第10話 お風呂

 ボロボロになった黒いTシャツをアンジェラから剝ぎ取る。

 アンジェラが大きくため息をついた。

 裾をまくり引き上げようとしたものの、破れた箇所が巨大なお山に阻まれ、動くことが出来なくなっていたのだ。

 仮にこの部分だけ切り取って編集すれば、美女のTシャツをビリビリに引き裂き、襲い掛かる変態男とみなされるに違いない。


「カズ、ありがとう!動けなくなっちゃって…。助かったよ!」


 俺はアンジェラのお礼を聞き流し、手にしていた濃い青のワイシャツを手渡した。


「今度はこれを試してくれ。上から2つのボタンは無理に止めなくていいからな。」


 アンジェラは「うん」とうなずくと、そのワイシャツに腕を通した。

 こう見るとやはり腕も細くて長い。

 半袖のワイシャツでよかった。

 長袖だと、下手すると七分丈になりそうだ。


 アンジェラは言われた通りに、上から二つのボタンを閉めずに、他のボタンを閉めていく。

 かなり胸は窮屈そうだが、何とか収まったようだ。

 胸のボタンが弾け、俺の顔面を直撃、俺が鼻血を出して気絶、といった展開は起きなくてよかった。

 こうしてみると、男物のYシャツとスキニージーンズは非常にアンジェラに似合っていた。

 腰のゆるみもワイシャツが隠してくれている。

 脚の長さもそのボディラインも綺麗に見えた。

 胸の窮屈さも、アンジェラの魅力を損なうことは無かった。

 というよりも、やっとアンジェラを直視できるようになったというのが本音だ。

 今まではほとんど全裸。

 よく言って半裸状態で、刺激的過ぎた。


 余裕ができたせいだろうか?

 壁のタペストリーが目に入った。


「どう、カズ。こんな感じで、いい?」

「ああ。素敵だよ、アンジェラ。」


 俺は見たままの率直な意見を伝える。

 着る前の状態より、精神衛生上本当に素晴らしい格好だ。

 だが、その言葉に、アンジェラが少し顔を赤らめて両頬を手で押さえる。


「そんな直球言われると、なんか照れちゃう。でも、……嬉しい。」


 ほお、あんな格好していた時はまるで照れも恥ずかしさもなかったのに、褒められて照れるとは。


「じゃあ、約束だよ。おいしいもの、食べさせて!」

「ああ、そのつもりだけど、その前に、一つ聞いていいか?」

「うん、なあに、カズ。」


 俺はその壁のタペストリーに近づく。

 アンジェラもついてきた。


「これって、なんだ。まるで地図みたいだが。」


 アンジェラが俺の指差したタペストリーに視線を移す。


「うん、たぶんだけど、ここの島の地図だよ。この入り江のようなとこの、ちょっと上、なんか少し大きめの印があるでしょう。ここがこの建物。でさらに上に行ったところに、湧水があるんだ。私、お水はそこで飲んでるから。その周りにいっぱい木の実があるから、明日、明るくなったら一緒に行こうね!」


 何かやけに楽しそうにアンジェラが言った。


「私、いつも一人だったから、早くカズといろんなとこ行きたい!私が行ったところは案内するね!」


 非常にウキウキした声で俺に言うと、抱き着いてきた。


「誰かいるって楽しい!それがカズだから、とっても素敵!」

「おい、アンジェラ!あんまり激しく動くな!また服壊れちゃうぞ1」


 強力な双峰を俺の胸に押し付けて両手を首に絡ませてくる麗しき女性が、その美しい顔を俺の頬に寄せて、自分の頬とスリスリしてくる。

 きっとアンジェラに尻尾があれば、千切れんばかりに振っていることだろう。

 一歩間違うとベッドに押し倒されそうになるので、足腰をしっかりと踏ん張る。


「そうか、アンジェラ。じゃあ、明日は探検だな。ところでアンジェラはこの奥、上の方へあどの辺まで言ったことがあるんだ?」


 この地図だと、島の中央から少し右寄りに山がそびえている感じだ。

 湧き水は長年この山に振った水が地面から染み込んで浄化されて出てきたものだろう。


「この湧き水からちょっと上くらいかな。坂道になっていて、岩もごろごろして足が痛くなって引き返してきた。だからこの近辺くらいしか、見てないよ。」


 この地図が本当にこの場所の地図であるとすると、人が住んでいるようには思えなかった。

 この大きさなら、10日以上もこの場にアンジェラがいて、誰も気づかないというのはおかしい。

 この島のこの建物を考えると、どこかの金持ちの所有物で、年に数度、バカンスでも楽しむためのものなのだろう。


「ねえ、カズ。お腹空いたよお。」


 そういえば微かに蒸気の音がしてる。

 順調に炊飯器は仕事をしているのだろう。

 ふろの湯は自動で止まったのだろうか?


 俺に抱き着き、可愛いおねだりする美女の精神年齢は、たぶん今は一桁なんだと思う。

 このアンジェラの素性はおいおい聞くとして、腹が減っているのは俺も同じなので、アンジェラを促し、階下のダイニングに向かった。

 アンジェラをダイニングテーブルに座らせて、俺はバスルームの様子を見に行った。


 バスタブには7分目くらいまで湯が張られていた。

 自動で湯は止まったようだ。


「カズ、何してんの?」


 椅子に座らせたはずのアンジェラが入り口から顔を出して、俺に問いかけてきた。

 興味津々でバスタブを見ている。


「ああ、今日は海から上がった後、体を流してなかったんでな。風呂があったんでお湯につかろうと思って。」

「ああ、その入れ物って、そう使うんだ。」


 その言葉に、ギョッとした顔を見せてしまったらしい。

 アンジェラが少し引いた。


「風呂って知らないのか?」

「う、うん。初めて聞いた…、気がする。」

「アンジェラはいつも身体をどうやって洗ってたんだ?」


 俺の言葉に、アンジェラの顔が不思議なものを見るような顔をした。


「う~ん、体を洗う?海で水浴びするとか、雨の日にずぶぬれになったことはあるけど…。」

「つまり、意識して洗ったことは無い、と。」

「それって必要?」


 そうだった、衣服さえ無頓着何だった、この娘。

 にしては、嫌な臭い、体臭は感じない。

 それよりも甘い香りがした気がするんだが…。


「わかった。後で、ここで洗おう。風呂に浸かるのも気持ちいからな。」

「一緒に入ってくれるってことだよね、カズ。」


 その言葉に俺は硬直した。

 確かに、今まで体を洗ったことのない幼子に、自分で洗えとは言えない。

 最低限、最初だけは洗い方を教えないといけないのか…。

 俺は少しの間意識を失っていたらしい。

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