第12話 飢える美女

 だが、アンジェラは3個目を食いながら、俺の持っているおにぎりに目をつけている雰囲気が俺は感じていた。


「アンジェラ、あまり勢いよく食べるとのどにつかえるから、水飲め。それとインスタントだけど、みそ汁も飲め。」


 俺はそう言ってから、持っていたおにぎりを食べる。

 米の甘さと塩、そして梅しそのふりかけの香りが俺の口の中に広がった。

 うん、うまい。

 6時間以上、たぶんもっと長い間、食べ物を摂っていなかったせいもあるだろう。

 そのおにぎりは格別にうまかった。

 自分で作っておいて言うことでもない気がするが、自分史上最高のおにぎりだ。


 3個目を食い終わったアンジェラがまるで親の仇のように俺を見ているが、これを取られるわけにはいかない。

 味わうのもそこそこに、大急ぎで食い終わる。


 アンジェラはなぜか悲しそうにして、俺から視線を外して、お椀に注いだインスタントの味噌汁に口をつけた。

 その瞬間のアンジェラの顔がまた、驚きの顔になった。

 少し冷め塩梅あんばいだったとはいえ、すぐに飲み切ってしまった。

 具はわかめだったから、あまり抵抗なく飲み込めた。


「ねえ、ねえ、ねえ、カズ!これはなあに、これ、めちゃくちゃおいしんだけど!」


 飢えた女豹が喜びの雄たけびを上げている。

 アンジェラの様相は、俺にそんな錯覚を与えた。


「喜んでくれてうれしいよ。でも、もういい加減お腹はいっぱいだろう?勢いに乗って3個も握り飯食いやがって。俺の分が無くなっちゃったじゃないか。」

「ああ!あっと、その、ごめんなさい。あんまりにもおいしくて。それに食べるたびに味が違うんだもん。手が止まらなくて…。」

「で、どうだ、おいしかったか。」

「うん、うん、すんごくおいしかった。今まで食べてたのが、おなかが空いたから仕方なくだったけど、この食事、すんごくて。ありがとう、カズ。」


 満面の笑顔で、アンジェラが感謝の言葉を俺に投げかけた。

 その笑顔も、言葉も、嬉しかった。

 ここ最近、そういう感謝の言葉を掛けられていない、そう思う俺がいた。

 まだ記憶は戻っていないのに…。


 俺に、何があったのだろう?


「お腹はもう大丈夫か?」

「うん、まあ、大丈夫が大丈夫、だけど…。」


 その言い方はまだ食べたりなさそうだ。


「アンジェラはいつから食べてないんだ?」

「最後に魚をばらばらにして、無理やり食べた。生臭かったけどしょうがなくて…。そしたら、水みたいなうんちが出て…。ここ1日は水しか飲んでなかった。やっと起きれるようになって、さっきの入り江に行ったらカズが流れ着いていた。」


