第19話 島の探索

 アンジェラはそのコーヒーを受け取り、結構な量を口の中に入れた。

 その瞬間、またも流しにダッシュ!

 かなり苦しそうに口の中の物を吐き出した。俺のコーヒーはカップの半分くらいまで減ってしまった。


「カズはなんでこんな苦い代物を平然と飲めるのよ!」

「それはうまいと思えるからなんだけど…。言った通りだろう。アンジェラの方が甘くしたって。」

「それは確かにそうだったけど…。でも、でも、こんな苦いものは飲めないよ!」

「そう思ったからジュースを作った。俺の分も飲みな。」


 俺の分のジュースを差し出すと、アンジェラは大喜びで、それを一気に飲み干した。


「ああ、やっとさっきの苦みが消えてきた。カズは本当にさっきの黒い液体をおいしいと思ってるの?」

「当然だよ。コーヒーはおいしいよ。元気も出るし、ね。」

「私にはわからい味だよ、それ。その黒いのより、カズの作ってくれたこっちのジュースが100倍おいしい!」


 飲み干したコップを宙に上げ、そうアピールしてきた。

 確かもう少しあったはずだ。

 俺はアンジェラからコップを受け取り、ミキサーをほとんど逆さにして、コップの半分くらいまで、ジュースを入れた。

 そしてアンジェラの前に差し出す。


「アンジェラ、今朝の分はこれで終わり。味わって飲めよ。」


 俺は残っていコーヒーを少なくなったかプにつぎ足す。

 残念だがアンジェラに出したコーヒーは砂糖を入れ過ぎてあるので、俺は飲む気になれず、そのまま流しに放り込んだ。


「じゃあ、改めて、アンジェラ、おはよう。今日はこの土地を探検するから、しっかり朝ご飯を食えよ。」


 パンにつけるものが何もなかったが、一応オーブンで焼いてある。

 ドレッシングをまぶしたサラダで、味の調整はできると思う。

 俺はさらに二切のパンと、サラダを載せて、アンジェラの前に出す。同様の物を俺の前にももってきた。


「いただきます。」


 俺が両手を合わせて、そう言った。

 アンジェラもあわてて手を合わせて「いただきます」と続けて行ってきた。

 俺はまずサラダをフォークで刺して口に運ぶ。

 即席にしてはドレッシングがいい味を出していた。

 そのままパンにかじりつき、咀嚼して飲み込んだ。


 うまかった。

 昨日のおにぎりもうまかったが、これも十分に行ける。


「おいしいよ、カズ。昨日もおいしいって思ったけど、この菜っ葉、おいしいね!」


 多分レタスのことを言ってるんだろう。

 俺は嬉しそうなアンジェラに、楽しい気持ちになっていた。

 パンを作るのは初めてだったが、そこそこの物が出来たらしい。


「しっかり食ってくれ。どれもこの家の近くでとれたものだからな。後でもっとおいしそうな食材を取ってこよう。魚も、もっとおいしい料理法があるからな。」

 俺が一言いうたびにはしゃぐアンジェラ。

 見ていると、本当に自分の娘のような気がしてきた。

 あっさり二人で完食し、流しに食器を入れた。

 俺は引き出しから出てきた洗剤とスポンジで軽く洗って、タオルで水を拭い、元の場所に戻した。

 昼頃には氷も出来ているだろうから、冷たい飲み物も出すことができるはずだ。


 俺はアンジェラを連れ立って、2階の寝室に戻り、壁のタペストリーを見た。

 できればこの地図らしきものを紙に写したいところだが、どこかにあるだろうか?

 そう言えば、昨日スマホがあったはず。

 キャリーバッグの中を漁り、目的のスマホを見つけた。

 だが……。

 カメラを起動させるためのアプリが何処にもなかった。

 本体にレンズはしっかりあるのに…。

 ここにアプリをダウンロードするための電波は届かないことは既に分かっている。

 つまり、このタペストリーの地図は撮影できない、のか。


「カズ、どうしたの?何か困りごと?」


 仕方がない。

 書き写すしかなさそうだ。

 アンジェラに話して埒が明くとは思わなかったが、とりあえず筆記用具の有無を聞いてみた。


「紙とペンってあるか、この部屋に?」

「うん、あるよ。」


 予想外の言葉が返ってきた。


「えっ、あるの?どこに?」

「このベッドの反対側に小さな机があるんだよ。それで大丈夫かな?」


 キングサイズベッドの反対側に簡易の机と椅子があり、確かにその小さな机に紙とボールペンがあった。

 紙と言ってもメモ用紙だが…。

 目の前の地図を簡単に書き写す。

 必要があれば、書き足していけばいい。


「ありがとうな、アンジェラ。助かったよ。これで少し行先の様子がわかる。」

「ねえ、カズ。もしかして、湧き水のとこよりもっと奥に行く気なの?」


 ちょっと目を輝かせて、アンジェラが俺を見つめている。


「ああ、そのつもりさ。この、島のこと、もっと知らないと、生きていけない。というか。生きるために必要なものが、もっとある気がするんだ。」

「私も行きたい!」


 言うと思った。

 だが、今の状態では連れていけない。

 俺も本当は行けるかどうかわからないのだから。


 足元が不安なのだ。

 この家にいる限り裸足で問題はない。

 だが、外を、特に人の入っていない場所を歩くのには、靴が必要だ。

 俺は、昨日海で濡れていた一切を、海辺で干してある。

 それを回収すれば、とりあえず素足ではなくなる。

 だが、アンジェラはここで裸で目覚めている。

 どうも海辺や湧き水のところまでも裸足で行ったようなのだが、さすがにその先は危険だ。

 けが、病気に対しての薬は今のところないのだ。


「アンジェラ、君はここでお留守番だ。」

「えっ、お留守番って?」


 うーん、それも説明がいるのか?


