第11話 おにぎり
「もう、立ったまま寝ないでよね、カズ。」
アンジェラに体を揺さぶられるまで、俺は全く動かなかったらしい。
「何度も言うけど、おなかが空いて、背中とくっつきそうだよ!」
ああ、そんな童謡があったな。動揺しただけに。
思った瞬間、俺の中の黒いモノに引き込まれそうになった。
口に出さなくてよかった。
「童謡と動揺って、なんのこと。」
安心したのもつかの間、口から洩れていたらしい。
俺の心に何個目かの墓標が立った。
俺は無言でキッチンに向かう。
その後を嬉しそうにアンジェラがついてきた。
とりあえず飯を食おう。
後のことはその後で考えよう。
アンジェラを再度、ダイニングテーブルの椅子に座らせ、キッチンに立つ。
炊飯器を開けると炊き立てご飯のいい香りと湯気が湧きたつ。
しゃもじでこの炊き立てご飯をかきまぜ、棚にあった茶碗に盛る。
引き出しにあったラップを4枚ほど引き、その上に茶碗に盛ったご飯をあける。
引き出しにあった、塩やふりかけを取り出した。
さらにそこにインスタントの味噌汁を見つけ、取り出した。
ヤカンに水を注いだ時だった。
「えっ、お水出るの、その蛇口!」
アンジェラが立ち上がって大きな声を出した。
おそらく、このレバーを上げたり下したり、他のスイッチなんかも動かしまわったのだろう。
地下まで行ったかどうかは不明だが。
ただ地下の部屋は昼間でも真っ暗だから、行こうとしなかったに違いない。
俺は半分ほど水を入れたヤカンをコンロにかけた。
「ああ、さっき電気を作る装置を動かしたら、ちゃんと出るようになったよ。」
「ああ、そうと知ってたら、湧き水のところまで水を汲みにいかなかったのに。そうすれば、雨が降るまでトイレの匂い気にすることもなかったのにな。」
食事前になんてことを…、いや、今の言葉って。
「アンジェラ、排泄ってどうしてたんだ?」
俺の言葉に、アンジェラがまた不思議そうな顔をする。
今の言葉に何かわからなそうな言葉って?
「カズ、排泄ってなあに?」
本当に子供の相手をしてるようだ。仕方がない。
簡単な言葉を使おう。
「おしっこやうんちって、今までどうしてたんだ?」
「ああ、排泄って、うんちやおしっこのことなんだ。難しい言葉、使わないでよ、カズ。」
やっぱり排泄という単語自体がわからなかったんだ。
「ちゃんとトイレでしてたよ?でも、ここのトイレ、水が流れなくて、結構臭かった。自分で出したんだけどね、うふ。」
内容が内容だから、最後に可愛く「うふ」とつけても、全然意味がない。
「でも、今はきれいに流れてるよな。電気が通る前から。」
「何故かわかンないけど、3日前に結構な雨が降ったの。そうしたら、あんまりきれいじゃないけど、レバー引いたら水が出てきて、トイレを綺麗にしてくれたんだ。」
嬉しそうに言うアンジェラの言葉から、俺はある推測に行きついた。
ここには雨水を利用できるシステムが存在する。
それは電気を必要としない。
なぜなら、この建物の屋上に天然の雨水をためるためのタンクがあるのだろう。
それはここの排泄システムに連結されており、レバーを使って、上部のタンクの水を排泄物の除去に利用していると考えられた。
最初にレバーを引いても水が出なかったのは、そもそもその雨水用のタンクに水が溜まっていなかったから。
その時は、この水道水が使われるわけだ。
そう考えると、太陽光パネルによる発電並びに蓄電装置があることも考えられる。
目の前のラップに盛った厚めのご飯が少し冷めるのを待ちながら、明日の計画を組み始めていた。
ヤカンから蒸気が出ている。
インスタントの味噌汁を、先程ごはんを盛ってラップに移した茶碗に中身をあけた。
ヤカンの湯を注ぐ。
そしてラップに盛られたご飯に、少量の塩を振りかけ、軽くラップごと握った。
アンジェラが今にも飛びつきそうな目線をそれらに送っていた。
