第18話 コーヒー

 かなり苦労したが、レシピ本片手にいろいろ作ってみた。

 冷蔵庫が動いていたため、水を入れて、氷を作り始めた。

 近くにあった果物を集めて、持ってきた。

 さらに付近を見て回ると、野菜を作ってあった畑があった。

 これはアンジェラは気づかないだろうな、となぜか納得してしまった。

 その先に雑草に隠れるようにトマトまであった。

 適当に摘んで寝床、すでに二人の家となった建物に戻る。


 これだけ完備された宿泊施設であれば、メンテナンスに、月に1度程度は管理者が来るはずだ。

 ここがどういう施設か不明だが、その人物が来れば何とか自分のこともわかるはずだし、助けてもくれるだろうと、楽観的に考えることにした。

 自分がここに流れ着いたのは偶然だ。

 ただ、アンジェラの目覚めた時の状況を考えると、そう楽観的にはいかない気もしたが、どちらにせよ、俺にはどうしようもないことだ。


 コーヒー豆を挽いて、お湯を沸かし、出来立てのパンを一口大に切った。

 野菜を適当に切って、皿に並べ、塩、酢、オリーブ油で簡単なドレッシングを作ってみた。

 卵とベーコンでもあれば朝食としては完璧なんだろうな、と思いながら俺はまだ寝てるだろうアンジェラの所に戻った。


 思った通り、アンジェラはまだ寝ていた。

 その姿はあまりにも神々しく、そして官能的だった。

 しばしその姿に見惚れてしまった。

 そうやってアンジェラを見つめていると、微かに唇が動き、そして瞼が痙攣のような動きを示した。

 ゆっくりと長いまつ毛の生えた瞼が開き、天井を見た後、こちらにその美しい瞳を俺に向けた。


「カズ?」


 微かにそう呟く。


「おはよう、アンジェラ。」

「ああ、やっぱりカズだ!」


 上半身を勢いよく起き上げ、いきなり俺を抱きしめた。

 その見事な双峰が俺の顔をはさむ。

 その柔らかな感触が、俺の獣欲のカギを壊しそうになった。


「夢じゃなかった!本当にカズがいる!」


 泣きださんばかりの感情でそう声を上げた。

 その声に、俺は思わず抱きしめそうになってしまった。

 それをできなかったのは、自重したからではない。

 アンジェラの見事な二つの丘が俺を窒息へと導こうとしていたからだ。

 俺はアンジェラの細い腰を両手で押して、彼女から離れた。

 柔らかな感触も捨てがたいが、まずは命の危険の回避だ。

 命大事、これ重要。


「大丈夫!俺はちゃんといるよ、アンジェラ。安心して。」


 そう言って微笑を見せる。


「だって、だって!やっと一人じゃないって、もう寂しくないって、でもそれが夢だったらと思ったら…。」

「大丈夫だよ、君をもう一人にはしないよ、アンジェラ。」


 そう言って今度は俺から、下着姿のアンジェラを抱きしめた。

 彼女の甘い香りと感触が俺の理性を奪いそうになった。

 アンジェラが落ち着くまで、俺の理性がこの拷問に何とか耐えられたのは、彼女の俺に対する信頼を裏切りたくないというその想いだけだった。

 落ち着いてきたころ合いで彼女から体を話して顔を見る。

 瞳が少し潤んでいた。


「さあ、朝食にしよう。アンジェラはコーヒーを飲めるか?」

「コーヒー?わかんない。飲んだことないよ。」


 そうか…。

 となると砂糖を多めに入れるか。

 ミルクはないからな。

 あっ、そういえばミキサーがあったけ。


「ほら、おいで、アンジェラ。と、その前にシャツとジーンズ履いてな。」

「やっぱり着ないと、ダメ?」


 上目づかいで見てくるこの小悪魔の誘惑に、思わず「いいよ」と言いそうになる自分が情けない。


「だ~め。ちゃんと着ないと食べさせないよ。」

「うー、わかったよ。でも、着たら抱っこして連れてってね。」


 アンジェラは軽いから抱っこしても問題はないが…。

 そういうことではなく、俺の理性が…。

 だが、拒否すれば、シャツとジーンズをアンジェラが拒否する未来が見えた。


「わかったから、早く着ろ。」


 俺の言葉に満面の笑みを浮かべ、いそいそとシャツを着て、ジーンズを履いた。

 そのまま両手を開いて、俺に抱き着いてくる。

 アンジェラの両膝に手を入れて、持ち上げた。

 お姫様抱っこの出来上がり。

 アンジェラの笑顔が俺の胸にもたれかかる。

 ゆっくり階段を降り、ダイニングキッチンの椅子に座らせる。

