第16話 孤独の島暮らし

 私が目覚める前に、誰かわからない冷たい声が聞こえたの。


「お前は罪を犯した。よってこの地から追放する。すべてのお前の力を奪い、一人で生き抜いてみよ。その姿はこちらからはいつも見ている。その姿勢に罪への真摯な向き合いができると判断されれば、この地、「空の先の世界」に戻ることも許されることだろう。」


 その言葉と自分の名前、「アンジェラ・インフォム」という名前だけ、憶えてる。


 起きてこの部屋を見た時の絶望感だけは、今も頭に刻みつけられてる。

 どんどん自分のいた場所の記憶が消えていき、すべてのことが消されたと思ったとき、私は何も着ていない自分の身体を見たわ。

 カズはよくこの顔と体を褒めてくれるけど、私には心もとない状態でしかなかった。

 それまでの私は大きな力で守られていたはずだから。

 それでも、最後に言われた言葉、「罪への真摯な対応」、それが私が元いた世界「空の先の世界」に戻る方法。

 でも、今の私にはそれが何の事か、皆目見当がつかない。

 自分の身体をよく見るために、日が昇って明るくなった室内で、自分の目のいくところは見たの。

 でもそれじゃあ、まるで分らない。

 ベッドから立ち上がり、この部屋に何かないかと思って探した結果、さっき髪を乾かした後に見に行った鏡を見つけた。


 そこに一糸まとわぬ女性が立っていた。

 栗色の髪の毛に、彫の深い顔立ち、ふくよかなバスト、くびれた腰、大きめのお尻に股間部の少なめの陰毛。

 長い手足。

 自分なのに、美しいと思った。

 さらに背中を腰をよじって何とか見ると、背中の上に平行の痣を見つけたの。

 多分、これは前の世界での罪に対する罰だと、本能的に感じた。

 まさか他にも4か所、計6か所に痣があると思うと、どんなことをしても許されないんじゃないかと思い始めていたのよ。

 ごめんね、カズ。貴方に心配させて…。


 さらに股間を開いてそこの構造もつぶさに観察したよ。

 そう、これは女性の肉体であり、私が女性としてこの流刑の地に運ばれたことを知ったの。

 だからね、カズが男ということを知って嬉しかった。

 貴方が浜辺近くの草むらで着替えようとするところを見たくてどうしようもなくて、覗いたりして、ごめんね。

 さっきのお風呂でも凛々しくった貴方を、れとしてみてしまったの。

 もう、私、あなたなしでは生きる意味がなくなってしまったみたい。


 あら、話がずれたわね。

 ここでの生活だったよね。

 服は着てなかったけど、寒くはなかった。

 とりあえず外に出て、塩の臭いを感じたの。

 そっちに行ったら、カズに会ったあの浜辺に出たんだけど、のどが渇いたから海水飲んじゃったんだよね。

 そんなに驚かないでよ、カズ!今なら、無茶したなって思うよ、そりゃ。

 当然ね、のどが渇いてるのに海水なんか飲んだから、のどが焼けるかと思ったよ。

 たまらずこの建物に行こうとしたらおいしそうな木の実が見えたの。

 ここへの道とは違うとこに慌てて入ったみたいで、ちょっと遠くに歩いちゃって…。

 でもすぐにその木の実をもいで、かぶりついたの。

 そしたら甘い汁が口の中に広がって、とりあえず助かったわ。


 振り返ったら後ろのあの建物があって、道を間違えたことが分かったの。

 でもその木の実のある木が、そこら中にあったの。

 とりあえずの飲み物と食べ物はある。

 そう思うと、少し落ち着いたんだ。

 ちょっと興味があってさらに上に行くと小さな小川があって、魚が泳いでた。

 食べたらおいしいのかな?

 その魚にそんな事を思ったら、いてもたってもいられなくて、その魚を追いかけたら、池みたいに大きな水溜まりがあって…。

 よく見るとちょっと先のところの水の底が湧くように動いてるのよ。


 ああ、ここが湧き水だな。


 そう思って水を掬って飲んでみた。

 おいしかった。全然しょっぱくないんだもん。

 でね、そこのほうにパイプみたいのが見えて、それが地上に出て伸びてたのよ。

 その先を見たくて草がぼうぼうに生えてるとこを、無理矢理追って行ったらこの家に戻ってきたんだよね。

 だから水が来てると思って、家に入って水道の蛇口みたいなものを動かしたけど、全然出てこなかった。

 がっかりしたけど、仕方ないんで、家の中を見てたら、ポリタンクとバケツ、網を見つけたの。

 この入れ物に水を入れて持ち帰れば、のどが渇くたびに、行かなくていい。

 それに、この網で魚を捕まえることが出来る。

 それで、湧き水のとこに行って、その水をポリタンクに入れたわ。

 それとおいしそうな魚を網で捕まえられたから、バケツに水を張ってその中に入れたの。

 いっぱい取ろうとしたけど、結構な時間粘って結局3匹だけ。


 日が暮れてきたら道が見えなくなりそうだったから、近くになっていた木の実も取って家に戻った。

 お魚を食べようと思ったんだけど、さすがに動いてるのは食べれないよね。

 キッチンにまな板と包丁があったから、何とか暴れる魚を網で掬って、そのまままな板において、包丁で頭をたたいて動かなくした。

 あとは適当にその魚を切って、硬い骨は外して他をそのまま食べた。

 黒っぽいところは苦くて吐き出しちゃったけど、白身のところは食べれた。

 少しいい香りもしてたんだけど、味気はなかったなあ。


 3匹ともそんな感じで食べたら、おしっことウンチをしたくなって、あっ、排泄?だっけ、したくなって、トイレに行ってしたの。

 でも水が出なかった。

 しょうがないとは思ったけど、お股が気持ち悪いから、魚を入れていたバケツを持って来て、その水でお股を洗った。綺麗になって気持ちよかったけど、お股の水は気持ち悪いから、そばにあったタオルで拭ったよ。