軽く握ったラップを一度開き、その上から、のりたま、梅しそ、鰹節、明太子のそれぞれのふりかけを振り、さらにラップで巻いて、少し強めに握った。
引き出しから焼きのりを取り出して、そのおにぎりのラップを剥がしてのりを巻いていった。
それぞれのふりかけの匂いが、ご飯の余熱で広がる。
十分に腹が減っていた俺は、すぐにでも食らいつきたかったが、さすがに獲物を狙う獣の目となっているアンジェラを目の前にして、そこは自重した。
おにぎりを乗せた皿をダイニングテーブルの上に置き、みそ汁をそれぞれの前に配置。
一応、アンジェラがいまいちどこの国籍の人間かわからないので、フォークを用意する。
今現在飲めるのが水だけなので、コップに蛇口から直接水を注ぎ、各々の前に置いた。
「簡単で悪いが、今この建物の中にある食糧で作った夕飯だ。電気が通ったことで作ることが出来た代物だからな。味わって食えよ。」
ごくりと唾をのむ音が俺の耳に届いた。
アンジェラの食欲をかなり刺激したようだ。
「じゃあ、頂くとしようか、アンジェラ。」
そう言うといきなり、アンジェラがおにぎりを一つ掴もうとした。
俺は慌ててそれを止める。
「ちょっと、待った!」
俺はおにぎりに手を伸ばしたアンジェラの手首を反対側から身を乗り出して掴んだ。
「え~~~~~、どうしてよお!」
当然のように文句を言ってきた。
「まずは、「いただきます」だ!」
俺は挨拶の重要性を説く。
渋々頷くアンジェラ。
本当に幼子にものを教えてる気分だ。
「何、その行儀良さって!二人しかいないじゃない!」
「だからこそだ。このおにぎりを作ったのは俺だ。他の素材も、誰かしらが作ったものだ。その人たちに礼をもってあたる。最低限の礼儀だ!」
明らかに不服そうなアンジェラ。
だが、俺の真剣な顔に何も言わずに手を引っ込めた。
自分に子供がいるかどうかは不明だが、俺のやってることは自分の子供のしつけだな、と思ってしまった。
俺が目の前で両手を合わせる。
不服そうなアンジェラが俺の真似をする。
「いただきます!」
「いただきますう…。」
俺の言葉に合わせて言うと、軽く頭を下げた。
「さあ、召し上がれ。」
俺が微笑むと、すぐにおにぎりの一つを掴んだ。
すぐに口を大きく開けてかぶりつく。
一瞬、アンジェラの目が大きく見開かれ、一拍置いて、声が漏れた。
「お、おいしいいいいいいいいいいいいいいいいい~~~~~~~~~。」
悲鳴かと思われる、絶賛の声だった。
顔は緩み切り、この世の幸せを嚙みしめているようだった。
「カズ!、カズ、カズ、カズ!これ、これって、凄いよ!すんごく、おいしいいいいいい。」
顔全体で喜びを表現したアンジェらは、それが落ち着くと、少し大きめのおにぎりを一瞬で食してしまった。
そんなアンジェラを見ていて、ちょっと引き気味だが、それでも非常に嬉しかった。
アンジェラはおにぎりを食べきるとすぐに2つ目に手を伸ばしていた。
あっという間に2個目もアンジェラの口に消えた。
あまりのがっつきぶりに、俺は手に付けたおにぎりを喰うことも忘れてアンジェラを見つめていた。
綺麗なその容貌とからは考えられない食べ方だ。
そう思ってる間に3つ目に手をつけた。
俺は自分も腹が減っていることを思い出した。
このおにぎりは比較的大きく作ってある。
塩と各ふりかけだけで、中には何も入っていない。
だがこれだけ腹が減れば、充分にご馳走のはず、とは思っていた。
4つ作ったのは2つずつ、もし大きくて食べれないとアンジェラが言えば3つを俺が食べるつもりだったのだが…。
まさか俺が1つになるとは思っていなかった。
だが、アンジェラは3個目を食いながら、俺の持っているおにぎりに目をつけている雰囲気が俺は感じていた。
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