第9話 破れたTシャツ

「あ、点いた。」


 俺の後ろから恐々と見ていたアンジェラが、間の外れた言葉が零れた。


「ごめんな、アンジェラ。さっきこの部屋を出るときにこの部屋の照明がつくかどうか、ちょっと試しちゃったんだ。その際にスイッチを切っちゃたと思う。」

「凄いね、電気って。こんな暗い夜に、よく見えるようになるんだ。ちょっと暗くなるといつも怖くて、ベッドの中ですぐ寝るようにしてたんだけど…。これなら寝なくても大丈夫だ!」

「いや。ちゃんと寝ないと体壊しちまうよ。」


 俺はそう言いながら、しゃがみこんでスーツケースの周りにバラけた荷物を片付け、目的の物を取り出す。

 アンジェラは女性としては背が高い方だが、俺よりは低い。

 腰回りは細目ではあるが、腰の部分がゴムで作られてるスキニージーンズであれば大丈夫だろう。

 上はとりあえずTシャツでいいか。


「アンジェラ、ちょっとこっちに来てくれ!」


 部屋の中できょろきょろしていたアンジェラが俺の声に反応して、トコトコと俺のすぐ横に来て、しゃがむ。

 横のアンジェラの胸の大きさとブラに、つい見入ってしまう。


 日差しの下、シーツを適当に切って作った覆う布の時の方がダイレクトに刺激があったが、この人工照明の下の栗毛の髪の毛と、抜けるような白い肌、その上を覆うピンクの布のコントラストは綺麗であり、刺激性も高い。


 本当に俺がケダモノとなる前に、隠してもらわないと。


「アンジェラ、これを着てくれ。約束だからな。」


 俺が紺のジーンズと黒いTシャツをアンジェラに差し出した。

 アンジェラは「不服」という字が書かれているかのような表情で、それでもその服を受け取ってくれた。

 俺の横にいたアンジェラがスーッと立ち上がった。

 本当に美しい長い脚から下着までを見上げ、やはりその美しさに俺は小さくため息をついた。

 この手足の長さと言い、彫が深めの顔と言い、俺と同じ日本人には思えない。

 だが操る日本語には全く違和感がなかった。


 最初に声を掛けられた時を思い出す。

 一体何か国語を操れるのだろう?

 純粋な日本人ではないな。

 名前自体、アンジェラ・インフォム、だもんな。


 アンジェラがスキニージーンズを懸命に履き始めた。

 この手の衣服は着慣れていないのだろうか?

 そうじゃないな。

 この子は裸でいるのが好きなんだっけ。

 身体をいろいろひねりながら、ジーンズを上げていく姿は、ピンクのショーツと相まって、エロチックだ。

 本人にはそんな気はないんだろうけど。


「はあ~、やっと履けた。」


 そう言って俺にその姿を見せた。


 おかしい。

 いや太腿はぴっちりして、膝から下は少し緩めというのは、まあいい。

 十分アンジェラの魅力があふれ出ている。

 いまだ上半身がブラ一つというのも、ビジュアルとしては結構絵になっている。


 問題は、アンジェラの身長はいいとこ165㎝と言ったところだろう。

 で俺は、どう見ても175㎝は越えている。

 180㎝より少し低いと言ったところではないかと思う。

 で、だ。

 何故、ジーンズの丈がぴったりなのか、ということだ。

 当然丈が余るはずだから、折り曲げて、場合によってはその折り込んだ部分を縫い付けようと考えていた。

 スーツケースには簡単な裁縫道具が入っていたことは確認していたのだ。


 確かにアンジェラの脚は長く、美しい。

 それは認めよう。

 だが、身長差が10㎝以上あるはずの俺のジーンズがぴったりって……。

 

