

 隙を見れば唇を突き出してくる。

 確かにアンジェラはきれいで、可愛い娘だと思う。

 だがその恰好は、お世辞にも素敵な笑顔からはかなり遠ざかる。

 赤い顔で迫ってくるその顔は、タコを連想してしまった。

 それでも追いかけっこをして、泳いで、たまに油断していたアンジェラに後ろから抱き着くなんてこともしてしまった。

 だがそれを嫌ってる雰囲気はなく、恥ずかしさでうまく動けない感じだ。


 さすがに服のまま海に入ってしまったので、すぐに服を脱いでシャワーを浴びた。

 アンジェラは俺と一緒に入りたがっていたが、今の状態でアンジェラと一緒に服を脱いだら、とんでもないことになりそうだった。

 ので、文句を垂れるアンジェラをなかば放り込むようにバスルームに入れて、その間に着替えの下着と、寝間着を用意した。

 俺はその間に、トイレに駆け込み、とりあえず抜いた。


 それでも腹は減る。

 今、その腹を十二分に膨らませているところだった。


「アンジェラ、うまいか?」


 俺の問いかけに首を上下に異常に振っている。

 モノを口の中にため込んでいるので、ろくに返事が出きない有様だ。

 だが、よく食べてくれることは作った身としては嬉しい。

 俺は流石に満腹になって、自分の食器を流しに入れた。

 明日の朝はもう一度パンを作ろう。

 炊いたご飯はもうなくなりそうだ。

 昨日より多く3合炊いたのだがな…。

 そうだ、パスタも作ってみるかな。

 きっとアンジェラも喜んでくれるだろう。


 そんなことを考えながら、赤ワインを口に含む。

 久しぶりのアルコールの心地いい酔いが体を巡ってきた。

 あまり飲むとすぐに寝てしまいそうだ。

 日中、よく考えたらかなり動いている。思ったより疲れているらしい。

 うっかりすると眠ってしまう。俺はそのグラスをもってソファに移動した。


「ねえ、カズ。どうしてそっちに行っちゃうの?」


 アンジェラが不思議そうに俺に向かって言った。

 あらかた食べ終わったようだ。


「ああ、こいつを飲んだらいい気分になってな。そこで飲んでると眠った時に危ないから、こっちに来た。アンジェラ用にそこに果物で作った物を用意したから飲んでみろ。」


 俺の言葉に、キッチンカウンターにあった色とりどりの果物のがクラスを飾っているカクテルに目が行ったようだ。


「ウワー、うわー、ウワアアアー!」


 そのグラスにテンションがかなり上がったようだ。

 いきなり立ち上がって、テコテコテコと、そのグラスに歩み寄った。


「これ、私が飲んでいいの?」

「アンジェラのために作ったんだよ。たぶん、甘くておいしいはずだ。」


 きらびやかなグラスの中央にストローを指しておいた。

 アルコール度数はそれほど高くないはずだからストローでも問題ないだろう。

 こちらから見てもうれしそうに目を輝かせてる。


「じゃあ、いただきま~す!」


 丁寧にそう言って、プリっとして瑞々しい唇を、ストローにつけた。

 その唇は、大きめのグラスの淵に刺さっている各種のフルーツより色鮮やかに俺の瞳に映る。


 少し酔いが回ってきたのかもしれない。


 半裸と言っていいブラとショーツだけの美女が、その艶やかな唇でストローからピンクの液体を吸っている絵は、どうしようもなく官能的だった。


「すご~い!凄くおいしいよ、このジュース。しかも、なんか体がポカポカしてくる!」


 そう言って、さらにそのカクテルを飲む。

 それはジュースじゃないよ、と言おうかと思ったが、今のアンジェラが説明を聞く感じではなかったので、俺はしばらくおいしそうにカクテルを飲むアンジェラを眺めていた。

 すでに俺は、そうやって無邪気にカクテルを飲んでいるアンジェラに、心を奪われていた。

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