第20話 池
俺は服などをもってロッジに戻った。
すでにリビングにアンジェラがトレーニングウエアで待っていた。
この1階エリアは、見る限り土足用だな、と思った。
昨日から二人とも裸足で全く問題はなかったのだが。
と言ってもフローリングのこの床を傷つけるつもりはないので、玄関で靴を脱ぐ。
靴には若干、砂が入っていた。
「カズ、お帰り、待ってたよ!」
アンジェラはそう言ってソファから立ち上がって俺のところに来た。
「カズの靴って、それだけ?」
俺が手で持っている靴に視線を投げて聞いてきた。
「ああ、そうだよ。昨日、流されてきたときに履いていた奴。キャリーバッグにもさすがに他の靴はいれてなかった。」
「ちょっと心配。さっきカズに言われて気付いたけど、湧き水の池の向こうは、ごつごつした岩がごろごろしてたんだよ。」
「そう言われても、な。裸足よりはいいと思うんだが。」
「逆に滑りやすいと思うよその靴。」
アンジェラの言っていることは、確かに正論だった。
ただ、今まで素足で生活していた裸大好き少女には言われたくない。
「そんなカズにプレゼント。」
アンジェラはそう言いうと、アンジェラの脇に置いてある女性もののスニーカーの後ろから男物のスニーカーが出てきた。
「これ、ちょっと履いてみて?」
「どこでこんなものを…。」
「そんなことはいいから、さあ、早く。」
俺は言われるがままに、差し出された黒いスニーカーを受け取り、素足をその靴に入れてみた。
驚いた。
俺のサイズにぴったりだったのだ。
「さっき、私が着替えて靴を引っ張り出したら、その裏に男性用の靴が出てきたんだよ。昨日の靴って言ってたから、たぶんスーツ用の革靴だと思ってね。」
「なんで俺のサイズの靴がここに置いてあるんだ?」
「そんなのわかんないよ!逆に聞くけど、カズはなんで私にぴったりのこの可愛い下着、特にブラジャーを持ってたの?ショーツは大体の大きさで合うように作られてるけど、ブラはアンダーやカップでかなり変わってくるはずなのに。」
昨日まで裸で生活していたアンジェラが、えらく具体的なブラジャーのサイズについて語る。
何故、そんな知識があるくせに、裸なんだ?
とはいえ、今日のアンジェラは正論をついてくる。
あったばかりの時は何も知らない幼子のようだったのに…。
「ごめん、わからないんだ。そもそも女性用の新品の下着を持ってること自体、俺には謎なんだから…。」
「そうだね。記憶ないもんね、お互い。この建物や島自体にも謎が多いけど…。私も起きた時に裸で、でもカズが来るまで、誰にも会ってないんだよ?それなのに、私のサイズに合った服、下着、靴が用意されてる。私にはよくわからなかったけど、保存できる食べ物も置いてある。でも、今はそれより、私たちが生きることを優先しよう。そう思ってるよね、カズも。」
「ああ、確かに。」
それは昨日俺が思っていたことだ。
アンジェラには言ってなかったと思うんだが。
だが、実際はアンジェラの言う通りだ。
生きる算段をつけた後に、謎と向き合おう。
そして、二人の失われた記憶を取り戻そう。
「わかった、アンジェラ。まずは湧き水のところまで案内してくれ。」
確かに湧き水だった。
透明度の高い、その池の上方に、細かい砂が待っているのがわかる。
さらに、この池から海に向かって流れている水路はあるが、この池に流れてくる川は見当たらなかった。
徒歩で10分というところか?
バケツと網、そしてポリタンクを持ってきた。
最低限の水はしっかりと確保したい。
そして、アンジェラの言っていたパイプも確かにあった。
パイプの先端は池の水面から底までの中間くらいのとこまで下りていた。
そこから汲み上げているのだろう。
さらに先に小さなタンクのような機械にパイプが続いていた。
俺はそこが浄化槽であると見当をつけている。
事実、その浄化槽を抜けた水は、非常に聡明になっている。
水の流れはそのままパイプを通って、自分たちが泊まっている建物、ロッジに向かっていた。
あの建物の中にポンプが作られているのだろう。
今も水の流れがあるという事は、あのロッジの中で冷却か、洗浄に使われている可能性が高いな、と思った。
透明度の高い池の中で、そこそこの魚影が見られた。
人の影が水面に落ちても優雅に泳いでいる。
あまり捕食者がいない証明だろう。
俺は後ろでこちらを見ているアンジェラを振り向いた。
「ねえ、私の言った通りでしょう。綺麗な水とお魚がいっぱい!」
見ているだけなら、大人の女性の色香すら漂ってくるのに、喋るとと一気に小学生に見えてしまうのは何故なんだろう。
自分のこの気持ちを、正直俺は持てあましていた。
紺のトレーニングウエアというどう転んでも可愛いと言える服装ではないのに、やはりアンジェラは可愛いし、綺麗だ。
少し胸元を開ける感じでジッパーが下げられている。
その奥に見えるピンクのブラも、白い肌も欲望をそそるのに、この雰囲気のアンジェラにはどうしようもない愛おしさが湧いてくる。
本当に俺の実の娘なのではないだろうか?
