第14話 髪を乾かす

 十分に風呂を堪能して、いつもアンジェラが寝ている寝室に戻ってきた。


 シャツとジーンズは強固に拒まれた。

 これから寝るのに窮屈な姿は嫌だという。

 それに関しては認めざるを得なかった。

 だが逆に下着もつけずに寝るのであれば俺は他に寝室を探して、別々に寝るとはねつけた。

 これは寂しいという理由で俺と一緒にベッドで寝ることをアンジェラが希望したからだ。

 この場合、男女の関係を迫られた、というより単純にベッドを共にするという意味らしい。

 添い寝、というのが一番しっくりする表現だろう。


 俺個人の欲望を抑えるには、アンジェラが下着の着用も拒否することにより、別の部屋で寝ることの方が望ましかった。

 ではあるのだが、そういった事情を差し置いても、出来ればいい気分のアンジェラから、今までのここでの生活をある程度聞いておきたかった。

 特に俺を発見した経緯だ。


 アンジェラの話によれば、3日前に結構な雨が降った。

 もしかしたら台風のような嵐だったのかもしれない。

 とすれば、俺がのっていた船がその嵐に巻き込まれて大破、沈没と言った線。

 または、強大な積乱雲に巻き込まれた飛行機が墜落というストーリーも想像できる。


 その3日後に俺が島に漂着。

 そう言った情報が、彼女から聞けるかもしれない。

 聞くなら早い方がいい。

 日がたつにつれ、記憶は薄くなりやすいものだ。


 それ以外にも謎がそこかしこに転がっている。


 人の気配のない場所に、やけにメンテナンスの行き届いた建物。

 生鮮食料はなくて当たり前なのだが、保存のきく食料の豊富さ。

 アンジェラの話を信じれば、破いて簡易な服を作ったはずのシーツが、綺麗にベッドメイキングされていること。

 何日放置されたかわからないが、10日以上は掃除されていないにもかかわらず、まるで埃っぽさがない、各部屋。


 自分のことに至っては、社員証の写真と実際の顔、特に眼鏡の有無。

 キャリーバッグに、まるでこの事態を想定したような数々のものが入っていたこと。

 特に、アンジェラのサイズにぴったりの下着の一式が入っていたこと。

 男の俺がなぜ女性ものの下着を持っている?

 俺の性癖に由来する可能性も考えられるが、俺が着られるものではなかった。

 仮にこのアンジェラと知り合いで、逢瀬の予定があって、自分の趣味の下着を持ってきた、と考えられなくもないが、この可愛いとはいえ普通の下着を男が持つか?

 もし彼女に自分の好みの下着を着させるのであれば、もう少しマニアックになりそうな気もする。


 そう、全く自分のことすらわからないこの不安感。

 アンジェラと話すことにより、少しはその不安が払拭できるのではないか?