 えっ、そのタオル?適当にその辺に放っておいたんだけど、次の日にはなくなってたかな?よく覚えてないな。


 その日はそのままお腹も膨れて眠ったんだけど、朝方にすごく熱くて、起きたの。

 体中がすごく赤くなっててね。

 ああ、これ、日焼けだってことはわかった。

 でも、冷やすものがなくて、飲み物として汲んできたポリタンクの水をバケツにあけて、あったタオルを全部つけて、それを全身に張り付けた。

 本当に苦しかったんだよ、あの時。

 1日くらいそうやって冷やして、たまに水飲んで、あと持ってきた木の実を食べて過ごしたの。


 丸1日で何とか身体は治まったんだけど、トイレが流れないから、すごく臭くなってたの。

 仕方ないからバケツの水をトイレに入れたら流れてくれてね。

 2,3日は臭いが消えなかった。

 何度池まで往復したことか。

 でも、もう日焼けはしたくなかったから、ベッドのシーツを切って、さっきみたいなもの作ったの。

 そうしたら日焼けしなくて済んだ。


 たまに海に入って遊んだり、ほかの動物をとろうとしたりしてた。

 結局魚以外は取れなかったけどね。

 木の実はちょっとした森に入ったらいろいろあったから、飽きはしなかったけど…。

 さっきの、カズの作ってくれた、おにぎり?最高だったよ!


 でね、ここで目覚めてから初めて、3日くらい前に大雨、というか嵐だね、あれ、が来たんだよ。

 今までは結構窓を開けてたんだけど、雨が吹き込んでくるから大慌てで閉めたんだ。

 焦ったよ。

 そんな状態だから食べ物は何個かもぎってきた木の実だけで。

 水も汲みに行けないから、ポリタンクのものを少しずつ飲むしかないの。

 でね、排泄物?が流せなくてね。

 窓も閉めてるから、自分で出したものとはいっても、臭くて、参った。

 そう思ってこのベッドでずっと横になってたんだけど、嵐が去って、やっと窓を開けて臭いを少し薄めたの。

 また水汲んでこなきゃななあ、なんて思ったら、トイレの中に少し水流れてたんだよねえ。

 もしかしたらと思って、レバー引いたら水が流れたの!

 もう、本当にうれしかったよ。

 これで水を汲みに行く回数減るからさ。


 あとね、浜に結構魚が打ち上げられててね。

 これも助かった。

 しかも池の魚より味が濃いっていうか、違う味だったんだよ。

 ラッキーだったなあ。

 でね、今日も海の魚はどうかなって思って、この部屋の外にあるバルコニーに出て海辺を見てたら、なんか船かなんか壊れた木材がひと塊で流れてきたんだよね。

 その中に、人らしきものもいたんだよね。

 見間違いかとも思ったけど…。

 なんかあるんじゃないかって思って、シーツの日よけ着て海辺に行ったんだよ。


「それで流れてきた俺を見つけたと。」

「うん!」


 アンジェラの一通りの説明が終わり、俺を見つけた経緯について答えた。


「その嵐のときに、何か爆発というか、大きな音とかしなかったか?」

「う~ん、とにかく嵐の音、っていうか風雨が強くて、雨が窓ガラスを打つ音が大きかったんだよ。それに稲光、雷がおっきい音出して、すんごく怖かった。それが大きな音だったよ。」

「そうか…。もしかしたらその嵐に俺が乗っていた船か飛行機が巻き込まれた可能性が高いな。その後、流されてここまで俺が来たってところか。もしかしたら船で脱出したけど、途中で壊れたか…。」


 俺のつぶやきにアンジェラが悲しそうにうつむいた。

「あんまり、役に立てなくて……、ごめんね、カズ。」

「いや、十分だよ、アンジェラ。アンジェラの話は興味深いよ。」


 すでにどこまで正確かは別にして、おかしなことが数か所、わかった。

 アンジェラの記憶がいくら曖昧でも、使って放っておいたタオルが消えるとは考えづらい。

 簡単に湧き水かどうかを判断できるものだろうか?

 その池から引かれたパイプを追ってこの家に戻ってきたのはいいが、そこを雑草が覆っていた。

 裸で行動しているアンジェラに多少の傷ができるのが普通ではないのか?

 いや、最大の謎は日差しでそれだけのやけどを負ったというのに、胴体だけを隠したようなあの服とは形容し辛い被り物で、むき出しになった顔と手足がなぜ日に焼けない?

 それだけ全身が赤くなったのに、その痕がない、どころか綺麗に白い肌をアンジェラはしている。


 この島、なのか世界か、どこか不自然だ。

 そうはいっても、のども乾き、腹も減る。

 自分で作って言うのもなんだが、本当におにぎりはおいしかった。

 俺自身が記憶が戻ってくる気配がない。

 とりあえず、ここで生きていくだけのものが用意されていることには、感謝をすべきなんだろう、きっと。


「罪を犯し、この地に流された。まるで「失楽園」だな。」


 アンジェラの顔に多量の疑問符が付いたような表情が現れた。


「知らないか。キリスト教で「原罪」ともいわれる話。初めてのヒト、アダムとイブが蛇の甘言に唆されて「智恵の実」を食べ、「エデン」という楽園を追放される話。」


 その俺の言葉に、体が急に硬直したようになり、そのままアンジェラは気を失った。

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