第15話 痣

 まるで銀粉を撒く夜の蝶のように、アンジェラの髪の毛が光を放っている。


 俺はそのまぶしさに少し目を細めた。

 すると、アンジェラのこめかみあたりに、毛のない痣のようなものがあった。

 俺はちょっと気になったその箇所に手を伸ばした。


「あれ、カズもこの髪の毛に触りたいの?凄くツルツルで自分で触ってても気持ちいいよ。」


 アンジェラが少し俺の行動を誤解していた。

 俺は構わず、そのこめかみの痣の部分に触れる。

 少し硬い。

 アンジェラの目が少し驚いたように見開いていたが、痛いとか嫌そうにはしていなかった。


「あれ?髪に触ろうとしたんじゃないの?」

「ああ、ごめんよ、アンジェラ。ちょっとここの痣みたいなものが気になって。」

あざ?」


 アンジェラは俺の触ったところを自分で触ってみた。


「本当。痣かどうかはよくわからないけど、何か他のとこと違うね。」


 俺はアンジェラの反対側のこめかみも見た。

 同じような痣がある。


 どこかで見たことがあるんだが…。


 そう思って一歩後ろに下がった。

 そこにはアンジェラの背中があった。

 ピンクのブラのホックが止められている近くにそれがあった。

 色素が薄めで見づらいが、昼に見つけた痣。

 背中の肩甲骨辺りに平行にあった痣。

 何の痣なのか。

 よく見ないとわからないものだ。

 それがこめかみにもある。


「この痣って、何かあったのか?」


 無駄だとは思ったが聞いてみる。

 アンジェラは明らかに戸惑ったようだ


「わからない。こんな痣があれば気付くとは思うけど…。私もここに来る前の記憶がほとんどないから…。」


 さっきまでのテンションの上がっていたアンジェラが、この話で急に落ち込んだようだ。


「そうだろうな。俺もここに流れ着く前のことはほとんど覚えていないし。この石井和久という名前もなんかしっくりこないし。」


「あ、でも私の名前、アンジェラ・インフォムは気に入ってるよ。カズと違って、何か証拠があるわけじゃないけど、目覚めた時に覚えている私個人の貴重な記憶だもん。」

「ここで話すのも、そう、何だ。あっちのアンジェラの好きなベッドで話さないか?」


 俺はそう言ってアンジェラの顔に近すぎたことが急に気になって、立ち上がった。

 それにつられるように、ドレッサーの椅子からアンジェラも立ち上がった。

 ちょっとアンジェラの姿が見れず、足元に目を逸らした。

 アンジェラがまぶしすぎて目を逸らしたのだが、そのアンジェラの足首辺りに同じような痣が目に飛び込んできた。

 俺は慌ててしゃがみこんで、白く綺麗なアンジェラの足首に触れる。


「どうしたの、カズ。」


 さっきから俺は何をやっているんだろう。

 女性の肌に触りまくって、まるで変態か、思春期の男子高校生のような盛り方ではないか。

 そんな自虐の思いとは裏腹に、その痣に触れる。


 やはり、こめかみの痣と同じ感じだ。


「ここにも、痣がある。」

 俺の言葉に、アンジェラもしゃがんで、自分の足首を見た。

 それも両足に。

 その痣もそれ程濃いものではない。

 ただ、アンジェラの肌が格別に白いために目立つだけだ。

 生まれつきであれば、コンシーラーで隠せる程度の物だろう。

 ただ、どれも対になっていることが気になる。

 そうは言っても、別に今、アンジェラの体に支障があるようには思えない。


「確認したいんだが、アンジェラ。さっきの場所も、この足首も、痛みとかはないか?」

「それは大丈夫、だけど…。なんでこんなにいっぱい…。」

「であれば、問題ないよ。別に醜いものじゃない。アンジェラは十分綺麗な女の子だ。」


 俺はお世辞ではなく、本心からそういった。


「さあ、ベッドに行こう。変な事言って悪かったな。」


 俺はそう言ってアンジェラを抱き上げた。


「きゃあ~。」


 軽く悲鳴を上げたアンジェラだが、すぐに俺の首に両手で抱き着きてきた。

いや!というわけではなさそうだ。

 俺はアンジェラを抱き上げたまま、ベッドに行く。

 そのまま丁寧にベッドにアンジェラを下ろした。

 その横に俺は腰かける。

 そして優しくアンジェラの頭を撫でた。


「まだ夜は長い。少し話をしようか、アンジェラ。」

「いいよ。カズと一緒ならなんでも。何のお話?」

「アンジェラがここで目覚めてから、何をして過ごしていたのか。何処に食べ物があって、あの地図のどこら辺まで行ったのか。明日一緒にこの島を探検したいんだ、アンジェラと。」

「えっ、カズと!ああ、なんか楽しそう。私は今まで一人で食べ物探して、飲める水を探してたんだよ。その時はそう思わなかったけど、やっぱり一人は寂しい。カズ、ずっと一緒にいてね。」


 アンジェラが楽しそうに言うその瞳には、微かに不安が読み取れた。

 一人だったら大丈夫だった。

 でも、二人であることの安心感を覚えてしまった今、一人に戻ることは耐えられない。

 きっとそういうことなのだろう。


「ああ、一緒にいるよ、ずっとね。」


 今はこんな言葉でしか安心を与えることができない。

 自分の記憶もない俺に、もし恋人か妻がいたら、家族があったら、アンジェラとずっと一緒にいることはできない。

 でも今は、ここに二人きりだ。

 少しくらい、安心できる言葉を与えたところで罰は当たるまい。


「それで、アンジェラ。ここで目が覚め時のこと、覚えているかい?」

「うん、覚えてる。もうかなり昔のような気がするけど…。」


 アンジェラがこの島での一人きりの生活を語り始めた。

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