「俺がこの島の調査中は、この家でおとなしくしてろってこと。」


 その言葉に、アンジェラの美しく輝いていたはずの瞳が一気に色をなくした。


「ヤダ、ヤダ、ヤダ!私も一緒にチョウサするう!」


 お前は一体何歳児なんだ?

 その駄々っ子みたいな真似をやめろ!

 ベッドの上で全身でジタバタするアンジェラは、その様子だけ見ると幼稚園児だ。

 但し美しい髪と長い手足がめちゃくちゃに動き、豊かなお胸が跳ねているところは、変にいろっぽい。


「裸足のお前を連れて行くことは難しいんだ。脚を切ったりしても、治す手段がここにはないんだから。」

「でも、カズも裸足。」

「昨日の浜辺に靴を干してあるから、俺は大丈夫なの。アンジェラの履くものがないんだよ。」

「えっ、あるよ。窮屈だから履いてないだけ。」


 アンジェラがそう言って、ベッド脇から降りて、地図のタペストリーの横にある引き戸を開いた。

 ん、そんなところに引き戸ってあったか?

 そこはクローゼットになっていた。

 その下に明らかな女物の靴が並んでいる。

 ローシューズや、スニーカー、ピンヒールまであった。

 さらに靴の上には十着くらい、服が吊るしてある。

 それを見た俺は、ベッドに倒れるように突っ伏してしまった。


 昨日の俺の努力は一体……。


「ね、これでカズと一緒にチョウサできるよ!」


 嬉しそうにアンジェラが笑った。

 その笑顔に、俺の心の柔らかいところがキュンっと掴まれた感じを受けた。


「わかったよ。その靴の横の引き出しって何が入ってるんだか、知ってるか?」


 アンジェラは俺の問いに、黙ってその引き出しを引く。

 中には目当ての靴下のほかに、色・形が様々な女性用の下着が溢れていた。

 ベッドに倒れたままの俺はさらに、心理的なダメージを負った。

 つまり着るものがなくてシーツを破って作ったのではなく、窮屈で着たくないから着なかったのか。


「あれ、でも変だな。こんな物入ってなかったんだけど。靴しかなかったような…。」


 現にあるんだよ、アンジェラ!

 見た限りカジュアル系の物からフォーマルまで。

 さらにこれからの調査にうってつけのトレーニングウエア。

 奥にはワンピースの水着まであった。

 この至れり尽くせりの環境は何なんだ。


「アンジェラ、まず今着てるのは男ものだから着替えよう。この紺の上下のトレーニングウエアがちょうどいい。」

「ねえ、カズ。これ着た私って、可愛い?」


 何だろう、急にそんなことを言いだして。

 やっぱり置いていかれることに不安があったのだろうか?


「アンジェラは元が綺麗なんだから、何を着ても可愛いよ。安心して。」

「カズにそう言ってもらえると勇気がもらえるよ。じゃあ、着替えるね。」


 無造作にシャツを脱ぎ始め、ピンクのシンプルなブラが、中のお胸に谷間を作っているのがはっきりと見えた。

 すでに、下着姿どころか、その中身もしっかりと見てしまっているが、脱ぐ場面にはドキドキしてしまう。


「じゃあ、俺、浜辺の服取って来るから準備しててくれよ。」

「えっ、あっ、もう、カズったら!」


 不服を言いそうなアンジェラを残し、さっさとこのロッジのような建物から出た。

 すでに太陽が結構な高さまで登っていて、熱さが俺を直撃する。

 それにかまわず、踏み固められた土の道を走り、昨日の海辺に出た。

 目指すところに上着、ワイシャツ、スラックスと、Tシャツ、パンツ、靴下、靴が木の枝に干してあった。

 この暑さだ。

 すべて乾いてはいたが、思っていた通り白い結晶が出ている。

 塩にミネラルを含んだ結晶だ。

 昨日は着るものの心配があったので、こんな物でも使わないといけない、と思っていたが、ロッジには洗濯機も乾燥機もあった。

 一度洗濯をした方がいい。

 靴もすでに乾いていたので、足の砂を軽くはたき、素足ではいた。

 普段、靴下を履いて靴を履くため、変な感じだ。

 ただスニーカーではなく、革靴というのが少し残念だ。


 これから行く場所は道がない山の麓である。

 気をつけないと、足を滑らせてしまいそうだった。

 今日の所はアンジェラが一緒なら、湧き水のところまで行っておきたい。

 そんなに簡単に魚が捕れるのであれば、動物性たんぱくが摂取できる。

 疲れには最適だ。

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