 アンジェラの顔が花の様な笑顔になり、その瞳が輝いている。


「カズ、カズ!なに、何なの、これ。食べれるの?食べていいの?」

「あっ、ちょっと待っててくれな。」


 俺はキッチンの下にあった扉を開けてミキサーを取り出す。

 あまり記憶は戻ってこないが、なんとなく幼いころに親が作ってくれたジュースが頭に浮かんでいた。

 コンセントをセットして、ミキサーの中にさっき摘んできたオレンジだか、ミカンだかを入れて、リンゴの様な果物も、簡単に水洗いして簡単にカットして入れた。

 そうしながら、寒いところでとれるリンゴと暖かいところで栽培されるミカンがこの島には同時にあることに疑問を抱いたが、あまりにも多い疑問の中に埋没していく。

 ついでにマンゴーみたいな黄色い果物も入れ、スイッチを入れてミックスジュースを作った。


 その作業を見ていたアンジェラは口を開けたまま、固まっていた。

 面白い顔だ。

 充分混ぜ合わせたのち、コップにそのどろどろの液体をそのまま注いだ。

 本当は木綿かなんかで濾した方がいいのおかもしれないが、そんな贅沢は言っていられない。


「この近くにあった果物からジュースを作ってみた。そのコーヒーが苦くて飲めなかったら、こいつを飲んでくれ。」


 俺はコップ2つに注いだジュースをテーブルに置いた。


「それ、何したの?確か私がいつも食べてた木の実だよね?」

「木の実と言えば木の実だが…。果物というほうが一般的だな。こういう風に細かく切り刻んで混ぜてジュースを作ったりするんだよ。」


 アンジェラがおっかなびっくりで、そのコップに鼻を近づけて匂いを嗅いでいた。

 甘い香りがアンジェラの鼻をくすぐっているはずだ。


「いい匂い。ちょっと飲んでいい?」

「どうぞ、おあがり。」


 俺の言葉にコクリと頷くと、口を近づけ、そのまま一口、口の中に含む。

 目が極限まで大きく開けられた。

 そのまま飲み込む。

 のどの動きでそれがわかった。


「おいし~~~い!もう、カズってば、魔法でも使えるの?昨日まで私が食べてた木の実で、こんなにおいしくなるもの?甘い中に爽やかな後味で、昨日まで食べていたものが、一体何なの?って感じになっちゃうじゃない!」


 姫は殊の外、お慶びで、爺としては大変うれしく思います。

 一瞬時代劇のお姫様のお目付け役になったように感じてしまった。


「大したことじゃないよ。いつも食べてるものも、調理次第でまた別の味に変わるってこと。で、アンジェラはコーヒーはどうだ?」

「ああ、この黒い液体だよね。香りはいい感じだけど…。あんまり。」


 明らかにアンジェラの前で湯気を立てる、コーヒーに警戒感を露骨に出している。

 初めて見る飲み物としては、コーヒーはあまりいい感触は得られなかったようだ。

 俺は自分用に入れたコーヒーをブラックのまま、口をつける。

 鼻腔にコーヒーのいい香りが入り、俺の身体を緩めてくれる。

 そのまま温かいコーヒーを口に含み、その口の中で香りと苦みのある味を堪能したのち、飲み込んだ。

 久しぶりに感じるコーヒーの官能的とさえ言える味わいは、俺を充分に包んでくれる雰囲気があった。


「あー、落ち着く。」


 さらに食欲をそそるような後味。

 そんな俺の様子にアンジェラもコーヒーに興味を持ったようだ。

 少し冷めてきたコーヒーカップを両手で持ち上げ、口元に持って行く。

 そして一口…。


「うわー、にっがあ~。」


 コーヒーカップをテーブルに置くと、一目散にキッチンの流しに行き、口の中の液体を吐き出す。

 そして水を流し、両手ですくって口の中を洗浄していた。

 少し涙目で、俺を睨む。


「カズの嘘つき。すんごく苦いよ、これ!カズの飲んでいるものと違うものを、私に出したんでしょう、これ。」


 かなりご立腹だな、うちのお姫様は。


「同じものだよ。しいて言えば、アンジェラのコーヒーには甘さのもと、砂糖を結構入れたんだが。」

「絶対嘘!じゃあ、カズの飲んでいるそのカップをちょうだい!」


 どうしても俺がアンジェラを揶揄からかってると思ったらしい。

 仕方がないので俺のカップをアンジェラに差し出す。

 アンジェラはそのコーヒーを受け取り、結構な量を口の中に入れた。

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