いや、どう考えても、目の前にいる女性は俺と10歳以上離れているとは思えなかった。
ピチャ。
水面に音は響き、俺とアンジェラがそちらに向く。
また音がして、魚が跳ねた。
「カズ!お魚!お魚さんが飛び跳ねてるよ!」
嬉しそうにアンジェラが声を上げた。
そのまま池の淵まで駆け寄る。
「おい、アンジェラ!はしゃぎすぎ!池に落ちるぞ!」
俺の声も聞かずに、池に前のめりで覗こうとした時……。
バシャン!
大きな音を立てて頭から池に落ちた。
「言わんこっちゃない。」
池の深さはそれほどでもない。
いいとこ水深は腰くらいだろうか。
透明度が高くてもっと浅く感じられたが、立ち上がったアンジェラが実測してくれていた。
「大丈夫か、アンジェラ?」
「うん、大丈夫。でもせっかく着たばかりの服がずぶ濡れ。」
そう言いながら何が嬉しいのか、笑っている。
そんな少女のような笑顔は、今降り注いでいる太陽より
「ほら、引き上げるから掴まれ。」
俺は右手を差し出した。
その時、アンジェラの目がいたずらっ子のように笑ったのを見逃しはしなかった。
俺の右手を両手でつかみ、俺に引っ張られるようなふりをして、全体重をかけてきた。
要は俺を一緒に池に落としたいようだ。
しかし、先程のいたずらな目に、その意図を察した俺は、すでに対応していた。
腰を落とし後方に体重を移す。
笑顔で引っ張り込もうとした俺が思うように引っ張れず、さらに自分の身体を持ち上げられてしまい、アンジェラの顔が驚いて、その目が大きく開かれた。
そのままアンジェラを引き上げて、トレーニングウエアの腰の部分を掴み、持ち上げて陸に上げた。
お尻を突き上げるようにして陸に上がった、アンジェラの顔がみるみる赤くなる。
「もう、なんで素直に私と一緒に池に落ちてくれないのよ!」
「なんで、一緒に落ちなきゃいけないんだ?」
「決まってるでしょう!私が一人で落ちて恥ずかしいからだよ!」
アンジェラのその言葉にちょっと驚いた。
恥ずかしいって…。
生まれたままの姿で俺の前に立ったって、まるで恥じらいというものを見せていなかったのに。
「それは済まなかったな。昨日さんざん海にいたんで、もう水の中に入ろうとは思わなかったんでな。」
俺の言葉に怒った振りをしていたアンジェラが、それでも言葉をつづけた。
「確かにそうかもしれないけど!しれないけど!この場合は私と一緒の池に落ちて、水遊びでしょう!」
「そうか、それは全く気付かなかったよ。」
アンジェラは俺と遊びたかったらしい。
本当にこの娘はいくつなんだ?
「本当にもう、カズは何にも分かってないんだから。びしょびしょで気持ち悪い!」
言うや否や、アンジェラがトレーニングウエアのジッパーを下げて上着を脱ぎだした。
あっさりブラ姿になると、続いて下のパンツも脱いで、今朝見た下着姿に逆戻りである。
「アンジェラ!脱いじまったらまた日焼けしちまうぞ!」
放っておくと濡れた下着まで脱ぎそうだ。
濡れた髪のまま、太陽の光を浴びるアンジェラ。
ピンクの下着からうっすらと透けるものに、つい欲情が頭をもたげそうになったが、水に濡れた肌も輝いていて、さらに水面の反射で暗くなりがちの顔にも光が届くから、まるで光の女神がそこに立っているのかと
このアンジェラは、女優か何かやっていたのではないだろうか、と思える。
もしかしたら本当に天使か女神なのかもしれない。
そんな妄想までもが俺の頭を支配してしまう。
「じゃあ、一度、家に帰ろうよ、カズ!」
ピンクの下着が水に濡れ、お胸の先や、股間の茂みが透けていて俺の理性を壊しそうになるアンジェラから強引に視線を外して、先程アンジェラが落ちた池を見る。
「まずは昼食の調達だよ、アンジェラ。これだけ動揺せずに泳いでる魚ならすぐに取れるだろうから、ちょっと待ってろ!」
「うん、わかったよ。またおいしいご飯作ってね。」
半裸のアンジェラがバケツと網を持ってきた。
バケツで池の水を掬い、泳いでいる魚に網をふるった。
魚は簡単に網に入り、バケツに入れる。
5匹ほど捕まえたのち、アンジェラを促して、ロッジに戻った。
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