 そういう事情か。


「ほとんど食べてなかったのか。それにしちゃあ元気だったようだけど。」

「うん元気は元気だよ。入り江に行く途中の木の実、大きめの赤い実を齧ってきたら、体に力が戻って来たし。カズがいてテンション上がっちゃたし。」


 食べてんじゃねえかよ、お嬢ちゃん。


「まだ食えそうなんだな?」

「うん!」


 大きい声で頷いた。


 俺はまだ炊飯器の中にご飯があるのを確認し、もう一度ヤカンに火を入れる。

 引き出しから、先程とは違うインスタントみそ汁、具は豆腐とねぎの奴を取り出した。

 俺は自分のまだ飲んでないみそ汁を炊飯器のとこまで持って行って、一塊のご飯をそのまま入れた。


 それを見ていたアンジェラが驚いている。

 卵と梅干でもあれば、おかゆでも作るが、そんなものはないので、このインスタントみそ汁で、おじや代わりにしようという魂胆だ。


 ヤカンから蒸気が出てきたので火を止め、アンジェラの目の前のお椀を取って、炊飯器の所に行く。

 炊飯器からご飯を取り、お椀に盛る。

 その上からインスタントみそ汁をふりかけ、お湯を注いだ。

 俺はそれをアンジェラの前に置き、フォークでご飯の塊をおほぐしながら混ぜた。


「まだ熱いからゆっくりと食べろよ。さっきみたいな勢いで食うとやけどするからな。」


 注意を促し、俺はとうに冷めてしまった味噌汁おじやを箸で啜り始めた。


「カズ!私の、カズのと違う。」


 食べやすいようにと置いてあったフォークに文句をつけてきた。


「まだ、アンジェラはこの箸を使いこなせないだろう?今日はそのフォークで食べてみろ。」


 明らかにふくれっ面になって、俺に対して不服だ!と態度で示している。

 俺は無視して、インスタント味噌汁おじやを啜った。

 先程のおにぎりに比べると感動は薄れてはいるものの、おいしいことには変わりなく、ほとんど一息で食べてしまった。

 アンジェラはお湯を入れたてであるので、少し冷ましながらフォークを使って、コメと具を口の中に入れていく。


「うわあ~、さっきの味噌汁がご飯と一緒だともっとおいしくなってるう~~~~~。」


 またも大袈裟に喜んでいた。

 食糧庫には小麦も、乾麺もあったはず。

 イースト菌があればパンを作ることも可能なはずだが…。

 まあ、それはあとで考えよう。

 非常食というか、常温で日持ちのする物は置いてあるが、生鮮品は見当たらなかった。

 当分はこのままで大丈夫だが、魚を取って料理することも考えないと。

 後、出来れが肉が欲しいところだな。

 この島にどんな生き物がいるか知らないが、罠なり、弓矢のようなものを見つける必要がある。


 ここが仮に無人島だとしても、この立派な宿泊施設を持つ者が定期的にメンテナンスに来るはずだ。

 そうすればこの島がどこにあるのか、そしてどうにか日本に帰れるように交渉する必要がありそうだ。


 この気候からすると南国と言っていい位置にある島だろう。

 社員証を見せて自分の身分を確認してもらえれば、何とかなるはずだ。

 それまでの間、この島で生き抜かなければならない。

 運がいいのか悪いのかわからんが、もう一人同じ境遇の人間がいる。

 名前しかわからないが、日本語がかなり流暢に使いこなせることから、何かしら日本に縁もあることだろう。

 日本に戻れば展望があるはずだ。


 用意した食事の大半をアンジェラに食べられてしまったものの、食事をとれたことで、少し頭を使えるようになってきた。

 できれば、俺は自分自身について思い出す必要はある。

 どうすればいいかは、皆目見当がつかないのだが……。


「どうだ、アンジェラ。気はおさまったか?」

「おいしかったよ!ありがとうカズ。ここで生活していて、こんなにおいしいものが食べられるとは思わなかった。しかも、この家もこんなに明るくなって、カズがいる!私、ハッピー!」


 どれだけ食べ物に飢えてんだ、こいつ!


 まあ、仕方ないか。

 そう思ったが、さて風呂にはどう入れよう。

 この調子だと俺が面倒見ないと、絶対入らないよな。

 しかも、羞恥心ゼロ、どころか俺の裸を見ようとした奴だ。


 アンジェラ自身から嫌な体臭はしてきてはいない。

 と言っても、まともに10日以上、体を洗っていない公算だ。

 体にかゆみが出たり、皮膚病の元でもある。


 俺は喰い終わった容器を流しのシンクに持って行きながら、考えていた。


「アンジェラは風呂に入ったことあるか?」


 あるかないかと聞いても、記憶がないのであれば知らない可能性もある。

 欧米には風呂に浸かる文化がないようなことを聞いたこともある。


「お風呂って、なに?聞いたことないけど?」


 という答えに、俺は当然だろうと思いながらも、力が抜ける思いだ。

 百聞は一見に如かず。

 俺は座って、満腹の至福の時にその身をゆだねているアンジェラの手首をつかんで立たせる。

 そのままバスルームに向かった。

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