 ちょっと、落ち込んだ。

 うん、ちょっとだけ…。

 泣いてないよ。ちょっと埃が目に入っただけさ。


「カズ!どうかな、これ。少しウエストが緩いけど、太腿も丈もちょうどいい感じだよ。」


 うん、よく似合ってる。

 美女は何を着ても絵になるし、これであの魅惑的なヒップラインや、なんやかんやに、俺の特定の場所が反応しないで済むよ。

 でもね、オジサン、ちょっとだけ、現実を見て泣きそうなんだ…。

 俺の足って…。


「どうしたの、カズ。なんか暗いけど…。あんまり似合わないかな?」

「そ、そんなことないよ、アンジェラ。すごく格好いい!ただ、現実の辛さが…。」

「ゲンジツノツラサ?よくわかんないこと言うのね。」


 腰が確かに緩めだけど、ヒップ周りがしっかりしてるから、ずり落ちてくる心配はなさそうだ。

 上半身下着姿でも、両手を腰に当てて見降ろしてくる姿は、とりあえず泣きそうな俺の心を癒してくれる力があった。


「あとはこの黒いシャツを着ればいいんだね。」


 ベッドに置いてあった黒いTシャツを取るために、俺から目を逸らして後ろを振り向いた。

 その白い背中にピンクの下着がかかっていた。

 ただその肩甲骨辺りに、黄色くなっているところがあった。

 左右に平行にある。

 その時に昼間のことを思い出した。

 背中を触った時に、女性の柔らかさとは異質な硬い部分。

 ちょうど痣はそのあたりにあった。


 聞こうかどうしようか考えている間に、アンジェラは黒いTシャツを首からかぶった。

 両腕を通すとこまでは普通に行ったのだが、その先から何かてこずってる。


「う~ん、エイ、あれ、うまく…出来ない。」

「大丈夫か、アンジェラ。」

「ダイ、ジョウブ、だと思う、けど…。えい!」


 そう力を込めて、ピンクのブラの上からその黒Tシャツを着た。

 非常に殺傷能力のありそうなお胸様が強調されている。


「ほら、ちゃんと、着れたよ、カズ。だから。」


 ビリッ。

 アンジェラが得意そうに、胸を張ってそう言った瞬間。

 その最終兵器かと思わせるアンジェラのお胸様が発動した。


 ビリビリビリッ。

 続けざまに布の亀裂音がこの部屋に鳴り響き、アンジェラのその最終兵器を覆っていたTシャツが弾けた。

 そこには破れたTシャツから迫力のあるピンクのブラが、「俺はこんなことでは負けない!」という感じで主張していた。


「あれ、破れちゃった?」


 栗毛の髪の毛の美女が、破れたTシャツからピンクの下着を露出させるという、エロチズムの頂点かと思ってしまう格好で、キョトンとして俺を見ていた。

 俺は確かに太ってはいない。

 洗面台の鏡で見た限り中肉中背というところで、胸筋が発達しているという筋肉質ではないという自覚は持っている。

 とはいえ、そこそこの胸板の厚さはあったはず。

 確かにアンジェラの身体は出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んでいる。

 男の目に張りそうにすら思えるボディの持ち主。


 だからと言って、筋肉もりもりで、胸を張ると服が破れる超人ではない、はずだ。

 脚の長さと言い、胸の大きさと言い、このビジュアルが世の男性の大半を喜ばせる状況だとしても、俺は頭を抱えてしまった。


「あの、ね、カズ。ごめんなさい、服破いちゃって……。」


 俺の姿に、すまなく思ったのだろう。

 声のトーンを落としてそう言ってきた。


「いや、いいよ、アンジェラ。サイズの合わない服を渡して済まない。」


 そう言って俺は顔を上げた。

 その視界に大きなお山が二つ、ピンクの拘束着で強調された者が飛び込んでくる。

 その山の向こうに心配そうな美女の顔。

 俺は反射的に後方に飛びのいてしまった。

 まるで剣で脅されたように。

 アンジェラは腰を曲げて俺を見下ろしていたようだ。

 その姿は男を一発で昇天させかねない殺人的な姿だった。


「ああ、悪い、アンジェラ。急に近くにいて、びっくりしたんだ。怒ってたわけじゃない。」


 今にも泣きそうな表情を作っていたアンジェラにそう声を掛けた。


「ホント?」

「ああ、本当だ。もう少ししたら、仕掛けた炊飯器が仕上がるから、おいしいもん食べさせてやるよ。約束は守る。」

「うん!楽しみ。ここにいて、木の実と魚しか食べてなかったんだよ、私。」


 俺の言葉に嬉しそうに笑った。

 さて、アンジェラの機嫌がよくなったのはいいが、何を着せるか。

 Tシャツ以外はワイシャツくらいしかなかったな。

 下手するとボタンが飛びそうだが、Tシャツよりはマシか。

 それにかなり緩く作ってあったような感じだったし。


「アンジェラ、とりあえずその破れたの、脱いでくれるか?」


 アンジェラはコクリと頷いて、破れたTシャツを脱ごうとした。

 しかし、破れ方が悪いのか、うまく脱げずジタバタしている。


「カズ~~、うまく脱げないよお。」


 見ているだけで十分刺激的な光景が展開されていた。

 俺はため息をつきながらアンジェラのそばに歩み寄り、破れているTシャツに手を掛けた。

 おもむろに力を込め、破れた箇所をさらに引き裂いた。

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