 そんな期待を持っていた。

 もっとも、仮に何かわからなくとも、現時点で自分以外の人の存在は心強い。

 それが完璧な美を纏った妙齢の女性であればなおさらだ。


 今、アンジェラはピンクの下着の上下を着て、ベッドに腰かけている。

 新しいバスタオルで体と髪の毛の水はぬぐったが、髪はいまだ水を含み、火照った体と相まってかなり艶っぽい。

 そして長く美しい脚をこれ見よがしに汲んで俺に視線を向けていた。


 そんなアンジェラに心を奪われそうになりながら、俺は、おそらくこの部屋にありそうなあるものを探していた。

 それは俺のキャリーバッグには入っていなかったのだ。


 ヘアードライヤー。


 この大きな部屋には、実は奥にシャワールームがあったことが、この部屋に戻ってきてわかった。

 となれば、ドライヤーがあってもおかしくなかった。

 俺自身の髪は短めで、そんなものなくても自然に乾燥するだろう。

 ただ、セミロングの綺麗なアンジェラの髪の毛を自然に乾燥させるのは、なんとなく申し訳なかった。

 それでなくとも、自分と同じシャンプーのみで髪の毛を洗ってる。

 潮風に晒させた髪の毛には、しないよりはましとはいえ、他に出来ることはしてやりたかった。

 別の角度から見ると、自分の愛玩用の人形に対する想いと被って気持ち悪くなるのだが。

 目的の物はシャワールームの近くのドレッサーにあった。

 俺はそれをもってベッドの近くに戻る。


「もう、カズ。さっきから何やってんの!早く一緒に寝ようよ。」


 見るからに色っぽく足を組んだ下着だけの大人の女性から、まるで子供が親に添い寝をせがむように言われると、おかしな気持ちになる。

 自分で見た鏡の中の自分はいいとこ30代前半と言ったところだが、本当は50くらいで、この女性は自分の娘なのかと思ってしまう。


「今、その濡れた髪の毛、乾かしてやるから、ちょっと待ってろ!」

「ええ、別にこのままでもいいのに。お風呂っていうのにはいって、凄く今いい気持ちなんだよ、私。」

「いいから。もっといい気持になるよ。」


 口ではそんなことを言っては見たが、自分にはドライヤーを使う気は全くなかった。

 ただの知識なのか俺の経験なのか、全く判別はつかなかったが、髪が渇いて自分の好みに仕上がるのは快感らしい。

 ただ、アンジェラに好みがあるかどうかは疑問だが…。


 ベッドにあるコンセントにドライヤーのプラグを繋ぎ、ベッドに座るアンジェラの後方に座った。

 それを察知したアンジェラが俺の方に向こうとした。


「アンジェラはそのままにしていて。これから温風を吹きかけて、髪の毛乾かすから。」


 俺の言葉に、一度は体の向きを変えようとしたアンジェラが元に戻る。


 ドライヤーのスイッチを入れて温風が出てくるのを確認。

 直接当ててやけどをさせないようにアンジェラの髪の毛に充てる。

 アンジェラの髪の毛の水分が飛び、風にあおられるとふんわりとたなびくようになった来た。

 温風/冷風のスイッチを切り替え、ヘアーブラシで髪をいていく。


 最初はくすぐったそうにしていたアンジェラが少しうっとりするような表情に変わった。


「なんかいいね、これ。」


 そんなことを言いながらくすくす笑っている。


「ン、どうしたアンジェラ。変な笑い方して。」

「今日初めて会ったのに、なんかカズって、私のことよくわかってるような気がして…。もしかしたら知り合いなのかなって。しかも結構近い…。」


 言いたいことは何となく分かった。

 アンジェラにぴったりの下着を持っているなんて、恋人か夫婦の可能性はある。

 俺が自分の名前「石井和久」に違和感を持ってるように、アンジェラ・インフォムという名も、もしかしたら仮の名なのかもしれない。

 たださっき持った感情、アンジェラが実は自分の娘、としたら、娘の下着のサイズを知っている親父はかなり気持ち悪い。


「よし、終わった。綺麗になったと思うよ。」


 ただ髪を乾かしただけ。

 綺麗になったも何もないだろう、と自分で突っ込んだ。

 アンジェラが立ち上がり、鏡に向かって行った。

 ピンクの下着に包まれたお尻の動きに思わず見とれてしまった。


 それを悟られないように、壁にかけられたタペストリー、この島の地図と思われるその模様に目を移した。

 自分たちが今いるであろう建物と入り江の距離からこの島の大体の大きさを予測する。

 地図の上の方の海辺まで行って帰って来るのに、1日あれば大丈夫そうだ。

 それほど大きくはない。

 横の方が長めか。

 明日陽が昇ったらこの近辺の探索をしないと。


「うわー、本当に私の髪、綺麗!」


 ドレーッサーの鏡の前でアンジェラが驚嘆の声を出した。

 俺はびっくりして下着姿の、半裸の美女の所に行った。

 後ろから覗き込むと、鏡の中のアンジェラの視線とぶつかる。

 アンジェラはすぐに俺に振り返った。

  そこには、さっき髪を梳いた時には気づかなかった光沢が出ている。

 ドレッサーの脇の電球の光が反射していることは解ったが、確かに切に光り輝いていた。


「すっごい~、カズ!髪の毛って洗ってから乾かすとこんなに光るんだね!」


 アンジェラは大喜びで、自分のセミロングの髪の毛に自分の指を絡めて大きく広げて見せてきた。

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